以前特急が停車したが今は停まらない駅
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民鉄・JR問わず挙げてください。
まずは東海道線藤沢駅。一時期踊り子が停まってた。
>>352,>>353
どれも、その自治体の対面のためだけに停まってる,と言いたくなるような駅
ばかり。そんな印象だな…。なんて言うと付近の住民は怒るだろうが。 >>356
「ゴーサントー(53・10・2改正)」まで、「はつかり」の1往復は
ここに停まって一ノ関を通過してた位だったが…。
「北斗星」も設定当初は1往復が停まってた。
「合掌」ってところか。まあ、花巻に限った話じゃないけど…。 やくもの井倉。
鍾乳洞を訪れるフルムーン客相手に停めてたけど、無意味だった。 >>365
何本かずつ停まってた。
だから、上越新幹線が開業して、その時唯一残った昼間の特急の「鳥海」に
見放された両駅は、このスレの対象だろう。 真鶴
一部とは言え特急(踊り子)停車駅にもかかわらず
全ての急行(銀河&東海)が通過し
一部の普通列車(大垣夜行&終電近く)まで通過した
そんな時期もあった
ほかにそんな駅あったかな? >>368
昔そういうクイズ(特急が停まるのに急行が停まらず、普通の一部も通過という駅は?)
が時刻表(交通公社大判)にあった。
で編集部としては答は真鶴しかないと思ってたらしいけど、
「西明石」(特急は新幹線)とか「上熊本」(通過する普通は臨時列車)、
っていう回答も寄せられて、不意を突かれたんだろうな。
後に正解を発表した号で「真鶴が入っていないのは不正解にする」って強弁してきた。
それを見て「自分達の見落としを棚に上げて言語道断」って思ったなあ。 >>369
時刻表を毎月買っている訳ではないから
時刻表のクイズにもなっていた事は知らなかったが
当時はそれなりに有名だったのね >>369
整数と自然数を間違えた挙句に強引に自然数で押し切ったさくまあきらみたいだw >>370
まあ、有名かどうかはよく覚えてないけど、クイズになったのは、「踊り子」なんていう、
今日のボッタクリ特急の元祖が走り出した翌年(1982年)のことだった。
>>371
今思い出しても件の号の「解説」は滑稽としか言いようがない思い…。
>>372
そういうこと…。今ではあり得ない話だけど。
当然、「駅を通過する」普通なんだから、「各駅停車」って考えるわけには
いかなくて、要は「特急・急行料金なしで乗れる列車」と解釈せざるを得なかった。 >>368
特急=旅客営業規則上の特別急行列車
急行=旅客営業規則上の普通急行列車
普通=普通列車
とするならば
同時期に特急が1本以上停車して急行がすべて通過して普通が1本以上通過する駅
那須塩原はどうだった?
急行「八甲田」「津軽」と上野〜黒磯間の快速は同時に運転されていなかったっけ?
MLえちご関係だと
越後湯沢や浦佐は当てはまるとして
高崎線の大宮〜高崎間にウジャウジャありそうだ。
あと三鷹も当てはまるね。
上諏訪夜行は最後まで停車しなかったし(他の中電は末期は停車したが)
夜行急行アルプスも停車しなかった。
でもじゃあ設定をかえて
同じ時期に特急が1本だけ停車して
急行が10往復以上設定されているのに全部通過して
また普通列車(含快速など)も10往復以上は通過していた駅
というのも実はある
阪和線の堺市駅。
特急「あすか」の停車した時代
急行「しらはま」「南紀」「きのくに」「紀州」などなど10往復以上が悠然と通過。
普通列車も後の夜行「南紀」の前身を含めて和歌山以南から天王寺への列車はすべて通過。
さらに阪和線内の「快速」電車も日中60分毎に運転されてすべて通過。 >>374
堺市は阪和電鉄時代も特急はおろか急行も通過(準急は停車)。
開業時はすでに堺市になっていたのに、堺(竜神)・堺東に比べると駅も追い越し線がないし、車庫や貨物駅もないし、堺市の玄関駅にするつもりがなかったのだろうか?
