>>130
四ツ倉駅以北は一部単線区間が今でも残っているよ。

あと常磐線に上野〜仙台〜盛岡経由の夜行列車が多かったのには
黒磯駅構内のデットセクションが地上切替で手間がかかったのも
理由にあげられるようだ。

常磐線のデッドセクションは車上切替なので手間がかからず一瞬で終るが
黒磯駅構内は下り八甲田や津軽が到着すると一旦EF58やEF65を開放して
西那須野方面の電留線に移動して架線を直流から交流に変更してから高久寄りの
電留線からED75を移動して連結させて発車する手間が面倒。
(EF81の導入で1988年の一部夜行列車から黒磯駅も車上切替に変更したけど
急行八甲田や津軽などは最後まで地上切替方式だった)

因みに常磐線は取手〜藤代のデットセクションはEF80もEF81も地上切替で早く、
水戸駅並びに平駅での機関車交換も同じ交流区間だから簡単だった。
(下り十和田などが水戸駅で交代、上り十和田などは平駅で機関車交代してた)