神に武道を奉げよう!
神社や神棚にお米・お酒等をお供えする様に、
各々が鍛えた力と磨いた技を奉げることで
日本の神様の力が増すのではないかと考えてます。
武道場で祭られる鹿島大明神・香取大明神は武芸の
神様でありますが、鹿島神宮・香取神宮には要石が
あり、地震を抑える神様でもあります。
このような時期だからこそ神様に力を奉じましょう!
もちろん鹿島様・香取様でなくても各自が信奉する
神様に奉げるのも良いかと思います。
稽古の全てを奉げてもいいし、稽古の締めの10本を
奉げる、とかやり方は色々だと思います。
賛同者求む!! タケミカヅチでもフツヌシでもタケミナカタでも良いが…
捧げるって、具体的に何するのよ?
神前での稽古を指すなら、神道系なら日常のことだが? >>3
神棚がある道場では神前で稽古するのは普通なので、それでは足りないかと思います。
神社の境内で飲み食いしても、その飲食物をお供えしたことにはならないですよね?
私は稽古前に神棚に手を合わせて稽古を捧げる旨宣言するようにしています。
捧げる意思を持つことと、宣言(祈る)することが大事かなと。
他の道場生の手前やりづらい場合は稽古前の黙想の時に心のなかで念じればよいんじゃないでしょうか?
私も良い方法や確証がありませんのでアイデアあれば教えてください!
ところで神道系とは何のことですか?合気道?香取神道流や鹿島神流などの剣術ですか?
>>5
もっと大雑把に考えてる。神棚に向かい、礼をするのは神道系…位かな。
その意味では、大半の日本武道…特に古武道は神道系と解釈。
現代武道の道場には、スポーツ化して儀礼的にしかやってない道場も多々あるから…この場合は微妙。
俺自身は合気道の人。 俺正道だけど、必ず稽古前には神前に礼
伝統空手やってた時はそういうの無かった 意外なことに、伝統空手はやらない道場多いよな。
体育館とかが多いから無理…て事情もわからなくはないが。
それでも掛軸で代行するところが多い合気系からしてみれば、不思議だ。 >>7
なるほど。合気道は大本との関係もありますし、今現在では神道系の代表みたいなものですね。
伝統派空手については意外ですね。空手が沖縄発祥だからかな?
以前極真やってましたが極真では稽古前後に「神前に礼」は必ずやってました。 神前に礼なんか中学剣道でもやってる事だ
寧ろやってない武道の方がマイナーじゃないのか そうかそうか
確かに特定の信仰がある子には問題かも知れん うちの道場は師範がクリスチャンなので
十字を切ってから稽古に入る >>16
珍しいですね。生徒さんも十字をきるんですか?
そういえば、小野派一刀流の宗家もクリスチャンらしいですね。 自治体など公の武道館は神棚の代わりに国旗が掲げてある
稽古の前後には国旗に一礼しているな 大相撲を、本来の姿に戻すべき。
本当の存在意義を忘れて、興業化したのが全ての過ち。 >>16
二ヶ月以上前のレスだから見てないかもしれないけど、本当に本当?
十字を切るってことはプロテスタントじゃなくてカトリックだろうけど
キリスト教国で合気道やってて自分自身もカトリックなんだけど
そんなこと聞いたことも見たこともない。日本でそれってあり?許されるの?衝撃 別にいいんじゃね。
逆に合気道の神道的礼儀を外国人に強要させる方が、どうかしてるよ。
かわいそう。
まぁ、日本神話自体、旧約聖書のパクリだから、行けると言えば行けるだろう 武道から神道に興味もって神道を少しかじってみたけど、神が人に望むことのなかに武道って入るんだろうか?
昔から奉納武道って盛ん。近年でも神社の祭りの行事に
試合や演武があったり、流鏑馬を実演したりするね。
遊びで相撲してたりするし、神も武道は好きなんじゃないかな?
