【軽量客車】国鉄客車10系【寝台と座席】 [転載禁止]©2ch.net
考えてみれば昭和57年当時でも寝台特急北陸は
あったから、寝台車使いたいなら何も陰気な急行越前とかに乗らなくてもいいはずだったが乗降車駅に乗り換えなしで直通で行けるとかの問題だったんだろうか? 寝台料金は三段で変わらず、片や綺麗な14系の広い70センチ寝台、片や
四半世紀ものの古い52センチ寝台。特急料金と急行料金の差も到達時間を考えれば誤差範囲だと思うが。。 下りは到着時間で選ぶ(早朝なら越前)
寝台よりグリーン車乗ったけど(普通座席車なら何回も乗った) 北陸と越前って金沢着そんなかわらなくね?能登だよね、遅かったの
スロ62、乗ってみたかったな。あれで深夜の横軽越えとかしてたんだよな 時刻表1981年10月号より
603 上野2053-金沢559-福井711
3001 上野2117-金沢606
3605 上野2149-金沢651
特急料金は2600円、急行料金は1000円
昭和53年10月の改正で北陸が14系化、昭和57年11月の改正で能登14系化、北陸のB寝台二段化完了が昭和60年9月 北陸ごときに寝台で行くのに特急は贅沢だと思っていました そうは言っても北陸と能登は最後まで残ったしニッチな需要はあったんだろうな
旧客の能登や越前も律儀にスロとオロネ繋いでたし。まぁガラガラだったけど 早朝から動きたいから夜行で行きたい人も座席で十分と思ってる人は多いわけで
夜行バスの発展を見るとな 富山から北アルプスの早朝登山バスは能登からだと間に合わないから越前乗ってた
寝台は2回だけで普段は座席だったけど 上野-富山は寝台使うにはちょっと時間が短い気がしたんだよな
だから急行で十分じゃんって感じだった
金沢まで乗る人はまた違うだろうけど 北陸地方の暗さ、辛気臭さを説明するに、
越前竹人形やはなれ瞽女おりんという文学
映画作品がある。公助扶助の意識が低くて3県の生活保護受給率は全国で最も低い。女性は出産育児をした上で正規職での労働を求められる。打ち捨てられた能登半島地震の被災地域の状況は最近の例。
夜間険しい碓氷峠を越える急行越前などは涙ぐましく、いよいよ辛気臭く陰気であった。
だがそれがいい。愛おしい。
いや、現在進行形の能登半島はホントなんとかしないとな。 >>749
柴田恭兵主演のドラマで二重人格者のおねいさんが乗ってたのは越前だったか能登だったか思い出せません
ボクの主観での北陸夜行急行ってあのドラマのイメージです
ひたすら哀しい