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柔道ロンドン日本代表応援掲示板 田知本遥選手

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0001fusianaasan
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2012/06/23(土) 09:46:44.67ID:VN8mpUBu
皆で日本代表選手緒方亜香里選手上川大樹選手田知本遥選手
松本選手中村美里選手応援だ金メダル獲得目指して
一本柔道見せつけ頑張れ
0348名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/10(日) 18:00:40.08ID:CRTzPbAc
柔道女子の世界選手権(8月、カザフスタン・アスタナ)代表合宿が11日、東京・北区の味の素ナショナルトレーニングセンターで
報道陣に公開された。
4月の全日本女子選手権を制した78キロ級代表の田知本愛(26)=ALSOK=は、先月のワールド・マスターズ(モロッコ)で3位に
終わった。準決勝で、優勝した中国選手より先に指導を受けたことで、結果的に指導1つの差で惜敗。「納得いく順位ではないが、
学ぶことがあった」と振り返る。
「以前は先に(ポイントを)取られても攻めることができなかった。今回は取られてから攻めても追いつけなかった。取られてからでは
追いつけない、先にポイントを取ることが大事だと分かった」と田知本。
田知本が負けた中国選手と決勝で対戦、指導3つを取られて負けたのは、同級のもう一人の代表である山部佳苗(24)=ミキハウス。
「向こうの組み手に後手に回ってしまい、技をかけることができなかった」と悔しがる。
女子の試合時間が5分から4分に変わり、「ポイントで先行することの重要性が増してきた」という南條充寿監督は
「外国勢が4分間での戦い方を確立しつつある」という。それが、先に相手に指導を取らせて逃げ切るという戦い方だ。
対抗策として、南條監督は「最初の段階から、しっかり自分の組み手を取る。一本を取りにいく自分の柔道を“ごり押し”する
形になれば、負けるわけがない」と言い切る。練習でも、序盤から攻めていかないと負けるということを意識づけていくという。
「組み手で、早く持って技をかけられるように(練習で)やっている」と山部。田知本は「最初の方(試合の前半)で自分のヤマを
作るよう、1分稽古などでも意識づけてやって(自分を)追い込みたい」。そう話し、「これが世界選手権でなくてよかった」と
課題克服を誓っている。

田知本ら序盤からの攻めを意識、世界選手権女子代表合宿を公開/柔道
http://www.sanspo.com/sports/news/20150611/jud15061117180002-n1.html

柔道の世界選手権(8月・アスタナ=カザフスタン)女子日本代表は11日、東京都北区の味の素ナショナルトレーニングセンターで
強化合宿を報道陣に公開し、4月に初めて全日本女王となった78キロ超級の田知本愛(ALSOK)は「日本でしっかりと勝てたので、
自信を持って世界でも勝ちたい」と意気込んだ。
26歳の田知本は同級で4大会連続の出場となる。2013年、14年の3位が最高で「来年の五輪まで時間はそうない。ここで勝って
五輪につなげたい」と初の世界一を目指す。3位だった5月のマスターズ大会で左足首を痛め、練習では打ち込みで汗を流した。

柔道:女子代表合宿を公開 田知本愛「世界でも勝つ」
http://mainichi.jp/sports/news/20150612k0000m050086000c.html

柔道の女子日本代表が先手必勝で金メダルをつかみ取る。8月の世界選手権(カザフスタン)に向けて東京都北区の味の素
ナショナルトレーニングセンターで強化合宿を公開。先月モロッコで行われたマスターズ大会の反省を踏まえ、南條充寿監督は
「日本の11敗のうち9敗が先にポイントを取られたものだった。先制することが大切」と改善点を見いだした。
78キロ超級代表の田知本愛(26=ALSOK)もマスターズでは準決勝で指導の差で敗戦。「先に指導を取ることが大切。これからは
1分稽古を増やし、短時間で力を出せるようにしたい」と話した。

田知本 世界選手権は先制が鍵「短時間で力を出せるように」
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2015/06/12/kiji/K20150612010523810.html

まったり厳禁!? 柔道の女子日本代表が11日、世界選手権(8月、カザフスタン)に向けた都内での強化合宿を公開。南條充寿
監督(43)は「自分たちの攻撃柔道を貫くために、『まったり』していてはダメです」と選手に意識改革を促した。
世界ランク上位16人で争われた5月のマスターズ大会では、金メダルは1階級のみ。日本勢の11の敗戦のうち、9が先に指導を
取られて逃げ切られた。試合時間が4分間に短縮され、世界の潮流は「先行逃げ切り型」。乱取りの本数が多く、試合の入りが
比較的ゆったりしている慣習がある日本は、対策を模索している。同監督は「負けたくない気持ちがあればできる」と訴えた。

柔道女子「まったり」ダメ 世界潮流は先行逃げ切り
http://www.nikkansports.com/sports/news/1491104.html
0349名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/10(日) 18:01:51.00ID:CRTzPbAc
柔道の世界選手権(24〜30日・アスタナ=カザフスタン)に出場する女子重量級を中心とした個人戦の日本代表5選手が22日、
成田空港から出発し、女子78キロ超級の田知本愛(ALSOK)は「優勝したいという気持ちをずっと持っている」と頂点へ意欲を示した。
過去2大会は3位。今年は全日本女子選手権で初優勝し、日本一の肩書を背負って臨む。「去年は空回りしたが、今年は落ち着いて
いる」と精神面の成長を口にした。
男子81キロ級の永瀬貴規(筑波大)は5位だった昨年に続く2度目の出場。日本が苦戦する階級で「自分が壁を破る。世界一に
なって、来年のリオデジャネイロ五輪につなげたい」と力強かった。

田知本愛「優勝したい」世界選手権へ出発 柔道
http://www.nikkansports.com/sports/news/1526916.html

柔道の世界選手権(24日開幕、カザフスタン・アスタナ)に出場する女子78キロ超級の田知本愛(26=ALSOK)ら
日本代表が成田空港発の航空機で出発した。
田知本は08年大会から計5度出場し、4度の銅メダル。詰めの甘さが壁をつくっていたが、今年は出場10度目の全日本女子選手権
で初優勝を果たした。「去年は空回りしていたが、今はいい意味で落ち着いている」。同じ78キロ超級にはライバルの山部佳苗
(ミキハウス)も出場するが「世界選手権では海外の選手に負けている」と過去屈してきた海外勢への雪辱に燃えている。現地では
大量の蚊が発生しているとの情報もある中で「集中力を切らさないように、どんな環境でも戦えるように意識してきた」と準備万端で
決戦の地に乗り込む。

女子78キロ超級の田知本 海外勢への雪辱に燃える
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2015/08/23/kiji/K20150823010987630.html

最後は、ほとんど何もできずに終わった。田知本愛は決勝で技を出せず、世界ランキング1位の于頌に屈した。勝敗を分けたのは
二つの指導だったとはいえ、地力の差は小さくなかった。
しのいで、粘って初めて決勝へたどり着いた。世界選手権2連覇中でロンドン五輪金メダルのオルティスとの準々決勝はこう着し、
延長へ。1分31秒、足が止まった相手の背負い投げが偽装的攻撃とされて指導。壁を一つ破った。
国内でなかなか結果が出なかったが、4月に体重無差別で女王を決める全日本女子選手権を10度目の出場で初めて制した。
それでもライバル山部との決勝の内容が低調だっただけに、「序盤に自分のペースをつくり、相手に先に指導を与えることが大事」と、
さらに自分を高めようとしてきた。
海外で強いと言われてきたが、世界選手権は78キロ超級と無差別級を合わせて実に4度も3位にとどまってきた。頂点は逃したが、
一つ階段を上がった。悲願の五輪へ、確かに前進した。

一つ上がった階段=田知本愛、初の銀−世界柔道
http://www.jiji.com/jc/c?g=spo_date1&;k=2015082900324

田知本は世界一に迫ったが、于頌(うしょう)との決勝は組み手で劣り、技が出ずに敗れた。中盤すぎの指導2をはね返せず
「金メダルと銀メダルの違いを感じた。あと少しで優勝できたので凄く悔しい」と話した。
それでも準々決勝はロンドン五輪から3年連続世界一のオルティスを相手に、延長の熱戦で一歩も引かず前へ出て大きな勝利。
「競った試合を取るにはメンタル面の強さが大事。とにかく足を出す」との気迫は出せた。「来年の五輪で(メダルの)色を変えられる
ように頑張っていく」と収穫もつかんだ。

田知本「凄く悔しい」銀 収穫胸にリオでの金メダル獲得誓う
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2015/08/30/kiji/K20150830011031460.html

世界選手権第6日(29日、アスタナ)78キロ超級で初めて決勝に進出した田知本だったが、決勝戦は指導を2つ取られての敗戦。
夢はかなわなかった。「去年(3位)は銀と銅の違いを感じましたが、ことしは金と銀の違いを感じています。あと少しで
優勝できたので…」。
とはいえ、2年連続の3位から一歩前進。この悔しさは来年のリオで晴らすしかない。

田知本、指導2つ取られ銀「あと少しで優勝できた…」/柔道
http://www.sanspo.com/sports/news/20150830/jud15083005010003-n1.html

田知本愛
「金メダルと銀メダルの違いを感じた。あと少しで優勝できたのですごく悔しい。来年の五輪で(メダルの)
色を変えられるように頑張っていく」

羽賀が初優勝「結果を残せば全てが報われる」/柔道
http://www.sanspo.com/sports/news/20150829/jud15082922070009-n1.html
0351名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/10(日) 18:03:30.36ID:CRTzPbAc
田知本愛 金メダルと銀メダルの違いを、すごく感じる。この悔しさを来年のリオ五輪につなげたい。準決勝の壁は破れた。
延長戦の競った試合に勝てたのは良かった。
切り替えられた

世界柔道・談話
http://www.jiji.com/jc/c?g=spo_date1&;k=2015082900323

先月、柔道の世界選手権・女子78キロ超級で銀メダルを獲得した射水市出身の田知本愛(たちもと・めぐみ)選手が4日県庁を表敬訪問し、
来年のリオデジャネイロオリンピックへの意気込みを語りました。
県庁を訪れたのは射水市出身でALSOK(アルソック)に所属する田知本愛(たちもと・めぐみ)選手です。
田知本(たちもと)選手は先月、カザフスタンで開かれた柔道の世界選手権・女子78キロ超級に出場。
決勝で惜しくも敗れ、銀メダルを獲得しました。
4日は、大会の結果を県の山崎(やまざき)知事政策局長に報告し、『地元の応援に助けられています』と感謝を述べました。
田知本(たちもと)選手は今回決勝で敗れた悔しさをバネに来年のリオオリンピック出場を目指します。
「世界選手権で見えてきた課題をありますし、出場するためには国内の大会も厳しい戦いが続くと思うので一戦一戦集中していきたい」(田知本選手)

柔道世界選手権銀 田知本愛選手 リオへ意気込み
http://www.tulip-tv.co.jp/news/detail/?TID_DT03=20150904160240

33 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2015/09/05(土) 17:59:08.65 ID:aex9yjWh
カザフスタンであった柔道の世界選手権女子78キロ超級で銀メダルに輝いた田知本愛選手(射水市出身、ALSOK)が四日、
県庁を訪れ、山崎康至知事政策局長に成績を報告した。
田知本選手は「準決勝でけがを負った。万全な体で試合に臨むのは難しい」と試合を振り返った一方、「一年ぶりの富山。
新幹線も開業し、街並みが変わった」とも語った。
山崎局長は「県民みんなが応援しています。けがを治して次の大会で頂点を目指してください」と激励した。
田知本選手の小杉高校時代の恩師で、県柔道連盟の橘川謙三会長も同席した。

世界柔道の「銀」報告 田知本愛選手が県庁訪問
http://www.chunichi.co.jp/article/toyama/20150905/CK2015090502000029.html

34 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2015/11/20(金) 20:11:55.48 ID:ixeaXcPn
全日本柔道連盟は20日、女子78キロ超級の田知本愛(ALSOK)が、左大腿(だいたい)半膜様筋損傷を理由に
グランドスラム東京(12月4〜6日、東京体育館)を欠場すると発表した。銀メダルを獲得した8月の世界選手権で負傷した。
代わりに冨田若春(埼玉栄高)が出場する。

田知本愛がグランドスラム欠場=柔道
http://www.jiji.com/jc/c?g=spo_30&;rel=j7&k=2015112000686

全日本柔道連盟(全柔連)は20日、グランドスラム東京大会(12月4〜6日)の女子78キロ超級の代表に選ばれていた
田知本愛(ALSOK)が左太もものけがのため欠場すると発表した。
2位になった8月の世界選手権で負傷し、回復が間に合わなかった。代わりに世界ジュニア選手権で同級を制した
冨田若春(埼玉栄高)が出場する。

田知本愛、左太ももけがで柔道GS東京欠場 - 柔道
http://www.nikkansports.com/sports/news/1568715.html

2008 ジュニア体重別 山部
2009 選抜体重別 田知本
2009 講道館杯 田知本
2010 優勝大会 山部
2011 講道館杯 田知本
2012 選抜体重別 山部
2012 全日本選手権 山部
2013 GS東京 田知本
2014 選抜体重別 山部
2014 全日本選手権 山部
2015 全日本選手権 田知本

http://www.judobase.org/#/competitor/profile/2008/basic_info
0352名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/10(日) 18:04:25.43ID:CRTzPbAc
柔道の日本女子は14日、東京都北区の味の素ナショナルトレーニングセンターで強化合宿を報道陣に公開した。
左太もも裏の負傷で昨年12月のGS東京大会を欠場した女子78キロ超級の田知本愛(ALSOK)は精力的に乱取りをこなし
「脚は8割くらい回復した」と笑みを浮かべた。
2位になった昨夏の世界選手権準々決勝で痛め、1カ月以上も歩行に支障を来したという。昨年末から本格的な稽古を再開し、
2月のGSパリ大会で復帰予定。70キロ級で妹の遥(ALSOK)とともに汗を流し「一緒に五輪に出たい。互いに言葉はなくても
感じ合っている」と姉妹代表に思いをはせていた。

田知本愛、姉妹代表へ意欲「一緒に五輪に出たい」
http://www.sanspo.com/sports/news/20160114/jud16011420570002-n1.html

柔道のグランドスラム(GS)パリ大会(6、7日)に出場する男女日本代表が2日、羽田空港から出発し、8月のリオデジャネイロ五輪代表選考で
重要な位置付けとなる大会へ気合を高めた。
女子78キロ超級で昨夏の世界選手権2位の田知本愛(ALSOK)は「大事な選考大会の一つ。今までの国際大会と同じ気持ちではいけない」と
初の五輪代表へ闘志を燃やした。
今大会はライバルの山部佳苗(ミキハウス)も出場。直接的に差をつける好機とし「今後も一つ一つの試合をものにしていきたい。勝った方が
選ばれるということ」と話す。左太もも裏の痛みはほとんど消えたという。
妹で70キロ級の田知本遥(ALSOK)と一緒に出発。五輪前では妹と臨む最後の海外遠征となる。「最後にならないようにしたい」とそろっての
五輪出場を目指す。

田知本愛、初五輪へ闘志燃やす「今までの国際大会と同じ気持ちではいけない」
http://www.sanspo.com/sports/news/20160202/jud16020220250002-n1.html

柔道のグランドスラム・パリ大会最終日は7日、パリで男女7階級が行われ、日本勢は男子100キロ超級の原沢久喜(日本中央競馬会)、
同90キロ級の西山大希(新日鉄住金)、女子78キロ超級の田知本愛(ALSOK)が優勝した。
原沢とリオデジャネイロ五輪代表を争う七戸龍(九州電力)は準決勝、3位決定戦と連敗し5位に終わった。男子100キロ級のウルフ・アロン
(東海大)は3位だった。
女子70キロ級の田知本遥(ALSOK)は決勝で韓国選手に敗れて2位。78キロ超級で田知本愛は馬思思(中国)との決勝を制し、
山部佳苗(ミキハウス)は1回戦で敗退した。78キロ級で昨夏の世界選手権を制した梅木真美(環太平洋大)は2回戦で姿を消した。

原沢、西山、田知本愛がV GSパリ大会最終日
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2016/02/08/kiji/K20160208012003750.html

柔道のグランドスラム・パリ大会最終日は7日、パリで男女7階級が行われ、日本勢は男子100キロ超級の原沢久喜(日本中央競馬会)、
同90キロ級の西山大希(新日鉄住金)、女子78キロ超級の田知本愛(ALSOK)が優勝した。
原沢とリオデジャネイロ五輪代表を争う七戸龍(九州電力)は準決勝、3位決定戦と連敗し5位に終わった。男子100キロ級のウルフ・アロン
(東海大)は3位だった。
女子70キロ級の田知本遥(ALSOK)は決勝で韓国選手に敗れて2位。78キロ超級で田知本愛は馬思思(中国)との決勝を制し、
山部佳苗(ミキハウス)は1回戦で敗退した。78キロ級で昨夏の世界選手権を制した梅木真美(環太平洋大)は2回戦で姿を消した。

原沢、西山、田知本愛がV 柔道GSパリ大会最終日
http://www.sankei.com/photo/story/news/160208/sty1602080005-n1.html

リオデジャネイロオリンピックの代表選考を兼ねた柔道のグランドスラム・パリ大会決勝が行われ、78キロ超級に出場した小杉高校出身の
田知本愛選手が見事、金メダルを獲得しました。
78キロ超級の田知本愛選手は2回戦で世界ランキング1位のユ・スン選手を破るなどして決勝に進出。
決勝では中国のマ・シン選手と対戦しました。
田知本は自分より大きい相手に対し、序盤から積極的に技をしかけます。
相手に思うような組み手をさせず終始攻めの姿勢を貫いた田知本が指導2つの差で優勢勝ち。
金メダルを獲得し、オリンピック代表入りへアピールしました。
一方、妹の田知本遥選手は70キロ級で決勝に進出。
延長にもつれ込む接戦の末、惜しくも指導1つの差で敗れましたが銀メダル獲得です。

柔道グランドスラム・パリ 田知本愛選手が優勝
http://www.tulip-tv.co.jp/news/detail/?TID_DT03=20160208190407
0353名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/10(日) 18:05:05.11ID:CRTzPbAc
78キロ超級の田知本愛が強豪を連破して五輪代表に大きく前進した。
2回戦は昨夏の世界選手権決勝で敗れた世界1位の于頌(中国)に対して「力を出し尽くそうと思った」と積極的に技を仕掛け、指導1の差で辛勝。
準決勝では「こんなところで負けている場合じゃない」と残り3秒で逆転の有効を奪い、決勝も世界3位の馬思思(中国)に競り勝った。1回戦敗退
だったライバルの山部とは対照的に一皮むけた強さを示し、「優勝してリベンジもできた。自信になった」と相好を崩した。

田知本愛「自信になった」優勝 ライバル山部は1回戦敗退
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2016/02/09/kiji/K20160209012008980.html

柔道のグランドスラム(GS)パリ大会に出場した女子日本代表が12日、羽田空港に帰国し、78キロ超級を制覇した
田知本愛(ALSOK)は「ここは絶対に落とせないぞという気持ちで闘った」と胸を張った。
昨夏の世界選手権2位の田知本は強敵の中国勢2人を倒しての優勝で初の五輪代表へ一歩前進。ただ「けがで
(12月の)GS東京に出ていないから、最後の最後まで分からない」と4月の国内2大会へ気を引き締めた。
表彰台を逃した48キロ級の2人は硬い表情。5位の浅見八瑠奈(コマツ)は「4月の選抜体重別で勝った人が代表に
選ばれる。そこが勝負だ」と気合を入れ、初戦敗退の近藤亜美(三井住友海上)は「(代表は)近くはないと思うが諦めていない」と
奮起を誓った。

田知本愛、五輪へ決意新た「最後の最後まで分からない」/柔道
http://www.sanspo.com/sports/news/20160212/jud16021218060002-n1.html

柔道でリオデジャネイロ五輪日本代表の重要な選考材料となった国際大会、グランドスラム・パリで優勝した女子
78キロ超級の田知本愛(ALSOK)らが12日に帰国し、羽田空港で取材に応じた。
田知本愛は昨年の世界選手権決勝で屈した于頌、馬思思の中国勢を撃破。「五輪に出られたら中国は絶対に壁になる。
2人に勝てたのは自信になる」と手応えを示した。ライバルの山部佳苗(ミキハウス)は1回戦敗退。残り2試合となった4月の
代表選考会を見据えて、田知本愛は「最後まで何が起こるか分からない。国内の試合でしっかり勝たなくては」と気を引き締めた。
女子48キロ級は五輪代表を争う浅見八瑠奈(コマツ)が5位、近藤亜美(三井住友海上)は初戦敗退と振るわず、4月の
全日本選抜体重別選手権の結果が選考を左右しそうだ。浅見は「そこが勝負」、近藤は「諦めたくない。勝って(選考の)
結果を待つだけ」とそれぞれに闘志を示した。

田知本愛、中国勢破り手応え=浅見と近藤、4月決戦に闘志−柔道
http://www.jiji.com/jc/c?g=spo_30&;k=2016021200711

柔道のグランドスラム・パリ大会に出場した女子日本代表が羽田空港着の航空機で帰国した。海外の強豪を連破して優勝した
78キロ超級の田知本愛(27=ALSOK)は姉妹同時五輪に意欲を見せた。
70キロ級では妹・遥(25=ALSOK)が準優勝し、代表争いに踏みとどまった。前回ロンドン五輪では遥だけが代表入り。
悔しさを味わった姉は「リオは2人で行きたい気持ちはある」と日本女子柔道初の姉妹同時五輪に意欲を見せる。自身は今回の
優勝で代表入りに大きく前進したが「最後までどうなるか分からない」と気を引き締めた。

GSパリ優勝の田知本愛 姉妹同時五輪だ「リオは2人で」
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2016/02/13/kiji/K20160213012032100.html
0355名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/10(日) 18:06:29.62ID:CRTzPbAc
柔道のリオデジャネイロ五輪代表最終選考会を兼ねた全日本選抜体重別選手権第1日は2日、福岡国際センターで男女計7階級が行われ、
男子100キロ超級は昨年の全日本王者、原沢久喜(日本中央競馬会)が決勝で七戸龍(九州電力)に優勢勝ちし、初優勝した。
女子は70キロ級でロンドン五輪代表の田知本遥(ALSOK)が2年連続3度目の優勝。78キロ超級は山部佳苗(ミキハウス)が2年ぶりに制し、
昨年の世界選手権2位の田知本愛(ALSOK)は準決勝で敗れた。78キロ級は昨年世界一の梅木真美(環太平洋大)が準決勝で敗れ、
佐藤瑠香(コマツ)が2年ぶり3度目の制覇。63キロ級は能智亜衣美(筑波大)が初めて制した。
男子90キロ級は西山大希(新日鉄住金)がベイカー茉秋(東海大)を決勝で破り、同100キロ級のウルフ・アロン(東海大)とともに初優勝した。
最終日の3日に最重量級を除く男女各6階級の五輪代表が決まる。
井上康生・日本男子監督の話
「原沢は非常にたくましく育ってきている。精神的にも技術的にも(国内で)一番強い選手になってきた。七戸はもう1試合ある。反省点を分析し、
悔いの残らないように闘ってほしい」
田代未来の話
「(女子63キロ級の五輪代表有力候補は準決勝敗退)課題が残る。後半で競り負けるということはまだまだ地力がない。負けを次につなげられる
ようにやっていかないといけない」
ウルフ・アロンの話
「(羽賀龍之介が欠場の男子100キロ級を制し)何が何でも優勝するしかないという気持ちだった。羽賀と直接対決し、今の力を確かめたかった。
少し納得いかない面もある」

最重量級は原沢が初優勝 女70キロは田知本遥が2連覇/柔道
http://www.sanspo.com/sports/news/20160402/jud16040217390002-n1.html

リオデジャネイロ五輪代表最終選考会を兼ねて7階級で行われ、女子70キロ級は決勝で田知本遙(25)=ALSOK=が新井千鶴(22)=
三井住友海上火災保険=に優勢勝ち。大会2連覇を果たし、ロンドンに続いて2大会連続の五輪出場に前進した。一方、姉の女子78キロ超級、
田知本愛(27)=ALSOK=は準決勝で朝比奈沙羅(東海大)に敗れた。
代表選考会で最大のライバルを下した田知本遙は「(代表が)発表されるまで何も言えないが」と言いながらも「自分のできることを最大限に
やっていきたい」と大舞台を見据えた。ロンドン五輪では7位に終わっており「メダルを取るか取らないかは、天と地ほどの差がある。(リオでは)
一番は金メダル。最低でもメダル」と意気込んだ。
昨年2月には、ドーピング違反の恐れのある市販の風邪薬を服用したことで国際大会を欠場。全日本柔道連盟から警告を受けた。
「家族や違う所属の人たちからも励ましてもらって、奮起しないとダメだと思った。特に姉がそばにいてくれたことが大きかった」と振り返った。
姉の田知本愛も今大会で優勝すれば五輪代表に大きく前進していたが、悔しい敗退。「今年こその思いが強くなって、いい方向ではなく悪い方向へ
出た」と反省した。
しかし、男女とも最重量級は29日の全日本選手権(日本武道館)が最終選考会となり、初の姉妹五輪の可能性は残る。田知本遙は「2人で
行きたいです」と願っていた。

田知本遙2連覇 姉・愛は準決敗退
http://www.daily.co.jp/newsflash/general/2016/04/02/0008951980.shtml

逆転での五輪切符を狙い、気迫がみなぎった。田知本遥は女子70キロ級のリオデジャネイロ五輪代表を争う新井に
決勝で優勢勝ち。「投げにいく」と立ち向かい、残り1分21秒に内股返しで有効を奪って連覇を遂げると涙した。
2012年ロンドン五輪でメダルを獲得できず、雪辱を期した4年間は浮き沈みが激しかった。昨年、ドーピング規定に
抵触する市販薬を服用して国際大会を欠場する失態を犯し、「どん底を味わい、気持ちが折れそうだった」。そんな苦難の時期に
新井が台頭。その若きライバルを最後の代表選考会で下したのは、かつての第一人者の意地だった。

田知本遥、苦難乗り越え涙=選抜体重別柔道
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016040200287
0356名無しさん@お腹いっぱい。
垢版 |
2017/12/10(日) 18:07:00.96ID:CRTzPbAc
言葉が湯気立つほどに、勝者の口調が熱している。「五輪に行きたいんです。必ず結果を出せるんだ、とアピールしたい」。勝てば当確、負ければ
それまで。胸突き坂の競り合いでライバル新井を蹴落とし、女子70キロ級代表は2大会続けて田知本遥に落ち着きそう。
投げの打ち合い、手の封じ合いで攻防入り乱れた決勝も終盤。内股に出る新井の胴を「考えるより先に」ともろ手で捕らえる。返し技の投げは
畳に鈍い音を残し、千金の有効を刻んだ。
国際大会の直前に、市販の風邪薬を飲むポカをしたのは昨年2月。欠場でドーピングの汚名は免れたが、信用は傾いた。「自分はできる」
と膨らませた今日の自信が翌日には「だめかも」としぼむ。浮き沈みを繰り返す気分屋がそれでも再起したのは、78キロ超級で代表の
最短距離にいる姉、愛(めぐみ)の支えがあったから。
「姉妹で五輪」と「五輪でメダルを」。4年前にかなえ損ねた夢を、妹は再び口にする。取り囲む報道陣に自信を問われ、即座に応じた。
「4年前よりあります」と。課題、難題の多いほど腹の中の可燃物がうずくのも気分屋の本領らしい。

【柔道】女子70キロ級を制した田知本遥「姉妹で五輪」そして「五輪でメダル」へ
http://www.sankei.com/sports/news/160402/spo1604020043-n1.html

田知本遥、女子70キロ級連覇
女子70キロ級を連覇した田知本遥が2大会連続の五輪出場へ望みをつないだ。準決勝で2014年世界選手権銀メダルのヌンイラ華蓮
(了徳寺学園職)を一本背負いで投げ飛ばし、代表争いで先行する昨年の世界選手権代表の新井との決勝も終始、攻め続けて優勢勝ちした。
ロンドン五輪ではメダルが遠く、昨年2月には、ドーピング規定に違反する風邪薬を服用して全日本柔道連盟から警告処分を受けた。険しい道のりに
「心が折れそうになったが、いろいろなことを経験してタフになった」。持てる力を出し切って吉報を待つ。
女子70キロ級・新井千鶴 (準優勝に終わり)この試合にかけて、日本一になりたいと思ってやってきた。今の段階で出せる力を出して返された。
女子78キロ超級・田知本愛 (準決勝敗退)防御を考えすぎて自分の柔道ができなかった。

柔道:原沢、リオ近づくV 男子100キロ超級
http://mainichi.jp/articles/20160403/k00/00m/050/040000c

田知本愛 自分の柔道ができなかった。自分の手で五輪代表を手にしたい気持ちが強かったけど、その思いが悪い方に出てしまった。
気持ちで押された
新井千鶴 精いっぱいやった。持っているものは出し切ったが、気持ちで押し込められて決められた。経験不足。もっと柔道と向き
合わなくてはいけない。

選抜体重別柔道・談話
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016040200254

女子78キロ超級の代表争いをリードしてきた田知本愛は、準決勝で東海大の後輩・朝比奈に苦杯。「自分のペースに
持っていけなくて、防御ばかりを考えすぎた」と肩を落とした。一方、2番手として追う山部は決勝でその朝比奈を下し
2大会ぶりの優勝。大粒の涙をこぼし「負けたら先はないと思っていた。最近は試合が怖かったけど、この優勝は
自信になる」とし、最終決戦の全日本女子選手権(17日、横浜)に視線を向けた。

