【トルペード】木製車【トラス棒】
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>>111
不燃化の議論が本気で出てきたのは、
桜木町事件が契機だと思う。
桜木町事件の発生は1951年。それに対して、オハ60の登場は1949年だから、
やはり不燃化よりは、八高線事故などを契機にした車体破損防止のほうが、
理由としては緊急の課題だと考えられたのだろう。
当時当たり前だった半鋼製車体なら、燃え方にはあまり差はないだろうし。
>>112
画像検索したけれど、そのマークがわからなかった。例えばどれ? 美唄鉄道のボギー客車のうちナハフ1~3、オハフ7〜9.11に表記が確認出来ます。 Gのナハフ2。乗降扉横に三菱社紋と美唄鉄道の表記。ナハフ2の上に◇表記が
ある。古い客貨車の教科書を見ると、国鉄客車でPF弁を装備するボギー客車に
は◇表記をすることになっていたようです。
ただ、美唄鉄道でPF弁とA弁が混在していたのかどうか、また、元オロハ30の
オハフ9にも◇があるので、弁の差異は関係なさそうで、やはりスッキリしま
せん?
http://tsushima-keibendo.a.la9.jp/bibai/bibai1.html 最後の営業線上の木製車はくりはら田園鉄道のワフ7・ト10か? 168は100周年の2011年に節目だから引退させるって記事を見たんだが、
なぜかなかったことになったんだよね
長崎電軌の人に尋ねたことがあるが「これからも末永く使っていく」だそうな さすがにダルマにされた木造車で現存するものはないかな 打つ手なし。
着火しても燃え拡がらないようなコーティングはできるのだろうか 最近のリゾート列車系で内装に木材使ってるけどあれはどうしてるんだろう? 長崎市電の168もそうだけど、今は亡き蒲原鉄道のモハ41も昭和30年代半ばに、発行された
私鉄車輌めぐりには、木造車追放令によって時期淘汰される旨記述があったのだが、
何故にそれから延々20年くらい生き延びる事(運輸局の指摘、指導をノラりクラりカワして?)が出来たのか?
電車(特にM)の場合 客車や貨車と違い(無論無煙化必至だろうが)電気火災の懸念も高いと思うのだが・・・
>>103 魚腹形は、台枠中央部に向かって車端双方から梁が膨らんでいる。
東急の初代5000と初代3000の解体後を見たことがあるけど、違いは歴然。
旧型でも戦前の気動車や近鉄2200みたいな軽量化に留意した車輌だとまた違うのでは? そもそも 初期の丈夫な鋼製車のトラスバーは装飾的な要素の方がつよかったのでは、
仮にバー締めようとした所で丈夫で分厚い鋼板のタワミを補正する際に生まれる応力を数ミリのナット、トラスバーのネジ山が吸収できる
ワケも無い様な・・・ネジ山がバカになる!仮に巧くいっても車両走行中に生じる瞬間応力でナット、トラスバーの破断が起きたら大事故になるような・・・ >>127
その事情を考察するのもまた愉し
今となっては事情を知っていた人間は鬼籍に入っているだろうからそっとしておいてあげて >>127 128みたいな書き込みを真実と受け取って
それが定説になっても困る
わからなければわからんままでいい 口から出まかせ言っても過疎板なら気付かれないよねw
こいついろんなところで中身カラッポな考察書き込んでるから当てにならんよ >>134 お前に、こいつ呼ばわりされる筋合ない。 顔真っ赤な人が一匹いるみたいだが、
>>127ってただの考察じゃねえの?
「そっとしておいてあげて」の視点の奴のほうがあきらかに変。
オマエ何様だよ?
真実を知ってるからこそそんなこと言うのか?
だったらそれを書けよ。
何十年も前の話なんだから利害関係なんてとっくに影響ないだろ。 >>137
こうやって情報を引き出すのがコジキの手法だなw
お前こそ顔真っ赤じゃん。
知っていてもこんな馬鹿には教えねぇよw しかし「情報引き出す」って、バカ?
いまどきの低脳の思考回路ってこんななのか
将来の日本が思いやられるわ(笑) 責任とれや。>>129
お前のせいで屑が湧いてきとるやんけ 木製がいけないという科学的な研究がないから、どこかの研究機関でやってもらいたい。
今はプレカットや集成材、金物の技術が当時より格段に向上しているのだから、
現在の技術でやってもらいたい。 木製の高層ビルが構想されてたりもするけど、問題はコストとメンテナンスじゃないのかな?
金属製と遜色ないだけの性能、コスト・パフォーマンスを達成できるか? 現在でもトラックの平荷台は床・根太材は木製だし、貨車コンテナの内装は合板。
法規上鉄製耐火構造が必要なのは旅客車だけのようなので、貨車は全木製でもいいらしい。
だが、あえて木製車であるメリットがない。 昔の木造軸組構法だと、脱線・横転時に屋根・側面の強度が無く粉砕されたから、
全方位に強度があるモノコック構造、木造枠組壁構法にするしかないが、
軽量な建材はあまりないので、新開発するしかない。
貨車にしても木質ラーメン構法になるだろうが、それ用の集成材を製造できる工場
が少ないし、特別で専用の金物を使用するから、時間も費用もかかる。
そこまでする位なら、林野庁が補助金でも出してくれない限りやれない。
根拓の銀龍号は地元の大工が作ったが、あのレベルで模索するなら、
ローカル私鉄の保線用だが車籍の貨車用に用途を求めても、2軸でム級の有・無蓋車
程度だし、そこまでしなくても既製品があるので木造あえてする理由もない。
木造にすれば錆びない、断熱性が良いとかのメリットを出せればいいんだが。 >>120
現役は知らないなあ
その昔、廃止直前の福井鉄道南越線村国駅で待合室代わりに使われてた
元南海タマゴ型を撮影したのが俺にとっては最初で最後
今にも崩れそうになってるにもかかわらず広告が貼られていたのには驚いた 手入れしなくなったら劣化のスピードも速かったんだろうなあ
今社会問題になってる空き家問題も、木造家屋で長年人が住んでないと
倒壊の恐れが加速度的に高まるとか >>120>>148>>149 昔々 昭和35年頃の私鉄車輌めぐり水間鉄道の記事に
出ていた 足を外され地元 二色幼稚園の幻灯室(どういう用途?映画、
スライドとか観る部屋?)になった 元南海の卵木造車モハ111の車体は
何時無くなったの?誰か教えて! 移築された瞬間から廃屋も同然だからだろ。
実際にダルマさんで遊んだことがないと理解できないかも知れないが。 >>151 加悦鉄道のハ4995みたいなケース(別途車体を制作 旧車体は倉庫として放置?に近い扱いで30数年後復元)もあるじゃん。
あと蒲原のモハ1も一度ダルマ(工場内建屋に組み込まれ)にされたから復元した。 復活させようという決断は何がきっかけだったのかなあ スレタイが「木造車」の方が良かったかな
鉄をかじってる人ならその方が一般的な言葉に感じるかも 木造車のダルマさんが園庭にある幼稚園に通っていた。
幼児の目から見ても倒壊寸前で、他に来たがる子もなく電車では常に独りぼっちだった。
隣の小学校へ上がり、ハッと思い出すと無くなっていた。
不思議なのは、電車の公的な記録がどこにもないことだ。画像が一枚も出てこない。 イギリスの1893年創業のリバプール橋上鉄道の車輌が木造電車でトルペードベンチレーターが付いてるけどこれなんかが世界最初期に
なるのかね。集電が第三軌条方式で台車の下から火花バチバチいってるのがコワイコワイ(∩´﹏`∩) ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています