>>31続き

 その時だ。
ドンドンと部屋の扉が叩かれた。
私と彼女は驚き飛び上る。間髪いれず、大きな物音が外で騒々しく響いた。
何事かと私は扉に駆け寄ると、窓ガラスから見える位置に、薪を散乱させたこの店の主人である老人が倒れている。
慌てて飛び出して彼の上半身を膝に乗せる。
「どうしたんです、大丈夫ですか!?」
 脈はある。息もしている。しかし体が燃えているように熱い。
少女が自分のミネラルウォーターと店の商品の手ぬぐいを持って駆けつけてきた。
「これ……」
 心配そうな面持ちで使ってくれと差しだす。
「助かるよ」
 水を手ぬぐいに漬して、老人の顔を拭いてやる。水を含ませようとしたが、何やらうわ言のように呟いているので耳を傾けた。
「な、中に……危な」
「『中に』『危ない』って言ってる!」
 彼女にもそう聞えたらしい。
「そうだな、このままって訳にもいかない。取りあえず中に連れて入ろうか」
私は急いで老人を抱えて彼女と共に土産物屋に駆けこんだ。
この時に気付くべきだった。
いくつもの違和感。
烏丸のメモ。
イケザワハルナという名。
日付。
そしてお土産小屋。
私はそれらの真実からまた"逃げた"。
<逃げるんですか、先輩>


 軽音学部のみんなは各々の楽器をいじりながら私を見た。
窓の外では運動部の掛け声と、ブラスバンド部の金管が奏でる倍音を伴った綺麗な練習音が聞えている。
「だから、私、今日ちょっとお休みさせて。だから人数足りないだろうし男子部の小野くんにそこはお願いしてあるから。ごめんね」
 女子メンバーは私を含めて5人。私以外にドラムを叩ける人がいない事の解決策は男子部員を借りる事で手を打った。
普段なら各自練習で問題はないけれど、もうすぐ期末試験に入る。そうなったら部活動は中止。
その期末後にライブを控えているものからみんなで練習する時間も貴重という訳。
 みんな笑顔で私のわがままを許してくれた。春菜と一番仲のよかった私に、まだみんなもどう接していいのか分からずに戸惑っているのが分かる。
「大丈夫? 一緒に帰ろうか?」
「ダメダメ! も〜、みんな練習して!」
「ちぇ〜っ、ゆかりがサボれるいい口実だったのな〜」
 ベースのゆかりんがワザとおどけてくれたおかげで、私はとりあえず過度にギクシャクした空気を残さずに退出する事ができた。ありがとう。
 中庭では弓道部員が何やら弓をひく練習のようなものをしていて、その中のクラスメートの男子と目が合う。
彼は私を見なかったフリをして練習を続けた。
 正直、今の私ってみんなから見たら本当に厄介な存在なんだろうな。
 そんな思いが浮かんでも悲しくはなかった。それも全て、これから会う彼の事を思えば。
――転校生。
一体何者なんだろう。顔は悪くない。というよりも格好いい部類だ。でもどこか陰がある。昨日、パトカーで私を覗き込んだ目は何も映っていなかった。
……たしかあれは文化祭の準備が解禁になる日だったと思う。二か月前。まだ暑さが残る朝の教室に、彼はやってきた。

「はい、おはよう」
 担任の若本先生がいつものように挨拶をして教室に入ってくると、軟体動物のように腑抜けたみんなの背筋がしゃんと立つ。