田知本愛まさか 準決勝で後輩・朝比奈に苦杯「考えすぎた」
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2016/04/03/kiji/K20160403012332910.html
0357名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/10(日) 18:07:42.97ID:CRTzPbAc
女子70キロ級でロンドン五輪代表の田知本遥(25)=ALSOK=が2年連続3度目の優勝。決勝では15年世界選手権代表
の新井千鶴(22)=三井住友海上=に優勢勝ちし、78キロ超級の姉・愛(27)とともに“柔道初の姉妹代表”へ、アピールに
成功した。男子100キロ超級では国際大会7連勝中の原沢久喜(23)=日本中央競馬会=が初優勝を果たし、29日の
全日本選手権後に決まる同級代表入りに大きく前進した。
勝利のブザーが響くと、田知本遥は、こみ上げてくる思いを抑えることができなかった。女子70キロ級で2連覇を
達成したことに加え、2大会連続の五輪に大きく近づき「五輪に出るにはここで絶対勝たないとだめだと思っていた。
勝つのと勝たないのでは、あしたからの人生が違うと思っていた」と涙が自然と流れた。
自らに打ち勝った。昨年2月の欧州遠征で飲んだ風邪薬にドーピングの禁止薬物が含まれていたことで、全日本柔道連盟
から警告処分を受けた。海外遠征で大会に出場できなかったことが響き、昨年大会で破った新井に世界選手権の代表の座を
明け渡した。「心が折れそうな時や考えてもどうしようもないどん底の時があった」と振り返るが、それを支えたのは2つ上の
姉・愛だ。「大丈夫!」と励まし、畳の上で戦い続ける力をくれた。
ロンドン五輪で自身だけ代表になった時は「話はあまりしない」と言っていたが、今では欠かせない存在。大会に向けても
「重圧に負けそうになった」というが「姉と一緒に五輪に行きたい」という思いから、迷いを振り切った。投げを意識した柔道を
心がけ、決勝でも新井の仕掛けに反応。内股返しで有効を奪い、相手の攻撃も最後まで封じた。
五輪代表決定は3日の強化委員会。報道陣に代表への思いを聞かれると「自分にできることは最大限したので選んでください。
五輪に出たら必ずいい成績を残します」とアピール。ロンドン五輪で果たせなかったメダル獲得と、柔道史上初の姉妹
同時代表入り。17日に笑顔で姉の代表決定(全日本女子選手権)を迎えられるよう、まずは自らの吉報を待つ。

【柔道】田知本遥、リオ手中!柔道初の姉妹代表へ前進
http://www.hochi.co.jp/sports/etc/20160403-OHT1T50019.html

体重無差別で争う柔道の全日本女子選手権を17日に控え、連覇を狙う田知本愛(ALSOK)と2年ぶり3度目の優勝を目指す山部佳苗(ミキハウス)が
16日、会場の横浜文化体育館で記者会見した。今大会はリオデジャネイロ五輪の78キロ超級代表の最終選考会を兼ねる。実績で上回る田知本は
「あと少しで手が届く。しっかりつかみたい」と意気込み、山部は「優勝しないと五輪はない」と決意を語った。
先の全日本選抜体重別の78キロ超級では、田知本が準決勝で敗退し、山部が優勝。ともに戦いが消極的だったと振り返る。田知本は「不利に
なったときにどう戦えるかを意識して練習してきた」と修正する姿勢。山部は「思い切りのある柔道をしたい」と意気込んでいた。

田知本愛、五輪「あと少し」=17日、全日本女子柔道
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016041600264

体重無差別で争われ、リオデジャネイロ五輪78キロ超級代表最終選考会を兼ねた柔道の全日本女子選手権前日の16日、五輪代表候補の
田知本愛(ALSOK)と山部佳苗(ミキハウス)が会場の横浜文化体育館で記者会見し、闘志を燃やした。
田知本は昨年初優勝し、2010年に9連覇を達成した塚田真希以来の連覇を狙う。五輪代表争いをリードするが「目の前の試合に勝つことだけを
考える」と引き締まった表情。追う山部は「優勝しなければ五輪はない。夢の舞台に立つチャンスをつかみたい」と2年ぶり3度目の頂点を見据えた。

田知本愛「目の前の試合に勝つことだけを考える」 山部も闘志燃やす
http://www.sanspo.com/sports/news/20160416/jud16041616560002-n1.html
0359名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/10(日) 18:09:07.73ID:CRTzPbAc
体重無差別で争う柔道の全日本女子選手権が17日、リオデジャネイロ五輪女子78キロ超級の最終代表選考会を兼ねて
横浜市の横浜文化体育館で開催される。ともに初代表を狙う田知本愛(ALSOK)と山部佳苗(ミキハウス)が16日、
記者会見し意気込みを語った。
代表争いは、昨年の世界選手権銀メダルで世界ランキング5位の田知本がリード。同12位の山部が2日の全日本選抜
体重別選手権で優勝して望みをつないだ。
田知本は妹の遥(ALSOK)が70キロ級で2大会連続の五輪代表に決まり、「五輪が手の届く所にある。しっかりつかみ取りたい」と
姉妹での代表入りに意欲を燃やす。
山部は今月初旬に競泳の日本選手権を観戦。山梨学院大の同級生で所属も同じ女子平泳ぎの鈴木聡美が2大会連続の五輪出場を決めた
のを目の当たりにし、「どんどん攻めていた。勇気をもらった」と発奮する。
全日本柔道連盟は17日の競技後、強化委員会を開き、代表を決める。

柔道:全日本女子選手権 リオ五輪、最終チャンス 田知本愛、山部「つかむ」 女子78キロ超級
http://mainichi.jp/articles/20160417/ddm/035/050/120000c

体重無差別で争われ、リオデジャネイロ五輪78キロ超級代表最終選考会を兼ねた柔道の全日本女子選手権前日の16日、五輪代表候補の
田知本愛(27)=ALSOK=と山部佳苗(25)=ミキハウス=が会場の横浜文化体育館で会見し、闘志を燃やした。田知本は昨年初優勝し、
10年に9連覇を達成した塚田真希以来の連覇に挑み、山部は2年ぶり3度目の頂点を狙う。
リオ五輪の柔道女子日本代表最後の1階級は田知本か山部か。78キロ超級の2強は決戦前日に対照的な表情を見せた。
これが追われる者の重圧だ。田知本は「優勝した昨年は初めて見た景色。そこにもう一度上がりたいという気持ちが今まで以上に強い」と吐露。
笑顔はなく、緊迫感を漂わせた。
昨年の世界選手権は2位。2月の国際大会を制して代表レースで一歩抜け出したが、2週間前の全日本選抜体重別選手権は準決勝で敗れた。
17日は70キロ級代表を決めた妹の遥(ALSOK)がサポート役。優勝を逃しても姉妹代表の可能性があるが「あと少しで五輪に手が届く。
自分の力でしっかりつかみたい」と文句なしの決定を狙う。
山部は大逆転に向け、豪快な勝ち方を伴った優勝にわずかな望みを託す。冬場の国際大会では表彰台を逃したが、選抜体重別優勝で
踏みとどまった。「最後はどちらが執念を出せるか。日本一になって五輪に出たい」。順当なら田知本と当たる決勝に全てを懸ける。

リオ切符かけ田知本&山部メラメラ
http://www.daily.co.jp/general/2016/04/17/0008996914.shtml

リオデジャネイロ五輪選考会となる柔道の全日本女子選手権は開幕を翌日に控えた16日、会場となる横浜文化体育館で前日会見があり、
女子78キロ超級で五輪切符を争うライバル2人が出席した。国際大会の成績で後続を大きく引き離す田知本愛(27=ALSOK)は、
「妹が自分の力で勝って代表権を獲得した。自分も優勝して五輪を狙いたい」と2連覇を誓った。
70キロ級で代表に決まっている妹遥は、今月上旬の全日本選抜体重別選手権で優勝した。普段はけんかも絶えない姉妹だが、
妹は「ライバルという気持ちが強い」という。4年前はロンドンに妹が行き、自分は行けなかった。「負けたくない」と士気は高い。
選抜体重別では「お姉ちゃん」と慕われる48キロ級の浅見も代表権を逃した。「4年間やってきたことを出せないのは悔しいよ」と
大親友から言葉ももらったと言い、その思いも乗せて再びの日本一、その先へと進む。
78キロ超級で2番手に甘んじる山部にとっては、優勝だけでなく内容を問われる一戦になる。会見では、昨年の決勝で敗れて2連覇を
阻まれた田知本を横目に「負けた悔しさがある。リベンジしたい」と語気を強めた。先週、山梨学院大の同級生で、同じミキハウスの
競泳の鈴木聡美を応援しに、選考会に足を運んだ。目の前でリオ行きを決めた親友の姿に、「前半から攻めていた。私にはそういうのが足りない」と
刺激を受けた様子だった。

田知本愛が妹の遥から刺激受け「自分も五輪狙う」 - 柔道
http://www.nikkansports.com/sports/news/1633117.html
0360名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/10(日) 18:09:53.94ID:CRTzPbAc
体重無差別で争われ、リオデジャネイロ五輪78キロ超級代表最終選考会を兼ねた柔道の全日本女子選手権(横浜文化会館)は17日に行われる。
16日は五輪代表候補の田知本愛(27)=ALSOK=と山部佳苗(25)=ミキハウス=が会場で会見し、闘志を燃やした。
2連覇を目指す田知本愛は前日会見で柔道史上初の姉妹五輪代表へ意気込んだ。
「あと少しで五輪に手が届く。しっかりつかめるように」
妹の田知本遥(25)=ALSOK=は70キロ級の代表に内定。今回は妹にサポートを受けて臨む。
昨年の世界選手権は2位。2月の国際大会を制して代表レースで一歩抜け出したが、2週間前の全日本選抜体重別選手権は準決勝で敗れた。
「優勝した昨年は初めて見た景色。そこにもう一度上がりたいという気持ちが今まで以上に強い」
笑顔はなく、緊迫感を漂わせた。優勝を逃しても姉妹代表の可能性があるが、もちろん文句なしの決定を狙う。

田知本愛、妹に続き五輪切符獲る!「しっかりつかめるように」/柔道
http://www.sanspo.com/sports/news/20160417/jud16041705020003-n1.html

体重無差別で日本一の座を争う柔道の第31回全日本女子選手権は17日、リオデジャネイロ五輪の女子78キロ超級代表最終選考会を兼ねて
横浜文化体育館で行われ、決勝で昨年の世界選手権同級3位の山部佳苗(ミキハウス)が同2位の田知本愛(ALSOK)に一本勝ちし、
2年ぶり3度目の優勝を果たした。
3年連続で同じ顔合わせとなった決勝は終盤まで互いに決め手を欠いたが、山部が左膝を痛めた田知本愛を終了間際に攻め、
合わせ技で一本を奪った。

山部が2年ぶり3度目V=決勝で田知本愛に一本勝ち−全日本女子柔道
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016041700149

体重無差別で日本一の座を争う柔道の第31回全日本女子選手権は17日、リオデジャネイロ五輪の女子78キロ超級代表最終選考会を
兼ねて横浜文化体育館で行われ、山部佳苗(ミキハウス)が2年ぶり3度目の優勝を遂げ、初の五輪代表に選ばれた。

山部優勝、初の五輪代表に=全日本女子柔道
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016041700169

柔道・全日本女子選手権(17日・横浜文化体育館)――リオデジャネイロ五輪78キロ超級代表の最終選考会を兼ねて体重無差別で争われ、
3年連続で同じ顔合わせとなった決勝で、山部佳苗(ミキハウス)が、田知本愛(ALSOK)に一本勝ちし、2年ぶり3度目の優勝を飾った。
山部は2日の全日本選抜体重別選手権78キロ超級に続く優勝で、初の五輪代表に選ばれた。3位は梅津志悠しゆ(三井住友海上)と、
市橋寿々華(大阪府警)。

全日本女子柔道、山部佳苗がV…初の五輪代表に
http://www.yomiuri.co.jp/olympic/2016/20160417-OYT1T50081.html

リオデジキロネイロ五輪女子78キロ超級代表の最終選考会を兼ねて体重無差別で行われた。山部佳苗(25)=ミキハウス=が、
3年連続の顔合わせとなった代表最有力候補の田知本愛(27)=ALSOK=との決勝で、技ありから押さえ込んで合わせ技一本勝ち。
2年ぶりの制覇を果たした。代表はこの後開かれる強化委員会で決まる。
田知本は試合中に左膝を負傷し、試合後は担架で運ばれた。

山部佳苗2年ぶりV 田知本は左膝負傷/スポーツ/
http://www.daily.co.jp/newsflash/general/2016/04/17/0008998777.shtml

体重無差別で争う大会が行われ、3年連続の顔合わせとなった決勝では25歳の山部佳苗(ミキハウス)が27歳の田知本愛(ALSOK)に
一本勝ちし、2年ぶり3度目の優勝を果たした。
3位は梅津志悠(三井住友海上)と市橋寿々華(大阪府警)だった。
全日本柔道連盟は続いて報道陣に公開で強化委員会を開き、五輪代表を選考する。

山部佳苗が田知本愛に勝利2年ぶり3度目V 柔道
http://www.nikkansports.com/sports/news/1633365.html
0363名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/10(日) 18:13:15.04ID:CRTzPbAc
リオデジャネイロ五輪女子78キロ超級代表として有力視された田知本愛選手(27=ALSOK)は決勝で敗れて落選した。
70キロ級代表に決まっていた妹の田知本遥選手(25=ALSOK)との同時出場の夢は実現しなかった。
田知本愛選手はライバルの山部佳苗選手(25=ミキハウス)との決勝で左膝を痛めて一本負け。担架で運ばれた救護室で
「1パーセントでも望みがあるなら、その報告を待つだけです」と願ったが、かなわなかった。4年前のロンドン五輪も妹だけが出場。
この4年間は互いに励まし合い、あと一歩のところまで来ていたが、最後に悲運が待っていた。
妹は決戦に臨む姉を懸命にサポート。試合後は姉の乗った車いすを押して会場を離れようとした直前に代表漏れの知らせを聞き、
2人とも目に涙を浮かべた。愛選手は「すいません」と言うのが精いっぱいだった。

田知本愛落選で涙、姉妹同時五輪出場ならず 柔道
http://www.nikkansports.com/sports/news/1633365.html

田知本愛は担架に乗せられ畳を離れた。ライバル山部に無念の一本負け。終盤に足払いを仕掛けた際に自身の左膝を痛め、
何とか立ち上がったが、攻勢に出た相手にあらがえなかった。「最後まで戦えなかった悔しさがある」と小さな声を絞り出した。
昨年の世界選手権で2位となり、今年2月のグランドスラム・パリでは于頌、馬思思の中国勢を破って優勝。世界での実績で
五輪は近いとみられていたが、選考会の最後の2大会で連勝した山部に代表の座をさらわれた。
4年前もロンドン五輪代表入りを惜しくも逃した。「あの悔しさを忘れずにやってきた。この大会で出し切りたい」と意気込んでいたが、
またも悔しい結末となった。

田知本愛、無念の負傷=全日本女子柔道
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016041700226

全日本柔道連盟は17日、全日本女子選手権後に開かれたリオデジャネイロ五輪女子78キロ超級代表を決める強化委員会を報道陣に公開した。
試合会場と同じ横浜文化体育館で行われた会では、さまざまな意見が飛んだ。
代表争いの俎上(そじょう)に登ったのは、優勝した山部佳苗(25=ミキハウス)と準優勝だった田知本遥(27=ALSOK)。決勝は互いに技の
ポイントがないまま進んだ残り1分を切ってから、田知本が左膝を負傷。何とか立ったが、山部が攻勢を強めて隅落としから横四方固めで
一本勝ちしていた。
その後の直前のコーチ会議で作成された代表候補選手の原案で選ばれたのは山部だった。監督、コーチは満場一致だったが、強化委員会の
場では異論も出た。
ある委員がいの一番に追及したのは、選考基準のブレについて。超級をのぞく男女各6階級12人が決まった今月上旬の全日本選抜
体重別選手権後の強化委員会で最重視されたのは、国際大会の成績、外国勢との勝敗だったが、この日の78キロ超級に関しては、
「ここだけ別。2週間前とスタンダード(基準)が変わっているんじゃないか」という声が出た。
2人の国際大会の成績を比較すれば、田知本愛に軍配が上がるのは明らか。一昨年の世界選手権は銅メダル、昨年は準決勝でロンドン五輪
覇者のオルティス(キューバ)を破っての銀メダル、さらに2月のグランドスラムパリ大会では世界ランク1、2位の中国選手を下して優勝も飾った。
一方の山部は世界選手権は14年が7位、15年は銅メダル、グランドスラムパリ大会では初戦敗退に終わっている。
これに対し、強化委員会後の記者会見では、山下泰裕強化委員長はこう説明した。
「対外人、2年間の海外での実績、世界ランクでは田知本の方が若干良いじゃないかという声もあった。福岡の時(選抜体重別)には海外成績を
優先すると言いながら、国内で2回勝った(選抜体重別と全日本女子選手権)山部を選ぶのはいかがなものかと言う声もありました。しかし、
強化委員の方々のなかにやはり、海外の大会をよく見ているわけではない、しかも監督、コーチは全員一致で山部を選んでいる、その監督、
コーチが常に試合を見ている。2年間をみると同じように勝っている、体重別、全日本の優勝、内容も山部のほうが良かったし、一本で勝ったことを
評価することが多かった。挙手に至らずに山部に決まった」。
他にも田知本のケガの状況を考慮すべきという声や、山部の精神面での成長を期待する声もあった。最終的には多数決をとるための
挙手は行わなかったが、すんなりとはいかない選考となった。

強化委から異論の山部佳苗が代表 選考基準にブレ? - 柔道
http://www.nikkansports.com/sports/news/1633483.html
0364名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/10(日) 18:15:12.63ID:CRTzPbAc
悔しい
田知本愛 最後まで戦えなかった悔しさがある。(膝を痛めた後)立てるかどうかで五輪の可能性がなくなるのは嫌だと思って立った。

全日本女子柔道・談話
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016041700214

リオデジャネイロ五輪女子78キロ超級代表の最終選考会を兼ねて、無差別で行われた。3年連続の顔合わせとなった決勝は、
山部佳苗(25)=ミキハウス=が最有力候補の田知本愛(27)=ALSOK=に技ありからの押さえ込みで、合わせ技一本勝ち。
衝撃的な幕切れとなった。代表入りが有力視されていた田知本愛は、自身の左足払いが相手の足に接触した後、踏ん張りがきかなくなった。
「残り50秒で、五輪の可能性がなくなるのは嫌だった」と一度は立ち上がったが、力尽きた。試合後は立ち上がれず、担架で医務室へ直行。
そのまま病院に向かった。
5年越しの姉妹の夢はまたも散った。ロンドン五輪代表を逃してからは、国際大会でトップの実績を残してきた。既に70キロ級で
代表を決めている妹の遥(25)と、今度こそ姉妹で柔道初の同時五輪代表になるはずだった。
非情な結末に、田知本愛は座ったままぼう然。「まだ自分でも(状況が)わからない。最後まで戦えず悔しい」と力なく話した。

田知本また落選 姉妹五輪ならず/
http://www.daily.co.jp/general/2016/04/18/0009000134.shtml

今年2月のグランドスラムパリ大会で優勝し、大きくリードしていたはずの田知本だが、最後に悪夢が待っていた。
決勝の5分すぎに左膝を負傷。「(ケガは)初めての場所で分からない。最後は五輪の可能性がなくなるのが嫌で立ち上がった」と振り返ったが、
戦う状況ではなかった。試合後は会場内の診察室から病院へと搬送。12年ロンドンに続き、70キロ級の妹・遙との姉妹出場は夢と消えた。

田知本 最後に悪夢…決勝で左膝負傷 姉妹出場消える
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2016/04/18/kiji/K20160418012423840.html

夢舞台を奪い去る悲劇だった。田知本愛(27=ALSOK)が畳の上であおむけになり起き上がれない。決勝、残り1分を切った時。
山部の背面深く出足払いを放った直後だった。左脚から力が抜けた。痛みが襲う。「よく分からない。初めての感覚」。混乱のなか
「残り50秒で立てるかで、五輪の可能性がなくなるのは嫌だ」。奮い立ったが、脚は動かない。攻勢を許し、寝技で一本負けを喫し、
担架で救護室に運ばれた。
大会前まで十分なリードがあった。国際大会の成績では山部を大きく上回った。今月上旬の全日本選抜体重別選手権で準決勝で負けても、
優位は揺るがないとみられたが…。試合後は70キロ級でリオ五輪代表の妹遥に車いすを押され、検査のため病院に向かう間際に知らせを聞き、
2人で目に涙を浮かべた。愛は「すいません」の一言。妹だけが五輪に出るのはロンドン五輪と同じ。予期せぬケガ、そして一本負け。姉妹出場の
夢が散った。

田知本愛 姉妹五輪の夢散る 残り1分左膝に痛み - 柔道
http://www.nikkansports.com/sports/news/1633606.html

選抜体重別に続いて公開された強化委員会では「あくまで海外選手との対戦成績が優先だったのでは?ここでスタンダードを替えるのはどうか?」
などの意見があり、約20分にわたって意見が交換された。
それでも(1)田知本と山部の海外実績に大きな差はなかったこと(2)田知本の膝の状況が不透明なこと、などの説明を経て最終的には
山部に一本化された。

20分間の公開選考 最終的に山部に一本化
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2016/04/18/kiji/K20160418012423980.html

リオデジャネイロ五輪女子78キロ超級代表の最終選考会を兼ねて、無差別で行われた。3年連続の顔合わせとなった決勝は、
山部佳苗(25)=ミキハウス=が最有力候補の田知本愛(27)=ALSOK=に技ありからの押さえ込みで、合わせ技一本勝ち。
2年ぶり3度目の優勝で、2週間前の全日本選抜体重別に続いて連勝した。
前回に引き続き、報道陣に公開で強化委員会が行われた。山部の国際大会の実績で疑問も噴出したが、監督、コーチ陣は満場一致。
山下強化委員長は「直接一本で勝ったのは大きい。力を出しきれば金メダルも十分ある」と期待。女子の南條監督は「田知本と
(実績の)ポイント差はあったが大きくはなかった。全日本選抜体重別、今回を見て山部を選出した」と説明した。
ただ、全日本選抜体重別では優勝者よりも実績を優先していただけに、選出理由の一貫性に疑問は残る。

実績面疑問?強化委は満場一致
http://www.daily.co.jp/general/2016/04/18/0009000139.shtml
0366名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/10(日) 18:15:59.67ID:CRTzPbAc
体重無差別で行われ、78キロ超級世界ランク12位の山部佳苗(25)=ミキハウス=が2年ぶり3度目の優勝を飾り、リオデジャネイロ五輪代表
の座を射止めた。決勝では国際実績十分の同級5位、田知本愛(めぐみ、27)=ALSOK=に合わせ技で一本勝ち。今月の全日本選抜体重別に
続いて国内主要大会で連勝。代表有力視されていた田知本を最後の選考試合で逆転し、初の五輪切符を勝ち取った。
大会後に報道陣に公開で強化委員会を開き、山部が78キロ超級代表に選出された。山下泰裕副会長兼強化委員長(58)は会見で、
「山部は選抜体重別、全日本で2回勝ち、内容もよかった。さらに直接対決での一本勝ちは大きい」とこの日の決勝が決め手になったことを明かした。
委員会では、女子の南條充寿監督(43)とコーチ陣が「満場一致」で山部をリオ代表に推薦した。一部委員からは、2月のグランドスラム・パリで
優勝(山部は初戦敗退)した田知本の「国際大会での実績」を評価する声も出たが、別の委員は「14年以降の国際大会の優勝は2人とも4度で同じ」
と説明。さらに選抜体重別では男女代表12人中7人が優勝を逃しながらも「実績」で選出されており、「選抜の時と選考基準が違う」との
指摘もあった。

【柔道】女王山部の選考理由…田知本の実績より直接対決が決め手
http://www.hochi.co.jp/sports/etc/20160417-OHT1T50171.html

全日本女子選手権(17日、横浜文化体育館)全柔連は全日本女子選手権終了後に報道陣に公開で強化委員会を開き、山部佳苗を初の
五輪代表に選んだ。
日本女子代表の南條充寿監督やコーチ陣は4月の国内主要2大会を続けて制した山部を推薦したが、国際大会の実績を重視して
田知本愛を推す委員が相次いだ。
昨夏の世界選手権は田知本が準優勝、山部は3位。今年2月のグランドスラム・パリ大会で優勝した田知本に対し、山部は1回戦敗退だった。
結果的には田知本が左膝を負傷した事実が響いた。全柔連の山下泰裕強化委員長が「重量級の選手が膝をけがすれば時間がかかる。
思い切り戦える選手を出すべきではないか」と発言。これで流れが決まり、多数決にも至らなかった。
南條充寿・日本女子監督
「田知本のけがは関係なく、今日の試合内容と結果を見て山部に決まった。好調だった2年前の勢いはまだ戻っておらず、再び到達できるように
準備させたい」

田知本愛負傷で状況一転…山下強化委員長の発言で代表決定/柔道
http://www.sanspo.com/sports/news/20160418/jud16041805030001-n1.html

オリンピックの切符をかけた大会です。
小杉高校出身の田知本愛選手は、17日全日本女子柔道選手権の決勝で敗れ、リオデジャネイロオリンピック出場を逃しました。
女子78キロ超級の代表に最も近い、田知本愛選手。
父・又広さんが見守る中、すでに代表に内定している妹、遥選手とのオリンピック姉妹出場を目指し、決勝戦に挑みました。
相手は、ここまで代表を争ってきたライバルの山部佳苗選手。
互いに一歩も譲らず、試合は終盤へもつれこみます。
すると残り50秒、田知本選手が左膝を痛め畳に崩れ落ちます。
姉妹でオリンピックへ。
家族みんなの夢のため気力をふりしぼってなんとか立ち上がります。
しかし。
そのまま押さえ込まれ、合わせ技で一本負けを喫しました。
「お互い闘志のぶつかりあいでしたね。途中ああなりましたが、いい試合内容だったと思います」(父・又広さん)
「やっぱり妹と一緒に出たいっていう気持ちが強いです」(田知本愛選手)
しかし、試合後に開かれた強化委員会で、78キロ超級の代表には山部(やまべ)選手が選出され、姉妹でオリンピック出場の夢は
叶いませんでした。

全日本女子柔道選手権 田知本愛 リオ五輪逃がす
http://www.tulip-tv.co.jp/news/detail/?TID_DT03=20160418150800
0367名無しさん@お腹いっぱい。
垢版 |
2017/12/10(日) 18:16:33.90ID:CRTzPbAc
柔道界がまたまた“疑惑の選考”に揺れた。17日に全日本女子選手権(横浜文化体育館)が行われ、山部佳苗(25=ミキハウス)が
2年ぶり3度目の優勝。リオ五輪女子代表で唯一決まっていなかった78キロ超級代表の座も手にしたが、その選出をめぐり、
全日本柔道連盟の強化委員会では反対の声が続出した。すっきりしない結果となった舞台裏で、いったい何が起こったのか――。
代表選考レースで2番手と言われていた山部は、決勝で最大のライバルだった田知本愛(27=ALSOK)と対戦。気迫と意地がぶつかる
戦いとなったが、残り50秒となったところでアクシデントが発生する。田知本が左ヒザを負傷し、立ち上がるのもままならない。
これで優位に立った山部は隅落としからの横四方固めで一本勝ちした。
田知本は担架で救護室に運ばれ、その後、病院に搬送された。この大会の結果にかかわらず、田知本の五輪代表入りが有力とみられていたが、
ケガを負ったことで状況は一転。選考は展開が読めない状況となる。
混乱の中、報道陣に公開される形で行われた強化委員会は予想通り、大荒れとなった。事前に南條充寿監督(43)とコーチ陣が協議して選んだ
原案は山部。しかし、これに3人の強化委員が次々に反発した。
その理由は国際大会での実績だ。世界ランキングは田知本が5位で山部は12位。
直近の国際大会である2月のグランドスラム・パリ大会では田知本が優勝し、山部は初戦敗退だった。
山部はパリ大会後、今大会を含む国内2戦を連勝したが、海外に弱いイメージを払拭できなかった。また、男子代表の選考では競った階級で
国際大会の戦績が重視された経緯があり、ある強化委員は「(選考の)スタンダードが変わっていると思わざるを得ない印象」と痛烈に批判した。
最終的には「それほど明らかな差はあるのか。最後に2戦取った山部でいい」などの意見で決着したが、挙手による多数決は行われなかった。
また、男子の選考では資料に明記されていた国際大会の勝率や世界の強豪との対戦成績が山部と田知本の比較では明記されておらず、
別の強化委員は「山部ありきの選考」と公平性を疑問視した。
これまで何度も物議を醸してきた柔道の五輪選考。強化委員長を兼ねる全柔連の山下泰裕副会長(58)は「山部は優勝だけじゃなく、
内容もはるかによかった。順当だと思う。いいところを出し切れば、金メダルのチャンスがある」との見解を示し、選出は妥当と強調したが…。
選考の難しさを改めて浮き彫りにする結末となった。

山部ありき? 柔道五輪選考また大モメ舞台裏
http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/othersports/531767/

全日本柔道連盟は19日、女子78キロ超級の田知本愛(ALSOK)が「左膝前十字靱帯および外側側副靱帯損傷」で約2カ月の加療を
要する見込みと診断されたことを発表した。17日に行われた全日本女子選手権決勝で負傷した。この試合で山部佳苗(ミキハウス)に敗れ、
リオデジャネイロ五輪代表を逃した。

田知本愛は全治2カ月 全日本女子柔道で負傷
http://www.nikkei.com/article/DGXLSSXK20245_Z10C16A4000000/

全日本柔道連盟は19日、全日本女子選手権(17日、横浜)の決勝で左膝を負傷した田知本愛(ALSOK)が、左膝の前十字靱帯(じんたい)
および外側側副靱帯損傷で約2カ月の加療を要すると診断されたと発表した。
田知本愛は17日の決勝で山部佳苗(ミキハウス)に一本負けし、リオデジャネイロ五輪78キロ超級の代表を逃して補欠に回った。

