123系スレ
>>132
当時は需要に応じた運用をしていたんですね
でも結局長続きしなかったと >>133
そうではなくて過酷な条件の宇野線で走っていたクモハ84がダメになったから 羽衣ならゆっくり2分走るだけなので、
小野田線のクモハ42と同じように長持ちしたと思う クモハ84と入れ替える……ってわけにもいかなかったんだろうな、しなかったってことは 宇野線時代の-5/-6も長続きしませんでしたが何故かな?
宇部・小野田線を単行で充実させたかったから? 三種類の車体を持つ0番台
何故か小刻みな40番台
営業用単車が欲しけりゃ事業用車も種車に600番台 成長する電車、それがクモハ123
・単行で客を乗せたいため荷物電車を種車に改造
・さすがに暑くてかなわないため簡易冷房装置を搭載
・連結しても通り抜けたいため貫通扉を整備
・扉位置不良で車内旅客動線が悪かったので扉と窓の位置を変更改造
・駅便所撤去、車内設置で対応と方針決定により便所設置 電気ブレーキの採用が見送られてる
ただでさえ床下ギチギチなので難しかったか?
愛知環状鉄道100系にはある 2〜4の国鉄時代は前面窓回りが青くなく、JRマークもない、非貫通で白Hゴム支持 -5と-6はユニット窓と扉の位置を交換する大工事を施工されたけど、室内の吊革の位置は変更されなかった 1両運転可能にすると床下ギチギリになって機器レイアウトに苦心する
クモハ119-100番台はMGを搭載する場所がなく冷房化がJR化後にずれ込んだ
非冷房にするか電気ブレーキを廃止して抵抗器を縮小するかの究極の選択だったはず たらればの話だけど
もしクモユ143が廃車解体ではなくクモハ123の種車に使っていいよ!ってなった場合、何処所属のどんな仕様になっただろうか 1両編成の電車が少数派だな
JR四国7000系やJR西125系とかあるがJRグループではそれ以外の事業者に波及してない 125系って言うけどクモハ125形以外の仲間っているの?
サロ125形やサロ124形は113系だよね? 身延線は一時期40番台と600番台で最大7両所属していた
種車の種車は101系だったから改造時点でかなり高齢だった >>147
AU13E冷房装置4台じゃちょっと弱いから可能なら1〜2個追加したい
車体は入場する改造担当工場で変わってきそう
クモユ143は全検受けずに廃車になったけど長野工場あたりに入場か >>150
俺も同じ質問
系を名乗るからには仲間のクハやサハがいてもいいのだが 123系が廃車になったら新たに単行用の電車作るのかな? >>154
クモハ123の寿命が来たらその路線も廃止になりそう >>153
121系の次に制定されたからたまたまクモハ123になっただけでしょ
地方向けに短編成志向が強かった時期なのでクハ、サハは設定する必要は全くなし クモハ42が残っていた頃に単色化が行われたら、
さすがにクモハ42が黄色になることはなく、
クモハ123も105系も含めて宇部小野田線の車両はぶどう色になっていたかも。 EF65などで茶釜化はあったけど
新性能電車の茶色化はなかったですね 品川にC62が来たときにクハ111と103系編成がぶどう色になってる
走らせずに留置してただけのイベント用ではあるが JR化前後は全国的に白ベースの車体が多かった印象
クモハ123-5/6登場時のスカイブルーは連結相手の103系に合わせてだった >>131
1991年当時のRJでしか見ることはかなわなかっはたが、
「可部City」のヘッドマークで1両単行で走ってた写真はあった。
「ひろしまCity」の発展形だったのかな? かつてクモハ84と言うのもいたね
クモハ123の吊り掛け版 600番台のみ種車の関係上発電ブレーキが無かったが身延線の急勾配大丈夫だったのか?
ブレーキシューの異常摩耗を招きそう 419系・715系
スシ24
オレらも改造後の人生の方が長いんですけど。 改造して使い続ける西
車種統一で置き換える東日本と東海 愛知環状鉄道100/200/300はクモハ123と共通点が多いですね
側窓配置、単行仕様(300のみ)など >>165
必須要件ではない
3扉の601, 602は西富士宮でまでの2連運用が本職で
以北には滅多に入らなかった 123系と419系(クモハ419/クハ418)の前面窓は同じかな