【白帯】連合国進駐軍専用列車【US.ARMY】
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
>>120
ホシ80は有蓋貨物車改造であり台車が貨車用のTR24のままなので高速走行時の乗り心地が
通常の客車に劣るようです。 嵯峨野トロッコの車両みたいに
ガツンガツンと来るのかな? >>123 米国の統治下にあった当時の沖縄と、占領下とはいえ日本政府による統治が行われていた他の都道府県とを同列に比較できないのでは?
それに、九州に沖縄は含まれない、九州・沖縄というのが普通なんだけどな。 >>122 旧日本軍に比べ米軍の方が機械などの品質要求基準が厳しいから、納入業者は米軍の指導を受けつつ品質管理に努めたんだけどな。その結果、中小企業に至るまで日本の工場の生産技術が向上し、高度経済成長の礎となったわけで。
旨味がある仕事って参入業者同士の競争も激しいし、能天気な鉄オタが考えるほど楽なもんではなかったんだよ。 やりすぎ防犯パトロール、特定人物を尾行監視 2009年3月19日19時7分配信 ツカサネット新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090319-00000026-tsuka-soci
この記事で問題になった通称やりすぎ防パトは、創価学会と警察署が引き起こしていたようです
掻い摘んで説明すると
・創価学会は、町内会や老人会、PTA、商店会等の住民組織に関し、学会員が役員になるよう積極的に働きかける運動を
90年代末から開始し、結果、多くの住民組織で役員が学会員という状況が生まれた
・防犯パトロールの担い手は地域の住民と住民組織で、防犯活動に関する会議や協議会には、住民組織の代表に役員が出席する為
防犯活動や防パトに、創価学会が間接的に影響力を行使可能となった
・防パトは住民が行う為、住民が不審者や要注意人物にでっち上げられるトラブルが起きていたが
創価学会はその緩さに目をつけ、住民組織を握っている状況を利用し、嫌がらせ対象者を不審者や要注意人物にでっち上げ
防パトに尾行や監視、付き纏いをさせるようになった
・防パトは地元警察署との緊密な連携により行われる為、創価学会は警察署幹部を懐柔して取り込んでしまい
不審者にでっち上げた住民への嫌がらせに署幹部を経由して警察署を加担させるようになった
・主に当該警察署勤務と考えられる創価学会員警察官を動かし、恐らく非番の日に、職権自体ないにもかかわらず
私服警官を偽装させて管轄内を歩いて回らせ、防犯協力をお願いしますと住民に協力を求めて回り
防犯とは名ばかりの、単なる嫌がらせを住民らに行わせた(防犯協力と称し依頼して回っていた警察官らの正体は恐らく所轄勤務の学会員警察官)
※これに加えて防犯要員が同様のお願いをして回る
・こうして防犯パトロールを悪用し、住民を欺いて嫌がらせをさせつつ、創価学会自体も会員らを動員し、組織的な嫌がらせを連動して行った
つまり警察署に勤務する学会員警察官、警察署幹部、創価学会が通称やりすぎ防犯パトロールの黒幕
詳細は下記スレをご覧下さい
やりすぎ防犯パトロールは創価学会と警察署の仕業だった
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/bouhan/1516500769/ 戦災木造客車の台枠に板を張っただけの自動車輸送用のチホニ、有蓋貨車改造の部隊給食用のホシ
朝鮮戦争の戦死者輸送用の客車、車内が映画上映用になった客車、将校用のクラブカーなど兎に角変な用途の車両が存在したようです。 オクタゴニアンのトレインマークが大宮の鉄道博物館に展示されていたけど、
よくそんなのを残しておいたと感心した 鉄博と京都と2枚あるのか?
オクタゴニアンは1編成だと思ったが? 京都にもあるの?本物っぽかったが
コレクションギャラリーだっけ?運転教室のとなりの部屋に飾ってあった 京都が借りたのか、大宮が借りたのか
写真見るとマークの外枠の色が違うので
どちらか、もしくは両方レプリカか? >>110
兵士がいたずらして事故寸前、もしくは不幸にも事故になってしまった事例は全国に多々あるらしい
専用列車ならともかく、一般市民が乗る列車でも起きたというから 横浜市電の話だが、運転士にピストルをつきつけるなんてこともあったという
英語のできるお客さんに通訳してもらったら「俺に運転させろ」と言ってるとわかった
代わりに運転させてみたら、電気ブレーキを上手に使いエアーは停める直前にちょっと使うだけとか
上手くて運転士さんも感心したそうな
どうも本国で電車を運転していた兵士だったらしい
後日、乗務中に沿線から手を振っている兵士がいるので見たら彼だったなんて後日談もある ええ話やw
本国に帰って運転士に復帰できたのかな。 >>136
アメリカは戦後わずかに残っていたインターアーバンや路面電車の廃止が一気に進んだから、
果たしてどうなったやら・・・・・・
(今も残ってるのはインターアーバンは2路線のみ、路面電車もピッツバーグやフィラデルフィアなどごく僅か)
話を聞かせてくれた運転手さん曰く「その後朝鮮戦争に行ったんだろうけど、
戦死したか、本国に戻ったか(わからない)」とのこと
動態保存博物館で電車のハンドルを握ったりしてたら幸せだろうね 進駐軍列車に特別整備車という扱いはある?
tweetにそんなことを書いているところがある。 進駐軍の軍人の子供とかでも80歳前後とかそんな感じだろ?
で、その人が日本語堪能で日本の鉄道大好きでこの板見てるって確率はものすごく低いだろうな 戦後生まれでこの分野の研究してる人がどのくらいいるのか....。
ものすごく報われない(関心度の低い)分野と思うから。 >>145 当時の御料車等、最高級の車両からGHQに召し上げられたわけだろ。皇族が使用することができたがGHQの管理下。大宮の鉄道博物館にある10号、12号御料車も。
進駐軍向けにどのように改装されたりして使われたか、運用ダイヤも含め調べてみると面白いのでは?
自分としては、超満員のイモ電を横目にケーシー線乗り入れの進駐軍専用気動車が東上線を走っている写真が出てこないかな、と思っているのだが。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています