ボーン・トゥ・ラン!
ホンダS660は、木製バットのようなクルマだ。金属バットのように、当たり所は悪
かったけれどボールは遠くへ飛んだというまぐれは起こらない。ぼぉーっと運転し
ていると、ずんぐりしたジャパンタクシーにも置き去りにされる。けれどもすべて
の操作がびしっと決まれば、木製バットの真芯でボールを捉えた時のような快感を
味わうことができる。カーン!

このクルマの得意技は旋回だ。コーナーの手前でブレーキング、ここぞというタイ
ミングでステアリングホイールを切り込むと、思い描いたラインをトレースして、
クルッと向きを変える。しかも大昔の軽量スポーツカーのようにひょこひょこする
わけでなく、安定した姿勢で滑らかに旋回する。洗練されたフォームの旋回は、フィ
ギュアスケートの選手のようだ。

こと旋回の楽しさだけをとれば、ホンダS660は10倍以上の価格のスーパースポーツ
に見劣りしない。エンジンをドライバーの背後に積むミドシップレイアウト、足まわりの
アルミ製の補強材、前後でサイズが異なる専用タイヤなど、曲がる楽しさに一点集中
した、突き抜けたクルマなのだ。そんな贅沢≠軽自動車のサイズに押し込んだから、
荷物は積めない。走るために生まれてきたクルマ、ボーン・トゥ・ラン!

走らせていると、開発陣のスポーツカー愛がビンビン伝わってくる。だから隣にポルシェ
やフェラーリが並んでも、胸を張れる。