垂直型自動券売機
国鉄でおもに大都市圏で使われていたものを大別すると…
【単発式】
おとな乗車券1種類のみ発行(たいていは初乗り)
【多能式】
一定の範囲でこどもを含めた多種の乗車券を扱う
【近郊式】
多能式の中でも紙幣が扱えるタイプ
さらに発展型として近距離の急行・自由席特急劵も買えるタイプが現れ、以後の基本となった
>>15
つい最近までメトロも160円区間だけの券売機があったなあ。
その隣あたりに千円札用の両替機がよくあった。当時千円札が使える券売機が
あまりなかったこともあるけどね。
5千円やら万札が使えるようになったのは垂直型がなくなってからだしなあ。 今でも長電とかだと垂直形があるね。
流鉄は全部傾斜型になったようだけど… 西武はパネルが地図式の運賃表だったな。国鉄だと30円〜210円って
掲示されてるとこ。ボタンの最下段右はじが入場券だった。
子どもだと20円だから全駅収集を目指したが叶わなかった。
赤いインクの小の字がなつかしい。 >>21
> 西武はパネルが地図式の運賃表
京王だけじゃなかったのか 京阪もパネルが運賃表じゃなかった?
そういやコマルの券売機って接客面がステンレスで幅も広かったよね? タウンカード対応が、横長だった
傾斜型の最初は天下茶屋だったかな? 数年前まで吉祥寺のロンロン口に奇跡的に何台か残ってたよな。
後、同じ頃まで北千住のルミネ口でも確か残ってた気がする。
駅ビルの連絡口改札だと利用者が比較的少なくて
設備投資が後回しになるせいか傾斜型でも古い機種が残ってたりするよね。 駅ビルなんかだと
改札にいるのも駅ビルの人
券売機や改札機なんかも駅ビルの資産なんてのが多かったからな
当然設備更新も鉄道会社とは別々に行われるので古い機械が残るわけだ
suica導入を機に駅ビル口にも鉄道会社のリース機が入るようになったから
駅ビル口だけ極端に古いってことはなくなったがな カネ入れて、レバーかなんかを下げないと切符が出てこない
というものが、昭和30年代ごろあったとも聞くのだが、
見たことがない。 >>29
トイレにあるトイレットペーパーの自販機みたいな感じ? 東武にも最近まであったよね
PASMO導入でなくなったけど
北千住だからなのか、JR・営団・京成・野岩・会津・東武各社の切符が買えたよね
あのころは便利だった >>32
もちろん、手動のじゃないっすよね。
あれで会津若松まで買うのは勇気が要る、
ってか無くしそうで怖い。4千円前後しなかったっけ? 完全無人の山陽本線福川駅に今でも2台並んでますよ。
千円札とオレカ両方使えるタイプ。 ここでいう垂直型って、どんなのを指してるんだろう?
営団や香港の地下鉄にあったみたいなスタンドアローンなヤツ?
それとも「10円区間」みたいな単能型? >>33
連絡運輸の関係で、会津若松ではなく、西若松までじゃなかったか?
ペラペラのエドモン券で、浅草から\4290だったと思う。さすがに
途中無くさないかハラハラしたよ。下車前途無効の文字がなく、
発売日から2日間有効だったかな。
>>35
スレの流れからすると、単能式も含めた、垂直・壁型で下の方の口に、
きっぷとつり銭がジャラっと出てくるタイプの券売機を指していると思われ。 >>36
あれ途中下車できるよ。東武区間は自動改札では出られないから有人対応で。
西若松じゃなく喜多方まで売っていた。 >>12
>>あれは裏は「発売中止」だけだったのかな?
