[転載禁止] ●●【DD50・51・52・.53・54】総合スレッド●●1©2ch.net
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此等、無煙化の立役者DDシリーズについて語りませんか。
75キロ以下のDD10番台の話題も歓迎します。 秋田のDD51のトップナンバー車はブドウ色で登場し細部もいとなり
丸っこい車体が好感持てました。 DD16牽引の客車列車が運転される路線はあったの? >>2
DD51-2〜DD51-20?の塗り分けが直線になっているタイプが今走ってるタイプと1号機の合いの子みたいな感じで好き 九州地区のDD51
あの独特の正面白線なし赤ナンバー
見るのも嫌だった。
わざわざ下関や厚狭、美祢まで見に行った。
米子機関区DD511170
厚狭機関区
DD51882 山陰線はC57からDD54に代わりDD51の最終ロッドの1100番台に代わった。
DD54がドイツ製エンジン搭載だったから保守が大変だったのかな?
中軸台車もネックだったのかもしれない。
DD51の1100番台も早々と消えてしまったのは何故だろう? DD54が浜田以西にはついに一度も入線しなかったのは、DF50が活躍していたことや、
車両の保守の問題もあったからだろうか >>9
いや貨物の場合は1段リンク2段リンク車搭載車が有るから75㌖/hの制限限界があったよ。
その75km/hの速度制限があったから、東北本線なんて特急列車が高速運転できなかった。
だから現在は撤去されてる箇所が多いけど、貨物の待機スジ引く必要があって、間々田駅や待避線が多く設置されていた、
そのためポイントの数も多かったため、退避駅通過時は乗りごごちが悪かったし、所要時間も遅かった。 山陰本線のDD51で
DD511106は、蒸気機関車の置き換え
DD511170は山陰本線にあったDF50、DD54の置き換え!! >>11
1100番台かっこよかったよなぁ。
だからSGを搭載していたんだな。
でも消えるのがあまりにも早すぎたなorz >>7
エンジン本体は意外と壊れてない
冷却ファンの故障によるオーバーヒートくらい
むしろ国産化した変速機が癌なのと推進軸の強度不足な設計ミスがダメ過ぎた
特にこのシステムは元々C-C軸配置の機関車用なのに無理やりB-1-B配置にしたので推進軸が無駄に長くなり過ぎた >>13
意外にエンジン壊れてなかったならDD54の置き換えはDD54のエンジンと車体+DD51の冷却ファン+変速機で作った機関車にしたら税金の無駄遣いと言われなかったかも知れないですね まさに珠玉のマイバッハV16ツインカムディーゼルエンジン♪( ´ ▽ ` )ノ DD41って変な形だよな。
DD41はなんであんなに不細工な格好してるんだろう? DD20が好きだな
2号機の幅が狭いキャブなんかも違和感あって面白いね
DD21なんてどう考えても使い勝手悪いだろうに 実現しなかったDE50の量産orz
1号機が津山にいるね。 >>19
ttp://blogs.yahoo.co.jp/morifam01/GALLERY/show_image_v2.html?id=http%3A%2F%2Fblogs.c.yimg.jp%2Fres%2Fblog-ab-00%2Fmorifam01%2Ffolder%2F1823749%2F30%2F66453630%2Fimg_2%3F1371303844&i=1 本来ならば、DD51-800はDD52になるはずだったってこと もう少し時期が早ければ、DE102000番台の様な防音対策を施したDD512000番台か、
DD52が登場していただろう。
DD51は区分番台が多過ぎ、1800番台までも有るからな… DD51に900番台が無いのはなぜ?
試作番号だからかな? >>23
明らかに試作番台(901-)を避けている
貨物用800番台899号機の次が1801号機でどちらも日立製造の同一ロット
ちなみに一般型799号機の次は800番台を避けて1001号機でこちらは三菱製造 DD51の機関区でイケてるのは
鳥栖、直方、門司、厚狭、米子だった。
『鳥』『直』『門』『厚』『米』
DD511181『米』
DD51882『厚』
DD51の800番台で、寒冷地型は、かなり少ない。たった12両しかいなかった。
B寒冷地型ですが、郡山機関区と厚狭機関区にしかいなかった。
郡山は、801〜807
厚狭は、881〜885
郡山は、磐越東線、厚狭は、山口線経由の、山陰本線、江津行きの貨物専門であった。 DD51752、DD51753、DD51754は、熊本機関区で、デビューしました。
後に、東新潟機関区に、転属しました。
更に、吹田機関区に転属、更に米子機関区に転属しました。
DD51752、DD51753は、東新潟にあって、九州独特の正面白線なし赤ナンバーで磐越西線を走った。
DD51752は、吹田機関区に転属してもなおかつ、九州仕様を貫き通した。米子機関区に転属してもなおかつ、九州独特の正面白線なし赤ナンバーを貫き通した。
DD51753は、東新潟機関区から米子機関区に転属しました。
これもまた、九州独特の正面白線なし赤ナンバーを貫き通した。
DD51754は東新潟機関区から吹田機関区に転属しました。吹田では、正面白線入りの、ごく普通のDD51になりました。 吹田機関区のDD51は、正面ナンバーの白線位置が、バラエティーに富んだ車があった。
DD5111は、正面ナンバーの白線位置が下側。
DD51833は、正面ナンバー白線位置は通常、如何にも普通のDD51。
DD51752は、正面ナンバー白線なし赤ナンバー、如何にも九州を走ったと言う、出で立ちであった。 DD511132は亀山機関区にあった。
普通1100番台は、寒冷地A型か寒冷地B型が多い。
ところが1132号は、スノープロウなし、汽笛カバーなし、更にフロントガラスには、旋回窓、デフロスターなし、則ち、ないない尽くしの
特徴のないのが特徴のDD51であった。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています