>>369
1段落目。
有態にいえば、鉄道省は頬かむりを決めました。
本来なら、連結運転に適するように、連結器の交換程度は行うべきだったのでしょうが、
その代わりに西成線の電化を前倒ししました。キハ42000以下、ガソリンカーの改善工事を行うよりいいと判断したのでしょうねぇ。

2段落目
>クハ65全車三段窓だったのか?クハ65の三段窓は桜木町以後も三段窓で存置したのか?
モハ63と同じ三段窓(中段固定)を採用した全車両について、事故時の脱出不可という危険性があるという風に読んだし、
そういう意味で書いたのですが、理解出来ませんでしたか。
こういうことを書くから詭弁といわれるのだ。もっと書き方を考えろ。

3〜4段落目
これでは回答になっていないし、曲解も甚だしい。
>昭和27年以後に輸送力が足りていた時代があったのか?常に輸送力不足だったから、その後も通勤電車は続々生産されたんだろ?
101・103系の製造の目的の一つに旧型国電の置き換えがあったことは、多分私の気のせいなんだろう。
>物資がなくて欠陥電車を作るのと、輸送力が不足して欠陥電車を作り続けるのとは全く意味が違うんだが?
>キミの理屈だと輸送力が足りていなければ欠陥電車を作り続けてよいんだw
63型の場合は物資と輸送力がともに不足していたから、「欠陥電車」とならざるを得なかった。
桜木町事件の結果、63型のままではだめということになって安全性を向上した72系を製造した。
だから、 事 故 が 無 け れ ば、 そのまま63型のまま製造し続けたかもしれないと書いたのだ。
どうしたら輸送力不足を補うため、欠陥電車を作り続けてもいいという意味にとれるのだろうか。

5段落目
>ホント論理性もなければ読解力も無いんだねw
この一言が>>369の知性の低さを物語っていると言ったら言い過ぎだろうか。
昭和25年製だもの。事故が起こる以前でしょう。ならば、中段固定の3段窓のまま出場したことは想像に難くないでしょう。
つまり、25年製モハ63における中段固定の3段窓は欠陥がどうという以前の問題。なにもなかったからそのまま作り続けただけ。

6段落目
戦時設計の欠陥を問題にしないと言っておきながら、乗客多数を殺したモハ63は評価できないと言っている。
確かに、「設計の欠陥が原因で旅客の安全という最も根本の部分を守れなかった車両」という部分は確かに正しい。但し、平時ならば。
しかし、モハ63が投入されたときには、そんなものは2次的な問題になっていた事は忘れるべきではない。
大量に運べればよい、数年持てばよい、そんな設計思想で作られた車両には、旅客の安全など期待すべくもなかった。
戦争末期の輸送力増強に加え、物資の不足がそれに拍車をかけた。

>>369は物事を評価するというのは、オール・オア・ナッシングではいけないということが分かっていない。
>>370氏の言うように、功罪両方を見て秤にかける必要がある。
桜木町事件を取り上げて、罪の部分を強調しているのはわかるが、当時の状況をどこまで考慮したのか、それが見えない。
殊更3段窓を取り上げて、それを糾弾しているが、それだけで、何かが解決できるわけではない。
ありは、現在的な視点でものを見ているのだろうか。ならば歴史を見る目が無いとしか言いようがない。

なお、3段窓について、当時として考えられる解決策として、中段も上昇可能にして、下段+中断程度の開口部が作れたら、
被害が抑えられた可能性が高かっただろうくらいである。

>>371
その通りだとは思う。ただ極論と断罪だけは行ってほしくないということです。