211系スレ
看板車両の栄華に浴することも無いままに流浪の運命を辿り始めた、
国鉄末期〜JR初期の近郊型電車の思い出を語ってくださいな。 >>12
細かいことだが、国鉄時代末期に投入された0番台2本は静岡ではなく神領に
配置された。(JR化後に大垣に転出して、数年前に神領に戻る)
>>24
平塚−熱海間が1989年6月から全面禁煙化され、東海道本線全区間の普通列車
が全面禁煙化された
>>25
JR東日本の(当時の東京近郊区間以外の)全普通列車が全面禁煙化された
のは97年3月から。そのため、小山・熊谷以北の運用が普通にあったシマ・
ヤマの115系・211系の禁煙車以外には、車内に灰皿が残っていた
全普通列車の全面禁煙化は、JR旅客6社の中では一番最後だった。 普通列車の完全禁煙化は北海道が最後ではなかったのか >>22
創価臨に211系が入っていたのは初耳
今は創価はどこに集まってるんだろう? >>28
八王子か信濃町ではなかったか?
三世四世の離反が始まっていると、風の噂では聞きましたが。
創臨への211系使用は短期間でなかったかな。
定期的な使用でなく、スポット的な使用だったと記憶しているが。
見た限りでは89年の秋に3000番台の5連×2が入っていたよ。 >>29
211系使用は89年度のみ
90年度は原則185系
91年改正〜登山停止までは115系と167系
創臨最終日は167系H11編成が使用されていた。
(最終日は品川行き) 鉄道車両に灰皿があるのはけしからんと運動してる嫌煙団体があったね 創臨は何故廃止になってしまったのか?
わざわざ富士宮まで複線にして、富士付近の配線まで替えたのに 火災の懸念があるからだと思ってたが、
嫌煙権運動の一環だったのか >>39
まさか後釜が209とは…
211のままで良かったと思う ところで、高崎で寝ている仲間は、籠原の電気火災で叩き起こされたの? >>40
上総一ノ宮から安房鴨川まで209乗ったらケツ壊れた。
211のロングの方がふかふかで快適だった。 Tが多くても113系あたりと比べて何ら遜色のない走りっぷりだった? だと思う。
そんなに出足悪いと感じたことないし、そんな評判も出なかったと思う 通勤通学で毎日乗ってる人にとって見りゃ
出足なんてどうでもいいことですね 名古屋に青帯の211系が投入された頃、
何で大阪よりも先やねん、と思ったが、
その後、221系が出たので、そういうのは
もうどうでも良くなってしまった。
ま、名古屋もその後、311系で追随したけどな。 新車当時から窓がバタバタうるさい電車だと思ってた
最近は連結部でキーコキーコうるさい・・・ 1000・3000番台は将来サハ抜いて地方転属を考慮してかMcM'TTTcとか異様に電動車が偏った編成組んでたが連結器の衝撃凄かっただろうな
5000番台も電動車が偏ってて連結器の衝撃凄い 名鉄1700の2号車も相変わらず発車時にガッコンガッコン
211-5000よりひどい >>51
長野のは数年後にはE129系だろ
高崎のものはまだまだ使い続ける 高崎にのこる115系をすべて置き換えられる本数の211系(元付属編成)を廃車にしてしまった理由ってなんかあったのか? >>56
個人の感覚だから比較しようもないのだがあえて言わせてもらうと
やはり211のカクカク度は他系列よりも際立ってた 5000番台は一部120キロ準備工事になってて速度計が120キロ表示と140キロ表示が混在してる
実際に120キロ対応化工事やったのは意外な事に準備工事になってなかった0番台東海車なんだな
あれは311系と共通運用可能にするための措置 首都圏のは2M3Tとか限界に挑戦してたな
これでも113系2M2Tとほぼ同等の性能であるが上野東京ラインの坂を登れない
それも1000・3000番台はMcMTTTcとか極端に電動車が偏った構成だったために連結器の衝撃が半端じゃないくらい凄かった
5000番台も結構強烈だった そうだったな
なんとも珍妙な動力車の配置、何か意図するものがあったのだろうか? 1000・3000番代はローカル転用を見越してクモハ入りにしたんでしょ 1000・3000番台のグリーン車を先頭車でサンドイッチは他線区転用を見越してクハを温存した結果
サハをサロに差し替えれば単純だが方向転換が必要で没になった >>64
211系でも通常の運転では上野東京ラインの坂を登れるよ。しかし、211系では故障して
立ち往生した列車を後ろから押し上げるパワーが無いので、東海道本線・高崎線・宇都宮
線からは撤退した。
武蔵野線の103系・205系が6両編成→8両編成化された際に4M2Tから6M2T化されたり、
山手線から転入した205系が5000番台化(VVVFインバータ制御へ機器更新)されたこと
(京葉線越中島−潮見間にある新東京トンネルの入口付近の急勾配に対応させるため)や
小田急2600・旧4000・5000・5200形が下北沢付近の沿線住民の高架式複々線化反対運動
により高架式から地下式に変更されたことによる世田谷代田−梅が丘間にできた急勾配に
対応出来ないため3000形に置き換えられたのと同じ理由である。 >>68
215系は東京トンネル登ってたが1ユニット故障したらもはや自走不能になってたはず
E217系は4M11Tでも登れるがモーターが焼けてしまいそう >>71
数年前、6M23Tで東京から大船まで回送したこと無かったっけ? 高崎では、全く「懐かし」ではなく、末永く使い続ける最新鋭として投入されていますが… 地球滅亡後XX年。地球上の全てのものは壊れて無くなってしまった…かと思われた。
宇宙人が宇宙空間を旅していると、ふとステンレス製の箱のようなものを発見した。
そう。それは高崎ローカルを走っていた211系だった。
地球が滅亡したのにもかかわらず、高崎ローカルの211系だけは壊れる事無く宇宙空間を漂っていた。
興味を持った宇宙人は自分たちの星に持ち帰り、研究することとした。
宇宙人は高崎のことなんか知る由もないのに何の因果か、それらの車両は「TAKASAKI」と名付けられた。
宇宙人は211系を復活させることが出来るのか…?
映画「TAKASAKI LOCAL」全国公開未定。
…それは、人間の奇跡。
同時上映
「E235とE353、どこで差が付いたのか…慢心、環境の違い」
「E233一家」 ほとんど顧みられなかったらしい
見かけが平凡すぎるから? 関西に導入されていたら名古屋と同様に青帯車になったのだろうか。 インドネシアが211系、大井川鉄道が213系に興味。 初期の赤シートはまずまずの掛け心地だったが
途中で取り替えられた青シートはまるで座るな!とでも言わんばかりの硬さだった
高校の頃から腰痛持ちだったので211は鬼門だった >>86
関西線にいる東海の奴だったら大丈夫なのか? 相鉄もシート取り替えで座り心地が低下した。
狙いは何だろ 名古屋で初めて好感を持って利用客に迎えられた国鉄電車 浜松で運転席後ろの二人席前展望狙ってたら、313が入ってきて落胆・・・(;´Д`) 中央東線を6M2Tで駆け抜けることになるなんて予想できなかったですわ・・・ >>96
そういう見方もあったんだ
思ってもみなかったわ 117系は名古屋仕様の新車であって
大阪に新車→名古屋転属では無いんですがね。 熱海〜静岡間は検札しないでグリーン車タダ乗り放置してたな 名古屋の0番台の青帯+JRマークは民営化後半年くらいしか見られなかったな
確か5000番台登場時に合わせて変えられた? なんか、寡黙なスマートさがあった
それゆえ影が薄いと。
学生時代の鉄仲間でこの系列を推す奴は居なかった 211系の電動車を一番早く廃車したのはなんとJR西日本だった(笑) 原型が分からなくなるぐらいにいじられてローカルで延命するより
さっさと廃車される方がいいよ
散り際の美学ってのかな しかし、日光線あたりは205系より211系セミクロス車の方が雰囲気は合ったように思う。
205系は山手線にしか見えない。個人的に。 211系の青帯車は100系新幹線を意識していたんですよね。
今、愛環にも似たような青帯が居るのは興味深い。 >>117
廃車が迫ってきたらその帯に戻してくれないかな。。。 >>114
言葉遊びするつもりないけど
散るにはまず咲かないといけないんだけど
211系は咲いたことあったのかね 113系とは違ったモーター音に、鉄道の近代化を垣間見た記憶がある。 下りの函南→三島間で(JR東からの乗り入れ列車も含めて)抑速ブレーキ作動させていたのが良い思い出だった。