論理的思考力を鍛えよう Part1
なるほど、じゃあ2対1で別れた時も推測できるんじゃないかな?
○○× のとき、もし自分が○だったら 2日めの朝には×はいなくなっているはず。
なぜなら、×から見たら○○○なのだから自分が×だとすぐわかる
つまり2日めの朝に×がいなくなっていたら自分は○だということ
というこは、逆に2日めの朝に×がいなくなっていなかったら
自分は○ではないので×だとわかる。
>>694
そうかそれは思いつかなかった。
だとすれば、総数が何人いようが、複数対1で分かれた時は判別がつくね。
てことは5人の場合でも
自分からみて○○××だったら判別つかないが、要は3対2なのだから、2である側からみれば
○○○×か○×××かに見えているわけだから、>>694の方法で2日目の朝には分かることになり
3日目の朝には誰かいなくなっているはずだ。
これで複数対2までは行ける。
6人で、3対3に分かれた時は・・・・・○○○××か○○×××だから、3日目の朝にもまだ
誰もいなくなっていなければ、3対3であることが分かる。4対2もしくは5対1なら、それより
前にすでに分かっている。
この要領でいけば、人数が何人でもいけるかも。どこか見落としないかな? >>694
> つまり2日めの朝に×がいなくなっていたら自分は○だということ
その論法では↑ここに論理の飛躍がある。
重箱角なのだが、論理ゲームなので厳密に行こう。
「自分が○ならば、2日目の朝に×はいなくなっている」…(1)
については正しいが、だからといってただちに
「2日目の朝に×がいなくなったならば、自分は○である」…(2)
とは言えない。
(命題の真偽とその命題の逆の真偽は必ずしも一致しない)
もっとも、(2)の真偽は
「2日目の朝に×がいなくなっていなかったならば、自分は×」…(3)
の真偽には影響しない。
(3)は(1)の対偶なので(1)(3)の真偽は一致する ((2)の真偽とは関係なく一致する)。
つまり結論の
「初日に見えている印が2対1ならば、2日目の朝には自分の印が判明する」 …(4)
そのものは真である。
以下厳密ついでに
(4)の「2日めの朝に自分の印が判明」というのは時刻の十分性について言っているのであって
必要性についてはこれだけではまだわからない。
もし誤解を避けるつもりがあるなら「自分の印が判明するためには2日めの朝は十分な時刻である」
と書いたほうがいいかもしれない。
論者の誰も誤解する恐れがないならそんな必要はない。 >>696
その論法で
○×いずれか多くない方の印をA、そのAの人数をnとすると
n+1日目の朝は、Aの人が自分がAだと推論するには十分な時刻であることが
示せそうだね。
>>698は 誤解を避けるために妙な言い方になっているかもしれない。
かえったわかりにくくなったというひともいるかもしれないので補足
「○×いずれか多くない方の印」
○×の数の少ない方の印のこと。
ただし同数の場合はどちらでもいい。の意味。
一般的な言葉遣いでは、これを「少ない方」と表現する事も多いが
厳密な論議が必要なときには、「少ない方」と言った場合、
もし同数だったらどちらの印も少なくはないのでどちらも選べなくなる。
一方「多くない方」と言えば、同数の時でもどちらの印も多くはないので
どちらでも選ぶことができる。
同値のときはどちらを選んでも構わない時には、このように
「〜ではない方」という言い方をすることがある。 >>697
なるほど
(1)から(2)が言えないのは、そのまま(4)の日数が
十分条件であって必要条件にはなっていないことと同じなんだね。
(2)が言えれば(4)の日数も必要十分になるわけだ。 そう。
十分性としては間違っちゃいないが、解答にするためには必要性も示さないとね。
十分性についてはわかったけど、必要性を示すには、具体的には何をすればいいの? 答が知りたいんじゃなくて、例えばどんなことをすればいいのか?って意味 答えにならないようにかつ具体的に書かなければならんわけね。
たとえば>>697を例にすると、十分性とは↓こういうことだった。
> 「自分の印が判明するためには2日めの朝は十分な時刻である」
これを少し変形して必要性をいう文に直してみよう。 ↓ たとえばこんな感じ
「自分の印が判明するためには最短でも2日めの朝という時刻を待たねばならない」
それが言えればいいことになる。
もう少し噛み砕くと、
「たとえどんな推論をしても、2日めの朝より前に自分の印を知ることは不可能である」
を言えばいい。
それを示す方法としては、とりあえず思いつくのは
「2日めの朝より前に判明すると矛盾が起こることを示す」
という背理法を使う方法かな。
こんな感じでわかってもらえるだろうか? まず十分性について示す。
○×のうち少ない方の印をA、多い方の印をBとする。
(同数の場合は、どちらか一方をA他方をBとする、どちらがAでもよい)
額にAの印が付いている人をpA、Bの付いている人をpBとする。
また、pA、pBが複数いる場合、各pA、pB個人が得られる情報には差異はなく
各個人は同じように論理的なので、pAはpAどうし,pBはpBどうし全て同じ行動を取る。
よってpA一人の行動が(乱数などを含まず)論理的に一意に決まれば
他のpAも同様の行動をとると考えて良い。pBも同様。
続き
命題(1): pAがn人の時、n日目の夜はpAが村を出ていくのに十分な時である (ただしn≧1)
pAが1人の時
pA自分以外が全てAでない印が付いている事を知り
その夜(1日目の夜)に出ていくので命題(1)は正しい …(2)
pAがk人のときに命題(1)が正しいとの仮定の下で
pAがk+1人のときを考える
もしpAがk日目以前に村を出ていたら命題(1)は正しい
k日目までにpAが出ていかなかった場合
pAは全てk人のpAを知っている
自分についてはわからないのでpAの人数はk人またはk+1人のどちらか
しかし、仮定よりpAがk人だった場合にはk日目の夜までには出ていっているので
k+1日目にはpAはk+1人であり、当人もpAであることがわかる
よって、k+1日目の夜にk+1人のpAは村を出ていく、命題(1)は正しい …(3)
(2)(3)から数学的帰納法により全てのn>1について命題(1)が正しいことが示された。
以上のことより、pAがn人ならばn日目の夜はpAは出ていくのに十分な時であり
pAが出ていくことによりその翌日の夜はpBも自分の印がわかり村を出ていくのに十分である
(ただしpApB同数の場合はその対称性により、pBもn日目で十分)
必要性はまた後で(というか誰か頼む) 必要性の説明って難しいな。
どうしたらうまくいくのかよくわからん。 前日までにわかると矛盾が起こることをいって背理法で説明ってとこですかね
あ、>>704にもう書いてあったか。すまん。
矛盾が起こることを、全てのケースについていっぺんに示すのは
おそらくけっこう面倒な事になるので
>>705でやっているように、n日目についてだけを考えて
あとは数学的帰納法ってのが見通しがよさそう。
自作自演で統計もわからない馬鹿を
追い出すことに成功
しかし殆ど人数は残らず過疎化
↑今ココ (AA略 まず小さいnから順に具体的な数でいくつか様子を見てみたらどうだろう 少ないほうがひとりなら、1日めの夜まで必要で、
他の皆がそれを知るのは2日めの朝というのは正しいよな。
それ以前には絶対に出ていけない。
出ていくのは自分の印を知ったその夜なんだから
いくらなんでも印が付く前に出ていくことはできない。
2人のときがわからない。
直感的にはおそらく必要なんだけど、どうやってそれを示せばいいんだ? おっと、誤爆失礼。まさかこんなとこに落ちてるとは。 少ないほうが1人の場合、少ない方が出ていくのは1日目夜だが
出ていったことが他の人(多い方の印の人)に伝わるのは2日目。
これを使え。
必要性というのがいまひとつわからないんだけど
>>705じゃダメなの? >>705だと、例えば○がn人いる場合(×はもっと多い)について
○の人がn日目に自分の印を知る方法が示されている。
しかし、それよりも前の日に自分の印を知る方法は
存在しないことについてはなにも触れていない。
つまり、遅くともn日目の夜までには○は皆出ていくことは分かったが
実際には(と言う言い方も変だが)それよりも早く出ていくかもしれない。
n日目の夜よりももっと早く出ていく可能性が否定できないということ。
遅くともn日目という十分性だけの答で満足するかどうかは
それぞれ個人が決めればいいことだが
自分には、1+1≦2 と書かれた式(もちろんこの式は正しい)を見て
できれば 1+1=2 にしてくれないかなあ と感じるくらいの違和感はある。
前夜出ていく場合と出て行かない場合で
翌朝まで情報の差がないことを言えばいいんじゃない?
夏休み後半から二学期始まるといっきに過疎ったな。
やはり中高生の溜まり場だったのか。 落ち着いて考える方向で。
十分性がわったんなら、必要性もわかるはず。 徹底的に論理脳がダメな俺が定年後中学校の算数を始めたら結構面白い
今、高1程度の力がついた、使い道はないが脳トレにはいいな。 伝統的に日本では小学生向けのものを算数、それ以上向けのものを数学と言うよ。
脳トレには、高校数学Aか、難関中学受験向け算数が面白いと思う。
解析というのは具体的にはどのようなことをするものなのですか? 732氏からの返事がないようなのでかわりに。
数学のいちジャンルの解析という意味ならば微積分やその応用こと。
さらには確率論あたりのことまでを指すこともある。
微分方程式あたりは、経済学や社会学、環境あたりでも応用がきくので
統計の次に抑えておきたいところ。
スレ主です。
ちょっと見ない間にもう700以上もレスあって光栄です。
みなさんありがとう。 ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
ソウカ4ネ
よいっしょ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
腹黒さんごめんなさい
喰っちゃねが一番だわ
安楽しましょう。
困った時はお互い様(涙)
腹割って話せばwww
さーせんwww
本願というのは一切法は空である、ゼロである。そのことに目覚めよという、
ただ一つの願いなのです。私のこの命は私のものだ。いまここにいきているのは、
私の力の数を超えるほどの因縁によって、ただいまの瞬間を生きているだけではないか。
それなのに、私が、私がといって生きていいのか。私を私たらしめている因縁が一つでも
二つでも欠けていれば、すぐはかなくなくなっていく。それなのに、いまこうしてすごい命を
賜っているではないか?そのことを喜べる人間になってほしいというのが本願です。
私というものはもともとゼロなのです。ガンジス川の流域の砂を手ですくって指で触って
指先についた砂ほどしか人間には生まれられないのです。生まれただけで超ラッキー♪
だから頑張るではなく”もう十分”というのを受け入れなさい。
人身受けがたし 今すでに受く
仏法聞きがたし 今すでに聞く
ぃぃぃぃぃぃ
はぃぃぃぃぃ とりあえず将棋をやりなさい。
プロ棋士みたく、特化する必要はないから、中盤の次の一手問題集を答えを見ながらでも解いて、
思考する手順に慣れること。
やがて、ビジネスでもその思考する手順が活きてくるよ。 文系って、ブサヨみたく主観でしか物事見れないカスばかりだろwwwww 一見文系理系は学問のジャンルでわけられているようだが
実際のところは科学かどうかでわけられている。
もっとも人文科学社会科学の中には、科学とは名ばかりで
反証可能性のかけらもないようなものも多く存在する。
いわゆる、トンデモ科学の仲間だ。 【論理力テスト】次の文章は正しいようで実は論理的に間違っています。どこがどうおかしいか貴方は説明できますか→「何度学校を変わってもいじめられるのは、いじめられる側に原因がある証拠だ」…答えは「感情自己責任論」で検索 >>32
だいぶ前の書き込みだが
具体例をあげて欲しいです
でないと、よくわかりません >>743
読んではみたが、どうやら筆者は「原因」と「権利」をなにか混同しているように見受けられる。
また、論理と倫理を混同している可能性もある。
そこで言う「原因」とは何を指すのかをきちんと定義しなければ、論理的な話題としては
稚拙で徒労に終始すると思う。 そもそも因果関係にない。
仮に関係あるとしても検証するほど起こらないため決めつけられない。
まして、同じ環境にいても違うことを考える人間の話で、原因も糞もあるか。
「そいつがそうだった」とか「運がなかったな」とかで片付けろ。 ランタイハンと一言言ってくれ。
後は、ランタイハンって何だと?ネットで拡散するだろう。
そのきっかけを作る為に、ランタイハンという言葉を出すべき。 >>746
相関があるかどうかもわからないものかな。 > 同じ環境にいても違うことを考える人間の話で、原因も糞もあるか。
もしかして、「喧嘩になったのはAがBをぶん殴ったのが原因」てのも
認めないのか? 論理的思考力が高ければ、他人の言葉を聞いたときの理解度も高くなりますか?
それと、論理的思考力を完全に欠如した人が他人の言葉を理解することって可能ですか?
「論理的思考力=理解力」というふうに置き換えることってできますか?
「言語は論理的である」などと言っても問題ないでしょうか? >>750
「論理的」ってのをどのようなものだと理解しているの
「論理的思考力=理解力」とするなら、論理的には飛躍しているが経験から直感的に正しい理解に辿り着くような類のものは論理的思考力ではないから理解力ではないことになるけど、違和感はない?
また「あらゆる言語が論理的である」とするなら、「論理的でない言語は存在しない」、また「論理的でないものは言語ではない」いうようなことになるけど、反例は思い浮かばない?
何にせよ「論理的」あるいは「論理的思考力」をそちらがどう捉えるかで回答が変わってくる >>751
>「論理的」ってのをどのようなものだと理解しているの
「論理的」という言葉の意味とか概念がよくわかりません。
>「論理的思考力=理解力」とするなら、論理的には飛躍しているが経験から直感的に正しい理解に辿り着くような類のものは論理的思考力ではないから理解力ではないことになるけど、違和感はない?
確かに違和感があります。「論理的思考力=理解力」というのは違うみたいですね。
>また「あらゆる言語が論理的である」とするなら、「論理的でない言語は存在しない」、また「論理的でないものは言語ではない」いうようなことになるけど、反例は思い浮かばない?
特に思い浮かびません。反例を提示していただけると助かります。
>何にせよ「論理的」あるいは「論理的思考力」をそちらがどう捉えるかで回答が変わってくる
「論理的」あるいは「論理的思考力」という言葉に厳密な定義はないのですか?
もしあればその定義に基づいて>>750に回答してもらいたいです。 > 「論理的思考力=理解力」とするなら、論理的には飛躍しているが経験から
> 直感的に正しい理解に辿り着くような類のものは論理的思考力ではないから理解力ではないことになるけど、違和感はない?
違和感を感じるのは、これは理解力の定義であって、論理的思考力の定義ではない、というところだな。 > 「論理的」あるいは「論理的思考力」という言葉に厳密な定義はないのですか?
