格下げ車両の思い出 [無断転載禁止]©2ch.net
格下げ車両の定義は難しいかもしれませんが、
みなさんの記憶にある格下げ車両を語りませんか。 東北・常磐線ではお馴染みだった455系列
窓側の席にも肘掛が有ったのが415系との格の違いを感じた。 30年位前の山陰線、鳥取から米子までキハ181の格下げ快速、米子から大阪まで20系客車の格下げ使用急行「だいせん」に乗った。
キハ181はシートのカバーを外してたが、中々の俊足ぶり。20系は乗ったのは初めてだったが、子供の頃、「豪華寝台客車」としてあこがれていたのに、実際B寝台に乗ってみるとこうも窮屈だったのかと感じた。
この時期、455系列にキハ28、58と、斜めストライプを入れたりするものの、美術系の学生が見たら赤点付けられそうなデザインと酷評されるような塗装の格下げ急行型車両が、あちこちに走ってた。 三陸鉄道が国鉄久慈線や盛線だったころ、グリーン車格下げの朱色のキロ26が
シートはグリーン車のシートのまま普通列車の運用に就いていて、
この車両に乗れて座れたときは得した気分だった 九州のクハ455-600番代乗りたかった。
仙台のは乗ったけどボックス改造後だったからなぁ。 普通列車から並ロが外されオハネ17やマニに化ける直前の1965〜66年の極めて短い期間だけ
オロ35やスロハ32格下げ車によく出会ったな。 近鉄680系
元京都線特急車で晩年は、鳥羽線、志摩線のローカル電車に使用されていた 阪急2800系
京阪1900系
は必須アイテムだな。
後者は50年近く運用されたが、前者は3扉化の時に強度が低下し早期廃車に。
どちらも座席は平凡なロングだったが、台車(阪急は2814のみ)、扉回り
冷風の吹き出し口などに特急車の面影を見ることができた。 12系客車
急行運用に入らなくなった12系客車は車体の白帯が消され、
スハフ12、オハフ13は乗務員室扉が設置されたり、車内は一部の座席が
ロングシート化されたりして、山陰、紀勢などの旧客の置き換えに使用されていた パノラマカーはああ見えても頑丈で
通勤時間帯のギュウギュウの急行に使われてもびくともしなかった 小田急の2300だと、2回目の改造で3ドア車となったら、もう特急用車両だった時の面影は残ってないんじゃないか?
関鉄に行って3ドア車となった元キハ5000も。 >>8
東北線の郡山〜黒磯でクハ455-609に乗ったが近郊化改造後で四角いユニット窓に
セミクロスとロングシートが異様だった。
翌週磐越西線のSL列車に乗るために郡山に再訪したら先週乗ったその編成が解体待ちで
解体線に取り込まれていた。
581/583格下げの419系は北陸線で、715系は東北線で結構乗った。
座席が寝台のものを使っていたためにロックしたり潰して引き出して寝台にさせないように
してあったものもある一方でやっていない車もあったために座席を引き出して
寝台に復元して足伸ばしているバカもいた。
何気に北陸線は福井〜直江津のような長距離普通に使ってたりしていたために
ロックしてない車だと座席引き出して寝台復元出来た。 もしかして初代すれ主のサイト?格下げ画像コーナー
ttp://abiko92.jpn.org/kakusagesya.htm 鉄道総合板のほうの格下げスレならもう10年前かな。
過去ログリンクあるか。 ばんだい455末期にクロハあったが、入庫前に東北本線各停運用があった書き込み複数あった。
グリーン解放だったそうだ。ロハ、指定で乗っておいた。 113系に、急行型や特急型からの格下げグリーン車があったな
ただ急行型普通車からグリーン車になった車両は
格下げなのか格上げなのかややこしい 両毛線にサロ75を3ドアにしてクハにしたのがあって昔乗ったんだが、非リクであの掛け心地はヤバい。
座面の高さや奥行き、柔らかさ、背もたれのカーブ、角度、フィット感…。
すべてがパーフェクト!ある意味、当時の急行型や特急型のサロ以上の掛け心地だったと思う。 >>24
このクハ77で良いから博物館に残してほしかった。 優等格下げ車両は、JRでは、500系こだま、ゆふ
座席転用は格下げというより格上げかな。はまなす亡きあとは、九州のキハ31、伊豆急4ドア >>24>>27
先頭車化+3ドア化された種車はサロ75で合ってますよ。
改造後の形式は>>25さんの書いたクハ77でした。
当時幼少のため乗れませんでしたが、のちの雑誌記事等によると
増設されたドア横の座席が、構造上の関係で位置が異常に高かったらしいですね。 国鉄末期、四国のキロ28が急行の普通指定席用に格下げされたものがあった。
ほとんど原形でタネ車もキロ28だから窓も大きく窓割りとシートピッチもあっていた。
夜行の“うわじま”ではプラス300円で席も確保された上、快眠を約束されるので、なまじグリーン車開放より安心感があった。
特急のハザより急行のハザの方が安くて快適だった。 >>30
こだまも特急だから格下げというのはちょい違和感がw ここまで185系なし
「走るスラム街」ムーンライトながらは格下げだろw
当初から普通運用やライナー運用を想定していたから、格下げではないという反論もありそうだが。 >>34
座席指定料金は座席の確保を約束するだけのみ。
特急型である必要なし!