八幡神や武甕槌神(鹿島)、経津主神(香取)のように戦いの神もいるし。 まりしてんそん をうやまうのが メインではないでしょうか >>26-27
レスありがとうございます。
たしかに鹿島香取両神のような武神もいますし、神様どうしの戦もあるようですね。
俺が25のように思ったのは日月神示を読んだからです。日月神示自体まゆつばだと言う方もいるでしょうがそこは
置いといて…、日月神示では「人の戦ではどうにもならん」「悪を排除するやり方だから失敗するのだ」
「どんな殺生もいかん」といったことが説かれています。武の神様はいますが、より根源の神から見たら
人が闘争の術を磨くことを良しとするのかなと。
一方で、武道を修めることで闘争や殺生を避けることもできますよね。技術的にも精神的にも。
そのため、神が人に和を求めるとして、和へのアプローチとしての武道もアリなのかなとも思えます。
どちらにしても武道は好きなので続けたいですが、ちょっと考えてしまいました…。
よく分からん駄文ですみませんw
植芝盛平が理想形ですかね?
結局、稽古や練習をただ奉げるというよりも、武道によっていかに己の心を
澄み切った状態にする事ができるかどうかだと思います。
その澄み切った心を奉納する事こそ、神意にかなうものだと思います。 ウインナーハードファックアヌス
テトリスか。点という赤。 奉納演武…色々行きますよ
さて、https://twitter.com/junko08221114/status/394668233111769089
今週末です。紅葉綺麗です。無料です。
古武道祭に足を運んでみませんか?
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(86` FIFA WC メキシコ大会)
https://www.youtube.com/watch?v=jEwSXgpBMm0 みんながそういう姿勢で生きたら日本は良くなるだろうね。 「何故攻撃に出ぬか…」太平洋戦争下の昭和天皇「お言葉」の数々
「平和克復後は南洋を見たし、日本の領土となる処なれば支障なからむ」(「小倉庫次侍従日記」)
「余り戦果が早く挙がりすぎるよ」(『木戸幸一日記』)
「之により士気沮喪を来さゞる様に注意せよ、尚、今後の作戦消極退嬰とならざるようにせよ」(『木戸幸一日記』)
「近頃我戦果揚らざる傾向あるが如何」(『侍従武官城英一郎日記』)
「ただガ島攻略を止めただけでは承知し難い。何処かで攻勢に出なければならない」(井本熊男『作戦日誌で綴る大東亜戦争』)
「何んとかして『アメリカ』を叩きつけなければならない」(6月9日、『眞田穰一郎少将日記』)
「何処かでガチッと叩きつける工面は無いのかね」(7月8日、同上)
「何れの方面も良くない。米をピシャッとやることは出来ぬか?」(8月5日、同上)
「各方面悪い、今度来たら『ガン』と叩き度いものだね」(2月16日、上同)
「そのようにまでせねばならなかったか、しかしよくやった」(読売新聞社編『昭和史の天皇1』)
「体当りき[機]は大変良くやって立派なる戦果を収めた。命を国家に捧げて克くもやって呉れた」(『眞田穰一郎少将日記』)
「航空部隊だけの総攻撃か」(防衛庁防衛研修所戦史室編『戦史叢書 大本営海軍部・連合艦隊(7)』)
「現地軍は何故攻撃に出ぬか、兵力足らざれば逆上陸もやってはどうか」(『戦史叢書 大本営陸軍部(10)』)
「先日、内大臣の話た伊勢大神宮のことは誠に重大なことと思ひ、種々考へて居たが、伊勢と熱田の神器は結局自分の身近に御移して御守りするのが一番よいと思ふ。[中略]万一の場合には自分が御守りして運命を共にする外ないと思ふ」(『木戸幸一日記』)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58837 戦争責任についての認識を共有
実際に、慶應義塾福澤研究センターの都倉武之准教授によれば、
「小泉信三の残した『御進講覚書』を読むと、皇太子時代の上皇さまに、とても細かく厳しい指導があったことが分かります。そのノートには『責任論からいへば、陛下は大元帥であられますから、開戦に対して陛下に責任がないとは申されぬ。それは陛下御自身が何人よりも強くお感じになってゐると思ひます』と、昭和天皇の戦争責任にはっきり言及している。