>>19 その年代は、丁度地方鉄道の存亡(明暗)の峠だったでしょ。
・・・無論今のほうが経営状況はより厳しいのだが、公共性で社会問題やマニア対応で企業努力や
とにかく古臭いモノを完全に否定する風潮が支配的だったのだから・・・。
新車導入はまずしないでしょ。
小湊が昭和36年以降 同じ京成グループの関鉄が昭和40年代から一転して形振り構わず国鉄以外の廃止私鉄の比較的経年が浅いモノも
多いながら雑多な車種を茨交と(それでも茨交は車種に拘りを感じる)競うように買い漁ったを尻目に何故割高の新車導入一筋を貫いたのだろうか?
・・・千葉急行線構想とかで十分将来の見通しを楽観していたのだろうか?
それとも機関以外の主要機器も新規で統一されたモノのほうが絶対に長く維持できる(将来今より新車導入が困難になる 廃止になる同業他社の新車も無くなる)
そういう考えがあったのだろうか。

結果 マニア的には、つまらないが小湊の判断が正しかったワケだが。(長持ちさせる事が出来た。)