>>66
流派とか現在はもう殆ど関係ないんだよ
空手は実社会で空手そのままで使う場合があるかもしれない。
たとえば護身とかね
柔道にしてもそうだ
だけど、剣道には真剣を持って殺しあうという、剣術初期の形は残し得ないんだよ

空手は空手道という道を示しているかもしれないが、私は空手に深くかかわっていないので
その深い精神は知らないからここではなんとも答えようがないが、剣道が剣術から発祥した
精神でありながら剣という強大な凶器を封じられたことでその流れが大きく変わったことに
対して、空手は武術武芸としての形を大きく留めているだろう
それが多数の流派が存在する理由だと思う

それでは剣道が、本来剣で殺しあうという目的を失ってもまだ残そうとするものはなにか?
というところに現在の剣道の本質があるんだよ
だから、現在の環境で剣道に流派なんていうものは本来存在出来ない

柔道をやってきた人や、柔道によくかかわってきた人は知っていると思うが、
国際柔道になって柔道は柔道という生き方まで含めた『道』という要素が薄れて
金メダル争いのスポーツになってしまった面が大きい
スポーツが広く広まることはいいことだが、広まったために本来失ってはいけない
礼節といったものもおろそかにされ始めている
これは前スレを見てもらったら解るが、柔道を知るものにとっては残念で仕方ない
もちろん、日本の道場で柔道を修める場合、そういった指導もきちんと行われている
わけだけど、海外では必ずしもそうではないのだろう、ひどい試合も多々見受ける
柔道は、優れた逮捕術であると同時に、優れた『道』を示しているのだけれど
現在の状況は柔道からそれを遠ざけているように見える

歴史や環境によって、剣道はずいぶん見た目の形を変えてきているが、それでも先人が
残したかったのは何なのか?まずそれを理解しなければ現在の剣道は理解できないと思う