厳密な定義をした上で、論を展開することは可能だし
少なくとも論を展開するに必要なだけの定義はしなければならない。
通常は「どう捉えることが正しいか」ではなくて「どのように捉えた場合どうなるのか」を考える
論理的思考そのものもそのようになされるもの
そのあたりの理解が足りていないひとに、違う立場(違う捉え方)から反論をする傾向が見られるが
本来それは反論に当たらす、定義をより厳密にする必要があるという提言にすぎない。
そして、論をより強固にするためにいつでも定義を変更することができる。 数学は、論理的思考を養うという意味では、うってつけの
学問なんですよね。 >>97
>討論に勝つ方法、日本版
>
>・本題と関係ないことを問題視する
>・論ではなく人格を攻撃する
>・定量的な比較をせず感情に訴える
>・最後に発言したほうが偉い
確かにそういう風潮はあるけど指摘されたら負けだよね 最近渡辺パコ氏の論理力を鍛えるトレーニングブックを入手して
ここへ辿り着きました。ええ、素人です。
この本で勉強したら自分の中で何かが劇的に変わるものでしょうか。 推論:こうするからこうなる。ゆえにああなる。
こうする→こうなる
に整合性があるのか。
整合性を判断するのは知識、体験、研究、歴史といった「情報」。
情報がないとそれを判断できないし論理的に説明されてもわかるはずがない。 とても簡単なネットで稼げる情報とか
暇な人は見てみるといいかもしれません
グーグル検索⇒『金持ちになりたい 鎌野介メソッド』
TAEPY 確実にどんな人でも可能な確実稼げるガイダンス
参考までに書いておきます
いいことありますよおに『羽山のサユレイザ』とはとは
9VV >>137
高校に詰め込んでるから習熟出来てないんじゃね
一番いいのは高校の数学を少し減らして大学に回すことだと思う 論理的思考力はインテリと看做される素養だと思うけど、それはレスポンスが早いという意味であって、社交でしか役立たんだろ
まあちゃんと論理を使えるより社交の方が重要な社会だけどな
道具としての論理はとても有意義だと思う、計算に10分かかるんで前述の利点はないけど、論理的思考力は設計や計画立案には役立たずだしな ところで「チンポがシコシコする」という日本語表現は、学術的に正しいと言えるのか?
チンポ「を」シコシコするのではなくて、チンポ「が」シコシコする。この場合、「チンポ」は主語となる。
オブジェクト指向で言う「集約」は2種類あって、全体(俺)と部分(チンポ)が繋がっている場合と、
全体(俺)と部分(チンポ)が別々になっている場合とが考えられる。けれども「チンポ」はそれ自体
が独立した生き物であり、所有者の意思とは無関係に、自ら勃起して「シコシコする」。
例えば寝てる時にエロい夢みて朝起きてみたらチンコが勃起して射精してたとか。
違うか?
「胸がドキドキする」は良いが、「チンポがシコシコする」はダメな理由を、50字以内で述べろ! 論理的思考力って飛躍が無い思考を実践できる能力じゃね? >>777
チンポは独立した自我が存在して、チンポ【が】シコシコする 『シコシコ』という擬音はどうでもよい。問題は、
自我 チンポ
↑ ↑ チンポ=自我
チンポ 自我
オブジェクト指向では、この三種類が考えられるということだ。
>チンポ=自我
散歩している時、自分もチンポも所在地は同一である。
https://i.imgur.com/4XhBmP3.jpg
https://i.imgur.com/PPFJZqI.jpg
夏目くんの場合は、チンポが自我を圧倒し、体が自然に滝川さんの股間に近づいていったのだ。
『笑ってごまかすな!!』
と言われても、夏目くんは何と言えば良かったのだろう?
チンポ≫自我
『チンポが自我を超えてしまった』を簡略化して、チンポがシコシコする!
チンポがシコシコしていると(チンポが自我を超越していると)、息もハァハァになる。
チンポがシコシコしている(チンポが自我を超越している)と、顔もアヘ顔になる。
つまりその顔は『チンポの一部』つまりチンポの皮と同じということ。
博士号の肩書きがあっても、STAP細胞のそれは間違いであり科学者として失格。
チンポと自我の関係について、それが間違いということなら、俺も科学者を自称するのを止めよう。
しかしながらあの夏目くんは、笑ってごまかす以外に何と申し上げたら良かったのか。 名前忘れたけど何とかの不定原理ってやつかな、
なんか数学の一つ一つの証明は原理から派生していてなお数学によってその原理を担保することはできないみたいなの。
現象に数式とか演鐸的に定理を当てはめたらたまたま現実の全ての理にかなってなお、それを応用できて新しい物が作れてるみたいな話、高校の時何言っとるんやって思ってたけどなぜか今は好き。