「おつりもでます」と「発売中止」の2つだけで間違いない。
券売機のメンテをしてる所を真近で見たことがあるが、
「く」の字に折れ曲がったプラ板にそれぞれの文字が書かれてて、
15〜30度ほど回転させて切り替えていた。 初期の券売機は釣り銭の出るところが半筒みたいな形になっていましたよね。 >>38
遅まきながらどうも。
パリやシンガポールで、釣り銭が切れてても
ぴったりの額を投入すれば切符を買える券売機を見たもので
(20年前)。 弘南電鉄にまだ垂直型の券売機があるな。
窓口にはまだ硬券もあるけど、弘前や黒石などよく売れる券は売り切れで券売機に
案内される。 >>34
もうなくなってる。今はタッチパネル。
ttp://hacchi-no-he.net/line/sanyou/station/0990_fukugawa.htm エド券なくしそうで云々ってあるけど
硬券時代の国鉄ならどれだけ長距離乗車券でもエド券やん XX円〜XX円
おつりも出ます
こんな説明あったよな。 >>43
ペラペラやからなくしやすいということじゃないか? 阪神梅田の尼崎センタープールと甲子園往復用券売機がそれじゃなかった? 路線図に丸ボタンといったら、山手線内の一部の駅にあった、
連絡社線までのきっぷの販売機を思い出す。 >>47
いや一部の駅じゃなく、連絡社線を券売機で売るほとんどの駅にあった。
中央線は東京−三鷹間は大久保、東中野を除く全駅にあったよ。武蔵境以遠や南武線や青梅線、など枝線に入ると
まだ連絡社線は硬券だったのでない。
LEDの角ボタンに変わる昭和61年以前のはなし。 国鉄線
140円〜1540円区間
千円札も使えます 連絡社線のボタンを最初に押すヤツは阪急に登場して、しばらくしたら京急が導入した
ような記憶がある。 1986年 東京駅地下にて。
まだオレンジカードが登場間もないころ。
http://imepic.jp/20130715/539610 ボタンに最初から金額が書いてある券売機に慣れていたので、
子供ボタンを押すとボタン内部の電光数字が切り替わる券売機になった当初は、どの金額を押せばいいのか苦労した。 >>51
ありがとうございます。
ボタンにフタのないバージョンもあったんですね。
あと、自分が知ってるのは釣り銭の所に丸い筒みたいなのがついていた記憶があります。 >>53
これは新型の幅広タイプで、上部にファンクションボタン(大人1枚、2枚、3枚、こども)
のボタンのあるタイプで、丸ボタンには大人・子供の両方の金額が2段に書いてあります。 営団最末期に確かに存在してた160円と190円の単能式の垂直券売機、
メトロへ移行してた台ってあったっけ?
記憶があやふやなので教えてほしい。 >>55
確かじゃないけど、社名が切り替わったときに印版カセットを作り直したくなくて
全部、新台に交換されていたりして? いや、さすがにその頃はサーマルでしょ。
ROMを書き換えれば一発ですむこと。 鉄博にもレバー式のが保存してあるでしょ。
イベント等あれば登場すると思うよ。
昔交博で万世橋の入場券売ってた。 >>55
営団末期にあったものはそのままメトロに引き継がれたものも
確かにあった。
自分の記憶でもそのように感じてたから、念のため調べてみると、
確かに存在していた模様。
これとか。
http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/004/664/71/1/060219_0.jpg
でもさすがに経年が進んでいて近いうちに置き換えることを予定していたのか、
上部のパネル部分のみメトロの青色のものに交換して最低限の変更で
使ってたみたいだな。 >>12 >>35
×単能式
○単発式
基本的には>>17の説明の通り >>51
見れない(涙)
垂直とは違うけど、西の白浜とか
(福)柏原とかにボタン式の券売機が残ってるな。
自由席特急券が着駅記載じゃなくて50キロまで・100キロまでみたいな表記の。
特急券のみのボタン押さないと乗車券も発券されてしまう >>46
梅田の尼崎センタープール往復専用券売機は現存してるのに競艇開催日もほとんど稼働していない >>63
あの券売機が必要なほど客が入ってないからな。
SGでも開催しない限りは稼動することはないかと。 阪神梅田は尼崎センタープール往復と甲子園往復が同じ券売機で併用だったような >>60
亀だけど、
有楽町線で、大手町九段下水天宮前190円平和台270円ってことは新木場かな? 東急の三軒茶屋駅は94年ごろに券売機が傾斜型に替わったが当初は単能式(渋谷までの140円区間のみ発売)もあった。 吐き出し口にガムがよく貼ってあったのも懐かしい話になってきた つべのドリフコントにもあったな。
夏場なんかは、つり銭口から涼しい風が出てたので、事務所の中は冷房効いてるんだなと思った。 フジテレビの衝撃お宝映像でやっていたけど、紅白にVTSS1型自動券売機(多能式丸ボタン、キレート印版式)
が保管されていたな。子供ボタンのふたがなかった。
100円〜520円のプレートがついていたから1979-5-20賃改の期間中に廃棄になったものだろう。
しかし紅白は展示スペースが手狭だからイベントでもない限り目に触れないだろうな。
もし展示してもキレートの乗車券原紙があるかどうか・・・ >>70
てっぱくが移転直後に、収蔵品押しこみ部屋(コレクションギャラリーって言うらしい)で公開してなかったっけそれ 俺的には丸ボタンより元祖多農機でなく多能機の角ボタン(神鋼製)を保存して欲しいんだよな。
30円〜210円でおなじみのやつ。 キレートはもうインクが手に入らないから動かすことが出来ないんだよね。
スミインクなら発券できるかも。 宇都宮駅にて…。
ギンコ
「それは近郊用だ。
青森なら、みどりの窓口でなければ売っていない。
みどりの窓口は長距離の切符を扱うためにあるんだ。」 昔の単機能式の方が機械の前でマゴマゴする客が無くなって混雑解消にはプラスかもしれんね ICカードを使うようになってから駅で切符を買うことも少なくなったな。
この前スイカを忘れて久しぶりに券売機を利用しようとしたら、
タッチパネルにやたらいろんなメニューが並んでいて、分かりにくくてまごついてしまったよ。 100円区間の券売機の前で500円札を握りしめて
「お札はどこから入れるんだ!」とブチ切れてる客がいたな >>78
面白いなあ
新しい機械が登場する度に、付いて行けない客が文句を垂れる場面は
幾度か目にすることがあった 単機能機でもお釣りくらいは対応してたよね
違ったっけ? >>80
10円単位のお釣りは出るけど500円玉と紙幣は使えなかった記憶がある いやいや、500円玉のなかった時代だから紙幣機能なし、硬貨は最大100円しか受け付けない。
つまり釣銭は50円か10円のみ。
紙焼きの写真ならあるんだけどなあ。 スミインク→キレート→熱転写→感熱と推移したみたいだな
最近の感熱紙は保存性が悪く経年劣化で文字が消える可能性があるのでキレート式印字の悪夢再来か? 地下鉄駅の120円券専用機は平成に入っても残っていたな。
営団は初乗りでかなり遠くまで行けるから根強い需要があったんだろう。 おいおい熱転写の券売機なんて聞いたことないぞ。
感熱は最初の文字が黒々してれば25年たっても退色していないが
最初から茶色ぽいやつは3年したら・・・・・ (* ̄□ ̄*;ガーン 最近は定期券ですら 茶色い よな?
駅員が見ないから… 家庭用ファクシミリで一時期感熱ロール紙使うタイプ流行ってたが保存性が悪いとかで普通紙とインクリボンに移行したな
ワープロでも感熱紙を用いた「リボンのいらないワープロ用紙」がスーパーで売ってた事があったが長期保存に適さない上にパソコンの普及で廃れた
マルス券も最近感熱紙使ってるみたいで印刷が微妙に茶色い上にくすんでる 窓マルの熱転写は全国でとうに終焉済ですよ。
今は熱転写MVが置換えられていってる
機械発行によるJR乗車券類から熱転写の終焉も間近 ガキの頃駐車場の精算機で500円札入るの見た事がある
自動券売機にも500円札対応のあった?
1982年に500円玉が出現しても何か細々と作ってて併存していた 開業時の埼玉ニューシャトル
黒文字は感熱なんだが、「小」の赤文字はキレート。
国鉄にも同じようなタイプがあった。 500円玉デビューの頃は「500円硬貨使えます!」という貼り紙のある券売機があった
「500円紙幣まだ使えます」という貼り紙は見なかったなあ 500円札は平成一桁半ばまで日銀が払い出ししてたんだよね 南海高野線が地元な自分、昔。。
乳白色のボタン自体に金額が彫り込んであって文字に黒色塗ってた感じな券売機。
お金を入れると金額分以下の豆球が点いた。左メイン上段が南海、下段カバー付が
小児、右側は泉北線用。たぶんオムロン製だったような。
国鉄乗り換えの三国ヶ丘駅では難波方面側の駅舎に国鉄の券売機が無くて
国鉄の窓口も無く、連絡切符はいったん改札出て南海窓口で買えとなってた。 関東某線は投入金額に見合うキップの電球点灯が、
10円や50円は認識せず、不便だった。
たとえば100円玉2枚投入したら200円券まで点灯するが、
さらに50円投入しても(この時点で累計250円)、230円券は点灯しない。
さらに50円投入したら(この時点で累計300円)、230円、270円が一挙に点灯する、みたいなw 釣り銭が多く必要になるからメンテナンスが大変そうだな 昔のは釣銭が循環式でなかったからメンテが頻繁に必要だったな。 >>93の時代の券売機なら
投入金額部分はニキシ管だったろ?
