「じゃあこの種、無理やり渡されちゃったんだね?」
「うん。お母さんに見せて、お母さんが良いよって言ったら植えてねって。駄目って叱られたら捨てなさいって」
小雅は私の言い付けを守って、一度はきちんとお断りしている。それでもと無理やり渡されてしまったなら、それは仕方ないことだ。
「小雅、ちゃんとお断りできて偉かったね。食べ物だったら絶対に駄目だけど、種だから今回だけありがたく頂こうね」
「それ、何の種なの?」
「こっちは“ヘチマ”、こっちは“ゴーヤ”って書いてあるんだよ。どちらも夏の野菜だね」
「野菜なんだ!美味しいの?」
「うん、美味しいよ。観賞用だったら美味しくないらしいけど、とりあえず明日一緒に埋めよう」
「うん!」
「じゃあ母ちゃん、夕刊の配達ついでに大家さんと下のお宅にお許しもらってくるよ。どちらもすごく高く伸びるからね」
「ありがとう母ちゃん!わあい楽しみ!」

どこのどなたか分からないけれど、小雅に夏の楽しみを下さってありがたく思う。
観賞用で食に適さない品種だったら、ヘチマタワシを作ろうか。ゴーヤを輪切りにして、スタンプにして遊ぶのも楽しいわね。
それにしても、この糸を二つ並べた漢字。日本で見かける事は少ないから、何だか懐かしいわ。
「…あらっ?ねえねえ、小雅?」
「なあに?」
「この種をくれたおじさん、もしかして中国の人だった?」
「分かんない…あ!バイバイした後にどこかに電話してたけど、その時は中国語で話してたかも」
ああ、やっぱり。
通りすがりの祖国の人?大使館の人?まさか実家からの…?ううん、詮索はやめよう。小雅への親切に、感謝だけしておこう。

「じゃあ母ちゃん、今度は夕刊の配達に行ってくるね」
「うん!行ってらっしゃい、気をつけてね!」