田知本愛は全治2カ月=柔道女子
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016041900410
0368名無しさん@お腹いっぱい。
垢版 |
2017/12/10(日) 18:18:36.14ID:CRTzPbAc
柔道でリオデジャネイロオリンピックに出場する射水市出身の田知本遥選手が、今夜の壮行会を前に出身の保育園や小学校などを訪れました。
普段、東京で練習に励む田知本選手はこれがオリンピック前最後の帰省で、地元の子どもたちからの激励に大舞台にむけた決意を
新たにしていました。
およそ1年ぶりに地元に帰ってきた柔道女子70キロ級の田知本遥選手。
出身の小杉東部保育園を訪れ、小さな後輩たちから、全員の寄せ書きが入った横断幕と手作りのお守りをプレゼントされました。
田知本選手は、今年4月の全日本選抜体重別選手権で優勝。
リオの切符を掴み取り、代表決定後の会見では地元への思いを語っていました。
「地元富山県で高校まで育ち、本当にたくさんの人に力を貰っているんですけど、特に保育園の子どもたちにはロンドンのあとに大きながんぴと
似顔絵を貰ってそれを4年間、部屋に飾って力を貰ってきました」(田知本選手)
また10日は、母校の小杉中学校でも激励会が開かれ、全校生徒およそ740人が力強いエールを送りました。
田知本選手のオリンピック出場は、今回で2回目。
初出場だったロンドンでは大会中に左ひじを痛め、力を出し切れないまま7位に終わりました。
「ケガをしていても勝つ人はいます。自分には片手でも勝てる戦術と気迫が足りなかった」(田知本選手)
あれから4年。
悔しさを胸に練習に励んできた田知本選手。
地元の大きな声援を力にリオで、リベンジを目指します。
「本当にうれしかったです。うれしいしかないですね。東京に居ると柔道のことばっかりなので、こっちにきてすごく癒された。メダルを
持って帰ってきたい」(田知本選手)

柔道リオ五輪代表 田知本地元で激励会
http://www.tulip-tv.co.jp/news/detail/?TID_DT03=20160610175127

リオデジャネイロ五輪・柔道女子70キロ級に出場する田知本遥選手(25)(ALSOK)の壮行会が10日夜、
出身地の射水市で行われた。小中学校時代の恩師や地元住民ら約500人を前に、田知本選手は「もうひとがんばりして、
リオで夢を達成したい」とメダル獲得を誓った。
壮行会は午後7時から、射水市戸破のアイザック小杉文化ホールで行われた。夏野元志市長が「応援をパワーに
変えてほしい。市民一丸となって応援する」とエール。全日本で指導する2004年アテネ五輪金メダリストの塚田真希さんも
登壇し、激励の言葉を贈った。
田知本選手は「2か月後の本番で、自分が後悔しないよう、毎日を過ごしている。この4年間苦しいことも多かったが、
周りの支えでここまで来られた」と感謝の思いを口にした。
田知本選手は射水市の小杉中学校、小杉高校を経て東海大に進学。12年のロンドン五輪に出場し、7位の成績を残している。
この日は壮行会に先立ち、午前中に県庁を訪れ、石井知事とも面会した。

「リオで夢達成したい」…田知本選手メダル誓う
http://www.yomiuri.co.jp/local/toyama/news/20160610-OYTNT50397.html
0369名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/10(日) 18:19:06.17ID:CRTzPbAc
リオ五輪の女子柔道70キロ級代表で、富山・射水市出身の田知本遥(25)=ALSOK=が10日、富山に帰郷し、県庁や市庁、
小杉小、小杉中、小杉高を表敬訪問した。出身の小杉東部保育園では園児の歌で、号泣する場面も。激励会ではアテネ五輪
78キロ超級の金メダリスト、塚田真希さん(34)もサプライズ登場し、リオで悲願の金メダル獲得を誓った。
畳の上では強気の田知本も、園児の声に泣いた。小杉東部保育園の138人が、ゆずの名曲「栄光の架け橋」を歌い出すと突然、
感極まって号泣。小さな後輩たちのかわいらしい歌声に、涙があふれ出た。「昔から好きな曲。心に染みて、大号泣してしまいました」
と照れ笑い。この日は出身校の小杉小、小杉中、小杉高も訪問。「東京にいると、柔道の事ばかり考えているが、こっちに来て
癒やされています」と、リラックスした表情を見せた。
4月に五輪出場を決めた後は「まずは1回、リセットした。この2か月は、徐々に追い込むための準備期間」と田知本。
出場を予定していた5月のワールドマスターズは故障のため、大事を取って欠場したが、相手選手の研究に時間をかけてきた。
代表合宿に参加し、7月にはスペインでの合宿を経て、本番に挑む。
悔しさをバネにしてきた4年間だった。東海大4年の時に出場した12年のロンドン五輪では、準々決勝でリードしながらも、
左肘を痛めてまさかの敗退を喫した。その後は外国人選手に負けないように、体づくりを徹底。東海大で練習を続けながら、
キャンパスに近い標高240メートルの弘法山(神奈川・秦野市)を走り込んで強化。体つきも大きく変わり「心技体、全部で
成長できた」と手応えをつかんだ。
リオに向け、8月3日の誕生日に出発する。「最高の日に出発できてうれしい。チャンピオンになって帰ってきたい」と田知本。
地元の応援を受け、金メダルを持ち帰る。

【柔道】70キロ級・田知本、出身保育園児のエールに涙で「金」誓う
http://www.hochi.co.jp/sports/etc/20160610-OHT1T50172.html

柔道女子70キロ級でリオデジャネイロ五輪に出場する田知本遥選手(25)=ALSOK=が十日、故郷の富山県を訪れ、
出身校や地元の恩師らに「優勝して帰ってくる」と誓った。
射水市戸破のラポールでは市と県柔道連盟が開いた激励会があり、柔道関係者や出身校の後輩、地域住民ら四百五十人の
声援を浴びた。「四年間は苦しいことが多かったが、周りの支えでここまで来られた。あともうひと踏ん張りし、夢を達成したい」
と述べた。
小、中学校の恩師らには「誰のためでもなく自分のために思い切って戦って」などとエールを送られた。東海大の先輩で
アテネ五輪金メダルの塚田真希さんも登場し「非常に層が厚い階級の一つ。どういう状況にあっても対応して自分の柔道が
できるようサポートしていく」と励まされた。
ロンドン五輪のときから交流がある小杉東部保育園では、ゼロ〜五歳児百三十五人から似顔絵などを書いた横断幕と
お守り袋を贈られた。田知本選手が好きな歌手ゆずの曲「栄光の架け橋」を園児たちが合唱するサプライズもあり、
思わず涙ぐむ場面も。「難しい歌なのにありがとう」と大きなエネルギーをもらったようだった。
富山県庁や射水市の小杉小、小杉中、小杉高校にも立ち寄った。

450人の声援に「金」誓う 五輪女子柔道代表 田知本遥選手 射水で激励会
http://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/news/CK2016061102100019.html

柔道でリオデジャネイロオリンピックに出場する射水市出身の田知本遥(たちもと・はるか)選手の壮行会が10日夜、
地元で開かれました。
壮行会は、リオオリンピック柔道女子70キロ級に出場する田知本選手を応援しようと射水市と県柔道連盟が開いたものです。
会場には、市民や母校、小杉高校の柔道部員などおよそ450人が集まりました。
壮行会では、小学校や中学、高校時代の恩師が田知本選手に激励の言葉を送りました。
また、会場に集まった人たちから力強いエールを受け田知本選手は自身2度目のオリンピックへ決意を語りました。
「やっぱりどうしてもかなえたい思いと周りの支えでここまで来られました。本番はオリンピックなのであともうひと踏ん張りして
夢を叶えたい」(田知本遥選手)

柔道女子、田知本遥選手が壮行会でリオへ決意
http://www.tulip-tv.co.jp/news/detail/?TID_DT03=20160611120518
0370名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/10(日) 18:24:13.56ID:CRTzPbAc
リオデジャネイロ五輪の女子柔道70キロ級に出場する射水市出身の田知本遥選手(25)=ALSOK所属=が10日、
県庁に石井隆一知事を表敬訪問した。7位に終わった前回のロンドン五輪を振り返り、「悔しさは忘れられない。外国人選手に負けないように、
ウエートトレーニングに取り組むなど、心技体の全てが成長できた」と語った。終了後、報道陣には「柔道人生の集大成になると思う。
チャンピオンになって帰ってきたい」と力を込めた。
田知本選手は、五輪代表の最終選考会を兼ねた4月の全日本選抜体重別選手権で優勝し、2大会連続の五輪出場を決めた。
この日、石井知事に「4年前は、勢いでつかんだが、今回は自分の手と足で代表をつかみ取ったので、うれしさは大きかった」と五輪出場決定の
喜びを語った。同行した橘川謙三・県柔道連盟会長も「精神面が特に強くなった。リオでは一番高い所に日の丸を上げてくると思う」と期待を寄せた。
石井知事は「4年前より風格が出ている。体調管理に気を付けて頑張ってほしい。みんな期待している」と激励した。
田知本選手は東京都内で合宿した後、7月からスペインで外国人選手との合宿を経て、8月3日、リオデジャネイロへ向かう。

田知本遥選手:リオ五輪代表 「柔道人生の集大成に」 知事訪問
http://mainichi.jp/articles/20160611/ddl/k16/050/256000c

リオデジャネイロ五輪に出場する柔道女子70キロ級の田知本遥選手(25)=射水市出身、ALSOK=を応援しようと、
父又広さん(52)らが特製ポロシャツを作った。長年声援を送り続ける親戚や知人らで着用し「心を一つにして少しでも
遥の力になりたい」と話している。(兼村優希)
紺地のシャツに、左胸には白字に赤の縁取りで「遥 JUDO」とプリント。背中には「TACHIMOTO 遥」などの文字と日の丸が躍る。
又広さんは、「試合ではコーチから『はる』と名前で呼ばれることが多いので、遥の字を入れたかった」とこだわりを語る。
四月の全日本選抜体重別選手権で田知本選手がリオ切符を獲得した後、同月末ごろからデザイン案を練ってきた。四サイズ、
計六十枚作り、現地での応援や地元でのパブリックビューイングなどで着るという。
リオの会場に駆けつけるのは又広さんと、田知本選手の応援団長を自認する伯母江川美由紀さん(55)、栄治さん(63)夫婦。
「普段の力で金メダル」「けがのないようにロンドン五輪の雪辱を果たしてほしい」と期待を込めた。 

田知本遥選手応援 これで心一つに 父・又広さんら 五輪へ特製ポロシャツ
http://www.chunichi.co.jp/article/toyama/20160622/CK2016062202000037.html
0372名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/10(日) 18:25:07.99ID:CRTzPbAc
不思議な巡り合わせがあるものだ。リオデジャネイロ五輪で、ともにメダル獲得が期待されるレスリング女子48キロ級の
登坂絵莉選手(22)の父修さん(52)=富山県高岡市=と、柔道女子70キロ級の田知本遥選手(25)の父又広(やすひろ)さん(52)=
同県射水市=は、高岡第一高校(高岡市)の同級生。中学時代は共に柔道に打ち込み、大会で対戦したこともあった。三十年余り
の時を経て言葉を交わした二人は「まさか娘同士が一緒に五輪に行くなんて」と一カ月後の本番を心待ちにしている。
富山県総合体育センターで今年五月上旬にあった県スポーツフェスタの総合開会式。県ゆかりのリオ五輪代表選手の表彰があり、
二人の父が代理出席した。
又広さんが遅れて会場に着くと、修さんが席に座っていた。「おう、久々やな」。まともに話すのは高校卒業以来だ。「やっぱりよく
食べる子が格闘技は強くなる」と、互いの娘の話に花が咲いた。
小学生の時に柔道を始めた又広さん。体が大きく、無差別級で活躍。射水市小杉中学校では団体で全国大会を制した。修さんは
「強いし、有名人やったね」と懐かしむ。自身も高岡市国吉中学校では軽々量級で県大会優勝を果たすなど負けてはいなかった。
出稽古で同じ畳で汗を流すこともあった。階級が違い、組み合う機会は限られたが、修さんは数少ない対戦を今でも覚えている。
三年の地区大会。団体戦で大将同士、畳に上がった。「とにかく怖くて逃げたかった」と修さん。得意技の一本背負いを仕掛けたが、
又広さんはびくともせず。あっという間に投げられた。「全然かなわんかった」と苦笑いする。
当時、高校の最も軽い階級は62キロ。体重が四五キロだった修さんは高校でレスリングに転向。二年の時に国体で
男子グレコローマンスタイル48キロ級を制すまでの実力をつけた。又広さんも柔道部で活躍を続けた。
昨年九月の世界選手権で登坂選手が金メダルに輝き、一足先に事実上の代表内定を勝ち取った。田知本選手も今年四月の
全日本選抜体重別選手権でライバルを破って優勝。二大会連続の五輪出場を決めた。修さんは「絵莉がまだ海のものとも
山のものともわからないころ、既に田知本さんは第一線で活躍していた」。又広さんは「登坂さんは富山県の最有力の
金メダル候補や」とたたえ合う。
リオでは柔道とレスリングが同じ会場で、まずは八月十日(現地時間)、田知本選手が前回ロンドンの雪辱を期し、畳に上がる。
登坂選手は十七日に試合に臨む。二人の父は「互いの活躍は気になる。ここまで来たらどちらも悔いのない試合を」と願う。

「戦友」が再会 娘活躍願う リオ五輪代表 登坂、田知本遥選手の父
http://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/news/CK2016070502100029.html

リオデジャネイロ五輪柔道女子70キロ級代表の田知本遥(ALSOK)は7日、国際合宿が行われたスペインから成田空港に帰国し「多くの外国勢と
何度も組み合えた。収穫があったし、行ってよかった」と手応えを語った。
2大会連続五輪出場の25歳、田知本は4日間の練習で昨年の世界選手権を制したジブリズ・エマヌ(フランス)ら世界ランキング上位選手と乱取りを
重ねたという。今後は母校の東海大を拠点に調整し、男子との練習も予定。「気持ちが高まってくると同時に、ここからが精神的にきつくなる。
自分を追い込んで仕上げたい」と意気込んだ。

田知本、外国勢相手の合宿で手応え「収穫があった」/柔道
http://www.sanspo.com/rio2016/news/20160707/rio16070714370016-n1.html
0373名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 15:58:48.06ID:fg2LScVO
リオデジャネイロオリンピック、柔道女子70キロ級で田知本遥選手が金メダルを獲得しました。
オリンピック2大会連続出場の田知本選手は1回戦で一本勝ちしたあと、2回戦と準々決勝を、いずれも延長戦の末、勝ち上がり、準決勝に進みました。
準決勝ではドイツのラウラ・バルガスコッホ選手と対戦し、序盤から積極的に攻めた田知本選手は、大外刈りで技ありを奪って優勢勝ちしました。
決勝ではロンドン大会の銅メダリストでコロンビアのジュリ・アルベアル選手と対戦し、谷落としで技ありを奪ったあと、抑え込みで一本勝ちし、金メダルを
獲得しました。
田知本選手は「最後に抑え込んだときは、もう絶対離さないと思ったし、自分で秒数は見えなかったのですが、あと何秒って思って耐えました」と話していました。
オリンピックのこの階級での日本選手の金メダル獲得は、北京大会の上野雅恵さん以来2大会ぶりで、今大会の柔道女子では初めての金メダルです。
田知本選手「試練のすべてが成長させてくれた」
田知本遥選手は2回戦で世界ランキング1位のオランダのキム・ポーリング選手と対戦し、終始、積極的に技を繰り出して延長戦の末、有効を奪って勝ちました。
田知本選手は「この試合が山で、自分は金メダルか、メダルなしか、どちらかだと思っていたが、勝てれば絶対に金メダルを取れると思っていた」と振り返りました。
決勝で対戦した、コロンビアのジュリ・アルベアル選手は日本人が指導し、頻繁に日本でも練習している選手で、田知本選手は「手の内を知られていて少し嫌だったが、最高の舞台で自分の力を出しきろうと思った。技に気持ちを乗せると言い聞かせて戦った」と話しました。
そして、抑え込みで勝負がついたことについて、「オリンピックで勝つなら確実な抑え込みでと、ずっとイメージしていた。想像どおりになって、うそみたい」と笑顔を
見せました。
田知本選手は去年、海外での国際大会の前に不注意から市販の風邪薬を飲んだため、出場を取り消すことになって処分を受けたときや、ともにオリンピック
出場を目指した姉の愛選手が、ことし4月の最終選考会で敗れて出場を逃した時など、精神的に苦しい時期もありましたが、それを乗り越えての金メダルでした。
田知本選手は「姉が負けたあと、ショックで一時、練習に集中できかなったが、ずっとそばにいてくれていると感じていた。きょうの日のために今までの試練が
あった。いっぱいありすぎて『なんで』とも思っていたが、そのすべてが自分を成長させてくれた」と感慨深そうに話しました。
南條監督「人間的成長が金メダルに」
柔道女子日本代表の南條允寿監督は「当初は最初の4階級で金メダル量産と考えていた。うれしい誤算ではないが、女子の7人の代表選手でただ1人、
世界選手権やオリンピックのメダルを取ったことのない田知本が最高の結果を出し、あすからの2人にもつながる」と話し、今大会日本女子初の金メダルを
喜んでいました。
そのうえで、田知本選手が去年、海外での国際大会の前に不注意から市販の風邪薬を飲んだため、出場を取り消すことになって処分を受けたことについて、
「多くの人に迷惑をかけ騒ぎにもなったが、代表選手として責任感を持って行動しないといけないという思いが強くなった。人間的に成長するきっかけになり、
それがきょうの金メダルにつながった」と分析していました。
田知本選手のこれまで
女子70キロ級の田知本遥選手は富山県出身の26歳で、2大会連続のオリンピック出場です。
初出場だったロンドン大会では準々決勝と敗者復活戦で敗れ、7位に終わりました。その後3年間は世界選手権の代表の座を国内のライバルたちに
奪われましたが、去年7月と10月に国際大会を2連勝し、ことし2月の国際大会でも2位に入るなど実績を残しました。そして、4月の国内最終選考会で優勝し、
2大会連続でオリンピック代表の座を勝ち取りました。
田知本選手は世界選手権でも個人でのメダルはありませんが、今大会は快進撃を続け、日本のこの階級では北京大会まで2連覇した上野雅恵さん以来となる
オリンピックの金メダルを獲得しました。
0374名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 15:59:13.41ID:fg2LScVO
地元の富山で後輩らが声援
田知本選手の地元、富山県射水市では中学校や高校の柔道部の後輩などが集まって声援を送りました。
射水市にあるアイザック小杉文化ホールでは10日午後10時からパブリック・ビューイングが行われ、田知本選手が通った小杉中学校や小杉高校の卒業生や
柔道部の後輩など、およそ200人が集まりました。
会場には大型のスクリーンが設置され、決勝でロンドン大会の銅メダリスト、コロンビアの選手を抑え込むと会場は大きな歓声に包まれ、一本勝ちが決まった
瞬間、抱き合って喜んでいました。
中学校時代の柔道部の先輩に当たる男性は「田知本選手の快挙に心が震え、金メダルが決まった瞬間は鳥肌が立ちました。心から『おめでとう』と伝えたい」
と話していました。
高校時代に監督として指導した二瀬寛之さんは「高校時代から非常にまじめで、1つ1つの課題に対しきっちりやる選手だった。きょうは隙のない柔道で目標の
金メダルを取ってくれて本当にうれしいです」と笑顔で喜んでいました。


柔道女子70キロ級 田知本が金メダル
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160811/k10010631011000.html

リオデジャネイロ五輪第6日の10日、柔道女子70キロ級決勝で田知本遥(26)=ALSOK=がジュリ・アルベアル(コロンビア)を下し、
日本選手団女子の金メダル第1号に輝いた。日本の「金」は競泳男子400メートル個人メドレーの萩野公介(21)=東洋大、柔道
男子73キロ級の大野将平(24)=旭化成、体操男子団体総合を含め4個目。
田知本は組み手を封じられる苦しい試合が続いたが、我慢強く戦った。闘争心やスタミナは衰えず、勝負どころで得意技の大外刈りが威力を発揮した。
7位だった前回ロンドン五輪の悔しさを晴らした。
柔道女子は前日までの4階級で頂点を逃したが、田知本の優勝で、1996年アトランタ五輪から6大会連続の金メダル獲得となった。

柔道女子・田知本が「金」 日本女子第1号
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFK11H04_R10C16A8000000/

きょうの日のために
田知本遥 最高の舞台で決勝を戦えることを幸せと思った。相手の対策もしてきたけど、自分の柔道をして終わろうと思った。最後は絶対に抑え込んで
離さないつもりだった。時計は見えなかったが、自分であと何秒、と思っていた。(4年間)本当に苦しいことが多かった。でも、きょうの日のために
あったのかなと思う。
歴史に名刻んだ
ベイカー茉秋 朝からすごく調子が良くて、いけるんじゃないかと思った。(この階級で日本勢初の金メダルで)歴史に名を刻んだ。井上監督が
五輪でチャンピオンになったのを見て柔道を始めたので、小さい頃からの夢だった。それが達成できて、すごくうれしい。(監督からは)
一番オーラがあると言われていた。
恐るべし
井上康生男子監督 ベイカー茉秋、恐るべし。彼は大舞台になればなるほど燃えるタイプだが、90キロ級は非常に強豪が多く、厳しい戦いになると思っていた。
最後まで諦めずに泥臭く戦った姿は、初出場で若いのに見事だった。
驚いている
南條充寿女子監督 (日本女子で初の金メダルが)予想とは違うところからだったので、正直驚いている。田知本が出だしのつまずきを全て吹き飛ばしてくれた。
全体的に集中が切れなかったことが一番の勝因。

リオ五輪・談話(柔道)〔五輪・柔道〕
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081100075
0375名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 15:59:35.68ID:fg2LScVO
「本当に苦しくて、柔道をやめたいと思った。でも、今日のためにあったのかなと思う」。田知本遙選手(26)は試合後、メダルに届かなかった
ロンドン五輪からの4年間の苦闘の日々を「走馬灯のようにこみ上げてくる」と振り返った。
日本柔道陣では1人だけシード権を得られず1回戦から登場した。「最高の舞台で戦えることは幸せだ。自分の柔道を全部出し切ろうと思った」。
決勝は消極的とみなされ指導を受けたが、相手の足技を返して横四方固めに持ち込んだ。「もう絶対離さないと思った」。20秒抑え込んでの一本勝ち。
今大会の日本柔道女子に初めての金メダルをもたらした。
ロンドン五輪ではけがで力を出し切れず7位。「正直若さだけ。目の前しか見えていなかった」と父の又広さん(52)。技を研究され、国内の大会でも勝てない
時期が続き、引退を考えたこともあったという。
昨年2月の国際大会では市販の風邪薬を服用したためドーピング違反の懸念から欠場し、警告処分を受けた。もがき苦しんだが、家族や周囲の励ましを
受けて畳に上がった。4月の全日本選抜体重別選手権で優勝し、下馬評を覆してリオへの切符をつかんだ。
表彰式で金メダルを首にかけられると、手にとってその重みを確かめた。君が代が流れ、掲げられた日の丸を見つめる目に涙が浮かんだ。
表彰式の後、「ずっとほしかったものが今こうして手元にあることが信じられない。本当にこういうふうに報われて最高」と笑顔で話した。
故郷の富山県射水市では市民ら約200人が公共ホールに集まり試合を見守った。「金」という最高の結果に「やった」「おめでとう」と大歓声に包まれた。
田知本選手が県立小杉高に在学中に柔道を指導したという二瀬寛之さん(51)は「ロンドン五輪での悔しい思いを力に変えて本当によくやってくれた。
逆に励まされました」と感慨深げ。小杉高3年で柔道部員の野原陽万里さん(18)は「憧れの先輩。私もうれしいです」と笑顔で話した。

田知本「苦しさ、今日のため」柔道女子金1号
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG11H9X_R10C16A8CR8000/

女子70キロ級の田知本遥(26)が、決勝でジュリ・アルベアル(30)を合わせ技一本で破り、金メダルを獲得した。
2012年のロンドンでは準々決勝で敗れ、敗者復活戦にも敗れる屈辱で7位に終わっていただけに、見事にリベンジを果たした。2分19秒、
谷落としで技あり、横四方固めで押さえ込み、合わせ技一本。天を仰ぎ、目を押さえた。
田知本は、1回戦で周超(29)に谷落とし、けさ固めの合わせ技一本で突破。2回戦は第1シードのキム・ポリング(25)と
延長1分33秒、大外刈り(有効)で勝利。準々決勝はケリタ・ズパンチッチ(26)を延長28秒、谷落とし(技あり)で突破。準決勝では
ラウラ・ファルガスコッホ(26)に大外刈りで技ありを奪い優勢勝ちしている。
田知本遙「苦しかったんですけど、一戦一戦、この日までも苦しかったんですけど、本当に言葉にできないくらいうれしいです。ずっとほしかったものが、
こうして手元にあるのが信じられない。最高です」

【柔道】田知本、女子勢初の金!涙の奪取…女子70キロ級
http://www.hochi.co.jp/sports/etc/20160811-OHT1T50083.html

リオデジャネイロ五輪の柔道女子70キロ級で金メダルを獲得した田知本遥(ALSOK)は、表彰式でメダルを授与された後、
「ずっと欲しかったものが今こうして手元にあることが信じられない」と話した。 田知本は表彰式の後、涙を流す姉の愛(めぐみ)
に金メダルをかけ、喜びを分かち合った。
改めておめでとうございます
「ありがとうございます」
メダルを首にかけてもらったときにちらっと見ましたけど、まだじっくり見てないんじゃないんですか、どうですか、金メダル眺めて
「ずっと欲しかったものが今こうして手元にあることが信じられないです」
ロンドン五輪のときは首が寂しかったですもんね
「そうですね。手ぶらで日本に帰る辛さを知っているので、何が何でもという思いはありました」
「金メダルが決まってから、お姉さんと話すチャンスはありましたか」
「たぶん今そこになんかいました」
目線は合いましたか 「はい」
目ではどんな会話しました
「えへへ、目ではって、ふふふ。『やったよ』っていう」
4年間が報われましたね 「そうですね。こういう風に報われて最高です」
今度は首もとちょっと重い金メダル、持って日本に帰ってください 「噛みしめて。ありがとうございます」

【五輪柔道】女子70キロ級「金」の田知本遥が表彰式で「ずっと欲しかったものが手元にある…」
http://www.sankei.com/rio2016/news/160811/rio1608110044-n1.html
0378名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:02:48.00ID:fg2LScVO
女子70キロ級金メダルの田知本遥(26=ALSOK)は目をうるませながら言った。「本当に苦しかったです。柔道を辞めたいと思ったし。でも、
今日のために(苦しい時期は)あったんだなって思います」。東海大4年で初出場したロンドン五輪は7位。翌13年の世界選手権では初戦敗退するなど、
もがき苦しんできた。再び歩み出す力を得たのは2年前の夏だった。
あの屈辱を味わった地が再び歩み出す力を与えてくれた。12年、初出場だったロンドン五輪。「力が出し切れなかったとは思わなかったですけど、
なんか中身があんまり、準備というのがなかったかなと思います。頭で考えて相手に対して、というのが無かった」。準々決勝での左肘負傷の影響もあり、
敗者復活戦でも敗れて7位に終わった。
苦い思い出がある、その英国の地を再び踏んだのは、2年後のことだった。
「変わらなきゃいけないけど、頑張り方が分からなくてずっともがいていて、そんな時期に海外に行ったんです」。
指導者からの薦めで、14年夏に1カ月にわたり英国に滞在した。基本は柔道クラブを回り、国の強化施設に2週間、残りは1人部屋を借りて生活した。
「新鮮でした。見るものがすべて新鮮で。リフレッシュしたというか、いろんな方向から柔道を見れて」。
道場で見たのは多くの笑顔。仕事をやりながら打ち込んでいたり、好きだからこそ毎日稽古に励む人々の姿があった。「みなさん本当に柔道を好きで
やっている。生き生きしてやっているのを見て、初心を思い出しました」。
帰国後、1つの感情が芽生えた。「感謝の気持ちが強くなりました。環境にも、こうやって頑張ってくれる体にも、姉(78キロ超級の愛)や家族の存在も、
当たり前じゃないんだなということを身をもって経験したので」。進むべき方向を見失っていた心は、敗北に打ちひしがれた土地が、再生の場所となって
導いてくれた。「そういう気持ちの転換が柔道に非常によかったんだな、と思います」。
2度目の夢舞台を終え、田知本は笑みを浮かべた。「苦しかったですけど一戦一戦。いやこの日までも苦しかったですけど。やっと終わったなという。
それが最高の気持ちで終われて幸せです」。好きな柔道で最大の恩返しとなる金メダル。78キロ超級の代表が有力視されながら選ばれなかった姉愛の
首に金メダルをかけ、泣き笑いの顔で記念写真におさまった。

田知本、苦い思い出残る英国修行で「初心」取り戻す - 柔道
http://www.nikkansports.com/olympic/rio2016/judo/news/1692851.html