>>375
阪和電鉄開業時点で既に、堺市の中心部が、
南海本線と高野線の間に広がってたからね。
玄関駅にする気はあまりなかったんでしょう。 特急が停車するが、急行、普通が通過する駅といえば
新大阪はどうよ
通過する普通とは、京都〜大阪間ノンストップ時代の新快速
通過する急行とは、比叡
北陸線方面の特急(雷鳥、北越など)は停車 >>376
他の市町村にはそれなりに玄関駅にしようとした駅があるのに(和泉・岸和田・貝塚・熊取・泉南)、何故か放置なんだよね。
陸軍の基地まで引込線もあったし、横に刑務所もあるのにヤードすらないのは理由でもあったのか?と勘ぐりたくなる。 >>377
新快速関係ならば西明石も該当する。
急行「阿蘇」「くにさき」などが通過している。
同じような新快速通過の神戸についてはたしか急行通過歴がない気がする。
定期列車に限っていっても特急が一部停車して急行が一部通過したことのある駅は古今東西を問わずゴロゴロある。
特急が停車して急行が「全部」通過したとなると,急行凋落時代になってきてわずかに残った夜行急行が「すべて」
になるくらいにならないとまずない。
特急が停車して普通列車が通過するとなると,現代はゴロゴロあるけどたとえば昭和50年3月くらいだと
新大阪 神戸 西明石(新快速がらみ),青堀 保田 佐貫町(なぜか1本夕方に快速が設定されていてこれらの駅を通過した)
三島 湯河原など(大垣夜行がらみ)とかなり限定されていて時代が下るにつれて
特急の始発駅圏内のサービス停車する駅でも日中の速達系普通列車が通過したり
MLえちごなどの停車駅限定型の夜行快速が出現したり
短距離特急と快速の実質上の優劣未分化だった時代もあったりと
かなり増えてきている。いずれにせよその時期になると急行全体が凋落していたので
「特急が1本以上停車して普通が1本以上通過して急行が全部通過する」
という駅を考えるようになってきた。
「あすか」の堺市停車は短絡線経由のため大阪府内の経由駅各駅はどの駅も
特急停車駅としてすべて不合格だが,それでは大阪府内に1駅も停車できないし
それだと天王寺の代替駅がなく仕方ないから停車しただけ。
特急横綱時代には例外的な奇跡といわざるをえないだろう。ちなみにこの時代といえば
有名な大聖寺粟津戦争真っ盛りの時代で この時代の特急全通過の主要駅として
糸魚川,小諸,上田,白河,北上,北福岡(二戸),野辺地などがあげられよう。
>>379
新快速以前にも、新大阪・神戸を通過する普通列車はありましたが?
それ以前に、新快速運転開始は、昭和50年10月ですよ?
糸魚川には「はくたか」や「北越」が停車していましたが?
小諸・上田は「あさま」が停車していましたが?
北上は「やまびこ」が停車していましたが?
>>380
新快速の運転開始は昭和45年10月1日
「あすか」の登場は昭和40年3月1日
当時はまだ「はくたか」や「北越」、「あさま」は登場前
北上の特急停車は昭和43年10月1日から >>391氏のいっているのはまだ上野発「白鳥」があるころのこと?
おれのもっている時刻表(昭和41年)によれば信越線には「あさま」はなく「はくたか」だけ
(上野発「白鳥」の名残)
真鶴って、踊り子停まってた?
一時期、藤沢や茅ヶ崎には停まっていたが。
明らかに停め過ぎだった。
特急なら、横浜の次は小田原か熱海でいい。 真鶴、湯河原、熱海、来宮の連続停車のやつ無かったかな? >>385
それも時刻表のクイズのネタになったことあった。
「特急が最も多く連続して停車する区間は何処でしょうか?
停車駅数が同じ場合は距離が最短の区間を正解とします」
っていうもので、編集部としては、「行川アイランド―安房鴨川」
とか「茅野―岡谷」とかと錯覚させるのが狙いだったらしい。
正解の「真鶴―来宮」は、掲載の頁が分断されてるから見付けるのが難しい、
ってとこがミソだった。 >>386
> >>385
> 「特急が最も多く連続して停車する区間は何処でしょうか?
アップダウンクイズか何かでのひっかけ問題では、
「正解は、新幹線のこだまです」だった。 昔の時刻表みると
山陰本線の急行なんて通過する駅さがすほうが大変だったけどな。 今はその当時の急行がそっくり特急になったようなものだ…。
だから、スレタイと逆の例ならゴロゴロしてるけど、特急停車の地位から
転がり落ちた駅なんていうのは、或る意味東京駅より凄いと思える。 >>389
特急むつ:呼んだ?ここはスレ違いか・・・ >>380
新快速の運転開始は昭和45年10月1日
「あすか」の登場は昭和40年3月1日
当時はまだ「はくたか」や「北越」、「あさま」は登場前
北上の特急停車は昭和43年10月1日から
>382
あさま(特急)はS41.10設定
>383
これでいいか? 湯檜曽って、特急停車実績あるのかな?あの長大ホームは、かつて優等列車が停車したことを感じさせるが。 元特急停車駅では動橋、元急行,準急,快速停車駅では熱田の凋落ぶり
の酷さが群を抜いている。 湯檜曽って、急行停車してたの?水上といくらも離れていないし、あったもしても臨時停車?今の駅の雰囲気からはとても急行停車は信じられない。 >>392
上越線クラスの幹線なら昔は10両くらいの普通客車列車が停車していたから、各停
しか停まらない駅でも長大ホームは有る。 >>395
湯檜曽はヨンサントオの数年前から急行が必ず一往復(毎日)停まっていた 湯檜曽が急行停まってたって信じられないな。今じゃ急行券どころか、普通乗車券だって買えないし。でも、一つ前の水上に停まってるのに、わざわざ停めてたってことは一定の需要はあったのかな? 土合は185系の特急の停車実績あるんだな。水上か谷川かな? 181系時代のときは停まってないよね。 >>395
ぼうや
親切に教えてやったのに
その言い草はないだろう。 みどりの窓口は無かったはずですが出札窓口はありましたよ。
待合室というか駅舎内に旅籠屋の宣伝看板が沢山ありましたね。
嘗ては登山客や観光客で賑わっていたんでしょうね。 出札窓口で、急行券は買えましたか?
急行停車駅で、みどりの窓口のない駅って貴重ですか? >>407
みどりの窓口は指定券を売るとこだったんでは?
昔はみどりの窓口表示なくても売上向上のためか最寄のマルスがある駅に問い合わせて手書き指定券を売ってるとこ田舎の駅に多くみられた
その場合、ダブり(席の重複)がよくあったが・・・ みどりの窓口も昔はどこにでもあったわけじゃない。
一部の人しかPC持ってなかった30年前には。 30年前PCはネット接続出来なかったでは?
確かキャプテン?って名前の予約方法はあったが・・・
あとはプッシュホン使った予約もあった
でもみどりの窓口に直接行くのが一番確実だったな
因みにみどりの窓口は国鉄指定券を売る場所の意味で昔は旅行代理店の店頭にみどりの窓口の看板が置いてあった >>407
湯檜曽で急行券買えた筈ですね。
30年前くらいは特急停車駅でもみどりの窓口を設置してない駅はあったよ。
10年前でも予讃線伊予市駅や土讃線後免駅もみどりの窓口未設置だったような。 65年のみどりの窓口開設時には
上越線関連では上野、赤羽、大宮、
高崎、渋川、長岡、新潟の7駅だけ。
このうち高崎、渋川には電子計算機がなかったらしい。 青春18きっぷで上越線乗って、乗車率向上には貢献できますか?乗客としてカウントされていますか? >>413
もしアンケート用紙がついていたら、それに乗車率を上げたい路線を5日間ひたすら行ったり来たり
したように書いて、交通統計研究所に送ってください >>413
木次線や三江線、芸備線の新見〜備後落合でおながいします 昔、高尾に停まる「かいじ」ってなかっただろうか?
あと、今四ツ谷に停まる特急あったかな…? >>416
高尾は最終が停まってた時期があったね
四谷は休日1本だけ 急行あじがうらが茨城交通に入っていたときや
急行信州が長野電鉄に入っていたときは
それらの会社で国鉄の乗車券や急行券買えましたか。 >>418
長野電鉄に乗り入れていたのは「志賀」だけど、その停車駅には昔
「東京都区内行き」とかいう乗車券も置いてあった。ってか、信越線方面
以外の国鉄の駅(基本的には長野県内の主要駅だが)までの切符も買えたと記憶している。
というわけで、他の会社でもそうだったんじゃないかと思われる…。 山陽本線の倉敷以西から特急が消えるなんて誰が想像したでしょうか・・・。 >>420
いつかは夜行も新幹線になると言われていたので在来線から消えること自体は不思議ではないね。 >>418
伊豆急行線からは普通乗車券はもちろんのこと
硬券指定席特急券もあったよ。それも号数から乗車駅下車駅まで印刷された
完全常備式のものがあった。日付と席番だけ記入するだけ。 >421
新幹線の夜行の話は過去から一部ではあったが、騒音と保線の問題があるから現実的では
ないというのが、当時からもっぱらの見方だったね。 膳所が出てないなあ。
通過駅化後の期間の長さで考えると横綱クラスだと思うが。
>>318
米原、鹿児島くらいかなあ。
http://homepage2.nifty.com/ousaka/eki/teisha.html
>>424
このサイトみると細部に誤りがあるのじゃないかな?
たとえば東北本線塩釜は「あおば」と共に特急停車駅でなくなった記憶だが
違った? >>424
膳所に国鉄の特急が停まったか?
京阪とか言うなや 膳所駅って、開設当初は大津駅だったから、ってことじゃないの。
日本最初の特急列車がその大津駅に停車してたのだったら、>>424 は間違いではない。
間違いはないけど、どうかね?>>424 >>425
調べたらその通りですね。
>>426
確かに日本国有鉄道成立前ではある。
京阪で言うとびわこ号は特急を名乗ってたので浜大津が入る。
>>427
ご明察
http://homepage2.nifty.com/ousaka/otsu/tkL.html
これを見ると、東海道新幹線開業で沼津、豊橋、岐阜が特急停車駅でなくなってその後に復活してる。
在来線限定なら豊橋も含まれ、沼津、岐阜は単に抜けている。
>>319,320
>428
沼津、豊橋は新幹線開業時も、さくらが停まってるし、岐阜も停まっていたと思うが・・・。 羽犬塚,瀬高の停車時期もおかしいな。
昭和50年3月改正で羽犬塚には「おおよど」が
瀬高には「有明」1本が停車していた記憶。 あと50年3月改正から53年10月改正の間に山陰本線浜村が新停車駅になっているはず。
あのころは特急の新停車は「事件」だったから時刻表のニュース欄に掲載されていた。
たしか温泉津停車と同時期だったと思う。 >>429
調べたみたら少なくとも64年10月号では3駅とも通過。
再停車は65年3月改正でみずほと富士の岐阜、65年10月改正でさくらの沼津(8月には通過)、68年10月にさくらの豊橋(8月には通過)が
確認できた。岐阜に限ってはソースが64年10月号と65年4月号しか無いので、64年10月号の誤植の場合や、3月改正より早い場合はあるかもしれない。
>>430,431
75年3月のおおよど羽犬塚停車と、76年10月のはまかぜ浜村の停車は確認できた。
瀬高は75年3月と78年の9月号で有明非停車なので、78年10月で良い模様(「時刻表名探偵」にも記述有)。
>>424
八郎潟の停車時期も間違っている。
特急「むつ」設定以前に上野〜青森の「いなほ」が停車していた。
また,「むつ」設定によって土崎,追分など新停車駅が増えているはず。 大体、特急「むつ」が'82・11改正で設定された…?
まあ、件のサイトのソースが何であるか示されてないのが問題で、
何れにしても出展の不明な情報の解釈にはよっぽど慎重にならなきゃな…。 出展→出典
だった、失礼…。
偉そうな能書垂れてとんだ赤っ恥。 件のページの作者です。
皆さんのご指摘、感謝します。
ご指摘いただいた点は修正しておきます。
>>433
八郎潟の初停車は75年3月のようですね。
>>434
お恥ずかしい。85年3月ですね。
出展は「各種時刻表」としか書きようがありません。
でも,べつにケチつけているわけじゃない。
あのページ自体すばらしいものだと思うから細かいところを直していこうじゃないか。 >>437
ありがとうございます。
そう言っていただけるとありがたいです。
調べてるとけっこう抜けもありました。呉線、筑豊本線、肥薩線、吉都線など。
あと、岐阜はしらさぎ運行開始の6412まではさかのぼれそうです。
>>436
豊橋停車は50.10ではなく54.10では?
57.10 三原、肥前大浦(さちかぜ交換、上りのみ)
58.10 糸崎、肥前大浦通過
60.6 小田原、小倉
>> 439
ご指摘ありがとうございます。肥前大浦以外は見つけていないといけないですね。
手元の時刻表で調べてみました。
豊橋は「はと」の停車が53年9月号で53年7月21日の名古屋電化に伴う訂補までさかのぼれました。
3月号では停車していません。
小倉も60年3月まではさかのぼれて、1月号では通過でした。
その他は5710,5807,5810,6004,6006の各号で確認できました。
肥前大浦はすごい情報ですね。全国でも20駅ちょいしか特急停車駅が無かった時代に停車してたんですね。
ホーム上にかつての特急・急行乗車口位置案内が残ってる駅ってありますよね
徳山とか新山口とか
そんな情報を纏めたサイトとかスレはありませんか? >>440
かもめの小倉停車は60.3からですね。
追加で
61.10 柳井、鳥栖、水俣、敦賀
作見ではなく動橋
62.6 新津はどういう意味でしょうか?
62.7 東能代
63.3 佐伯
63.12 花巻
57年当時は肥前大浦>>>>>小倉だったのでしょうか???
直近の記載で、何か、「○○年」のとこについては、一瞬「昭和」と錯覚する。
「え…!?」と思った後、「あ、『西暦(の下2桁)』だったか」と…。
因みに、優等列車の停車駅に関しては、必ずしも大都市や客の多い駅が
すんなり選定されるとも言い切れないように思えるが…。 >>446
何が言いたいんだ?
北越や日本海なんかが普通に停まってるけど >>443
確認しました。ありがとうございます。
でも、さすがにこんだけボロボロ出てくるとへこみますね。
動橋と加賀温泉の停車駅交換は70年10月で、作見時代には停車してませんね。
新津はデータのミスです。 >>443,446
二回、初停車の記録がデータにあって、最近データをマージした際に、
その二回目が通過化と解釈されてしまっていたようです。
肥前大浦は行き違いの運転停車で客扱いしただけなんでしょうが、もしかすると
さちかぜは単線区間行き違いで停車した日本初の特急だったのかもしれませんね。
少なくとも戦後初ではありそうです。
何かその4年後の能生事件の伏線になったのかもしれないというような話ですね。
再停車駅として、ほっとゆだ、直方、飯塚、人吉、吉松、浪岡も見つかりました。 >>448
白鳥の東能代停車はまだ確認されていないのでしょうか?
さて、67.10以前の指摘です。
64.10 倉敷
65.3 水上、越後湯沢
65.5 上川(季節停車)
65.10 猪苗代、会津若松
65.11 石見江津
65.12 田口(季節停車)
66.8 美幌(季節停車)
66.10 浜坂、糸魚川、磐梯熱海、深川
さちかぜの肥前大浦の乗車客はどのくらいいたんでしょうか?
中には降車客もいたかもしれません。 >>449
毎度、ありがとうございます。
すいません。東能代は確認はできていたのですが、修正が落ちてました。
悩ましいところなんですが、季節停車はこのリストを作ったときから入れてません。
理由は臨時停車と区別と、季節停車の連続性の判定が難しいので、定期と季節の間で線を引いた方が明確なためです。
深川は66年10月号では全通過で、12月号(12月1日訂補)では停車が確認できましたので12月としておきました。
以上、修正しました。
>>450
69.10 柏崎
72.3 光
茅野、留辺蕊は68.10は季節停車です。
新雪、そよかぜ、くろいそをどう評価しますか? >>451
ありがとうございます。
柏崎、光、確認、修正しました。
自分で言い出した原則を守ってませんでしたね。すいません。
調べたところ茅野の季節停車注釈がとれるのは69.10、留辺蕊は68.12号でした。
68.11号を持ってないのでもしかしたら68.10から続いていたのかもしれません。
そよかぜは季節、新雪、くろいそは臨時なので、入れないでおきましょう。
あずさの季節延長もこの原則に従うと入れるべきではないので82.11としました。
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