エクゼクティブの朝は早い

運転手兼整備士のジェフが、2時間も前からエンジンを温めて自宅マンションの地下駐車場で
待機している

エレベーターから出てくる俺の姿を認めるや、バネじかけみたいに運転席から飛び出して
ジムニーのドアを開けて直立不動で待っている

「グモーニン」と軽く声をかけて、後部座席に身を滑らせる カッシーナに特注の白い革シートが
冬の朝には少しひんやりするが、充分に暖められた部屋で
住み込みメイド、マリアの作ってくれたパワーブレックファーストを食べ終わった
今の自分の体には、それも心地よい

助手席を取っ払ってつくったヒッコリーの鶉目のデスクには、ぴかぴかに磨き上げれてその上に
すでに内外の主要経済紙が用意されている それらに目を通しながら、朝食の最後の締めのカプチーノ
自分が乗り込む直前にマリアが持ってきておいたものだけど、ちょっと今朝のはぬるすぎる、
帰ったら注意しないと

車内は、すべて特注 防弾と防音を兼ねた二重ガラスや、
防弾タイヤ、外装とフレームは重量化を防ぐためにチタンに交換、そのおかげで
電装設備や空調の特別機構を加えても車重は1.5トンに押さえてある

近づいてくるパトカーの音さえ聞こえない静寂の車内で、車窓からの朝の街の雑踏は、音を消したテレビの画像のように
自分とは別世界に感じられるが、しかし時折、歩行者とか、信号待ちでの並んだ他車のドライバー
とかの羨望の眼差しを煩わしく感じることがないではない 
「あ、ジムニーだ、どんな人が乗ってるんだろう」という好奇と尊敬の入り混じった感情
それだけはどうしても慣れない 
もっとも運転手のジェフにとっては、ジムニーの運転を任されていること以上にそれも誇らしいようだが

会社の自室につくまでの間、新聞とか書類とかメールチェック、ひとわたり終わったところを
見計らって、ジェフが遠慮がちに「音楽でもどうですか」と訊いてくる

常備してあるエルメスの大判のひざ掛けを首の近くまでたぐりよせて、軽く伸びをしながら
頷いてミラー越しに合図を送ると、お気に入りのバッハの無伴奏チェロ6番が流れる

アンプはマッキントッシュの真空管、それをインバーターで200V供給した電源に繋いでいる
スピーカーは、ハーマンカードンのマルチかつサラウンド、大したシステムじゃないけど、
内装を総コノリーレザー張り、床をベルギー製シャギーカーペットで敷き詰めたために
デッドすぎたなと反省 やっぱりハイレゾの再生には少しムリがあった
スピーカーをダリあたりに特注し、床は紫檀の無垢材に張り替えてみるか、等と思い巡らしつつ、
朝からのビジネスの戦いに備えてしばしまどろむ


ジムニー、それは選ばれたビジネスマンにとっての安らぎの場、戦いのための補給基地、、、