ひたすら前へ出て、技を繰り出した。劣勢にあっても迷わず一歩を踏み出した。優勝候補に挙がらなかった女子70キロ級の田知本が頂点へ。
「走馬灯のように込み上げてきた」。それは山より谷ばかりで苦しかった4年分の思いだった。
得意の大外刈りを磨き、相手の研究と対策も怠らず、やり残したことはなかった。ヤマ場だったポリングとの2回戦は大外刈りで追いつき、逆転。
アルベアルとの決勝は指導でリードされたが、こん身の谷落としから抑え込んで一気に仕留めた。
 4年前のロンドン五輪は7位。そこから、もがき始めた。変わりたくても変われず、引退を考えたこともあった。ドーピング規定に抵触する市販薬を
服用して昨年2月には国際大会を欠場し警告処分を受けた。「心が折れそうになった」と振り返る。それでも懸命に自分を鼓舞し、はい上がった。
 嫌いだった筋力トレーニングに取り組み、練習拠点の東海大では73キロ級前後を中心に、時には90キロ級の男子選手とも組み合った。
南條監督がたたえる「外国選手に引けを取らない体幹の強さ」はそこから生まれ、技の威力は増した。
 五輪代表の座をつかんでからは技も研究も対策も、敗北につながるような隙間を徹底して埋めてきた。どん底からつかんだ金メダル。苦節の日々に
「酸いも甘いも知って、執念深くなった」という心の変化が、最後のピースだった。

どん底からつかんだ金=田知本、執念深く−柔道〔五輪・柔道
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081100202
0379名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:03:08.50ID:fg2LScVO
ロンドン五輪で7位に終わった女子70キロ級の田知本遥(ALSOK)が、リオ五輪ではリベンジに成功し、日本柔道女子として初の金メダルを獲得した。
田知本は「最後は(抑え込んで)絶対に離さないと思いました。4年間で一番変わったのは、気持ち。どん底を味わったけれど、失敗を乗り越えて強くなった」と
自身の成長を実感した。多彩な選手がそろう激戦の階級で、“凛とした柔道”を貫いた。
田知本の所属先は、富山県の小杉中から小杉高、東海大を経てALSOK入りするまで2歳上の姉、愛(めぐみ)とまったく同じ。78キロ超級で五輪出場を
目指す姉の背中を見ながら歩んできた。
出身地の富山県射水市小杉地区は柔道の盛んな地域で、父の又広(やすひろ)さんは、小杉中が初めて全国制覇したチームの主将である。
姉妹は幼いころから熱心な指導を受けていたが、小学生のころの田知本は「正直なところ、イヤイヤだった」という。「姉もやっているから」という思いから週2回、
遊び感覚で練習する程度だった。
田知本が競技にのめり込んでいくのは中学生になってから。小杉中1年生の夏、全国大会でいきなり3位(63キロ級)に入り、柔道の面白さに目覚めた。
「優勝できそうな自分」が見え、「あと一歩だ」と思った。また、監督である朽木淳司教諭の指導方針から、小杉中には「女子柔道部」がなく、田知本姉妹は
男子と一緒に稽古したので、練習の質と量は必然的に多くなっていた。
残念ながら、2年生で準優勝、3年生の時は5位(70キロ級)と、日本一になれないまま中学を卒業した田知本だったが、小杉高入学後は1年生で姉と一緒に
戦って団体優勝。2年生の時もチームの主力となって団体を制し、3年生では個人で優勝を果たした。田知本にとって姉・愛はどんな存在なのか?
「双子の姉妹のように同じ道を歩んできました。姉はコツコツと努力して欠点を直していくタイプ。『負けないくらい練習しよう』と思わせてくれる存在であり、
いつも刺激を受けてきました。階級は違いますが、ライバルのように意識してきました。団体戦で同じチームとして戦う時は心強く感じます」(田知本)
いつも叱咤激励してくれる姉の言葉が、ひときわ厳しさを増したのは、昨年2月。田知本が「どん底」を味わっていた時期である。国際大会前に、
全日本柔道連盟から服用可能な薬を渡されていたにもかかわらず、ドーピング違反の危険性がある市販の風邪薬を使ったため、欠場せざるを得なくなり、
警告を受けた。柔道人生最大のピンチだった。
競技の面でも2012年のロンドン五輪以降、思った通りの柔道ができず苦しんでいた。ロンドン五輪では、準々決勝で先に有効を二つ取っていたものの、
左ひじを負傷して有効を二つ奪われ、旗判定で敗退。敗者復活戦でも気持ちが乱れて指導を受け、メダル獲得はならなかった。13年の世界選手権で
日本代表に選ばれるも、初戦敗退。勝てない時期が続いた末に、ドーピング違反の危険を冒しそうになるというトラブルに見舞われ、田知本の心は折れかかっていた。
その時、姉から「何しているんだ! やれることをやりなさい」と叱られ、目が覚めた。当時を振り返り、「打ち消そうとしても湧き上がってくるネガティブな
思いと戦い続けた」と田知本。どん底からはい上がり、国内予選である全日本体重別選手権ではライバルを下して再び五輪代表の座を勝ち取った。
一方、姉はロンドンに続いて五輪出場はならなかったため、田知本の思いは複雑でもあった。
苦しんだ分、成長は周囲にも明らかだった。アテネ五輪女子78キロ超級の金メダリストで、東海大、ALSOKの先輩として助言を送る塚田真希さんは
田知本の変化をこう語る。「代表落ちもあり、本当に苦しんでいた。4年前は若さばかりが目立っていた。でも今はいぶし銀。ウオーミングアップを
見ていると充実感が伝わってくる。まるで別人」との評価だ。
1回戦は合わせ技で周超(中国)に一本勝ち。2回戦は第1シードのキム・ポリング(オランダ)に延長戦の末、有効を奪い勝利を収めた。準々決勝の
ケリタ・ズパンチッチ(カナダ)戦は、両者ポイントなしのまま延長となり、谷落としで技ありを奪って試合を決めた。準決勝でラウラ・ファルガスコッホ(ドイツ)に
優勢勝ちし、決勝へ。最後はユリ・アルベアル(コロンビア)の背負い投げを返して有効を奪うと、そのまま横四方固めで抑え込み、一本勝ちした。
 「ロンドン五輪での悔しさを晴らした。きょうは、柔道人生で最も充実した日です」。観客席には、目を真っ赤にして戦いを見守る愛の姿があった。
「リオ五輪が集大成」との思いで臨んだ田知本は、姉と一緒に2度目の五輪を戦い終えた。

女子柔道・田知本遥が金メダル獲得 折れかけた心を救った姉の言葉とは
http://news.livedoor.com/article/detail/11875671/
0381名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:04:00.33ID:fg2LScVO
金メダルを取った感想は?
まだ実感はないですけど、やっと終わったなって感じです。うれしいです、最高の気持ちで終わって。(試合後は)もう湧き出てくるものの方が大きくて、
今までのことが走馬灯のようにこみ上げてきました。
決勝戦で勝ち名乗りを受けたあと、一番最初に浮かんだことは?
やったー、って感じですかね(笑)。
決勝戦に臨む前の表情が落ち着いているように見えたが、その時の心境は?
もう決勝戦のときは、もちろんメダル確定で安心してはいけない、五輪チャンピオンに絶対になるんだと自分に言い聞かせた部分はあるんですけど、
でもこの最高の舞台で、ファイナルで戦えることを幸せだなと思って、もう自分の柔道を、相手の癖とか対策とかもやってきたけど、自分の柔道を出して
終わろうと思いました。
最初に指導を取られて、その後焦りはなかった?
でも技に気持ちを乗せようと思っていて、技で勝とうと思っていたので、全部自分の技を当ててみようという気持ちがありました。
相手の投げをこらえて返した技だったが、あの場面の心境は?
とっさに出たことでしたけど、でも練習してきたことだったので、そういう場面で出せて良かったなと思います。
(7位だった)ロンドン五輪との違いを挙げるとするなら?
地に足が着いていて、本気で金メダリスト、チャンピオンになりたいという気持ちで挑んだという部分があります。初めて(ロンドン五輪)のときは
ちょっとわくわくした気持ちとか、どんなことか分からなかったのもあって、ちょっとふわふわしていた気もしますけど、今回は2回目ということもあったし、
何が何でもチャンピオンになりたいっていう強い気持ちがありました。
畳を降りた瞬間に、女子代表の南條(充寿)監督から耳元で声をかけられていたが?
「金メダル取ってからが(本当の)価値を見いだされるぞ」ということを言われました。
あらためて、ここまでの4年間を振り返って。
本当に苦しいことが多くて、でも今日のためにあったのかなと思います。
今日の試合では大外刈りがよく決まっていた。
本当に大外刈りに助けられたというか、小さいときからやっている技ですし、そこに気持ちを全部乗せたっていう感じですかね。
勇気を持って踏み込んだ?
返されたらしょうがない、くらいの気持ちで(いきました)。
会場に駆けつけたご家族の存在は励みになった?
はい、励みになりました。
五輪代表を逃した姉・愛さんの存在はこの数カ月間、どうだった?
すごく大きかったですね。お姉ちゃんが思う気持ちもいろいろあったと思うけど、その気持ちを隠して、自分をすごくサポートしてくれて。今までにないくらい
優しかったのでちょっと戸惑いましたけど(笑)、でもやっぱりその分本当に頑張らなければなと思っていました。
どのようなサポートを?
練習場に一緒に行ったりとか、日めくりカレンダーみたいなものを友達とか先生方とかと一緒に作ってくれたり。現地に入ってもすごく調子が
上がらなかったんですけど、そういうときに携帯で連絡取ったりとかして、励ましてもらいました。
今日の日めくりカレンダーはどんなものだった?
今日の日めくりカレンダーは、みんながガッと集まってる写真で、「あと1日」というものでした。
0382名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:05:09.40ID:fg2LScVO
以下、表彰式後のコメント。
メダルを手にした感想は?
重いですね。
いろいろ思い出すことがあったと思うが、一番最初に思ったことは?
お姉ちゃんが下に降りて来て会ったのですが、これ(メダル)を掛けてあげたんですね。泣いてたんです、お姉ちゃん(笑)。姉の存在は大きいですよね、本当に。
どんな声を掛けられたか?
お姉ちゃんですか? 泣いてました。心臓が飛び出るかと思ったと言っていて、本当にうれしいって言ってもらい、ドギマギしました(笑)。なんか
泣いちゃいましたね。
薬の問題(※)もあったが、その時のことも思うとどうか?
それも含めてですけど、さまざまな試練があったため、常に近くにいる存在の姉が、サポートしてくれたので、本当にここまで来れたと思います。
2015年に市販の風邪薬を飲んでしまい、その薬にドーピング規定に違反する物質が含まれていたため、大会を欠場した。
昨日まで金メダルがなかったが、それをどう受け止めたか?
特に気にしないようにしていました。みんなが勝ってきても、負けてきても、どっちにしろ、やっぱり圧というのは同じことなので、
自分のやるべきことはただひとつだったので。気になっていたけど、あんまり気にしないようにしていました。
いろいろなことがあって、自分がどう変われたか?
執念深くなりましたね。思いも強くなったし。なんて言うんですかね? いろいろなことを経験して、酸いも甘いも経験したというか。4年前は、多分、
甘さしか知らなかった。
先に有効を取られたが、前だったら心が折れていたか?
そうですね。でも逆に先に取られたので、もう行ってやろうと思いました。
有効を取られた後、同時に前に出て技を掛け合い、そこで田知本選手が技ありを取ったが、あの場面は何を考えていたか?
あそこで「いけるぞ」という観客席から先生方の声聞こえたので、そこでグッと押し込めました。
大外刈りは誰に教わった?
幼少期に、父に教わったと思います。
自信のある武器になったか?
今までもそうだし、これからもそうだと思います。
4年間でどこが強くなった?
やっぱり緻密な部分。準備をしっかりするようになりました。部分稽古とか、寝技とか。やっぱり試合の中で隙のない展開、試合を作るために、
そういう隙間を埋めて、立ち技だけでなく流れとか。そういうのを徹底したり対策を練って、これで負けたらしょうがないという準備を繰り返して、
ノートにいっぱい書いたりしました。
場外際の攻防も練習してきた成果?
場外際の練習はないですけど、来たのを返すとかはやっていました。
4年前と稽古も変わったと思うが、やりやすかった制度の変更点は?
担当コーチ制になったりして、ほとんど階級別に任されるようになって。合宿でも先生と相談して、やろうと言ったことを貫くようにしました。
そういうところは変わったと思います。みんな階級も違うし、スタイルも違うので、それに合ったようなものをやらせてもらったりして、そこは違うと思います。
カレンダーはいつからもらった?
デイ30でもらいました。
お姉ちゃんのメッセージもあったか?
ありました。あんまり言わないでと言われたんですけど、(金メダルを)取ったからいいですよね。自分の力を信じて、準備をして頑張れと言われました。
イラストはあったか?
イラストはないけど手書きの文字だけはありました。
何日前ですか?
デイ10ぐらいですかね?
今回はノーシードだったが、そこから金メダルを取れたのはどうか?
ノーシードで「えーっ」と思って。でも、国際大会に出て、最近はずっと勝たせてもらっていたので、自信はあったし、男子と稽古をやっているおかげで、
当たれば投げられるというのもあったし、実際マスターズに出て、シードを狙うというよりは、どこに入っても一緒だと。みんな強いし、だったら温存して、
研究や対策に時間を当てた方がいいかなと思っていました。そういう選択肢でこうなりました。
富山出身では52年ぶり金メダル。
ありがとうございます。そうなんですね。52年ぶりなんですね。喜んでもらっていると思います。応援ありがとうございます。

金メダルのベイカー「恩返しできた」 田知本、姉のサポートに感謝(スポーツナビ) - リオオリンピック特集
http://rio.yahoo.co.jp/column/detail/201608110001-spnavi
0383名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:05:34.19ID:fg2LScVO
女子70キロ級で前回ロンドン五輪7位の田知本遥(26)=ALSOK=が決勝でジュリ・アルベアル(30)=コロンビア=に一本勝ちし、今大会女子柔道で初の金メダルを獲得した。
田知本は、2分19秒に谷落としで技ありを奪うと、横四方固めで抑え込み、合わせ技で一本勝ちを飾った。最後の抑え込みについて
「絶対に離さないと思ったし、
秒数は見えなかったですけど、あと何秒と思って耐えました」と振り返った。
準決勝では、ラウラ・ファルガスコッホ(26)=ドイツ=に1分38秒に大外刈りで技ありを奪い優勢勝ちした。
南條充寿・女子監督
「分析で70キロ級は12〜14人に優勝の可能性があった。田知本は準備をした通りの試合ができた。当初の予想とは違う1個目の金メダルだが、
日本女子の最初のつまずきを彼女が払拭してくれた」

田知本遥、一本勝ちで金メダル獲得「絶対に離さないと思った」/柔道 - リオ五輪2016
http://www.sanspo.com/rio2016/news/20160811/rio16081105090057-n1.html

今大会女子では初となる金メダルを獲得した柔道女子70キロ級の田知本遥(26=ALSOK)。スタンドからは一緒に五輪出場を目指しながら叶わなかった
姉の愛(27)が必死に声を張り上げて応援していた。
78キロ超級の愛は12年ロンドン、今回と2大会連続で五輪切符をあと一歩で逃してきた。自身がこの場で戦えないことは「正直まだ(気持ちの整理に時間が)
かかっている途中」であるものの、「2人でというのは叶えられなかったんですけど、妹が優勝してくれて自分のことのようにうれしいです」と涙をにじませた。
表彰式の直後には遥と言葉を交わし、金メダルをかけてもらったという。「本当にうれしい、言葉にならないくらい感動しました」と感無量で、「今まで妹の
やってきたことが出てうれしかったです」と称えた。
遥は昨年2月の国際大会前にドーピング違反成分が含まれた市販の風邪薬を服用し、出場を見合わせ。ケアレスミスで「警告」処分となったが、
愛を始めとした周囲が支え、国際大会で結果を残して巻き返した。愛は誰よりも苦しんだ時期も知っているだけに「今まであったことが次々と出てきて…
最後は獲ってくれてうれしい気持ちでいっぱいです」と喜びもひとしおだった。

田知本 共に五輪目指した姉が祝福「自分のことのようにうれしい」
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2016/08/11/kiji/K20160811013143640.html

ロンドン五輪を始め、世界選手権も経験してきた田知本だが、メダル獲得経験はなかった。だが、この日の出来は出色だった。その理由は、
体も気持ちも前に出続けたということに尽きる。
田知本の最大の武器は破壊力ある大外刈り。この技は前に出ていないと掛からない。さらに言えば、最も返される可能性の高い技でもあるため、
思い切りが必要にもなる。この日はすべての大外刈りに躊躇(ちゅうちょ)がなかった。
元来、技の破壊力は世界のライバルも知るところで、これまでは組ませてもらえないケースが多く、本人も組むことに苦労し、攻撃が遅くなることが多かった。
だが、この日は持った瞬間には攻撃に入っており「勝ちたい」という気持ちが前面に出ていたと感じた。
昨年の世界選手権代表から漏れ、苦しい時期もあったと思うが、それが人間的な成長を促したのだろう。素晴らしい内容と結果に拍手を贈りたい。

田知本 人間的成長見えた 「勝ちたい」気持ちが前面に
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2016/08/11/kiji/K20160811013143420.html
0385名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:17:46.95ID:fg2LScVO
柔道女子70キロ級で田知本遥(26)の金メダルが決まった瞬間、スタンドで応援していた姉の愛(27)はタオルで顔を覆い、むせび泣いた。
表彰式後もずっと泣きじゃくる愛。その首に、遥はそっと金メダルをかけてあげた。「やばかったやろ」と笑顔の遥。愛はようやく「おめでとう」と言葉を振り絞った。
「柔道を始めたときから一緒に五輪を目指していた。自分のことのようにうれしい」。愛は78キロ超級での出場がかなわなかった。妹だけの出場は悔しくなかったか。
「こんなに喜べることはない。こんな気持ちにさせてくれてありがとう」と笑った。
富山県の小中高、東海大を経て社会人になるまで、遥と愛は全く同じ道を歩んだ。ささいなことで姉妹げんかもしたが、けんかをすると意地の張り合いで
柔道の成績が良くなった。
遥の柔道人生最大のピンチは昨年2月。国際大会の直前に市販の風邪薬を飲んだ。ドーピング違反の危険性があるため、欠場せざるを得なくなった。
ふさぎ込んでいる遥に愛は「何しているんだ。やれることをやれ」と叱った。遥は「練習でナーバスになっていると姉が愚痴を聞いてくれた。ありがたかった」
と感謝する。
遥はロンドン五輪のときと比べて、技術的にも精神的にも大きくなっている。尊敬します」。目を真っ赤に腫らした愛は“盟友”の妹をこうたたえた。

【五輪柔道】田知本姉妹、二人三脚で金メダル 泣きじゃくる姉の首に妹の遥は金メダルをそっとかけた…
http://www.sankei.com/rio2016/news/160811/rio1608110121-n1.html


田知本は試合序盤、消極的として指導を取られたが、2分過ぎに有効を奪うと、そのまま押さえ込みに入って一本勝ちした。
試合後の一問一答は以下の通り。
 やりましたね
 「ありがとうございます」
 最後がっちり押さえ込んだときはどんなことを考えていましたか
 「もう絶対離さないと思ったし、もう自分で、秒数は見えなかったですけど、あと何秒と思って耐えました」
 ロンドン五輪の悔しさを何倍にもして返しましたね
 「できたと思います」
 田知本遥の柔道人生で今日が一番充実してたんじゃないですか
 「間違いないと思います」

「もう絶対離さない」田知本が金 女子70kg級
http://www.sankei.com/photo/story/news/160811/sty1608110006-n1.html
0386名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:18:07.66ID:fg2LScVO
女子70キロ級の田知本遥(26=ALSOK)が金メダルを獲得。女子初の金メダルとなった。世界の頂点に立ったが、下馬評は決して高かったわけではない。
しかし、五輪にかける秘めた思いは熱くほとばしっていた。
決勝でアルベアル(コロンビア)に合わせ技で一本勝ちした田知本は「ロンドンの悔しさを返せた。充実した日になりました」と会心の笑みを浮かべた。
7位に終わったロンドン五輪後の2014年、やりがいを見いだせず、一度は引退を覚悟。大会に優勝して現役を続行したが、昨年2月の国際大会で
ドーピング規定違反となる市販の風邪薬を服用するミスを犯す。全日本柔道連盟から警告処分を受けた田知本は「五輪を口に出せない。夢さえ持てない」
と絶望の淵をさまよった。さらに今年4月、姉の愛(27=ALSOK)がリオ切符を逃す。田知本は気持ちを切り替えることができない。市販薬騒動でドン底にいた
時、寄り添ってくれたのも姉だった。
そんな時、支えてくれたのは東海大の恩師・佐藤宣践氏(72)だ。田知本は「不動心」と書かれた色紙を手渡された。これで迷いは吹き飛んだ。その後、
通っていた治療院で偶然、松井秀喜氏(42)の著書「不動心」を発見する。発売時に一度、読んでいた田知本は「改めて読むと松井さんの言葉が響いてくる。
共感できる部分があった。自分の感じていることが書かれていた」。
自分の柔道を貫くことが、田知本の「不動心」だった。ロンドン後、取り組んできたのは練習メニュー、日程を自分自身で考えること。外国人に対抗するため
には筋力を強化した。「お姉さんが出れなくていろいろ悩んどったからね。姉妹で出たいという夢があったから。でも、そういうものを断ち切って、自分のこと
だけをもう一度考えて『不動心』という気持ちでやってごらんという気持ちで色紙を渡したんです」。佐藤氏の願いはしっかりと届いた。
騒動で指導不十分として自身も処分を受けた女子代表・南條充寿監督(44)は「薬の件があって、そこから人間的に成長した。それまでは勝てばいいでしょ、
という行動が見られたが(騒動後に)これからが評価だという話をしたら、涙を流して聞き入っていた」と振り返る。苦難を乗り越え、金メダルを手繰り寄せた。

【柔道女子】70キロ級金メダル・田知本遥 恩師がくれた「不動心」
http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/2016rio/579053/

日本の70キロ級の中で、田知本はもっとも海外選手とのパワーのぶつかり合いで渡り合える選手だ。世界ランクは14位だが、2回戦で下した同1位の
ポリング(オランダ)には昨年10月のグランドスラム・パリでも勝っている。実力的にも、金メダルは決して番狂わせではなかった。
姿勢がいい。頭が下がらず、相手に奥襟を持たれないように手で相手との距離を保っている。そのため軸がぶれない。
決勝では、相手の強引な払い腰を谷落としで返して技ありを奪い、そのまま抑え込んで金メダルを決めた。これも軸がぶれていなかったので、
相手の投げに対応できたもの。練習でやり込んでいないと、とっさには出てこない動きだ。
ロンドン五輪の時は「精神的に弱い」と言われたが、この4年間で本当に強くなった。昨年の市販風邪薬の問題で、本人もいろいろと考えたことが分岐点となり、
成長につながっているのだろう。

【柔道・杉本美香Point】田知本のぶれない軸!番狂わせではない
http://www.hochi.co.jp/sports/etc/20160812-OHT1T50037.html
0388名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:19:20.18ID:fg2LScVO
女子70キロ級で前回ロンドン五輪7位の田知本遥(26=ALSOK)が決勝でアルベアル(コロンビア)に1本勝ちし、今大会の日本の柔道女子で最初の
金メダルを手にした。同階級での優勝は、08年北京五輪で2連覇を果たした上野雅恵以来。日本の男女が同じ日に五輪で優勝するのは04年アテネ五輪
の男子100キロ超級の鈴木桂治、女子78キロ超級の塚田真希以来で、挫折を乗り越えた新女王が日本のメダルラッシュに勢いを付けた。
何かが少しでも掛け違っていたら、金メダルはおろか、この畳の上に立つことすらなかったかもしれない。相手の背負い投げを返して技ありを奪い
「もう絶対に離さない」とそのまま必死に抑え込んだ。一本。静かに、ゆっくりと顔を上げた田知本に涙はなかった。
「湧き出てくるものの方が大きくて。今までのことが走馬灯のようにこみ上げてきた」
メダルに届かなかったロンドン五輪後、柔道をやめようと思った。「頑張りたいし、変わりたいけど、頑張り方が分からなくてもがいていた」。悩む田知本は
関係者から英国行きを勧められた。
14年夏の1カ月、英国で一人暮らししながら柔道クラブに足を運んだ。そこにいたのは、仕事をしながらでも毎日道場に通い、笑顔で柔道を楽しむ人たち。
「みんな本当に柔道が好きなんだ」と感じた。その年の11月の講道館杯、「負けたら引退」と決めて出た大会で優勝し、2度目の五輪を目指す覚悟を固めた。
だが、その道も一度は自分自身のミスで閉ざしかけた。昨年2月にドーピング違反の恐れがある市販の風邪薬を服用し、ドイツでの国際大会を欠場。
全日本柔道連盟から警告処分を受けた。折れそうな心を支えてくれたのは姉の愛や家族だった。「改めて感謝の気持ちを抱いた。今までも思っていたけど、
本当には分かっていなかった」
代表争いで大きく出遅れたが、国際大会で結果を積み上げて挽回した。最終選考会でライバルとの直接対決を制し、ついにリオ切符を獲得。その過程で
柔道と向き合う自分自身の変化にも気づいた。「今まで柔道が好きと思ったことはなかった。小さい頃から嫌々だった。今は本当に好きと思えるようになった」
女子代表で唯一、世界選手権や五輪でのメダル経験がなく、今回もノーシードから勝ち上がった。2回戦では第1シードのポリング(オランダ)を破るなど、
得意の大外刈りで立ちはだかる相手を次々になぎ倒した。
「いろいろ経験して酸いも甘いも知った。苦しかったことも今日のためにあったのかなと思う」。今大会の日本女子金1号。輝くメダルは柔道への愛情が実った証だった。

田知本、金! 今は胸を張って言える「柔道が好き」
http://www.sponichi.co.jp/olympic/news/2016/08/12/kiji/K20160812013147261.html

表彰式を終えた後、田知本は応援に来た姉・愛(めぐみ、27=ALSOK)の首に金メダルを下げ、2人で喜びを分かち合った。田知本が小2の頃、
姉妹で一緒に小杉少年柔道クラブに通い始めた。中学時代に全国優勝もしている父・又広さんの指導で、自宅では座敷を道場にして父得意の大外刈りの
打ち込みに励んだという。4年前は妹である田知本が一足先に五輪初出場。今回は愛も78キロ超級の最有力候補だったが、最終選考会で敗れて落選した。
それでも姉は落胆を隠し、気丈にサポート役に回ってくれた。一緒に出稽古に出かけ、五輪1カ月前には友人らと作ったという日めくりカレンダーをもらった。
その中の1枚には「自分が五輪に行けなかったことに意味があるとしたら、遥のサポートをすることだと思う。だから自分の力を信じて、しっかり準備して頑張って」
と応援メッセージがあった。「今までにないくらい優しかったので、ちょっと戸惑いましたけど」と笑った田知本。姉妹で五輪出場の夢はかなわなかったが、
共に歩んできた姉がいてこその金メダルだった。

田知本 姉でありライバルであり…愛と二人三脚で獲った金
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2016/08/12/kiji/K20160812013147320.html

田知本の姉・愛はスタンドから声を張り上げ「自分のことのようにうれしい」とうれし泣きだった。
姉妹であり、ライバルとしても刺激し合ってきた2人。自らの代表落選については「正直まだ(気持ちの整理に)時間がかかっている途中」と言うものの、
「金メダルをかけてもらえて、これ以上ない気持ち」と素直に喜んだ。

田知本 姉の愛も涙…「自分のことのようにうれしい」
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2016/08/12/kiji/K20160812013147310.html
0389名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:19:41.51ID:fg2LScVO
柔道女子70キロ級では田知本遥(26)が今大会日本女子初の金メダルを獲得。姉愛(27)との絆が躍進を支えていた。
「姉でお願いします」。表彰式後、1人だけが観客席から試合フロアに降りられる。田知本は愛を指名し、金メダルをその首にかけた。「心臓が飛び出るかと
思ったけど、本当にうれしい」。むせび泣く姿を見ると、涙はあふれ出た。それまでは感情を処理できずに流せなかった涙。姉の姿はシンプルで、最も強烈だった。
「すごく大きな存在。さまざまな試練があったけど、サポートしてくれたのでここまでこられた」。
4月の最終選考会2大会の敗戦で、姉は78キロ超級代表から漏れた。物議を醸す選考に、遥は「なんでだめなんですか」と関係者に号泣して訴えた。
打ちひしがれた。ただ、姉は違った。「私もどん底でしたけど、妹が迷っている姿を見てまずいと」。自分の失意は封印した。食事に誘い、出稽古に同行した。
幼少期、畳がすり切れた自宅の6畳間で組み合った時も2人。「嫌だなぁ」と言いながら打ち込んできた原点を思い出させた。
遥はその真意を分かった。「優しかったので戸惑いましたけど、その分頑張らないと」。30日前に送られたのは手製の日めくりカレンダー。中には
「自分が行けなかった理由があるとしたらサポートをすること」と記されていた。
「技に気持ちを全部乗せた。返されたらしょうがない」。見守られながら、持ち味の大外刈りを思い切って仕掛ける。最大のヤマ場は2回戦のポリング戦。
第1シードの優勝候補に有効を先取されたが、大外刈り2本で逆転勝ち。勢いに乗った。アルベアルとの決勝も大外刈りで攻め、勝機を作った。横四方固めで
抑えて一本勝ち。その瞬間、静かに目を閉じた。
試練には14年2月の薬問題もあった。国際大会前で不用意に市販の風邪薬を服用。ドーピング検査を考慮し、大会を欠場して緊急帰国した。全柔連から
警告処分に「五輪は消えた」とまで思った。遅れを取り戻そうともがいた昨年暮れには帯状疱疹(ほうしん)に。入院先で、リオ行きだけを信じ、腕に点滴のはりを刺した
まま1人階段の上り下りを繰り返したこともある。
昔は姉妹げんかをしているときほど、成績が良い法則があった。それも、もう終わり。「最高の気持ちで終われた」。支え合った戴冠への道だった。

田知本遥が金 恩人指名「姉でお願いします」 - 柔道
http://www.nikkansports.com/olympic/rio2016/judo/news/1693493.html