ムリに乗ってもらってるんじゃないんだから、嫌なら新幹線でも鈍行乗継ぎでもマイカーでも好きなもの選べばいいんだよ。
座席の回転機能とリクライニング機能をロックしたっていいくらいだ。 >>28
魔改造じゃなくて新品の車体に載せ替えたんじゃなかったっけ? 格下げじゃないが、特急()車両使用の乗り得普通列車減っていないかな?
グリーン解放に至ってはさらに。
コイルばねキハの九州特急は格上げかな。
北斗星ツインデラックス上段はハネのふとん流用の格上げだな。
こまちリレーの座席のスカ線グリーン車転用も格上げ。 山陰本線特急「あさしお6・7号」(鳥取〜米子間快速)、
豊岡・城崎〜米子間の普通172D、折り返し快速3173Dはキハ181系を使用していたが、
特急車の格下げではなく特急の間合い運用だったが、特急券なしで特急車に乗車でき、
通学の高校生や通勤のサラリーマンにも好評だった >>34
ムーンライトながらは大垣夜行からの格上げだ
指定席料金とかとるんだから
おかげで網棚に寝てる人とかいなくなった
今思い出しても異常だった 国鉄急行型車両で、近郊型改造に伴い、車端デッキ部分を完全に撤去したのは、北陸本線にいたクハ455-702位かな?
デッキ扉の撤去であれば、多くの改造車で車端ロングシート化と共に実施されているが。 >>43
四国かどこかのキハ58も仕切りの大部分を撤去して通勤型に化けたのがいたはず 湘南型80系は、2ドアで元からデッキ無し。全金属300番台も。戸袋ロングシートも番号あったし、準急で指定席にしていたのだな。そこ乗った記憶ある住人いるかな。 >>12
格下げ後も冷房と固定窓はそのままだったっけね 特急型、急行型から近郊型への格下げも考えれば、153、163、165、181、183、485、489のサロがサロ110に改造されたが、これだけ多種のタネ車が一つの形式に格下げ改造されるなんて他にないんじゃないか?
当時、仕事でよく東海道・横須賀線を使っていてサロを愛用していたんだけど、どんなにサロに当たるか毎回楽しみだった。
同じ料金なのに天と地との差があることもあったけど、それぞれの出自に敬意を表して乗ることが醍醐味でもありました。 国鉄電車の旧1等からの格下げは10年と結構長期。
しかし客車の並ロは2年くらいでロングシート化されたから瞬殺に近い。
走行中もたった一度しか見ていない。
中央東線新宿からの普通に転換座席のオハ53。強烈な印象。青モケだったかと。
乗った住人、ましてや写真あれば凄い。 そういやうちに白地に黒文字で2等代用
と書かれたサボがあった。
確か端っこに静と書かれていた。 >>15
混雑する時間帯は、最後尾になる展望席の所の床おきクーラーの上に座ってる高校生をよく見かけた。 昭和40年代前半までの車両図鑑は白黒ばかり。
車内、座席のカラー写真が貴重というか、無いことが多い。アーカイブ出版にも当然出てこない。 20系ブルトレの末期ナハ21も格下げ。おがで乗った。 Pの床置クーラーが5人掛座席だったのは、暗黙の了解だ
何しろ収容力のない車両だから、立客はアソコにも入らざるを得ない
5700なども最後部の隙間に人が入れる
登場時は今より混雑がひどかったし、背後霊のように立ちはだかるしかなかった 2扉から3扉になって特急用から急行、普通用になった
西鉄2000系もある意味格下げ車だろね。22年前(1994年)福岡に
仕事で行ってその帰りに西鉄に乗った。どの駅からだったかは
忘れたがその駅は特急通過駅で停車していた2000系の横をロングシートの
5000系がかなりのスピードで通過していたのを見て2000系に哀れみを感じた。