近鉄の茶色(アズキいろ)の券売機がなつかしい。 ああいう券売機って真空管とかリレー回路で制御していたのかな? さすがに真空管や半導体はないけど、リミットスイッチ(マイクロスイッチ)とリレーの塊だったな。
まさにメカトロニクスそのもの。
多能(30円〜210円、おつりも出ます。印版回転)になってやっとトランジスタのロジック回路が使われ出した。 >>94
それはもはや券売機としては欠陥品じゃないかw >>94
へぇw
客から苦情が出ただろうね。
ある意味サギみたいなものだわ なんか昔そんな券売機あったな。
地域差じゃなくて機器メーカーではと。 現在使われてる斜めタイプはユニットになってて枠に機械ごと嵌め込めるとか
故障したら外して予備のユニットぶち込める
みどりの券売機は剥き出しで使ってる駅がある
垂直型は枠に組み付ける恰好になるので取り付け・取り外しに手間が掛かる >>94
現存機は流石にないか
あれば拝見に赴きたいw 東海豪雨の時高蔵寺駅の地下コンコースが水没してしまい券売機が軒並み使えなくなって古い予備の垂直券売機を仮設してた事があったな
使わなくなって撤去したがいざという時のために倉庫に保管してあったみたい 最近の状況は分からんけど、以前は多客イベント用に移動可能な券売機を持っていたようだ
高蔵寺の現物を見ていないから、何とも言えないけど 大川にもこれあったのか
オレンジ色の看板は浅野なんかに残ってるね 角型ボタン式のやつは料金表示が赤く色覚障害の人が見づらく色覚バリアフリー的に良くなかったようである
試験的に緑色に変えた事業者なかったか? 角型は大人・子供料金が同時に表示されなかったので、当時小学生だった俺は丸ボタンのほうがいいなあと思っていた
(大人/子供切り替えて同じところ押せばいいじゃんという頭はなかった)
タッチパネルになってからは元に戻り、今となっては過渡期仕様だったんだなあと思える 南海も2000年代までは垂直式券売機が大量に残っていたな 水間鉄道貝塚駅と水間観音駅にも垂直式券売機があったような 子供ボタンは間違えて押さないようカバーを被せていたな
その後の角型ボタンでは子供ボタンを押してから買いたい運賃を押す必要がある
大人2名+子供1名とかまとめ買いも可能
角型ボタンの赤い文字は色弱の人が見えにくい問題があって試験的に緑色の表示を使ってた所もあるようである >>117
水間は自動改札機もお下がりを使っていたね 今はどうなんだろう
松山市の改札機の阪急の中古だったような・・・ 松山はIC化で簡易リーダーへ代替する形で自動改札機をなくしてしまった
水間のは歴史的価値が認められて更新時にオムロンへ里帰りした 2枚以上ボタンがあるからそんなに古いもんじゃないな ランプの球切れ、釣り銭切れは頻発
あれは駅員の仕事か?
とにかくメンテナンスがなってなかった 名古屋市地下鉄の名古屋駅にもあった
そして釣り銭切れ、ランプの球切れも… シンプルな方がかえって良いのかもしれない
今の券売機は機能が多過ぎてついて行けない きっぷは 4枚出ます
きっぷは 4枚出ます
きっぷと千円札のおつりをお取りください
きっぷと千円札のおつりをお取りください 組付け・撤去はパチンコ台みたいに枠にビス止めする必要があって面倒だったな
初乗り運賃専用とかあった >>141
各地であるある話なのかも
釣り銭切れは担当駅員が始末書を書かされる、今風に言うとインシデントというらしい 一種類しか発見できない券売機って当時から非効率と見なされなかったのかな 逆に効率的だったよ
硬貨投入すればそれだけで発券されたから
発射間際の時は重宝したよ そこで均一運賃制ですな
JRは規模が大き過ぎて無理だが
地下鉄なら可能だったかも
横浜市とか 初乗りが都心部で300円、地方で500円のような時代が来るかも キャッシュレスではなくコストレスになってくれたらいいな! 傾斜型は後ろからユニットを突っ込むだけで良いとか設置時の利便性が向上してる
剥き出しでも使用可能
垂直型はパチンコの台みたいに工具を使って枠に組付けないといけない 神鋼の食券タイプ
養老線とか、内部線とか、近江とか
近江は傾斜型タッチパネルから食券タイプに取り換えた 食券タイプの方が趣きがあって好き
ま、人それぞれだが。 樽見鉄道の両面に印刷される販売機は今も使っているのですか
回数券も販売できてミシン目が入っていた。 神鋼→シンフォニアの地元、豊鉄にも食券タイプがあるな
市内線の豊橋駅前に 1機あたりいくらぐらいかかってるんだろ?
安くはないわな 大人・小児の組み合わせが自由に選べないボタンのやつは嫌いだった