女子70キロ級は世界ランク14位で男女を通じて唯一、ノーシードだった前回大会7位の田知本遥(26)=ALSOK=が決勝でジュリ・アルベアル(コロンビア)を
谷落としから横四方固めの合わせ技で破り、今大会の日本女子で初の金メダルを獲得した。
万感の思いがこみ上げてきた。決勝。田知本はアルベアルに2分19秒、谷落としで技ありを奪うと、得意の寝技で合わせ技一本を奪った。世界選手権や
五輪でメダルの実績がなく、今大会も男女を通じて唯一のノーシード。戦前の評価を覆し、今大会女子初の金メダルに「自分の柔道を押しつけることができた」
と畳の上で満面の笑みを浮かべた。南條充寿監督(44)に迎えられると、すぐに涙がこぼれた。
ロンドン五輪は7位。翌13年の世界選手権では1回戦敗退とふるわなかった。15年にはドーピング違反の可能性がある市販の風邪薬を飲み、全柔連から
警告処分を科された。その影響もあり、2年連続で世界選手権の代表落ち。「つらい」。悔しさと情けなさが交差する中で支えてくれたのが、78キロ超級で
昨年の世界選手権銀メダルの姉・愛(27)だ。
ふさぎ込む遥に、姉は「練習行こう」と声をかけ、愚痴も黙って聞いてくれた。気持ちが前に向いた。その後の国際大会と今年4月の全日本選抜体重別を制し、
代表の座に返り咲いた。ともに五輪を目指した姉は直後の全日本女子選手権で敗れて落選。今度は遥が、姉の愚痴を受け止めながら「一緒に頑張ろう」と
励ました。姉は「遥のために私ができることをしよう」と畳の内外からサポート。五輪1か月前には手作りの日めくりカレンダーをプレゼントし、試合直前には「
悔いだけは残さないで」と手紙で思いを託した。
晴れの表彰式。田知本は1人だけ招待できる表彰会場近くでの同行者に姉を指名した。観客席から下りてきた姉は「うれしい」と涙ながらに声をかけて
抱き合った。もらったばかりの金メダルを姉にかけて一緒に記念撮影した。2人とも顔をくしゃくしゃにしながら笑った。「姉のサポートがあったからここまで
来られた」。姉妹の絆で勝ち取った王座だった。

【柔道】田知本、日本男女唯一ノーシードから金!姉妹の絆で勝ち取った
http://www.hochi.co.jp/sports/etc/20160812-OHT1T50020.html
0390名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:20:22.79ID:fg2LScVO
女子70キロ級で前回ロンドン五輪7位の田知本遥(26=ALSOK)が決勝でアルベアル(コロンビア)に1本勝ちし、今大会の日本の柔道女子で最初の
金メダルを手にした。同階級での優勝は、08年北京五輪で2連覇を果たした上野雅恵以来。日本の男女が同じ日に五輪で優勝するのは04年アテネ五輪の
男子100キロ超級の鈴木桂治、女子78キロ超級の塚田真希以来で、挫折を乗り越えた新女王が日本のメダルラッシュに勢いを付けた。
何かが少しでも掛け違っていたら、金メダルはおろか、この畳の上に立つことすらなかったかもしれない。相手の背負い投げを返して技ありを奪い
「もう絶対に離さない」とそのまま必死に抑え込んだ。一本。静かに、ゆっくりと顔を上げた田知本に涙はなかった。
「湧き出てくるものの方が大きくて。今までのことが走馬灯のようにこみ上げてきた」
メダルに届かなかったロンドン五輪後、柔道をやめようと思った。「頑張りたいし、変わりたいけど、頑張り方が分からなくてもがいていた」。悩む田知本は
関係者から英国行きを勧められた。
14年夏の1カ月、英国で一人暮らししながら柔道クラブに足を運んだ。そこにいたのは、仕事をしながらでも毎日道場に通い、笑顔で柔道を楽しむ人たち。
「みんな本当に柔道が好きなんだ」と感じた。その年の11月の講道館杯、「負けたら引退」と決めて出た大会で優勝し、2度目の五輪を目指す覚悟を固めた。
だが、その道も一度は自分自身のミスで閉ざしかけた。昨年2月にドーピング違反の恐れがある市販の風邪薬を服用し、ドイツでの国際大会を欠場。
全日本柔道連盟から警告処分を受けた。折れそうな心を支えてくれたのは姉の愛や家族だった。「改めて感謝の気持ちを抱いた。今までも思っていたけど、
本当には分かっていなかった」
代表争いで大きく出遅れたが、国際大会で結果を積み上げて挽回した。最終選考会でライバルとの直接対決を制し、ついにリオ切符を獲得。その過程で
柔道と向き合う自分自身の変化にも気づいた。「今まで柔道が好きと思ったことはなかった。小さい頃から嫌々だった。今は本当に好きと思えるようになった」
女子代表で唯一、世界選手権や五輪でのメダル経験がなく、今回もノーシードから勝ち上がった。2回戦では第1シードのポリング(オランダ)を破るなど、
得意の大外刈りで立ちはだかる相手を次々になぎ倒した。
「いろいろ経験して酸いも甘いも知った。苦しかったことも今日のためにあったのかなと思う」。今大会の日本女子金1号。輝くメダルは柔道への愛情が実った証だった。

田知本、金! 今は胸を張って言える「柔道が好き」
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2016/08/12/kiji/K20160812013147260.html

2人とも、本当によかった。ベイカーはいつも以上に冷静に相手を見ることができていた。彼の一番いいところは組み手がしっかりしていること。こ
れまで90キロ級は外国勢にパワー負けしているケースが多かったが、力負けしない。自分の組み手にできているから、自分より身長が高い相手にも
ハンディを感じさせない。
見た目には腰が少し引けているように感じるかもしれないが、それはしっかり引き手を持って、押さえながらやれているからだ。決勝で有効をとった後に
下がってしまったところも、勝ちにこだわっていたからだろう。
田知本はノーシードから強豪を倒して、勝ち上がった。ノープレッシャーで開き直って、勢いがあった。得意技の大外刈りから幅を持った攻めができていた。
残りの階級もこの流れに乗ってもらいたい。

【吉田秀彦一本締め】ベイカーは冷静に相手見ていた、田知本は幅を持った攻めできた/柔道
http://www.sanspo.com/rio2016/news/20160812/rio16081205000030-n1.html
0391名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:22:15.29ID:fg2LScVO
リオデジャネイロ五輪に出場した柔道日本選手団が、15日に帰国し、井上康生監督、メダリストらが会見を行った。
前回大会は男子の金メダルはゼロだったが、今大会では男子73kg級で大野将平選手、男子90kg級でベイカー茉秋選手が金メダルを獲得するなど
活躍している。
リオ五輪・柔道日本選手団が帰国会見(全文1)全員一丸となり頑張った結果
司会:それでは代表質問をTBSさんのほうより、よろしくお願いします。
TBS:よろしくお願いします。皆さま、各局さま、よろしいでしょうかか。まずは長旅のところお疲れかと思います。お時間つくっていただきありがとうございます。
TBSの宇内と申します、よろしくお願いします。まずは本当にメダル獲得おめでとうございます。まずは監督とチームリーダーの5名の方に伺います。
ロンドンオリンピックから再建を託されて、4年間でオリンピック史上最多、12個というメダルを獲得する結果を残しました。あらためてリオデジャネイロ
オリンピック、振り返ってみてのお話を聞かせてください。ではまずは増地さんからお願いします。
増地:チームリーダー、やっております増地です。女子のほうは実質3年間、このチームでやってまいりました。斉藤委員長が最期、女子柔道界を頼
むというふうに託されまして、南條監督以下、コーチと力を合わせて、チーム再建にやってまいりました。
本当に選手たちは、戦うまでが、畳に上がるまでが私たちの勝負だと思ってやってきました。畳に上がってからは選手たちが勝負してくれるので、
それまで監督以下、本当に力を合わせて選手とともに戦ってきたと思います。今回の結果はメダルを取れなかった選手もいるんですけども、
個々には本当に力を出し切ったというふうに思っております。ロンドンの結果から、女子は今回も金メダル3個と、全階級メダル獲得というふうに
目標を掲げたんですけども、チームとしては本当によく頑張ったというふうに思っております。ありがとうございます。
山本:男子の部長をしてます山本です。よろしくお願いします。男子に関してましては、私、斉藤と同級生で、副委員長という立場で4年間携わらせて
いただきました。本当に井上監督の指導の下、コーチ、また選手が一丸となってリオに向かって、この結果が得られたと思います。1988年に
ソウルオリンピックで7階級になりまして、私も出ておりましたけれども、斉藤が最後の砦で優勝しまして、また斉藤のその気持ちが今回7階級、
全階級メダル獲得というふうな偉業が達成できたというのを思っております。斉藤も天国のほうで喜んでるんじゃないかと思います。
また、この大きな偉業を東京につなげていけるように、また頑張っていければというふうに思っております。本当に今日はありがとうございました。
木村:本来ならばここ、山下委員長がいるんですけれども、日本選手団副団長ということで、その山下先生の指揮の下、何回も出てますけども、
本来ならばここにいてほしい故・斉藤仁前委員長。その志を持って全員で一丸で頑張りました。で、結果をご存じだと思いますけども本当に
よくやってくれたなと思ってます。残念ながらここにいない2人も含めて最高の成績、最高のパフォーマンスを発揮してくれたというふうに思ってます。
ちまたでは銅メダルを取ってもうんぬんとかね、いうことを言われますけど、私たちの集団は勝利至上主義の集団ではないです。勝利を追求する集団です。
その過程の中で得たものをさまざまなところにも生かす。ですから個々が金メダルを目標にして行ったら、ここが残念だっていうのは全然もう問題ないし、
そうだね、次、頑張ってね。そういったふうに思ってます。で、本当にさまざまなことがあった4年間、その集大成が、全部終わりました。そこを選手が、
または役員が一致団結してやったことを大変賞賛したいと思いますし、誇りに思ってます。で、詳細のところは井上監督、選手から聞いていただければと。
本当に最高のメンバーで、最高の戦いができたなというふうに思ってます。ありがとうございます。
0394名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:23:59.75ID:fg2LScVO
TBS:では南条監督。あ、そちらから、はい、お願いします。
井上:男子監督を努めさせていただきました井上康生です。この結果というものは本当に選手たちが死力を尽くし、また担当コーチの先生方、
またスタッフの皆さま、また柔道を応援してくれた方々が1つにまとまったからこそ、この結果っていうものが生まれたのではないのかなというふうに思います。本
当にこの最高の選手たちと、また最高のスタッフと、また最高の環境で戦えたことを、私自身の一生の宝になったのではないかなというふうに思います。以上です。
南條:女子の監督をしております、南條です。このたびはこのような盛大な記者会見ありがとうございます。大会では本当、選手、死力を尽くして頑張ってくれました。
今、増地部長が話、ありましたようにもう本当にいろんなところからのスタートでした。で、選手たちの頑張りで、ここまでチーム自体、来ることができました。もう本当、
戦いの中ではですね、いろいろな振り返りありますけれども、本当に日本代表として、柔道の日本代表として、死力を尽くして戦ってくれたことを本当に誇りに思います。
本当、頑張ってくれました。以上です。
TBS:ありがとうございます。では引き続き井上監督と南條監督に伺います。今回のリオオリンピックが確実に日本柔道界の弾みになったと思うのですが、
このあと4年後の東京オリンピックが控えています。東京オリンピックはどのようにお考えになっていますか。よろしくお願いします。ではまず南條監督からお願いします。
南條:はい。もう東京まで4年を切っている段階ではありますけれども、それぞれの振り返りをもって、まずどのような、世界の状況は本当に4年前と
変わっています。ですからそういったことも含めて、もうすでに、選手たちの慰労をすると同時に次の戦いは始まっているなという感じは受けております。
そういったことも含めて、まだまだ前進していかなきゃいけないなというふうに痛感した大会でもありました。以上です。
井上:はい。試合が終わって、非常に疲れが残っている。今もそのような状態ではあるんですが、されど試合が終わった次の日から、頭が非常に
東京のオリンピックに向けて、また動き出さなければいけないと。また日本柔道界が1つにまとまって、戦っていくことがこの日本、東京オリンピックでの
成功へつながるというふうに思っております。もう一度みんなで気を引き締め直して、そしてまた新たな挑戦に向けて頑張っていきたいというふうに思っています。
われわれ日本柔道界というものは、これがあらためてスタートに立ったんではないかなというふうに思いますので、また皆さんの応援の下、頑張っていきたいと思います。
ありがとうございます。では続いて選手の皆さんに伺います。お話しする順番はまず田知本選手から、じゃあ原沢選手にいっていただいて、そのあと後列でよろしくお願いいたします。
まず本当にリオオリンピックでの試合、お疲れさまでした。もう試合を終えていろんなメディアでいろんなインタビューをされて、たくさんもうお答えしてきたと
思うんですが、日本に帰ってきて、あらためてリオでの戦いを振り返ってみてのお話を聞かせてください。よろしくお願いします。
田知本:リオオリンピックでは念願の夢を達成することができて、とても幸せな気持ちと、あとまたすごく大切なことも学べた大会になりました。
大野:自分自身、ピーキングとコンディショニング、この2つを大事にしてやってきて、今年の目標にしてきた圧倒的な差をつけるということが、しっかり畳の上で
体現できたんんじゃないかなというふうに思ってます。
ベイカー:小さいころからの夢が実現できて、本当に良かったと思ってます。
原沢:目標の金メダルには届かなかったですけども、現時点で出し切れるものは出し切ったんじゃないかなと思っています。
山部:金メダルを目指してやってきたので、悔しい気持ちはあるんですけど、4年間やってきた結果だと思うので、素直に受け止めたいと思います。
松本:リオでは地球の、日本の反対側なんですけど、多くの日本人の方が応援に来ていただいてたので、とても、すごい励みになって力を出すことができました。
本当にありがとうございました。
0395名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:24:41.87ID:fg2LScVO
中村:目標にしていた金メダルには届かなかったんですが、今までのたくさんの経験をリオで出して、銅メダルを取れたのは良かったと思います。
近藤:金メダルを目標にやってきたので、もう一言、悔しいという気持ちで、もう次に向けて頑張っていきたいと思います。
高藤:僕も金メダルを目指してずっとやってきたので、今回、夢をかなえれずに終わってしまって本当に悔しいですけど、本当に応援していただき感謝の気持ちでいっぱいです。
海老沼:オリンピックでは本当に悔しい大会になりました。ですが、このチームで戦えて、最高の舞台で、オリンピックという最高の舞台で戦えて、それを誇りに思ってます。
永瀬:自分も金メダル目指してやってきたんですけど、これが自分の今の実力だと認めて、次に生かせるように頑張っていきたいと思います。
羽賀:悔しい思いが強いです。4年間、突っ走ってきたので、少しほっとしています。
TBS:はい、ありがとうございます。では引き続きもう1問、質問させていただきます。今お答えにあったとおり、悔しいであったり次、頑張りたいであったり、
夢をかなえたといういろいろな言葉がありました。4年後には自国開催である東京オリンピックが待っています。こう試合を終えたばかりでまたその話を
聞かれるのは少しつらいかもしれませんが、4年後の東京オリンピックをどう考えているか聞かせてください。よろしくお願いします。
田知本:本当にもう試合が終わったばかりで、東京のことを本当に正直、全然何も考えられないんですけれども、本当に東京開催ということで、東京に出れる
選手は本当に幸せだろうなっていうのは思うので、はい、頑張ってほしいです、はい。
TBS:田知本選手も出場を目指しているということで大丈夫ですか。
大野:4年後、日本で、東京でオリンピックが開催されるので、目指さないわけにはいかないなと思いつつも、まずは少ししっかり休んで、自分と、自分との
気持ちにしっかり整理して、小さな目標から頑張っていきたいと思います。
ベイカー:連覇を目指したいと思ってます。
原沢:以前から東京オリンピックまではやると決めていたので、東京までは頑張りたいなと思います。
山部:しっかり今回の結果を受け止めて、もう1回、4年間頑張れると思ったときに一歩踏み出しいと思います。
松本:そうですね、東京は、まあ、うん、今回の選手村よりもとてもいいと思うので、いい大会になりそうです(笑)。
中村:試合が終わったばかりなので、まだあんまり考えてないですけど、やっぱり東京を目指すとなると覚悟がいると思うので、それをしっかり考えて
やっていきたいと思います。
近藤:私はまだ21なので、東京オリンピックはもちろん目指そうと思ってます。でもまずは来年の世界選手権で優勝できるようにしっかり頑張っていきたいと思います。
高藤:そうですね、今回、銅メダルっていう結果を受けて、東京では金メダルを取れるように、銅メダルと金メダルの差っていうのを、この4年間感じながら、
また今日から練習、あ、今日からじゃなくて、練習頑張っていきます。
海老沼:東京オリンピックも視野に入れつつ、心も体も少しずつ前を向いて、日々精進をしていきたいというふうに思ってます。
永瀬:今回のオリンピックで得た経験を必ず生かして、東京オリンピックで自分の満足のいく結果が出せるように頑張っていきたいと思います。
羽賀:今はちょっと少し休んで、東京オリンピックに向けてもう1回、腹をくくって頑張っていきたいと思います。
TBS:はい、ありがとうございます。では代表、以上になります。各局さま質問ありましたらよろしくお願いします。じゃあどうぞ、お願いします。

リオ五輪・柔道日本選手団が帰国会見(全文1)全員一丸となり頑張った結果
https://thepage.jp/detail/20160815-00000013-wordleaf
0397名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:25:46.80ID:fg2LScVO
リオデジャネイロオリンピックで過去最多となる男女合わせて12個のメダルを獲得した、柔道の日本代表の選手たちが、15日に帰国しました。
リオデジャネイロオリンピック柔道の日本代表は、男子が7階級で行われるようになったソウル大会以降初めてすべての階級でメダルを獲得するなど、
男女合わせて過去最多となる12個のメダルを獲得しました。
選手たちは15日午後1時すぎに成田空港の到着ロビーに姿を見せ、所属先の同僚や一般のファンから大きな拍手で迎えられました。
そのあと開かれた会見で、5試合のうち4試合で一本勝ちを決めた男子73キロ級金メダルの大野将平選手は「ことしの目標としていた圧倒的な差をつける
ということが、畳の上でできたと思う。4年後には東京でオリンピックが開催されるので、目指さないわけにはいかない」と話していました。
男子90キロ級で、この階級日本勢で初めてとなる金メダルを獲得したベイカー茉秋選手は「小さいころからの夢であったオリンピックでの金メダルが実現
できて本当によかった。次は東京を目指したい」と話し、早くも4年後を見据えていました。
また、女子70キロ級金メダリストの田知本遥選手は「念願だった金メダルという夢を達成できて、とても幸せな気持ちです」と話しました。田知本選手は
26歳になったばかりですが、4年後の東京大会について聞かれると「終わったばかりで、東京大会のことはまだ考えられないが、東京で開催される
オリンピックに出られる選手は幸せだと思う」と話していました。
ロンドン大会で金メダルゼロに終わった男子の再建を託された井上康生監督は、柔道の全階級が終了したあとのインタビューでの涙の意味を問われると、
「最高のメンバーとオリンピックを戦えたことへの幸せの涙であり、ロンドンで金メダルゼロに終わっても変わらず心から応援してくれた方への感謝の涙だった」
と振り返りました。そのうえで、4年後の東京大会に向けては「日本柔道界が1つにまとまっていくことが東京の成功につながると思う。もう一度みんなで
気を引き締め直して、新たな挑戦に向けて頑張りたい」と話していました。

復活の柔道日本代表が帰国 過去最多のメダル獲得
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160815/k10010636781000.html

リオデジャネイロ五輪で、史上最多となる計12個のメダルを獲得した柔道の日本代表が15日、成田空港着の日本航空便で帰国した。到着ロビーでは
報道陣と選手の所属先関係者のほか、一般のファンや帰国に気付いた利用客ら、500人あまりが出口を取り囲み、選手たちが姿を現すと盛んな拍手

【男子】
高藤直寿(銅=60キロ級)
「(4年後の)東京五輪では金メダルを取れるように、銅と金との差を4年間感じながらやっていきたい」
海老沼匡(銅=66キロ級)
「悔しい大会になった。東京五輪を視野に入れつつ、心と体も少しずつ前を向いて日々精進したい」
大野将平(金=73キロ級)
「4年後、東京で開催されるので目指さないわけにはいかない。気持ちをしっかり整理して小さな目標から頑張っていきたい」
永瀬貴規(銅=81キロ級)
「金メダルを目標にやってきたけど、これが今の自分の実力と認めて次に生かせられるよう頑張っていきたい」
ベイカー茉秋(金=90キロ級)
「(井上康生監督には)最強かつ最高の選手を目指せという指導を受けて成長させていただいた。感謝の気持ちでいっぱい」
羽賀龍之介(銅=100キロ級)
「悔しい思いが強い。東京五輪に向け腹をくくってやっていきたい」
原沢久喜(銀=100キロ超級)
「目標の金メダルには届かなかったけど、(力は)出し切ったかなとは思う」
【女子】
近藤亜美(銅=48キロ級)
「金メダルを目標にやってきたので悔しいという気持ち。まず来年の世界選手権で優勝したい」
中村美里(銅=52キロ級)
「金メダルには届かなかったが、今までのたくさんの経験をリオで出して銅メダルを取れたのは良かった」
松本薫(銅=57キロ級)
「2連覇できるのは本物、化け物だと思う。私はまだ本物ではなかった」
田知本遥(金=70キロ級)
「本当にたくさんの人に支えられて、いい指導者に巡り合えて幸せな環境でやれた」
山部佳苗(銅=78キロ超級)
「金メダルを目指してやってきて悔しい気持ちはある。しっかり今回の結果を受け止めて、もう一回、4年間頑張れると思った時に一歩を踏み出したい」

【柔道メダリストコメント集】銅メダルの松本薫「2連覇できるのは本物、化け物。私はまだ本物ではなかった」
http://www.sanspo.com/rio2016/news/20160815/rio16081517280100-n1.html
0398名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:26:16.45ID:fg2LScVO
リオデジャネイロ五輪の柔道日本代表チームが15日、成田空港着の航空機で帰国。到着ロビーでは報道陣80人を含む約400人が出迎えた。
その後の会見で、日本女子唯一の金メダルを獲得した女子70キロ級の田知本遥(ALSOK)は、「念願の夢が達成できて幸せです。それと
同時に大切なことを学びました」と、同78キロ超級での五輪出場がかなわなかった姉・愛が現地で親身になって支えてくれたことへの思いなど
を表した。そして、「今日はこれから姉と一緒にスパに行きます。その後は和食を食べたい」と目元を緩ませた。
富山県射水市出身の田知本は、「地元に戻ったら、保育園の子供たちと触れあい、金メダルを見せてあげたい。子供たちにはいつもエネルギー
をもらっている立場なので、(金メダルで)子供たちが頑張れるきっかけになれば」と話した。
また、4年後の東京五輪については、「東京開催に出られる選手は幸せですね、ハイ」とひとごとのようなコメントで報道陣の笑いを誘った。

田知本遥、姉と「これからスパに」 現地での支えに改めて感謝
http://www.daily.co.jp/olympic/2016/08/15/0009391807.shtml

県出身選手で初めて、個人種目で金メダルを獲得した柔道の田知本遥選手が15日、帰国しました。
会見で田知本選手は、地元・富山への思いを語りました。
柔道の日本代表選手団は、15日午後、成田空港に到着しました。
射水市出身の田知本遥選手は、出迎えた大勢のファンや関係者の声援に笑顔で応えていました。
田知本選手は、日本時間の10日から試合が行われた柔道女子70キロ級で見事、金メダルを獲得。
自身2度目のオリンピックで、リベンジを果たしました。
「念願の夢を達成することができて、とても幸せな気持ちと、すごく大切なことも学べた大会になりました」(射水市出身・田知本遥選手)
帰国後の会見で、オリンピックをこう振り返った田知本選手。
地元、富山について聞かれると―
「地元の保育園には個人的にすごい関わりがあるので、まずはそこに行って子どもたちと触れ合って、金メダルを見せたいなっていう思いです」(田知本選手)
田知本選手が口にしたのは、幼いころ通った射水市の小杉東部保育園。
4年前のロンドンオリンピックのころから、この保育園をたびたび訪れ、子どもたちと交流を重ねてきました。
「子どもたちには、私がいつも何かを与えるというよりは、私がいつもエネルギーをもらっている立場なので…その恩返しというか、金メダルを見せて、
子どもたちが何か自分の目標に一生懸命頑張るきっかけになってくれたらなと思います。本当に熱い応援を富山からもしていただいたと聞いているので、
富山県民の皆さんには本当に感謝しています」(田知本選手)
そして、4年後の東京オリンピックについては、次のように話しました。
「試合が終わったばっかりで、東京のことは正直、全然何も考えられないんですけど、東京に出られる選手は本当に幸せだろうなとは思うので…
はい、頑張って?頑張ってほしいです…?」(照れながら座る田知本選手)
Q田知本選手も(東京五輪への)出場を目指しているということで大丈夫ですか?

リオ五輪 県勢個人初金メダル 田知本帰国
http://www.tulip-tv.co.jp/news/detail/?TID_DT03=20160815193032
0399名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:27:42.80ID:fg2LScVO
妹が姉の首に金メダルをかけ、2人は抱き合って涙した。リオデジャネイロ五輪の柔道女子70キロ級で10日、田知本遥(たちもとはるか)(26)=
ALSOK=が今大会の日本女子勢初となる金メダルを獲得した。同じ柔道選手として子どもの頃から競い、支え合ってきた姉愛(めぐみ)さん(27)は
「4年前と比べ技術も精神面も大きく成長した。ぎりぎりの試合をものにした妹を尊敬したい」と話した。
愛さんは78キロ超級の日本を代表する選手で昨年の世界選手権2位。姉妹そろってリオ五輪出場を目指したが、愛さんは今年4月の全日本
女子柔道選手権で山部佳苗(25)=ミキハウス=に敗れた。
富山県射水市出身の2人は小学生の頃から地元の柔道クラブに通った。学年が二つ上の愛さんを追うように、遥は中学、高校、大学、所属企業と
同じ道を歩いてきた。高校の団体戦では同じチームのメンバーとして戦い、インターハイで優勝したこともある。姉妹で同じ国際大会に出場し、
それぞれの階級で優勝したこともある。
階級は違えども、日本のトップレベルで戦い続ける故かもしれない。「試合前は2人ともピリピリするから、よくけんかになる。遠征先のホテルは絶対別々」と
愛さんは言う。どちらかが窮地に陥った時は、互いをそっと支えてきた。
遥は2012年ロンドン五輪に出場したが試合中のけがもあって7位だった。翌年の世界選手権代表に選ばれたが、今度はまさかの初戦敗退。国際大会で
勝てない中、昨年2月にはドイツでの国際大会で、ドーピング規定に違反する物質が含まれた市販の風邪薬を服用するミスを犯した。
試合に出られないまま帰国させられ、全日本柔道連盟から警告を受けた。愛さんはこの時期、「やることをやりなさい」と語気を強め叱ったという。
姉妹2人で目指したリオの畳。しかし、遥は切符を手にしたが、愛さんは逃した。妹は五輪の準備をしながら、悲嘆にくれる姉の話に耳を傾け続けた。
愛さんはリオ五輪開幕の1カ月ほど前、日めくりカレンダーを遥に手渡した。めくるごとに自分や友人が書き込んだ応援メッセージが現れる。愛さんは
こう書いた。「一番近くでみていて、あなたは成長した。大丈夫」
リオの畳に立った遥は接戦を勝ち上がった。愛さんはスタンドから大きな声援を送り続けた。決勝で遥はアルベアル(コロンビア)の背負い投げを返して
有効を奪うと、そのまま横四方固めで抑え込み一本勝ちした。
「ロンドンの時も妹の応援に行ったが、自分のことで頭がいっぱいだった。今回は妹のためにやれることをやろうと思った」と愛さん。「最後まで諦めな
姿に感動した。この4年で私も成長できたのかも」と話した。
悔しさ力に変えた 地元富山で恩師ら
田知本遥の地元、富山県射水市ではパブリックビューイングがあり、11日早朝に金メダルが決まると約200人が歓声を上げた。県立小杉高柔道部時代
の監督、二瀬寛之さん(51)は、低迷していた時期を振り返り、「負けて悔しいと思う選手はいるが、たいていは忘れてしまう。悔しさを忘れずに力に
変えたことが金メダルにつながった」とたたえた。
小中高を通じて同じ柔道部に属し、毎日のように乱取りをしたという会社員、出口賢斗さん(25)は「あんなにストイックな人は見たことがない」と話す。
小中学校時代は田知本に勝てなかったという。「たまに乱取りで投げると、3倍くらいやり返された」と笑った。
田知本の伯父、高畑務さん(59)は「堂々としていて、絶対に金メダルを取るという気持ちで試合に臨んでいた。身内から金メダリストが出て誇りに思う」と
スクリーンに映った雄姿に涙を流した。

RIO・リオ五輪:姉の愛、応えた妹 柔道・田知本、同じ道で励まし合い
http://mainichi.jp/articles/20160812/ddn/041/050/011000c
0400名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:28:03.38ID:fg2LScVO
リオデジャネイロ五輪の柔道女子70キロ級で、射水市出身の田知本遥選手(26)(ALSOK)が悲願の金メダルを獲得した11日早朝、
県内でもかつての恩師や級友たちから祝福の声が相次いだ。県内関係選手の夏季五輪のメダルは1964年の東京五輪以来、52年ぶり。
個人種目の金メダルは県勢初の歴史的快挙となった。
射水市のアイザック小杉文化ホールで行われたパブリックビューイングでは、11日未明も、前日夜から引き続き、地元住民ら約200人が熱い声援を送った。
午前4時55分過ぎから始まった決勝の中継で、田知本選手がジュリ・アルベアル選手(コロンビア)を抑え込んで優勝を決めると、一斉に歓声が上がり、
涙を流して喜ぶ人もいた。
田知本選手のいとこ、大学3年生の高畑優梨さん(21)(東京都八王子市)も応援に駆けつけた。表彰式の後、田知本選手が姉の愛さんに金メダルをかける
様子が映し出されると、「小さい頃はけんかばかりしていた2人だったのに」と、涙が止まらなかった。
小学校から高校まで一緒に柔道をした元同級生の出口賢斗さん(25)(射水市戸破)。全国高校総体に出場した実力者も、小中時代は田知本選手に
投げられてばかりだった。「力が強くて、男子でも全然勝てなかった。五輪で活躍すると思っていた」と振り返った。
会場には、田知本選手の愛称「たはる」と書かれた応援ボードが並んだ。同級生に同じ名前の「はるか」が多かったため、名字の最初の「た」を
つけて区別したという。保育園から一緒だった会社員の土田遥香さん(25)(射水市戸破)も同じ名前。旧友の快挙に、「何か大きなものを背負っているような
顔つきだった。後悔のない柔道をしてくれたと思う」と思いやった。
県柔道連盟の橘川謙三会長(74)は「富山の誇り。祝賀会やパレードなども検討したい」と話していた。
恩師ら祝福「すごいことやった」
田知本選手の恩師たちも偉業をたたえた。
小杉高柔道部時代に女子監督だった二瀬寛之さん(51)は「すごいことをやってくれた。とにかく稽古をする選手だった。この4年間つらいこともあっただろうが、
よく頑張ってくれた」とたたえた。
小杉中柔道部の朽木淳司監督(54)は「姉の愛にどんなに投げられても、立ち向かっていた」と、田知本選手の中学時代を振り返る。大外刈りなどの立ち技は、
柔道をしていた父の又広さん譲りで、寝技も本格的に指導したという。「強い気持ちではい上がってくれた」とねぎらった。
小学時代に「小杉少年柔道クラブ」で指導した代表の保田辰幸さん(45)は「瞬発力や技に入るタイミングは天性のものがあった」と懐かしんだ。

田知本「金」県内沸く…リオ五輪
http://www.yomiuri.co.jp/local/toyama/news/20160811-OYTNT50292.html

田知本遥選手の金メダル獲得までの道のりは、決して平坦なものではありませんでした。
初出場だった前回の大会で敗北してからの4年間。
それは、競技生活のどん底に落とされ、這い上がってきた壮絶な4年間でした。
4年前のロンドン大会。
準々決勝で左肘を負傷し判定負けを喫した田知本は、敗者復活戦でも敗れ、メダルに届きませんでした。
Qもう一度帰ってこなければいけない舞台ですね?「今は情けなすぎて何も考えられないです」(田知本選手)
あの日以来、遠ざかった国際大会での優勝。
精彩を欠き、一時は引退も考えました。
さらに、追い討ちをかける出来事が・・・
去年2月。
国際大会前に、ドーピング違反の恐れがある市販の風邪薬を飲んでしまい、大会を欠場。
その後、全柔連から警告の処分が出されました。
1か月半後、田知本はー。
「皆さんに迷惑をかけてしまったので、まだまだ諦めないところを示していくしかない」(田知本選手)
まさに『競技人生のどん底』というべきつらく苦しい日々・・・。
しかし、折れそうになる心を何度も奮い立たせてきた4年が、田知本を強くしました。
「そのときは本当に悲しくて苦しくてという場面が多いんですけど、今思えばそれがあったからこうなれたという部分が多い」
「本当に成長できた4年間でした」(田知本選手)
0403名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:29:35.89ID:fg2LScVO
今大会。
そんな田知本の姿を客席で見守ったのが、78キロ超級で代表入りを逃した姉の愛選手です。
田知本が柔道を始めたのは、小学2年生のとき。
以来、2つ歳上の姉・愛選手の背中をずっと追いかけてきました。
小杉高校では、1年でインターハイ団体戦に出場し、姉とともに全国優勝。
その後、大学に行っても、社会人になっても、必ず前には姉がいました・・・。
「姉が世界選手権の代表に初めて先になって、私もはやく日本代表になりたいと」(田知本選手)
ともに日本代表になり、世界で戦い始めるも、4年前は、姉妹でオリンピックの夢が叶わなかった2人。
今度こそ・・・。
先にリオの切符を掴んだのは田知本でした。
「ロンドンから4年間、今度は一緒に行くっていうのがお互いったので、今度は2人で出て周りの人を気持ちよく喜ばせてあげたい」(田知本選手)
続く愛選手の最終選考会。
ここまで、選考レースのトップを走ってきましたが・・・
決勝でケガをして敗れ、代表入りならず。
姉妹そろってオリンピック出場の夢は、また、叶いませんでした。
しかし、愛選手はオリンピックに向け、気持ちの張り詰めた日々が続く妹の前で、その悔しさを見せませんでした。
「やっぱり毎日つめて練習してると行き詰ることもあるので、そのときのはけ口というか、話を聞いてもらったり。それが助かっています。私の前では
そういうの(悔しいそぶり)は見せないし、凄いなって思うし、頑張らないとって思います」(田知本選手)
そして11日、愛選手も見守る中、迎えた決勝戦。
Q田知本遥、人生で最高の日では?「間違いなくそうだと思います」
Qお姉さんも喜んでくれると思いますが?「はい、そうだと思います」
悲願の金メダルを手にした田知本が真っ先に向かったのは、愛選手のもと。
2人では立てなかった舞台。
でも、1人で掴んだ金メダルではありません。

田知本金メダル獲得 快挙の裏に壮絶な4年
http://www.tulip-tv.co.jp/news/detail/?TID_DT03=20160811192244

田知本遥(たちもと・はるか)選手の金メダル獲得の熱狂は、まだまだ冷めません。
その快挙を祝って、県民栄誉賞の贈呈が検討されることになりました。
一夜あけ、田知本選手は、現地で記者会見を行い、今の心境と日本の子どもたちへメッセージを語りました。
11日、リオオリンピックの柔道女子70キロ級で、悲願の金メダルを獲得した射水市出身の田知本遥選手。
一夜明けた12日、現地で記者会見を行い、今の心境を語りました。
「少しずつ実感してきていて、自分の夢を実現できたんだなあと。(ブラジルは)世界選手権で一回戦負けして嫌なイメージだったけど、
今回で最高のイメージになりました」(田知本遥選手)
2度目のオリンピックで4年越しに金メダルの夢をかなえた田知本選手。
日本の子どもたちにメッセージを贈りました。
「夢に向かって成功しても失敗してもそれに向かって打ち込んでほしい」(田知本選手)
一方、田知本選手の快挙に県内では…田知本選手が卒園した、小杉東部保育園。
先輩の活躍に刺激を受けた子どもたちが、朝から大盛り上がりです。
「なんとなんと田知本遥選手が金メダルを獲りました。ばんざーい」「やりたい柔道やりたい」(朝の会の様子)
実は田知本選手は、リオへ出発する前に、この保育園を訪れていました。
子どもたちは、田知本選手が大好きな歌をプレゼントして応援。
4年前から始まったこの交流。
田知本選手の保育園からの幼馴染で、小杉東部保育園に勤める金山楓加(かなやま・ふうか)さんの発案でした。
「いや〜うれしかったですね。感動しました。涙が止まらないという感じで。おめでとうとメールを送ったら、ありがとうって返ってきました」(金山楓加さん)
0404名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:30:00.77ID:fg2LScVO
田知本選手は、今月15日に帰国する予定ですが、12日は、さっそく金メダルを持って来てくれる日を心待ちに準備を開始。
子どもたちがクレヨンで一生懸命描いているのは…「田知本遥選手」「きらきらやった」「朝まで見た。眠くなかった。うれしかった」(子どもたち)
ダンボールと金の折り紙でつくったメダルをつければ、金メダルをお祝いする『みこし』の完成です。
ロンドンでの悔しい敗北と不振の時期を乗り越えて、約束の金メダルを持ち帰る田知本選手に、子どもたちが贈る歌は…。
みんなで歌と踊りを練習して、田知本選手をお祝いする準備はばっちりです。
「金メダル見せてほしい」「一緒に電車ごっこしたい」(子どもたち)
「楽しみです。また保育園に田はるが来てくれることが。子どもたちもすごく楽しみにしているので、早く会いたいです。おめでとうと伝えたい」(金山さん)
「田知本遥選手金メダルおめでとう!」(子どもたち)
一方、11日未明まで観戦した小杉高校の後輩たちは、12日から大先輩を目指して練習を再開しました。
「嬉しいのと、かっこいいのと、すごいのと、いっぱいです」(小杉高校の後輩)
「メダルを見せてほしいです」(小杉中学の先輩)
興奮冷めやらぬ後輩たちは、12日小杉中学の後輩たちが参加する中学生との合同練習で汗を流しました。
田知本選手は、年に2回ほど母校の小杉中学や小杉高校を訪れて指導するなど、後輩思いの義理堅い選手で、みんなの憧れの存在です。
Q田知本選手の存在は?「偉大です」「この小杉で練習したのは田知本選手も同じ。近づきたい」(小杉中学の後輩)
「柔道の技術だけじゃなくて、礼儀の大切さとか、先生を敬うこととか、人として尊敬する」(小杉高校の後輩)
男子の中で練習していた田知本選手ですが、『勝ち』へのこだわりは誰よりも強かったと中学時代の恩師は振り返ります。
「田知本らしい試合は、気迫ですよね。絶対に負けないという気迫と、執念みたいものを感じました」(小杉中学で指導した朽木淳司教諭)
「攻めて攻めての柔道。金メダル、感動しました」(小杉高校の後輩)
気迫の柔道を見た後輩たちは、今日も、偉大な先輩の背中を追って練習に励んでいます。
田知本選手の地元・射水市の小杉地域では、12日も、あちこちで祝福ムードが続いています。
また、理容店でも、今日の会話はもっぱら…
「嬉しかった。お客さんとも朝からその話で持ちきりです」(理容店の奥さん)
小学生の頃から、二つ年上の姉・愛(めぐみ)さんとともに、姉妹で柔道を始めた田知本選手が、小さいころからなじみのスポーツ用品店でも…
「涙出てきました。小さい頃から見てる子達がオリンピックでメダルを取ったことは非常に嬉しいです。自分の買ったものはお姉ちゃんに
内緒にしてねとお母さんに言ってたりしました。でも、それは嫌いとかじゃなくて、兄弟でもライバル心があったのかなと」(小杉スポーツ・長谷佳子さん)
さらに、母校の小杉中学校では、オリンピックでの活躍を願う垂れ幕が、金メダル仕様に変更。
少しでも早く金メダル獲得を伝えたいと、お盆休みに入る前に、垂れ幕の加工を発注したそうです。
金メダルフィーバーの影響は、思わぬところにも…。
「盆前で忙しい時期ですけど、うれしい悲鳴です」(宣広・須藤芳朗社長)
こちらでは、12日までに、金メダル獲得を祝う垂れ幕の発注が、一度に6本も!
最優先でやってかないと、お祝いごとですから」(須藤社長)
須藤さんは、田知本選手の中学生時代、柔道部の保護者会の会長を務め、試合の引率などもしていて、今回のメダル獲得には格別な思いがありました。
「自分の思っている気持ちは、やっぱり中学校・小学校のときのままなので」「彼女が金メダルをつかむ間に得たものもあったし、逆に失ったものもあると
思うんです。うちらはうちらなりに、できる範囲で応援していきたいと思います」(須藤社長)
個人種目で県勢初となる金メダルフィーバーは、まだまだ続きそうです。

田知本金メダルフィーバー
http://www.tulip-tv.co.jp/news/detail/?TID_DT03=20160812171816
0405名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:30:25.05ID:fg2LScVO
リオ五輪の柔道で日本は男女各7階級で金メダル3個、銀メダル1個、銅メダル8個の計12個を獲得した。これは
2012年ロンドン五輪(金1、銀3、銅3)と比べても大きな前進と言える。だが、4年後の東京五輪を考えれば、
喜んでばかりもいられない。数々の金メダリストを育て上げた名伯楽で、全日本柔道連盟の元強化委員長でもある
吉村和郎氏(65)が今大会を総括。併せて日本柔道への熱いメッセージを送った。
メダルの数だけで見れば、ロンドン五輪を大幅に上回り、世界に日本の柔道を示せたことは間違いない。吉村氏も
「みんな本当によう頑張ったと思う」と一定の評価をする。奮闘した愛弟子・井上康生監督(38)のことも「手探り状態の中、
苦しかったことだろう」と思いやった。
だが、本当の勝負は4年後の東京五輪だ。日本のお家芸の柔道が惨敗したら、元のもくあみ、メンツは丸潰れ。そうならないため
にも「今大会の反省は絶対に欠かせない」と吉村氏は声を大にする。
もともと吉村氏の金メダル予想は73キロ級の大野将平(24)と81キロ級の永瀬貴規(22=ともに旭化成)だった(本紙既報)。
大野は順当に獲得。同氏も「万全だった。いろいろな技のバリエーションを出して、外国人を寄せ付けなかった」と絶賛する。
一方で永瀬に関しては「技が出せなかった」と残念そう。「他の国際大会で勝っても、それだけ五輪は簡単ではないということ。
五輪は『絶対に勝つ』という執念を持った方が勝つ」と“気持ちの差”を強調した。
同様に女子52キロ級の中村美里(27=三井住友海上)と63キロ級の田代未来(22=コマツ)も悔やんでも悔やみ切れないという。
中村については「準決勝で指導で敗れた。五輪に3回も出ていて負け方が悪い。相手は(紛争のあった)コソボの選手。
何が何でも勝つという気迫は相手の方が上だった」と見る。田代に関しても「準決勝で命運が分かれた。コソボの選手のように、
指導でも何でもいいから勝たないといけない。決勝に行けば負けても銀メダル。行けなければ良くても銅、負けたらメダルなしよ。
この差は大きい」と指摘した。その点、78キロ超級の山部佳苗(25=ミキハウス)は「いつも指導を取られたらズルズル負けるけど、
気持ちが切れなかった点は成長だろう」と褒めた。
いい意味で期待を裏切られたのが男子90キロ級のベイカー茉秋(21=東海大)と女子70キロ級の田知本遥(26=ALSOK)
だという。吉村氏は「2人はよくやった。決して金メダル候補ではなかったというのがポイント。それだけ思い切って技に入って
いったのが良かった」と声を弾ませた。
その思い切りが不足していたのが男子100キロ超級の原沢久喜(24=日本中央競馬会)だ。絶対王者のテディ・リネール
(27=フランス)に組ませてもらえず、相手のペースに付き合ってしまった。「攻めさせてくれなかったのはわかる。だけど、
とにかくイチかバチか、釣り手を取りにいかなくてはならない。もちろん投げられることもあるだろう。それで負けても
改善点がわかるし、次につながる。だが、指導で負けたら次につながらない」。4年後までに新鋭が台頭してくる可能性も高く、
東京五輪で代表権が回ってくるとは限らない。「『次はない』と覚悟すれば、攻められたはずだ」と吉村氏は言う。それは
金メダルを獲得できなかった選手全員に共通する課題でもある。
最後に吉村氏は、今回のメダルラッシュに危機感をあらわにした。
「絶対に喜んだらいかんぞ。金メダルを目指したから、結果的に銅メダルだっただけだ。『銅メダルでも取れてよかったです』
と満足しとったら、次は銅メダルすら取れなくなる。確かに世間は褒めてくれるだろう。でも、本当の柔道家ならこれで
いいわけがない」
勝ってかぶとの緒を締める――。それができたかどうかは、4年後にわかる。

【柔道】「メダル12個獲得」日本柔道 本当に復活なのか
http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/2016rio/581005/
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2017/12/11(月) 16:32:25.09ID:fg2LScVO
リオデジャネイロ五輪の田知本遥選手の金メダル獲得から一夜明けた12日、出身地の射水市では、懸垂幕が設置されるなど祝賀ムードに包まれた。
射水市黒河の県民公園太閤山ランドでは午後2時半頃、入り口に「金メダルおめでとう 田知本遥選手」と記された縦約4メートルの懸垂幕が用意された。
プール広場にも快挙を祝う横断幕が設置されており、親子で訪れた魚津市本江、会社員楞谷貴志さん(41)は「県民として誇らしい。息子も柔道をやっている。
今回をきっかけにもっと人気が広がればいい」と話していた。懸垂幕は射水市役所小杉庁舎にも掲げられている。
田知本選手が小学生時代に技を磨いた「小杉少年柔道クラブ」のメンバーは12日夜、田知本選手の母校・小杉高校で練習。秋山海龍主将(10)は
「先輩の大外刈りのように僕も得意技を作りたい」と、いつも以上に熱心に練習していた。

「おめでとう田知本選手」出身地・射水に懸垂幕
http://www.yomiuri.co.jp/local/toyama/news/20160812-OYTNT50293.html

リオ五輪で、金メダル3個を含む史上最多の男女計12個のメダルを獲得した柔道日本代表が15日に帰国し、
成田空港でメダリストらが記者会見した。
今大会の女子で唯一の金メダルをものにした70キロ級の田知本遥(ALSOK)は、「いろいろな面で大切なことを学べた。
地元の富山で、普段から元気をもらっている保育園の子どもたちに金メダルを触らせてあげたい」と試合場では見せなかった
柔和な表情で語った。女子57キロ級で前回ロンドン大会優勝、今回は銅メダルの松本薫(ベネシード)は「五輪で連覇できるのは
本物、化け物。私はそうなれなかった」と、改めて悔しさを口にした。
男子73キロ級を制した大野将平(旭化成)は「力を出し切る柔道を畳の上で体現できた。少し休んで気持ちを整理してから、
次の目標を決めたい」と話し、同90キロ級金のベイカー茉秋(ましゅう)=東海大=は4年後の東京五輪に向けて「連覇を目指す」
と明言した。
男子が7階級制になった1988年ソウル大会以降で初の、全階級メダル獲得に導いた井上康生監督は「あくまでここからが
スタートで、もっとやれたという悔しさもある。ただ、選手たちは柔道も、競技以外も最強かつ最高レベルに近づいたと思う」と
総括した。

RIO・リオ五輪:柔道 日本代表が帰国 男女12個、史上最多メダル「ここからがスタート」
http://mainichi.jp/sportsspecial/articles/20160816/ddm/035/050/073000c
0408名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:32:50.55ID:fg2LScVO
リオデジャネイロ五輪の柔道女子70キロ級で金メダルを獲得した田知本遥(26)が17日、東京・港区元赤坂にある所属先のALSOK本社を訪れ、
優勝を報告した。
社員300人に拍手で迎えられ、栗林誠良取締役専務執行役員から花束を受け取ると「サポートとして頂いたおかげで、こういう形で帰ってこられた。
少しは恩返しが出来たのかなと思う」と話した。
同社所属で、17日から18日未明にかけて五輪4連覇を目指すレスリング女子58キロ級の伊調馨(32)については「4連覇という偉業に挑戦するにも
かかわらず、いつも凜(りん)としている姿に憧れている。偉大な瞬間をしっかりと見届けたい」とエールを送った。

田知本遥がV報告「少しは恩返しが出来たのかな」 - 柔道
http://www.nikkansports.com/olympic/rio2016/judo/news/1696368.html

リオ五輪の柔道女子70キロ級で金メダルを獲得した田知本遥(26)が17日、報告のため所属先のALSOK本社(東京・港区)を訪れた。
約300人の社員たちに出迎えられ、花束を贈られた田知本は「こんなに多くの社員の方が集まって『おめでとう』と言ってもらえてうれしい。
この4年間は勝てなかったりしたけど、温かく見守ってくれてありがたみを感じた。少しは恩返しができた」と感激の面持ちを浮かべた。
同じくALSOKに所属するレスリング女子58キロ級の伊調馨(32)に向けては「4連覇という偉大な瞬間を見させていただけたら」とエール。
同じ富山県出身で同女子48キロ級の登坂絵莉(22=東新住建)についても「リオにいるときに『金メダルを見せてほしい』と言われて(メダルを見て)
『頑張ります』と言ってくれた。金メダルを取ってほしい」と活躍を願った。

【柔道】田知本遥が優勝報告 300人に出迎えられ「少しは恩返しができた」
http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/2016rio/582251/

リオデジャネイロ五輪柔道女子70キロ級金メダリストの田知本遥(26)が17日、帰国後初めて所属するALSOK本社に出社。
約300人の同僚から祝福を受けた。
本社前の歩道にズラリと社員が並び、応援用のスティックバルーンをたたいて出迎える中、金メダルを胸に出社した田知本。柔道部部長の
栗林誠良取締役専務執行役員から花束を贈られ、「盛大に出迎えていただいてありがとうございます。ロンドンからの4年間、苦しいことの方が多かったけど、
そのたびに会社の方にサポートしていただき、(金メダルを持って)帰ってくることができました」とあいさつした。
15日に帰国し、16日は練習拠点である東海大を訪れた以外はゆっくり過ごしたという。スーパーに買い物に行き「レジ係の、知らない人から声をかけられた」と、
五輪の影響力の大きさを改めて感じている。「テレビで五輪を見ていて、『自分もここにいたんだなあ』と思い、手元にあるメダルを見て、金メダルを取ったという
実感がじわじわわいている」と感慨を話した。
今後については「まだ考えられない」と話した帰国当日の会見時から「心境の変化はあまりない」という。ただ、「4年前は敗者、今回は勝者となった。
両方の気持ちを知っているからこそ、その経験を後輩たちに少しでも伝えていきたい」とした。

「じわじわ実感わいている」金メダルの田知本が帰国後初出社/柔道
http://www.sanspo.com/sports/news/20160817/jud16081719550001-n1.html

リオデジャネイロ五輪の柔道女子70キロ級で金メダルを獲得した田知本遥が17日、東京都内の所属先のALSOKに優勝報告した。約300人の社員の
出迎えを受け「勝てなかった時も会社の皆さんには温かく見守っていただいた。本当に感謝の念が大きい」と謝意を述べた。
15日に帰国したばかりの田知本は時差ぼけがなおらず、テレビで五輪観戦しているという。「自分もここにいたんだなあと思って、手元のメダルを見ると
実感がわきます」と余韻に浸っている様子。国内のお祝いムードに「自分の知らない人たちに(祝福の)言葉を言われることが驚きだし、より一層うれしさがある」と
感激していた。
ALSOKは田知本に報奨金を贈呈する。

柔道・田知本が「金」報告 所属先で300人出迎え
http://www.sankei.com/photo/story/news/160817/sty1608170029-n1.html
0410名無しさん@お腹いっぱい。
垢版 |
2017/12/11(月) 16:35:03.41ID:fg2LScVO
金メダリストの田知本遥(たちもと・はるか)選手も登坂選手を応援です。
田知本選手は、17日、現地のリオで登坂選手に金メダルを見せたことを明かしエールを送りました。
田知本選手は17日、所属企業であるALSOK本社を訪れおよそ300人の社員から出迎えを受けました。
そして花束を受け取った田知本選手は感謝の気持ちを述べました。
柔道女子70キロに出場した射水市出身の田知本選手は決勝で世界ランキング2位のコロンビア代表、ジュリ・アルベアル選手を下し、
初のオリンピック王者に輝きました。
田知本選手は会見で地元富山に帰ってやりたいことを話しました。
そして、同じ富山県出身で17日試合を迎える女子レスリングの登坂選手にエールを送りました。
田知本選手はこのあと富山に戻ってくる予定ですがスケジュールはまだ未定だということです。

金メダル田知本選手が登坂選手にエール
http://www.tulip-tv.co.jp/news/detail/index.html?TID_DT03=20160817155123

県勢選手がつないだ金メダル秘話です。
実は、今回、登坂選手の金メダルにかける思いをさらに熱くさせたのは、同じ富山県出身で、先日、柔道女子70キロ級で金メダルを獲得した
田知本遥(たちもと・はるか)選手の活躍でした。
登坂選手は、18日、田知本選手に感謝のメッセージを送りました。
「メダルを柔道の田知本さんに見せていただいていて、もう絶対に自分もこれが欲しいって思ったので、めっちゃ本当にうれしいです」(登坂選手)
柔道女子70キロ級で金メダルを獲得した、田知本遥選手。
17日、所属企業で開かれた報告会見で、同じ富山県出身の登坂選手に、選手村で金メダルを見せたと話し、同郷の後輩へエールを送っていました。
「金メダルを見せてほしいって言われて、私もがんばりますって言ってくれたので、頑張ってねって声をかけました。本当に金メダルをとってほしいと心から
応援しています」(田知本選手)
そして、田知本選手の期待に応えて、見事、金メダルを獲得した登坂選手。
TBSの情報番組『ひるおび』に出演して、田知本選手へ感謝の気持ちを伝えました。
「本当見て絶対これをとるって思って、より思いが強くなりました。田知本さん、おかげで金メダルをとることができました。富山にいい報告を
2人でしに行きましょう」(登坂選手)

県選手の絆 登坂金メダル呼んだ田知本金メダル
http://www.tulip-tv.co.jp/news/detail/?TID_DT03=20160818172318

リオデジャネイロ五輪の柔道女子70キロ級での田知本遥選手(26)=射水市出身=の金メダル獲得を記念したフレーム切手が十九日、
富山市桜橋通りの富山中央郵便局で発売された。
八十二円切手五枚組みで、メダルを口元に掲げ、ほほ笑む田知本選手の写真を使用。料金の表示部分も金色で彩った。切手以外のスペースには、
笑顔の田知本選手や、日本選手団の写真などを配した。
レスリング女子48キロ級で優勝した登坂絵莉選手(22)=高岡市出身=の切手も、同郵便局で二十六日に発売する。いずれも一組千四百円で、
千組限定。問い合わせは、日本郵便お客様サービス相談センター=フリーダイヤル(0120)232886=へ。

田知本選手金メダル 記念のフレーム切手 富山中央郵便局発売
http://www.chunichi.co.jp/article/toyama/20160820/CK2016082002000037.html
0411名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:35:45.86ID:fg2LScVO
司会者 それでは、柔道と競泳メダリスト記者会見を始めたいと思います。手前から、女子70キロ級の田知本遥選手。男子90キロ級、ベイカー茉秋選手。
競泳女子200メートルバタフライ、星奈津美選手。 みなさんに共通の質問ですけど、一夜明けましてメダルの実感をどのように感じていらっしゃるか、
ご家族とのふれあいや友人からのメッセージいっぱい届いていると思いますけど、そのあたりを受けて、今、どういうお気持ちでしょうか? 田知本遥氏
(以下、田知本) 少しずつ実感できています。自分の夢を達成できたんだなとしみじみ感じております。 ベイカー茉秋氏(以下、ベイカー) 家族が泣い
て喜んでる姿を見て、とてもがんばってよかったなって思いました。 星奈津美氏(以下、星) 私も本当に水泳人生最高のレースが昨日はできましたので、
本当にほっとしているという気持ちです。 司会者 ではみなさまからのご質問を受けたいと思います。 記者1 朝日新聞出版で『AERA』編集部の記者を
しています、フカザワと申します。まず、柔道のお二方に聞きたいんですけれども。 田知本選手は、女子がなかなか金メダルが出ないなかで金メダル
ということなんですけれども。試合前に感じていたプレッシャーだとか、女子柔道のなかで金メダルがどういうふうな意味を持つのかを教えてください。
ベイカー選手にうかがいたいのが、試合後にガッツポーズをしたり、笑顔が見られたりして、ほかの柔道の選手とちょっと印象が違う感じだったんですけれども。
ベイカー選手の存在が日本の柔道会でどういう貢献をしていきたいのかとか、そういったことをおうかがいしたいと思います。 田知本 金が前の選手で
なかったことについてのプレッシャーはあまりなかったんですけど。前の選手が勝ってきても負けてきても、同じように、あとの選手はどちらにせよ思いは
一緒だと思ったので、自分のやるべきことを達成するだけだと思いましたので。 とくにそういった意味ではプレッシャーはなかったですけど、自分自身との
格闘というか、自分自身でやっぱり「絶対に叶えたい」という部分のところで、すごくプレッシャーはありました。 ベイカー 今、柔道会は人気が低迷してるって
言われているなかで、僕がかつて、井上(康生)監督がオリンピックで優勝した姿を見て、柔道に対する思いが強くなったので、僕は今、逆に自分がそういう
立場なのかなと思っています。このオリンピックを機に柔道人気をまた復活させたいなって思ってます。
記者2 産経新聞社、ササキと申します。お疲れ様でした。おめでとうございます。今一番したいこと、食べたいこと、会いたい人は誰でしょうか? 
お願いします。 星 私は、今回5月の末に日本を出発してから、本当にそのままずっと海外遠征でここまで来たので、とにかく日本に帰ったことでまず
感動するんじゃないかなと今思っています。やっぱり食べたいものは焼き肉ですかね(笑)。で、やっぱり家族に一番会いたいです。 ベイカー 昨日は
もうずっと、試合が終わってからもアドレナリンが出てなかなか寝付けずに、まだ寝てないのでとりあえずゆっくり休みたいです。 そして、日本に帰ったら
味の濃いものというか、豚骨ラーメンみたいなものが食べたいです。会いたい人というか、実家に犬がいるんですけど、犬が好きなので、犬に早く会いたいです。
田知本 一番会いたい人は、昨日もう姉に会えたんですけれども。もう1人、本当に姉のように慕ってる浅見(八瑠奈)先輩、48キロ級で代表になれません
でしたけど、本当に姉のように、もう1人の存在なので、浅見先輩に日本に帰ったら会いたいのと。 食べたいものは、自分の住んでいる町の行きつけの何ヶ所か
のお店に、本当にリラックスして行きたいです。 記者3 今回は本当におめでとうございました。3人の方に率直にブラジルの印象を聞きたいんですけれども。
なにかひと言でも、ブラジルの印象をお願いします。 星 競泳の会場では、本当に歓声がすごかったので、地元の選手でなくても、やっぱり世界記録が出たり、
優勝した選手を称えてくれる拍手がものすごく大きくて、私たちも温かく迎えてくれてるような印象だったので、本当に私自身も楽しくレースができました。
ベイカー ブラジルって今、冬ですよね? 冬なのに暑い! それだけです(笑)。 (会場笑) 田知本 正直すごく治安面とか、ニュースでいろいろやっていて、
すごく怖い面もあったんですけど、いざ来てみたらぜんぜんそういうことはなくて。人もすごく親切で、ぜんぜん大丈夫だなっていう印象と。 あと2013年の
世界選手権で1回戦負けしてしまっていて嫌なイメージがあったんですけど、今回最高にいいイメージになったので、すごくブラジルに対していい印象に
なりました。
0413名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:37:05.01ID:fg2LScVO
星選手「あれがほんとうに最高のレースだった」
記者4 一夜明けて、「もう少し試合でこうできたな」とか、改善できるような部分がもしあれば教えていただきたいです。 星 私はまったくありません。
インタビューでも答えたんですけど、本当に最後はもう腕も足も動かなくなるぐらいまで出しきれたので、あれが本当に最高のレースだったなと思います。
ベイカー 自分自身精一杯やったつもりなのでそんなにないんですけれども、強いて言うなら、決勝を一本勝ちで終わりたかったので、バシッと1本で
投げて終わりたかったです。 田知本 自分自身も本当に満身創痍でやりましたので、逆に昨日の試合をもう1回やれって言われたほうができないぐらいの
試合をできたと思っているので、ありません。 記者5 ベイカー選手にうかがいたいんですけれども。日本人が世界で勝てないと言われていた階級で、
こうやってオリンピックチャンピオンになることができたんですけれども。これは、長身選手とか多いなかで、どのように戦ってこういったオリンピックチャンピオン
になれたのか、そういったところをうかがいたいです。 ベイカー 初めて2013年にシニアの試合で初めてデビューしたんですけれども。その時はもうすごく
やりづらくて、「苦手だなあ」って思ってたんですけれども。 そこからたくさん国際大会を重ねることによって、経験を積むことによって、戦い方がわかったというか、
今は本当に苦じゃないというふうになりました。やっぱり経験でそういうふうになりました。 記者5 もうちょっと具体的に。 ベイカー やっぱり国際合宿だとか、
たくさん長身選手と組み合ったりだとか、あとはやっぱり外国人選手の体の強い選手と組み合うことによって、相手の長所とか短所とかをわかって、
それでだんだん苦手意識もなくなっていきました。
成功しても失敗しても夢に向かって打ち込んでほしい
記者2 産経新聞社のササキです。度々申し訳ありません。お3人は日本の顔になったと思います。日本の子供たちにメッセージをお願いします。
田知本 本当にそうなれたら、子供たちに対してなにか、自分が昨日の試合でメッセージを発信できていたら、本当にそれはもううれしいかぎりなんですけど。
やっぱり夢を持って、成功するも失敗するも、それに向かって一生懸命打ち込んでほしいなって思います。なにかそれで自分が手助けできることがあれば、
本当に力になりたいなという気持ちです。 ベイカー 僕の小さい頃からの夢がオリンピックチャンピオンなることでした。やっぱりここまで来るのにやっぱり、
逃げ出したいことやつらいこともたくさんあったんですけど、諦めずやってきたからこそ、今、こうしてオリンピックチャンピオンになることができたので、
諦めなければ夢は叶うと思うので、諦めずにがんばってくさいと伝えたいです。 星 私も偉大な先輩方の活躍する姿を見て、自分もこうなりたいと目標
を持ちました。4年後には東京でオリンピックもありますし、ぜひ生でオリンピックを見て、少しでも身近に感じて、それをきっかけにオリンピックに出たいという
目標や夢を持ってもらえたらいいんじゃないかなと思います。

ベイカー茉秋「このオリンピックを機に柔道人気を復活させたい」金メダル獲得後に語った柔道への想い
http://logmi.jp/157567
0415名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:38:27.36ID:fg2LScVO
リオデジャネイロ五輪の柔道で、男子は7階級制となった1988年ソウル五輪以降で初めて全階級でメダルをつかんだ。女子の5個と合わせた獲得メダル
12個は過去最多。ニッポン柔道は本当に復活したのか。「女三四郎」山口香氏(51)に聞いた。
惨敗した4年前の2012年ロンドン五輪と比べると、日本柔道はリオ五輪で大きく前進しました。
シドニー五輪100キロ級金メダリストで男子日本代表の井上康生監督(38)、ジュニアヘッドコーチから昇格した女子の南條充寿(みつとし)監督(44)を
はじめとするチームスタッフが、日本柔道を再生に導いたといえます。両監督とも、ロンドン五輪後に就任し、見事に結果を出してくれました。
日本柔道の強さを最も印象づけたのは、男子73キロ級の大野将平選手(24)でした。圧倒的な強さ、技の多彩さ、美しさで、日本のみならず世界が
目指すべき柔道を示しました。
組み手のごまかしや駆け引きに動じることなく、外国人の得意な力勝負になっても引くことなく応じ、組んで投げて王者になりました。日本柔道が「王道」を
求めて強化してきたからこそ得られた金メダルであり、シドニー五輪で井上監督が見せてくれた姿に重なりました。
〈ロンドン五輪の獲得メダルは男女計7個。男子は史上初めて全階級で金メダルを逃した。惨敗の要因の一つは、国際柔道連盟(IJF)が08年の北京五輪後に
導入した世界ランキング制度にあるという〉
制度の“落とし穴”に嵌(はま)ってしまいました。五輪シード権を獲得するために、強化選手の国際大会への派遣の激増が余儀なくされ、その結果、
ロンドン五輪で戦う前に、選手たちは疲弊していたのです。
全日本柔道連盟(全柔連)としての方針でもあり、男女の両監督、選手に選択の余地はありませんでした。「従えない選手は五輪レースから脱落する」という
無言のプレッシャーをかけられたのです。
日本代表女子では、ロンドン五輪直後の13年1月、強化選手への暴力問題が発覚。これを契機に、指導体制が刷新された〉
「俺についてこい」というスタイルの指導は柔道に限らず、長く日本スポーツ界にはびこってきた悪習です。
たった一人で畳に上がり、勝利するために求められるのは、的確な判断と決断です。世界で活躍できる選手は自分で考え、乗り越える力を持っています。
従順なだけの選手では通用しません。
〈その悪習を断ち切ったのが、男子の井上監督と女子の南條監督だ。井上監督は、不面目なロンドン五輪後の12年11月から男子を率いる。南條監督は、
暴力問題発覚後の13年3月に火中の栗を拾う形で就任した〉
特に男子の井上監督は、次々と改革を断行しました
0416名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:38:46.78ID:fg2LScVO
これまで柔道の専門家だけで固めていた代表チームに、スポーツ医学の専門家を招き、パワーで勝る外国選手に対抗するための強靱(きようじん)な肉体作り
に着手しました。いくら技を磨いても、組み合う段階で相手に力負けしては、日本が目指す一本を取る柔道ができないと考えたからです。
また、現在の柔道は世界のさまざまな格闘技が混在しているという事実を受け入れました。日本柔道が一番というプライドを捨てることは勇気が必要だった
はずです。民族格闘技を取り入れた多様な技を駆使する“世界の柔道”への対応力を強化するために沖縄角力(すもう)などを体験させました。
「まだ絶対的な力には及ばない」
〈新監督による指導の下、選手たちは「自信を取り戻した」とみる山口氏だが、男女ともに日本代表チームのあり方には課題も残ると指摘する〉
現状では、ナショナルチームの監督、コーチが五輪への強化を担っています。しかしながら日常的に選手の育成・強化を行っているのは企業や大学などの
所属チームです。ナショナルチームと所属の指導の一貫性が求められます。
私自身は以前から、マラソンのように所属チームのコーチが代表コーチを兼ねる新しいスタイルを作るべきだと訴えてきましたが、今回のナショナルチーム
を見て「柔道はこれでいいのか」と思わされた部分もあります。リオの好結果を生んだ背景の一つは、ナショナルチームと所属との連携が以前よりも機能し、
「チームジャパンで戦う」という意識が醸成されたことでしょう。
東京に向けての第一歩はナショナルチーム体制の再編成です。自国開催の五輪は、選手のみならずコーチ・スタッフも尋常ではないプレッシャー
にさらされます。東京に向けたチームを背負うための人選は、選手選考同様に全柔連が説明責任を求められるでしょう。
〈そうはいっても、リオ五輪で過去最多のメダルを獲得した日本柔道は、その復活を印象づけた〉
男子チームは全階級でメダルを狙える自力をつけ、結果も手にしました。女子は自力の底上げが十分ではなかったものの、力のある選手にメダルを
取らせることはできました。ただし、いまだ盤石とはいえず、できたこと、できなかったことの検証が必要です。
メダルの多くを占めたのは銅メダルであったことを忘れてはいけません。すべての3位決定戦は接戦で「やむなく銅」ではなく、「必死の銅」に見えました。
メダル当確ラインにはいるものの、絶対的な力には及ばないことをチームとして自覚するべきです。
〈リオ五輪と同じく、4年後の東京五輪で日本柔道は躍進できるのだろうか〉
リオの成功は東京へのさらなる期待につながることは間違いありません。自国開催の五輪がもたらすプレッシャーは想像もつきません。守ろうとすれば苦しい
戦いになるでしょう。リオを見て、日本柔道にはまだ伸び代があると私は感じました。ロンドンからの取り組みの成果は途上です。あと4年をかけ、さらに進化し、
完成された姿を見せてくれると信じています。
4年後の東京五輪で、リオは序章だったと思える成績を残した時こそ「真にニッポン柔道が復活した」といえるのです。

リオ五輪:「女三四郎」山口香が明かす 「ニッポン柔道」復活の全情報
http://mainichi.jp/sunday/articles/20160822/org/00m/070/010000d
0417名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:39:06.53ID:fg2LScVO
リオデジャネイロ五輪で、日本選手団は金メダル12を含む史上最多となる41個のメダルを獲得した。入賞総数88も過去最高。
JOCが掲げた目標(金メダル数14、メダル総数30)をほぼクリアする数字を残せたのは、実力者たちが期待通りの
パフォーマンスを発揮したからである。遠く離れた南米の地で日本選手たちは頼もしく、勝負強かった。
金メダル12のうち、体操男子団体、男子個人総合の内村航平、柔道男子の大野将平、女子レスリングの伊調馨と
登坂絵莉の計5つは昨年の世界選手権を制していた。王者たちが世界から追われる立場に身を置きながら、重圧に打ち勝ったといえるだろう。
そのほかの金メダリストも競泳の萩野公介と金藤理絵は今季世界1位のタイムを持ち、バドミントン女子ダブルスの高橋礼華・松友美佐紀
も世界ランク1位で今大会を迎えた。柔道男子のベイカー茉秋(東海大)は第1シードだった。レスリング女子の川井梨紗子と
土性沙羅は昨年の世界選手権でそれぞれ2位と3位に入っていた。“無印”で金を射止めたのは女子柔道の田知本遙くらいだろう。
日本選手団の山下泰裕副団長(全日本柔道連盟強化委員長)は総括会見でこう話した。「私が選手の頃、あるいは監督を務めたアトランタ(1996年)や
シドニー(2000年)の頃は『日本選手はプレッシャーに弱い』とよく言われた。しかし、今の若い選手は世界の強豪を相手にしても屈しない。精神的にたくましく、
心の持ち方もポジティブだ」
銅メダルをかけた3位決定戦でも、卓球女子団体やテニス男子の錦織圭、柔道の高藤直寿らが勝って11勝4敗と大きく勝ち越している。
今大会の日本選手は勝負どころで実に強かった。
現在は多くの競技が世界ランクなどで五輪の出場権を争う。日ごろから世界を転戦しなければ出場切符も得られない。そのため、海外選手とも顔なじみで、
何度も対戦ししている場合が多い。動画投稿サイトで過去の試合映像も簡単に見られる。アトランタ五輪で女子柔道の大本命・田村(現姓・谷)亮子が敗れた
ケー・スンヒ(北朝鮮)のような「まだ見ぬ強豪」はほとんど存在しない。
一部の選手を除き、五輪ほど観客の多い舞台での試合はまれとはいえ、多くの日本選手がストレスのかかる海外遠征やトップレベルの戦いを何度も積んで
五輪本番を迎えた。手厚いサポートも受けながら、タフになった日本人アスリート像を表す健闘といえる。

勝負どころで強かった日本 重圧なんの金12個
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO06381540S6A820C1UU4000/

過去最多12個のメダルを獲得した柔道。特に男子は金メダルゼロに終わったロンドンから全階級メダルとV字回復を果たした。66キロ級の海老沼匡(26)を
除く6選手は初出場だったが、井上康生監督(38)が「全員メダルが目標。金メダルを取れる力を持っている」と代表決定時に語った通りの結果。金メダルは
73キロ級の大野将平(24)と90キロ級のベイカー茉秋の2個だが、7階級制になった88年ソウル大会以降、世界初の全階級メダルは間違いなく快挙だ。
素晴らしい結果に導いたのは、指揮官の手腕や選手の努力もあるが、陰で支えたスタッフの力も大きい。井上監督、女子の南條充寿監督(44)が就任してから、
全柔連では総勢約80人にもなる情報分析班を本格的に稼働。世界中の各大会で映像を撮影し、それを相手選手の得意技やタイプ、指導の取り方、
取られ方など事細かに分析を開始した。
これまでといえば、映像は撮影し、選手に見せたとしても「こんな感じ」とイメージを持たせる程度。「自身の柔道を貫けば勝てる」が日本式だった。今大会、
柔道では男女を合わせて26か国・地域の選手がメダルを獲得。豪快な一本を取り続けた大野は別格だったが、勝負にこだわり、決勝では相手をかわしながら
金メダルを取ったベイカーのような戦術が世界のスタンダードになりつつある。
現に、今大会で男女を通じて全種目に選手を送り込んだのは日本と開催国のブラジル、欧州で最も盛んなフランスの3か国だけ。今後、世界では1個でも
いいからいい色のメダルを取ろうと、得意階級に特化した強化がより進んでいくだろう。全階級メダル獲得を維持することはさらに難しくなる中、4年後の東京を迎えることになる。
最年長の海老沼が26歳と、今回の7人は連続メダルが狙える選手だが、必要なのは己を知り、相手を知ること。稽古とデータをさらに蓄積させ、国内の競争を
激化させることが、メダルの維持、さらには色の変化をもたらすと感じている。

総勢80人の情報分析班が稼働…記者が振り返るリオ五輪
http://www.hochi.co.jp/sports/etc/20160822-OHT1T50192.html
0418名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:40:55.47ID:fg2LScVO
大野将平(柔道)
 夜遅く、そして朝早くから応援ありがとうございました。今回男子柔道では全階級でメダルを獲得することができました。これを見て、柔道を志す子どもたちが
少しでも増えたらうれしいと思っています。また2020年に向けて、もっと柔道という競技が注目されるように、僕自身も良い柔道をできるように頑張っていきます
ので、変わらぬ声援、ご支援よろしくお願いします。

ベイカー茉秋(柔道)
 小さい頃からの夢だった五輪チャンピオンになることができ、とてもうれしく思います。また日本からの熱い応援ありがとうございました。

田知本遥(柔道)
 このたびは日本中から声援ありがとうございました。(試合は日本時間で)夜中だったにも関わらず、帰国してからもたくさんの方に「リアルタイムで
応援していたよ」と声をかけられました。本当にありがとうございました。

原沢久喜(柔道)
 目標の金メダルには届かなかったですが、皆さまのたくさんの応援と、最高の舞台で戦えたことに感謝し、また東京五輪に向けて頑張っていきたいと
思います。本当にありがとうございました。

高藤直寿(柔道)
 今回はたくさんの応援ありがとうございました。金メダルは取れなかったんですけど、応援してくださった皆さまの気持ちがあって、銅メダルが取れたと
思います。東京五輪では必ず金メダルを取りたいと思うので、応援よろしくお願いします。

海老沼匡(柔道)
 たくさんの応援ありがとうございました。僕としては悔しい結果に終わりましたが、皆さんに応援とたくさんのサポートをしていただき、五輪という最高の舞台で
戦えたことを誇りに思います。本日はありがとうございました。

永瀬貴規(柔道)
 たくさんの応援ありがとうございました。今大会は自分の中で目標に掲げていた結果ではなかったですが、最後まで集中して戦い抜くことができました。4年後
の東京五輪では今回の経験を生かして、自分の納得のいく結果が出せるように頑張りたいと思います。今後とも応援のほど、よろしくお願いします。

羽賀龍之介(柔道)
 リオでは悔しい思いをしました。この4年間はもっと努力していって、次は金メダルという形で恩返しできるように頑張っていきます。今後もよろしくお願いします。

近藤亜美(柔道)
 金メダルではないという結果をしっかりと受け止め、東京五輪に向けてまた一つ一つ頑張っていきたいと思います。たくさんの声援ありがとうございました。

中村美里(柔道)
 五輪ではたくさんの応援ありがとうございました。目指していた色とは違うものになりましたが、たくさんの支えやいろいろな経験を経ての銅メダルなので、
大事にしたいと思います。本当にありがとうございました。

松本薫(柔道)
 たくさんの応援ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。

山部佳苗(柔道)
 目指していた色とは違うんですけど、苦しい場面でたくさんの声援が私の背中を後押ししてくれたと思います。本当にありがとうございました。

吉田沙保里「感謝の気持ちでいっぱい」=日本代表選手団が帰国会見
http://rio.yahoo.co.jp/column/detail/201608240003-spnavi
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2017/12/11(月) 16:43:04.28ID:fg2LScVO
成年女子の団体戦が行われ、富山・射水市出身で78超級の田知本愛(めぐみ、27)が4試合オール一本勝ちで復帰戦を飾った。観戦したリオ五輪
70キロ級金メダリストの妹・遥(26)=いずれもALSOK=の前で、豪快な投げ技を連発。チームは惜しくも準優勝となったが、左膝故障に苦しんだ
田知本にとっては完全復活に向けて大きな一歩となった。少年男子、少年女子は共に富山が優勝した。

悲運の故障から126日。田知本愛が復帰を果たした。団体戦(3人制)の大将として出場し、各県の代表選手を次々と撃破。初戦はやや緊張もあったが、
足技で倒すと、横四方固めで一本勝ち。成年女子の二瀬寛之監督(51)は「体さえできれば、十分に(柔道が)できる。あとは膝の状況次第」と笑顔。
2戦目は開始26秒で出足払い、3戦目は2分16秒で払い腰、4戦目はわずか23秒で払い腰を決めて見せた。
4月の全日本選手権は決勝で敗れ、リオ五輪代表を逃した。左膝靱帯(じんたい)を損傷し、全治2か月と診断されたが、手術を受けずにリハビリを続けた。
「富山県に恩返しして、柔道を盛り上げたい」と、中、高、大学の後輩だった先鋒の武田清美(24)=警視庁=を誘って、北信越国体出場を志願。試合では
「技に入るタイミングをつかみたい」と、真剣勝負を繰り広げた。
会場にはリオ五輪70キロ級で金メダルを獲得した妹・遥も訪れ、姉の試合を見守った。まだ万全の状態ではないが、パワー満点の柔道は健在だ。試合後、
インタビューの苦手な田知本愛は語らなかったが、武田が「柔道にかける強い思いを肌で感じました」と話せば、二瀬監督は「外国人を苦にしないパワーがある」
と評価した。気持ちを切り替え、新たなスタートを切る。

【柔道】田知本愛、復帰戦で4戦一本勝ち! : スポーツ報知
http://www.hochi.co.jp/sports/etc/20160821-OHT1T50254.html

リオデジャネイロオリンピックで金メダルを獲得した、柔道の田知本遥選手とレスリングの登坂絵莉選手に、県民栄誉賞を贈ることが決まりました。
贈呈式とパレードは、来月12日におこなわれます。
「リオオリンピックの金メダル12個のうち、2つを富山県出身の2人の選手が獲得したのは大変すばらしい。おかげさまで富山県の名も高めて頂いて、
県民栄誉賞を贈りたいということになった」(石井知事)
29日開かれた県民栄誉賞の検討委員会には石井知事や教育関係者が出席し、全会一致で金メダルを獲得した2人に県民栄誉賞を贈ることを決めました。
リオが二度目のオリンピックとなった射水市出身の田知本遥選手は、柔道女子70キロ級で、個人種目では、県勢初の金メダルを獲得しました。
受賞について田知本選手は、「このような栄えある賞を賜り、大変感激しております。これからも日本中がスポーツで盛り上がるよう、
貢献していきたいと思います」とコメントしています。
また、オリンピックに初めて出場した高岡市出身の登坂絵莉選手はレスリング女子48キロ級で、金メダルを獲得しました。
登坂選手は、「大変光栄な思いと身の引き締まる思いで胸がいっぱいです。東京オリンピックでの二連覇を目指し、練習に励みます」とコメントをだしました。
県民栄誉賞の贈呈式は、来月12日の午後3時から県民会館でおこなわれ、その後、県庁周辺でパレードの予定です。

リオ五輪で金 田知本、登坂に県民栄誉賞
http://www.tulip-tv.co.jp/news/detail/?TID_DT03=20160829161717
0421名無しさん@お腹いっぱい。
垢版 |
2017/12/11(月) 16:45:20.57ID:fg2LScVO
県は29日、リオデジャネイロ五輪で金メダルを獲得した柔道女子70キロ級の田知本遥選手(26)(ALSOK)(射水市出身)とレスリング
女子48キロ級の登坂絵莉選手(22)(東新住建)(高岡市出身)の2人に、県民栄誉賞を贈ることを正式に決定した。9月12日に富山市の
県民会館で贈呈式を行い、その後は富山市内でパレードを開催する。
スポーツや教育分野の有識者らが29日、県民会館で会合を開き、2人の顕彰に全会一致で賛同し、石井知事が県表彰規則に基づいて
賞の贈呈を決めた。会合では「言葉にできないほどの感動。東京五輪に向けて県内スポーツ界が盛り上がる」「スポーツ後進県の印象が
あったが、県を挙げてスポーツ振興施策に尽力してきた成果だ」などの意見が出た。
贈呈式は、9月12日午後3時から県民会館ホールで行う。県は田知本、登坂両選手の母校の児童生徒、競技関係者らに参加を募るほか、
一般県民も参加できるよう整理券を配ることなどを検討している。
贈呈式後、金メダリスト2人がオープンカーに乗り、県庁周辺などを一巡する予定だ。
県民栄誉賞の決定を受け、田知本選手は「大変感激している。これからも日本中がスポーツで盛り上がるよう貢献していきたい」、登坂選手は
「光栄な思いと身の引き締まる思いで胸がいっぱい。これからも、たくさんの人に喜んでもらえるよう、東京五輪での連覇を目指し、練習に励みます」と、
それぞれ県を通じて談話を発表した。
石井知事は、登坂選手に賞の贈呈を電話で伝え、直接伝えられなかった田知本選手には改めて電話をかけるという。石井知事は
「全国で12個の金メダルのうち、2個を富山の選手がとったことは信じられないほどの快挙だ。大人も勇気と元気をもらい、子供に夢と
希望を与えてくれた」と述べた。
また、県は29日、富山駅前のCiCビル壁面に、「祝 2016リオオリンピック金メダル」などと記された懸垂幕(縦22メートル、横1・16メートル)を設置した。
9月30日まで掲げ、祝賀ムードを演出する。

田知本・登坂選手 祝賀パレード…来月12日
http://www.yomiuri.co.jp/local/toyama/news/20160830-OYTNT50004.html

リオデジャネイロ五輪で柔道女子日本代表監督を務めた仙台大(宮城県柴田町)の南條充寿教授が29日、柴田町役場を訪れ、滝口茂町長に大
会の結果を報告した。
柔道女子日本代表は7階級のうち70キロ級の田知本遙選手が金メダルに輝き、4選手が銅メダルを獲得した。南條教授は「柴田町代表として五輪に
行ってきた。選手たちが本当によく頑張ってくれた」と大会を振り返った。
滝口町長は「金メダルを取ってほっとした。監督の活躍に感謝したい」とねぎらった。「メダリストの姿を地元の子どもたちが見る機会があればうれしい」と
期待を口にすると、南條教授は前向きに調整する考えを示した。
南條教授から滝口町長に柔道代表ユニホームのレプリカがプレゼントされた。滝口町長は早速ユニホームを身に着けて南条教授と握手し、笑顔を見せた。

<リオ五輪>柔道躍進 南條監督が地元報告
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201608/20160830_14041.html

リオデジャネイロ五輪柔道女子の監督を務めた仙台大の南條充寿(みつとし)教授(44)が29日、柴田町の滝口茂町長を表敬訪問し、五輪での戦いぶりを報告した。
南條教授は2013年3月に柔道女子の監督に就任。リオ五輪では、田知本遥選手が金メダルを獲得するなど、五つのメダルを獲得した。南條教授は
大学のある柴田町で、小中学生を対象にした「仙台大学柔道塾」を開き、塾長として子どもたちの指導に当たっている。
この日、阿部芳吉学長と訪れた南條教授は、滝口町長に五輪のシャツをプレゼント。滝口町長が「子供たちに金メダル選手の姿を見せる機会を
作り夢を与えてほしい」と要望すると、南條教授は「前向きに検討している。代表監督として金1、銅4の計5個のメダルが取れてほっとしています。
応援ありがとうございました」と感謝していた

リオ五輪:柴田町長に報告 柔道女子監督・仙台大の南條教授
http://mainichi.jp/articles/20160830/ddl/k04/050/052000c
0423名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:46:29.19ID:fg2LScVO
リオデジャネイロ五輪の柔道で金メダルを獲得した男子で90キロ級のベイカー茉秋(東海大)と73キロ級の大野将平(旭化成)、女子70キロ級の
田知本遥(ALSOK)が30日、東京都内の日本外国特派員協会で記者会見し、2020年東京五輪への意欲や競技に対する思いなどを語った。
父が米国人のベイカーは英語で自己紹介した後「インターナショナルスクールは小学5年までなので英語は忘れた。後は日本語で」と
外国メディアを笑わせた。4年後の話題には真剣な表情で「僕は東京出身。地元で連覇を目指す。柔道のイメージをもっともっと良くし、
柔道人口が増えるよう貢献したい」と五輪王者の自覚を示した。
初の五輪を圧倒的な強さで制した大野は「日本の柔道は金メダルが使命。金メダルしか駄目という競技が日本に一つくらいあってもいい」と私見を披露。
柔道の心はとの問いに「礼に始まり礼に終わる。相手をしっかりと敬うこと」と答えた。
田知本は、今回の日本選手団が奪った金メダル12個のうち7個を女子が獲得した理由を聞かれ「女性の方がたくましいのかなという言葉しか
今は思い浮かばない」と照れ笑いした。

ベイカー「東京で連覇」大野「金が使命」リオ五輪覇者3人が会見
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2016/08/30/kiji/K20160830013261530.html

リオデジャネイロオリンピックの柔道の金メダリスト3人が外国特派員を前に記者会見し、柔道の魅力などについて語りました。
東京・千代田区の日本外国特派員協会で記者会見したのはリオデジャネイロオリンピックの柔道で金メダルを獲得した男子73キロ級の大野将平選手、
男子90キロ級のベイカー茉秋選手、それに女子70キロ級の田知本遥 選手の3人です。
このうち大野選手は決勝で勝利したあと、しっかりと礼を行い畳を降りるまで感情を抑えて敗れた相手への配慮を示し、「オリンピックの舞台で『礼』というもの
に注目してもらい、日本の柔道の心を見せられた。全世界の人に心の部分でも美しい柔道を見せられてうれしかった」と話しました。
また田知本選手は初出場だったロンドン大会のあと海外留学を経験し、2回目の挑戦で金メダルを手にしましたが、「日本だけでなく海外の友だちやライバル
にも励ましてもらった。柔道を通して日本や海外の友だちと知り合えたことが人生の財産になっている」と感謝の気持ちを述べました。
ベイカー選手は、ロンドン大会での金メダルゼロから全階級でメダルを獲得した男子について「外国の格闘技を取り入れるなど新しいことを試みたことで
結果が出た。世界の柔道に対応するため進化が必要ということを理解した試みだった」と井上康生監督が進めた改革を躍進の理由に挙げていました。

金メダリスト3人が柔道の魅力語る
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160830/k10010659621000.html
0424名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:47:37.84ID:fg2LScVO
金メダリストの凱旋フィーバーが続いています。
12日県民栄誉賞を受賞した柔道の田知本遥(たちもと・はるか)選手が、13日は地元・射水市に凱旋し、母校の後輩や大勢の市民から祝福を受けました。
田知本遥選手の母校・小杉高校では報告会が開かれ、全校生徒およそ480人が田知本選手を拍手と歓声で迎えました。
生徒の代表が「感動をありがとうございました。田知本さんのように何事にも取り組んでいきたいです」と挨拶すると田知本選手は、応援への感謝を述べた上で、
後輩たちにメッセージを贈りました。
「夢には全てをかける価値があります。一日一日の過程を大切にしてください」(田知本遥選手)
そして、市民栄誉賞の贈呈式が行われる射水市の会場前にはー「市役所から贈呈式の会場まで田知本選手を出迎えようと列が出来ています」(京極記者)
その中には12日のパレードで手作りの金メダルを渡せなかった小杉東部保育園の園児たちの姿もありました。
市民栄誉賞の贈呈式には800人近い市民が集まりました。
式では、夏野(なつの)市長が「諦めず努力を積み重ね、栄冠を掴んだ田知本選手は射水市民の誇りです」と金メダルを獲得した田知本選手を称えました。
夏野市長は、田知本選手に射水市で初となる市民栄誉賞を贈りました。

柔道 田知本遥選手 金を胸に母校に凱旋
http://www.tulip-tv.co.jp/news/detail/?TID_DT03=20160913171000

リオデジャネイロ五輪柔道女子70キロ級で金メダルに輝いた射水市出身の田知本遥選手(26)への市民栄誉賞贈呈式が十三日、同市の
小杉文化ホール「ラポール」で開かれた。同市出身で金メダルの獲得は初めてで、市民栄誉賞の受賞者第一号に。田知本選手は「こういう日を
迎えられて幸せです」と、あらためて金メダル獲得の喜びを語った。(武田寛史)
会場には、田知本選手の母校の小杉小学校、小杉中学校、小杉高校の後輩をはじめ、県や市の柔道関係者、市民ら約八百人が詰め掛けた。
夏野元志市長は「いろいろなことを背負って栄冠をつかまれ、市民の誇りであり、偉業です」とたたえ、市民栄誉賞の賞状と記念品の絵画を
田知本選手に手渡した。
花束の贈呈では、小杉小二年の梅本賀英(かえ)さん(8つ)が田知本選手に花束を手渡した。田知本選手の活躍を見て最近、柔道を始めたという
梅本さんは「目の前に本人がいて緊張した。田知本選手みたいに強くなりたい」と話した。
司会者のインタビューに対して田知本選手は「やっと終わったとほっとした。日の丸が一番高い所に揚がった時が最高の瞬間。国歌をもっと
長く聞いていたかった」と表彰台に上がった時の気持ちを語った。児童や生徒から質問もあり、体づくりのための食事について尋ねた
小杉中三年の竹内歩さん(15)は「あこがれの先輩。田知本選手が中学生だったころの柔道部の伝統が、今も私たちに続いていることを知り、
うれしかった」と話した。
田知本選手はこの日、贈呈式の前に小杉高など母校を訪問しており、「後輩からエネルギーをいただきました。今は最低限のトレーニングはやっている。
いつスイッチが入るか分からないが、気を引き締めていかないといけない」と意欲をにじませた。

田知本選手 射水の誇り:富山
http://www.chunichi.co.jp/article/toyama/20160914/CK2016091402000042.html
0426名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:49:44.69ID:fg2LScVO
全日本柔道連盟は2020年の東京オリンピックに向けた日本代表の新たな強化体制を発表しました。男子の日本代表は井上康生監督が続投し、
女子の日本代表の監督には筑波大学総監督の増地克之氏が新たに就任することが決まりました。
全日本柔道連盟は14日都内で理事会などを開き、山下泰裕副会長が兼務していた強化委員長に日本大学監督の金野潤氏が就任することを発表しました。
また、男子の日本代表は井上監督が続投し、女子の日本代表の監督には南條充寿監督に代わって増地氏が就任することが決まりました。両監督の任期は
2020年までの4年間です。
井上監督は理事会終了後の会見で、「リオデジャネイロ大会では7階級すべてでメダルを獲得したが、まだまだやれた。東京大会に向けてこれまでの4年間」
よりさらにレベルを上げていかないといけない」と意気込みを示しました。
増地氏は「稽古では繊細、試合では大胆に勝負できる大舞台に強い選手を育てたい。大学では女子選手も指導してきたが、先入観を持たず平等に接することが
大事。最初の2年は多くの選手にチャンスを与えたい」と話していました。
増地新監督の経歴
柔道の女子日本代表の増地克之新監督は筑波大学出身の45歳。現役時代は1994年のアジア大会、男子無差別で金メダルを獲得するなど活躍しました。
指導者としては去年、母校の筑波大学の監督としてリオデジャネイロオリンピック、男子81キロ級の銅メダリストとなった永瀬貴規選手を擁して全日本学生
優勝大会で初優勝を果たすなど実績を残しています。
金野新強化委員長の経歴
全日本柔道連盟の強化委員長に就任する金野潤氏は、49歳。現役時代は体重無差別で日本一を争う全日本選手権で2回優勝しました。
指導者としては日本大学の監督として高校時代まで無名だった原沢久喜選手を見いだし、リオデジャネイロオリンピック、男子100キロを超えるクラスで
銀メダルを獲得するまでに育て上げるなど理論派の指導者として実績を残してきました。
金野氏は会見で、「東京オリンピックに向けて大変に重い役目を受けた。男女の両監督が最も力を発揮できるようにサポートしていきたい」と話していました。
また金野氏は、女子の監督の選考過程で過去のオリンピックで金メダルを獲得した女性指導者2人も候補にあがったものの採決の結果、増地氏が監督に
決まったことについて「女子の指導者の人材を育成していくのも1つの使命だと思っているが、増地新監督は大学で男女を指導し、実績を残していて適任と
考えた」と説明しました。

柔道代表 男子は井上監督続投 女子は増地氏に
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160914/k10010686301000.html

年後に向けて“名より実を取る”人選になった。兼任していた山下泰裕副会長(59)に代わる強化委員長に決まった金野氏は、五輪、世界選手権への
出場経験はない。異例の抜てきとなった理由について、近石康宏専務理事は「金野氏は男女ともに指導実績がある。柔道関係者や指導を受けた者からも
人望が厚い」と、リオ五輪男子100キロ超級の原沢久喜(日本中央競馬会)らを育てた手腕を挙げた。
女子監督には、同じく世界大会での実績がない増地氏が抜てきされたが、近石専務理事は「女性の監督を選んだ方がいいんじゃないかという意見もあった」と
“女性監督待望論”があったことを認めた。
実際に、今回の人選の過程では女性指導者が候補に挙がっていたといい、同理事は「女性監督への拒否反応はない。事前段階で、(有力候補として)
選ぼうとした人に声をかけたが固辞された」と舞台裏も明かした。その後、最終的に絞られた3人には増地氏のほかに2人の女性コーチの名前が入っていた
というが、選考委員による多数決の結果、増地氏に決定した。
2013年1月には、女子代表で男性指導者による暴力問題が発覚した。当時の男性監督は引責辞任し、後を引き継いだ南條監督は技術指導を所属先や
女性のコーチに任せるなど組織改革に着手。同時に、事件発覚後の第三者委員会による再発防止への提言の一つには「女性監督の起用」も求められた。
しかし、東京五輪に向けたこのタイミングでの女性監督の誕生はならなかった。金野氏は「一つ言えるのは、女性(指導者)の人材育成は使命。今後
必ずそういう人材を育てないといけない」と、強化委員長の仕事として意欲を燃やしていた。

柔道代表、初の女性監督誕生は持ち越し 「声かけたが固辞された」
http://www.daily.co.jp/general/2016/09/14/0009489280.shtml
0427名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:50:21.15ID:fg2LScVO
柔道女子日本代表の南條充寿監督(44)が16日、9月末までの任期を前にして、都内で退任会見を開いた。
この日までに金メダル1つ、銅メダル4つの結果を残してリオデジャネイロ五輪の総括を選手、スタッフと終え、「次のチームに引き継ぐためにしっかり
話し合えた。メダルのカウントではロンドンを下回っている。どう受け止めて次につなげるか」と引き締まった表情で述べた。就任したのは13年3月。選手、
所属との距離感に悩み続けた在任期間だった。
暴力指導問題により、前監督が辞任した後を受け、15年1月に亡くなった当時強化委員長の斉藤仁氏から「お前しかいないから頼む」と懇願されての抜てき
だった。火中の栗を拾い、わずかな指導聞期間で臨んだ13年世界選手権では金メダルなし。「責任をすごく感じた。あの気持ちは忘れない」と振り返る。
指導は、やはり「暴力指導」の余波が大きかった。過剰な稽古の線引きが難しい。信頼関係があれば、許容されてきたような練習内での追い込みにも二の足を
踏んだ。重視したのは自立、自主性で、自ら考えて成長できる選手像を求めた。13年世界選手権を終えてからは、コーチ陣に代表選手の所属先の
五輪メダリストを配置。代表合宿の期間も抑え、自主性を促した。
その方針を振り返り、「もう少し、全日本のやり方でいく、管理するところがあってもよかった。もう少し踏み込める、もう少しやれることはあったと思う。
率いるときに、正直気を使った」と率直に述べた。暴力という負のキーワードが常に指導にはあったのだろう。選手と距離を置き、任せすぎた部分はあった。
特に五輪経験がない若手のことをおもんぱかった。本番で十分な力を発揮できなかった63キロ級の田代未来、78キロ級の梅木真美らの名前を挙げ、
「サポートしきれなかった。申し訳なかった。達成感よりやり残した方が多い」とリオでの戦いを振り返った。
女子の指導ではロンドン前は長い期間を拘束し、精神的にはつらい過酷な指導も施し、本番での勝負にかける選手を目指した。代表こそが五輪に向けた
強化の場だった。リオへの指導で取ったのは正反対で、所属先に重きを置き、自立がテーマだった。今後を考えたときに、どちらが正解というよりも、
これは選手による選択の問題が大きい。
「すでに五輪を経験していたベテランは自主性で作り上げることができていた。1度ロンドンの時に詰め込みがあったからこそ、できたこと。そういう意味では
今回は若手には難しい状況を作った方が良かった」。それが南條監督の見解だった。逆に言えば、経験が不足している若手選手への試合への心身の
作り方こそが、今回の代表チームとしての反省点として残った。
今後はこれまで通り、仙台大で男子監督を務める。「日本代表の監督の立場でしか得られないものあった。一生忘れないと思います。地方から頑張って、
後進の指導にあたりたい」と目標を掲げた。

柔道女子の南條監督「達成感よりやり残した方が…」 - 柔道
http://www.nikkansports.com/sports/news/1710795.html

今月末で退任する柔道女子日本代表の南條充寿監督が16日、東京都北区の味の素ナショナルトレーニングセンターで記者会見を開き、リオデジャネイロ五輪
まで率いた約3年半を「達成感より、やり残したことの方が多い」と振り返った。
南條監督は2013年3月、暴力問題の影響で辞任した園田隆二前監督の後を受けて就任。試合のデータ分析、所属先との指導連携を重視する方針を掲げて
チームを立て直し、リオ五輪では金一つを含む5個のメダル獲得に導いた。一定の成果を挙げたが、「戦う集団へがらりと変えることはできなかった」と話し、
悔しさもにじませた。
女子は増地克之新監督の下で、20年東京五輪へ向けて再出発する。リオ五輪ではパワーに勝る海外勢に力負けする場面もあり、南條氏は
「日本人がたけている技術力をぶつけること。そこは変えてほしくない」とエールを送った。

達成感より悔しさ=退任する南條監督−柔道
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016091600631
0428名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:50:41.43ID:fg2LScVO
リオデジャネイロ五輪で柔道の女子日本代表を率いた南條充寿監督(44)が16日、東京都内で退任記者会見を開き
「五輪で選手の背中を押す気持ちは一生忘れられない」と感慨深そうに話した。
2013年1月に発覚した女子代表指導陣による暴力問題で当時の監督が引責辞任し、同年3月から急きょ後任として就任。
混乱した現場を立て直し、選手には自立性を求めて指導した。リオ五輪では金1個を含む5階級でメダルをもたらし「達成感よりも、
やり残した方が大きい。今後も日本人は技術力で勝負すべきだ」とメッセージを残した。
今後は教授を務める仙台大の男子監督を務める。10月から増地克之新監督が女子代表を率いるが「東京五輪後は
女性中心のスタッフになってほしい」と期待した。

退任の南條監督「一生忘れられない」 リオ柔道女子
http://www.nikkei.com/article/DGXLSSXK50544_W6A910C1000000/

リオ五輪で柔道女子日本代表を率いた南條充寿監督(44)が16日、都内で退任会見を開き「リオ(金1銅5)はロンドン(金1銀1銅1)より
(銀メダルがない分)下回った。
達成感よりやり残した気持ちの方が大きい」と淡々と振り返った。暴力的指導問題の影響で急きょ就任したのは13年3月。選手の
自主性を重んじる方針をとったが「若い選手にはもう少しやってあげられることがあったのでは」と悔いが残った様子。10月から
増地克之新監督が就任することにも「女性チームを女性が率いるのが理想。次はこの人、という人材を育てられなかったことも反省」とした。
今後は教授を務める仙台大の男子監督を務める。

柔道女子代表・南條監督が退任会見「達成感より悔い」
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2016/09/17/kiji/K20160917013371940.html

今月末で退任する柔道全日本女子の南條充寿監督(44)が16日、東京都内で記者会見を開いた。暴力問題という不祥事からの立て直しに
取り組んだ約3年半を振り返り、「私が何かをしたのではなく、選手らが何をしなくてはいけないかを自覚して進んでくれた。一生忘れられない経験で、
すべてのことが勉強になった」と振り返った。
南條監督は2013年3月、暴力的指導問題の影響で辞任した園田隆二前監督の後を受けて就任。自らは五輪、世界選手権の出場経験はなかったものの、
13年世界選手権で22年ぶりの個人戦金メダルゼロに陥ったチームを、今夏のリオデジャネイロ五輪では前回五輪から2増のメダル5個(金1、銅4)獲得へと
導いた。会見後には48キロ級の21歳、近藤亜美(三井住友海上)らから花束を贈られた。柔道全日本女子監督には、増地克之・筑波大総監督(45)の
就任が決まっている。

柔道:女子・南條監督退任 リオで立て直し「すべて勉強に」
http://mainichi.jp/sportsspecial/articles/20160917/ddm/035/050/105000c
0429名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:52:37.26ID:fg2LScVO
福岡国際センターで2日に行われた柔道・全日本選抜体重別選手権女子70キロ級を制した射水市出身の田知本遥選手(ALSOK)が3日、
リオデジャネイロ五輪代表に選出された。田知本選手の姉、愛選手(同)の78キロ超級は17日の全日本女子選手権後に代表が決まる。
県内の柔道関係者からは「ぜひ姉妹で五輪に出場してほしい」と期待の声が上がった。
田知本姉妹が小学校時代に通った小杉少年柔道クラブ(射水市)の保田辰幸代表(45)は、遥選手の五輪選出に「2大会連続出場は
とにかくすごい」と声を弾ませた。保田代表によると、遥選手は「いいかげんなことを嫌う性格」で、練習で手を抜くことはなかったといい、
男子に交じって出場した大会でも上位に名を連ねていたと振り返る。
大会を会場で観戦した県柔道連盟の橘川謙三会長(73)は、遥選手について「美しい一本背負いを見せ、強さが際立っていた。メダルを
取れなかったロンドン五輪の頃とは違う」と期待を込めた。また、今大会は準決勝で敗れた愛選手については「代表に選ばれる可能性は
十分にある」とし、「姉妹で五輪に出て活躍し、柔道を頑張っている富山の子供たちに夢を与えてほしい」と語った。

田知本遥選手 リオ決定…柔道70キロ級
http://www.yomiuri.co.jp/local/toyama/news/20160403-OYTNT50262.html

女子70キロ級は大会2連覇を果たしたロンドン五輪代表の田知本遙(25)=ALSOK=が2大会連続で
五輪出場する。
試合後に姉の女子78キロ超級、田知本愛(27)=ALSOK=と「2人で五輪に行きたい」と姉妹出場を強く望んだ遙。愛はこの大会の
準決勝で敗退した。女子は17日の全日本選手権(横浜)で最重量級代表が決まる。しかし、全日本選抜を制していれば代表へ大きく
前進するところだっただけに、黒星は痛かった。愛は「自分のやってきたことを出したいと思った。今度こその思いが強すぎた」と悔やんだ。
柔道では1996年アトランタ五輪男子の中村3兄弟がいるが、姉妹同時出場は例がない。富山・小杉高時代からともに戦ってきた仲のよい
姉妹にとって、一緒に五輪出場することは究極の目標だ。
遙も姉のいない五輪は考えられない。昨年2月、ドイツでの国際大会直前にドーピング違反の恐れがある市販の風邪薬服用が発覚。
全日本柔道連盟から警告処分を受けた。本人が「どん底を体験した」という時期だ。
帰国後、泣いてばかりいる遙に黙って寄り添ったのが愛だった。「家族や違う所属の選手までみんなが心配してくれて、自分が奮起しないと
ダメだと思った。中でもずっとそばにいてくれた姉の存在は大きかった」。今大会を制し、強くなれた理由を「感謝の気持ち」だと言う遙。
だからこそ、今度は自分が姉を支える役割を担う。

柔道・田知本姉妹、夢は初の同時五輪
http://www.daily.co.jp/general/2016/04/06/0008961320.shtml
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2017/12/11(月) 16:53:08.28ID:fg2LScVO
女子柔道でリオデジャネイロオリンピック出場を決めた小杉高校出身の田知本遥選手が4日東京で記者会見にのぞみました。
2大会連続のオリンピックにむけ、田知本選手は、「メダルを富山に持ち帰りたい」と意気込みを語りました。
代表決定から一夜、4日東京で開かれた会見で田知本遥選手が今の心境を語りました。
「今ここにこうやってたどり着けて、今までのことは全部リオのためにあったんだと今実感しているので、ちゃんと最後、リオで結果を残したいです」
(田知本遥選手会見)
田知本選手は2日、福岡県で開かれた全日本選抜体重別選手権女子70キロ級で優勝。
4年前のロンドン大会に続き2度目のオリンピック出場を決めました。
「この1か月は特に生きた心地がしなくて、人生が決まってしまう怖さなどいろいろあったけど、いい方にきょう決まって、きょう結果を出せて
本当に嬉しいです」(遥選手試合後インタビュー)
小学校2年生のとき現在、78キロ級超で活躍する姉の愛選手とともに柔道を始めた田知本選手。
徐々に頭角を現し、高校時代にはインターハイの個人、団体で全国制覇。
21歳のときに初めてオリンピックに出場しました。
しかし、大会中に左ひじを痛め、力を出し切れぬまま7位に終わりました。
「怪我をしてでも勝つ人はいます。自分には、片手でも勝てる戦術と気迫がまだまだ足りなかったです」(遥選手試合後インタビュー)
もう一度あの舞台へ。
その一心で掴んだオリンピックの切符でした。
「『自分が一番強いんだ』ってことを、オリンピックの舞台で表現できたら」(遥選手会見)
母校、小杉高校の道場には先輩が残した数々の栄光が。
今も年に2度ほど道場で後輩たちを指導していて、後輩たちは偉大な先輩の代表決定を共に喜びました。
「乱取りをした時やっぱり強くて、たくさん投げられて身体で実感した。金メダルを取って、小杉に持ってきてほしい」
「目標の存在です。優勝目指して自分の力を出し切ってもらいたい」(高校生インタビュー)
一方、今回のオリンピックで田知本選手にはもう一つの夢があります。
「お姉ちゃんと一緒に(オリンピックに)行くの(という夢)が、ロンドンでは叶わなかったこと」(遥選手インタビュー)
柔道を始めてからずっと背中を追ってきた姉・愛選手とそろっての出場です。
愛選手は、前回のオリンピックでは予選で惜しくも出場を逃し、2日も準決勝で敗退。
まだ切符はつかめていません。
78キロ超級の最終選考は、今月17日の全日本女子選手権です。
「最後の予選でしっかり勝って、目標のオリンピックに出ることができるようにこれから2週間やってきたい」(田知本愛選手インタビュー)
姉ならきっと夢をかなえてくれる…
2度目のオリンピックは姉とそろって出場しメダルをとることが遥選手の目標です。
「私は地元・富山県で高校まで育ち、本当にたくさんの人に支えられた。今回メダルを持って帰りたいので頑張ります」(遥選手会見)

2大会連続五輪へ 田知本遥「メダルを富山に」
http://www.tulip-tv.co.jp/news/detail/?TID_DT03=20160404204724
0431名無しさん@お腹いっぱい。
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2017/12/11(月) 16:54:11.76ID:fg2LScVO
リオデジャネイロ五輪の柔道女子日本代表は26日、東京都北区の味の素ナショナルトレーニングセンターで代表決定後初の強化合宿を
報道陣に公開し、女子70キロ級で2大会連続代表の田知本遥(ALSOK)は「絶対に金メダルを取るという気持ち」と言い切る。ロンドン五輪は
7位に終わった。「4年前は右も左も分からず、ただついていくだけだった。今は自分に何が必要か分かっている」と自信を漂わせた。
姉の愛(ALSOK)は78キロ超級代表を惜しくも逃し、左膝に大けがを負った。23日に2人で食事をし「姉ちゃんは前を向き始めていて、
私はそれがうれしかった。リオ五輪も応援に来ると言ってくれた。金メダルを取って喜びを分かち合いたい」と目を輝かせた。

2大会連続代表の田知本「絶対に金メダル」と自信/柔道
http://www.sanspo.com/sports/news/20160426/jud16042621050005-n1.html

リオデジャネイロ五輪柔道女子70キロ級代表の田知本遥(ALSOK)が30日、スペインで7月2日から行われる国際合宿に向けて成田空港から出発した。
7日に帰国する予定で「外国人と実戦を積めるチャンス。ここが一つの分岐点になる」と最後の仕上げに臨む。
25歳の田知本は2位だった2月のグランドスラム・パリ大会が五輪前最後の国際大会。「練習でできなかった部分は日本に戻って修正する。
スペイン合宿が終われば、気持ちがぐっと盛り上がると思う」と2大会連続となる大舞台を見据えた。
前回ロンドン五輪は7位。合宿に同行する塚田真希コーチは「精神的なところで成長を感じる。今回は面白いのでは」と躍進を期待した。

【リオ五輪】田知本がスペイン合宿へ 柔道女子70キロ級日本代表 最後の仕上げ
http://www.sankei.com/sports/news/160630/spo1606300024-n1.html

不思議な巡り合わせがあるものだ。リオデジャネイロ五輪で、ともにメダル獲得が期待されるレスリング女子48キロ級の
登坂絵莉選手(22)の父修さん(52)=富山県高岡市=と、柔道女子70キロ級の田知本遥選手(25)の父又広(やすひろ)さん(52)=
同県射水市=は、高岡第一高校(高岡市)の同級生。中学時代は共に柔道に打ち込み、大会で対戦したこともあった。三十年余り
の時を経て言葉を交わした二人は「まさか娘同士が一緒に五輪に行くなんて」と一カ月後の本番を心待ちにしている。
富山県総合体育センターで今年五月上旬にあった県スポーツフェスタの総合開会式。県ゆかりのリオ五輪代表選手の表彰があり、
二人の父が代理出席した。
又広さんが遅れて会場に着くと、修さんが席に座っていた。「おう、久々やな」。まともに話すのは高校卒業以来だ。「やっぱりよく
食べる子が格闘技は強くなる」と、互いの娘の話に花が咲いた。
小学生の時に柔道を始めた又広さん。体が大きく、無差別級で活躍。射水市小杉中学校では団体で全国大会を制した。修さんは
「強いし、有名人やったね」と懐かしむ。自身も高岡市国吉中学校では軽々量級で県大会優勝を果たすなど負けてはいなかった。
出稽古で同じ畳で汗を流すこともあった。階級が違い、組み合う機会は限られたが、修さんは数少ない対戦を今でも覚えている。
三年の地区大会。団体戦で大将同士、畳に上がった。「とにかく怖くて逃げたかった」と修さん。得意技の一本背負いを仕掛けたが、
又広さんはびくともせず。あっという間に投げられた。「全然かなわんかった」と苦笑いする。
当時、高校の最も軽い階級は62キロ。体重が四五キロだった修さんは高校でレスリングに転向。二年の時に国体で
男子グレコローマンスタイル48キロ級を制すまでの実力をつけた。又広さんも柔道部で活躍を続けた。
昨年九月の世界選手権で登坂選手が金メダルに輝き、一足先に事実上の代表内定を勝ち取った。田知本選手も今年四月の
全日本選抜体重別選手権でライバルを破って優勝。二大会連続の五輪出場を決めた。修さんは「絵莉がまだ海のものとも
山のものともわからないころ、既に田知本さんは第一線で活躍していた」。又広さんは「登坂さんは富山県の最有力の
金メダル候補や」とたたえ合う。
リオでは柔道とレスリングが同じ会場で、まずは八月十日(現地時間)、田知本選手が前回ロンドンの雪辱を期し、畳に上がる。
登坂選手は十七日に試合に臨む。二人の父は「互いの活躍は気になる。ここまで来たらどちらも悔いのない試合を」と願う。

「戦友」が再会 娘活躍願う リオ五輪代表 登坂、田知本遥選手の父
http://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/news/CK2016070502100029.html
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2017/12/11(月) 16:56:09.84ID:fg2LScVO
リオデジャネイロ五輪柔道女子70キロ級代表の田知本遥(ALSOK)は7日、国際合宿が行われたスペインから成田空港に帰国し「多くの外国勢と
何度も組み合えた。収穫があったし、行ってよかった」と手応えを語った。
2大会連続五輪出場の25歳、田知本は4日間の練習で昨年の世界選手権を制したジブリズ・エマヌ(フランス)ら世界ランキング上位選手と乱取りを
重ねたという。今後は母校の東海大を拠点に調整し、男子との練習も予定。「気持ちが高まってくると同時に、ここからが精神的にきつくなる。
自分を追い込んで仕上げたい」と意気込んだ。

田知本、外国勢相手の合宿で手応え「収穫があった」/柔道
http://www.sanspo.com/rio2016/news/20160707/rio16070714370016-n1.html

リオデジャネイロ五輪の柔道女子70キロ級に出場する田知本遥選手を応援するため、出身地の射水市などは試合当日の十日、同市戸破のラポールに
パブリックビューイングを設ける。夏野元志市長が一日の定例会見で発表した。
会場は百六十八席を備えるまどかホール。プロジェクターで中継映像を映し出し、白色の壁面を大型スクリーンにする。十日午後九時に開場し、
午後十時から放映を開始。準々決勝後から敗者復活戦や準決勝開始までの十一日午前一時〜三時十五分は休憩時間になり、放映は表彰式が終わる
十一日午前六時ごろまで続く。

田知本選手 応援しよう リオ五輪、柔道女子
http://www.chunichi.co.jp/article/toyama/20160802/CK2016080202000043.html

リオデジャネイロ五輪柔道女子70キロ級金メダルの田知本遥(ALSOK)は27日、自身の進退について年内に決断する意向を示した。
26歳の田知本は、母校の東海大で行われた報告会出席後に「リオで出し切った感もあるが、東京五輪も魅力的。葛藤があり、迷っている」と漏らした。
現在は報告会出席などで忙しく、練習は週に1、2日程度だという。「全日本も新体制になったので、あまり(決断を)引き延ばしてはいけない。
早めに伝えられたらいい」と述べた。

リオ金の田知本、進退は年内に決断「東京五輪も魅力的」/柔道
http://www.sanspo.com/sports/news/20160927/jud16092720380002-n1.html

リオデジャネイロ五輪柔道女子70キロ級金メダリストの田知本遥(26=ALSOK)が年内までに進退を決める意向を示した。

27日、神奈川県内の母校の東海大で開かれた報告会に出席。現役生活を続けることに、「迷っている」と述べた。リオ五輪を最後と思いながら頂点に立ったが、
20年は母国開催であることも大きい。同じ所属先のレスリング伊調馨には「ゆっくり考えればいい」と助言を受けたとしたが、「次やるには相当な覚悟がいる。
(女子代表は)新体制にもなったし、だらだら引き延ばすのは…。年内にはっきりします」と続けた。リオまでの4年間には故障など困難が多かった。
再び歩めるか。自問自答の日々を送る。

リオ金の田知本遥「迷っている」進退結論は年内 - 柔道
http://www.nikkansports.com/sports/news/1716555.html
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2017/12/11(月) 16:58:14.84ID:fg2LScVO
(セ・クライマックスシリーズ・ファーストステージ第1戦、巨人−DeNA、8日、東京D)リオデジャネイロ五輪の柔道女子70キロ級で
金メダルを獲得した田知本遥(ALSOK)が始球式を行った。
投球は右打者の背中側へ大きくそれながらもノーバウンドで捕手まで到達した。練習では散々だったそうだが、さすがの勝負強さを発揮し
「五輪ぶりに緊張し、五輪ぶりにうれしかった」と笑顔だった。

リオ金の田知本、始球式で笑顔「五輪ぶりに緊張し、五輪ぶりにうれしかった」/柔道
http://www.sanspo.com/sports/news/20161008/jud16100814460001-n1.html

セ・リーグのクライマックスシリーズが8日、東京ドームで始まった。 始球式で巨人−DeNA戦のマウンドに上がったのは、リオ五輪・柔道女子70キロ級
金メダリストの田知本遥(ALSOK)。
巨人・豊田投手コーチから指導を受けたという田知本の投球は、右打者の背中側へそれながらもノーバウンドで捕手のミットに納まった。練習では散々だった
そうだが、さすがの勝負強さを見せ「五輪ぶりに緊張し、五輪ぶりにうれしかった。自分なりの金メダルだったかな」と笑顔をはじけさせた。

「五輪ぶりに緊張」田知本遥が始球式「自分なりの金メダル」
http://www.sankei.com/photo/story/news/161008/sty1610080012-n1.html

リオデジャネイロ五輪・柔道女子70キロ級金メダリスト、田知本遥(26)=ALSOK=が8日、東京ドームで行われたセ・リーグのクライマックスシリーズ(CS)
ファーストステージ第1戦、巨人−DeNAの始球式を務めた。
自らの階級と同じ「70」の背番号をつけた世界女王はマウンドに上がる前、巨人・豊田投手コーチのアドバイスを熱心に聞き、ノーバウンド投球に成功。
「汗だくになるまで練習に付き合っていただいたんですけど、そのおかげでいい投球ができた。オリンピックぶりに緊張したり、オリンピックぶりにうれしい
思いをして、自分なりの金メダルだったかな、と思います」と笑みがこぼれた。

柔道でリオ金の田知本がノーバン投球「オリンピックぶりにうれしい」
http://www.iza.ne.jp/kiji/sports/news/161008/spo16100817040055-n1.html
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