【大阪】特急白鳥の思い出【青森】
2001年3月に廃止された大阪ー青森間の特急白鳥の思い出について語るスレです。
(現行スーパー白鳥、特急白鳥は除く)
嫁とは特急白鳥の車内で知り合った とう‐じょう〔タフ‐〕【搭乗】
[名](スル)船舶や航空機などに乗り込むこと。「宇宙船に―する」「―員」
提供元:「デジタル大辞泉」 >>482
いつの頃からか不明だが、青森駅の連絡船乗り場で乗船名簿を回収していたように
記憶してるんだが・・。それまでは車掌が配って、回収してたね。東能代か大館を
発車した後あたりだったかな?それとも弘前発車後?
ボケてしまって記憶が飛んでいる。 サンダーバード+北越+いなほ+つがる=白鳥
指定席もマルスで分割登録していたのだろうか? 53・10・2の改正前は「白鳥」には専用編成が充てられたんだよな…。「はつかり」や「いなほ」
よりTsが1両多かったし、号車番号も逆だった。これは北陸側の都合を優先させたからか。
あと、宮脇俊三の「時刻表2万キロ」の中で青森から弘前まで「白鳥」の自由席に乗った、
って件が出てくるが、この時点(昭和52年5月)では「白鳥」は全車指定席だった。
まあ、東能代までは特定特急券で乗れて普通車の空席は利用できたが…。 カヌ車の編成の中にカツ車が組み込まれてて混色になってた白鳥を見て仰天したなぁ… 50・3・10の改正で、「日本海」「白鳥」「きたぐに」の3者は、
全て大阪―青森間の列車でありながら走行距離は互いに異なる、
という珍現象が生まれた.
これは、山科―近江塩津間と新津―新発田間の経路のせいで,
「日本海」 1023.5km 湖西線,羽越線経由
「白鳥」 1040.0km 湖西線,新潟経由
「きたぐに」1059.5km 米原,新潟経由
ってことだったからだけど,或種の面白さを感じた。
あと、当時の「白鳥」に関しては、新潟経由で道草なんかしてて
新津通過とはけしからん、みたいに思った。
格別な理由は思い出せないけど…。 >>489
互いにってのは二つの事柄について使う言葉だよ 対象が幾つあろうと1回の比較はその中の2つ取りだして、が普通だろ。
要はn個の事象があれば、nC2回の比較を行うってことだ。
まあ、「全て互いに異なる」とか何とか言うのがより正確だろうけど。 >>490-491
そんなことどうでもいいよ。
それよりも、その三種類のうち、形を変えつつも二種類がしぶとく残ってるって
のは不思議と言えば不思議。今「白鳥」があれば、どれ位の需要があるかなぁ。 >>487
とは言ってもグリーン車1両を足しただけだけどなw
>>492
30年程前から実態は雷鳥+いなほと言われていた。
その頃からさすがに日中の長距離移動は、乗客に敬遠されがちだった。 ご存知と思うが、JR西は金沢以東への長距離列車を廃止するだと (鉄道唱歌)
今日もJRご利用頂きましてありがとうございます
大阪を定刻の10:12に発車いたしまして
この先、東海道、湖西、北陸、信越、白新、羽越、奥羽本線を日本海沿に1040kmを
走ります青森行き特急「白鳥」号です
先頭が9号車、一番後ろは1号車です
停まります駅の停車駅と到着時刻は次の新大阪を出ましてからご案内します
車掌は途中の新潟までJR東日本のアンパンマンとバイキンマンがご案内します
よろしくお願いします
まもなく渡ります鉄橋を渡りますと直ぐに新大阪です
新大阪の次は京都に停まります
(鉄道唱歌)
「昭和36年10月改正 時刻表を愉しむ本」を見たんだけど
http://www.yosensha.co.jp/book/b93154.html
当時北陸本線を走る特急は「白鳥」だけ!
当時の子供達にとっては憧れの列車だったんだろなー。
昭和36年は私の生まれる前だったけれど、その10年後に
私は毎日キハ82「白鳥」を見てたんだけど、13両編成で走るその姿は
実にかっこ良く、憧れの列車だった!
しかし、その後、すぐ485系になってがっかりした憶えがあるな。
お盆中は11両増結だった白鳥
いなほの8両なんて比べ物にならない威厳があったな >>498
そのお盆輸送の時に11両運転がJR東日本側に伝わってなかったのか
よく酒田や秋田で乗ってきた人が車掌になにやらクレーム付けてた
たぶん、乗車口の事でクレーム付けていたんだと思う
確かに青森でも3号車の乗車口か増3号車で4号車乗車口が増4号車で5号車が3号車と
2両ずつずれていたしな
でも、お盆や年末年始の時期は11連白鳥でも青森口では輸送過剰でも秋田辺りではほぼ満席だったからな >>498
そういうときは「増結11両」と書きます
「11両増結」だったら通常両数プラス11両という意味になってしまう 9両+11両か。
すごいわ。
てか485系の13両編成あったよね。
キハ82時代だったかな? 最近は短編成が多くてつまらんのう
多客期ではくたか12両とかあるのかな? 一応突っ込んでおく
>>475 放送は1985年11月か12月だったよ。
西村ファンだった俺、その番組見たかったけど、大学受験真っ盛り
のときで見れなかった(当時ビデオなし)。
再放送願ったけど、数年たってやった。 >.489
今頃すまん。
S55.3、福井から磐越西線方面に向った時、時間帯のよさから白鳥を福井から利用。
新津に停まってくれれば磐越西線の普通列車にすぐ接続できるのだが、残念ながら通過。
長岡で後続の「とき」に乗り換えれば、磐越西線の普通に接続できるので、長岡乗換。
当然、特急料金は別、正直痛い出費で、国鉄を恨んだ。(当然、まじめに払いましたw)
で、その時の編成
クハ481-1016 ↑新潟
モハ484-206
モハ485-102
モハ484-602
モハ485-145
サロ481-130
サシ481-41
モハ484-263
モハ485-161
モハ484-1059
モハ485-1059
クハ481-1029 ついでに、ときの編成
クハ183-1027 ↑新潟
モハ183-1042
モハ182-1042
モハ183-1053
モハ182-1053
サロ183-1007
サロ183-1117
モハ183-1045
モハ182-1045
モハ183-1006
モハ182-1006
クハ183-1012
おかげで183と485の窓の高さの違い、回転式腰掛と簡易リクライニングの座り心地の差を体験できた。 白鳥伸雄 競輪解説者(←選手)なら知っているが・・・ 西武ライオンズに白鳥浩徳ってのがピッチャーでいた。今スコアラーやってる。 日本海までなくなってしまうとは・・
需要の変化とは恐ろしい >>507
青森の485系って1972年以降製の電気釜世代の車両ばかりというイメージがあるね。
逆に向日町とか南福岡の485系はボンネット世代のイメージが強い。
もっとも仙台は先頭は電気釜でも中間10両は全部キノコクーラーという編成が多かったような。
ひとつ言えるのは東日本は電気釜、西日本はボンネットというイメージがある。 >>513
サロとサハはキノコクーラーなしという罠 >>513
昭和50年代だと
白鳥 しらさぎ 加越 ・・・・・ボンネット以外
雷鳥 白山 はくたか ・・・・・・ボンネット
の印象がある。
東日本でも、「ひばり」と「あいづ」の仙台方はボンネットのイメージがある。 >>515
白山のために生まれた489系はボンネット、貫通、非貫通全部あるんだけどな
ボンネット10両
貫通10両
非貫通8両
だから別にボンネットが多いってわけでもなかった >>516
53.10以来、489系Tcは貫通型4本がしらさぎ・雷鳥系に転用されている。よって、
ボンネット 5本
貫通 1本
非貫通 4本
で、貫通が非常に珍しい存在となった。
白山系につては、なぜかボンネットの写真が趣味誌などに多く残っている印象がある。 >>517
キハなら、、、
青森に一時的にボンネットいたらしいんだけど、
その時の「はつかり」は583オンリーで485運用はなし。
「いなほ」「白鳥」の運用には入ってたみたいで、その際の画像は見た事ある。 はつかりに485系が入るのは1973年3月以降。
青森のボンネットは1973年の初めころまでに向日町に転出してるので、
はつかりにボンネットが入ることはなかった。
ただ、キノコ型クーラーの中間車はそのまま残留したので、
キノコ型の中間車は1982年11月の盛岡以南廃止まで入ることもあった。 いなほ上沼垂色ボンネットもありましたよ。
北陸の特急=ボンネット
ひたち=ボンネット
というイメージ。 香水の匂いのきついヤツ、口の臭いおっさん、何日も風呂に入っていないような
臭いのする若者、隣席にそんな人が来るとほんとに最悪だった。
そんなヤツに限って、なかなか降りない。デッキで深呼吸して復活する必要があったねえ。
>>518
どっかの図鑑でボンネット489のあさまが有ったよ
激レア 上沼垂白鳥→京都白鳥
一般利用客=グレートダウン
録り鉄マニア=グレードアップ スレチだが、489系ボンネット「あさま」の文字マークは、181系「あさま」と書体が違っていたんだよ。
上の写真にもあるが、太めの丸っこい書体を掲げていた。 >>527
181系「あさま」と書体が違っていたのもある
が正しいだろ グリーン車の乗客専務車掌は改札業務専門で後ろに乗っている車掌がドア扱い専門だっけ? 白鳥に白鳥がバードストライクしたことはあったのかな? 485
1994年8月、新津から新潟まで乗った。
1997年8月、北海道の帰りに、青森から東能代まで乗った。秋田新幹線も乗った。
1999年8月、周遊きっぷ京阪神ゾーン使って、新大阪から大阪まで乗った。
2003年8月、八戸から函館まで、789系スーパー白鳥に乗ったし、
木古内から函館まで485系白鳥に乗った。
>>12
今じゃ北越とはくたかも直江津交代だもんな
わかってるけど、一応臨時列車として今年の夏季に
運行されることまでは確定してる ぜひ乗って何とか残してくれ俺は底辺で乗れないけど
そう言えばふるさと雷鳥も晩年はヲタばかりだったww うん、乗るよ
去年で仕事やめたんで現時点で俺も底辺だよ
でも今季は無理して往復乗ったよ 『なは&日向』『まつかぜ』『かもめ』『白鳥』。
昭和45年頃の朝の大阪駅は、82系がいっぱいやって来た・・・。 大阪行き白鳥が豪雪地帯を走り抜け、北陸地方の大きな鉄橋を通過する際に
ゴーン、ガーンと大きな音を立てることがよくあった。最初は何の音だろう
と思ったが、最後尾の自由席に乗った時、前方の車両の床下にくっついてい
た雪の塊が下に落ちて、鉄橋に当たっている音だと知った。鉄橋全体が反響
するようないい音だったなあ。 >>524
上沼垂白鳥→京都白鳥
一般利用客(グリーン席、指定席)=グレートダウン
一般利用客(自由席)、録り鉄マニア=グレートアップ
金沢まで新幹線が出来たら、正統白鳥のリバイバルも永遠に封印になるんだろうな。
>>544
グレートだぜぇ!!
草場の陰で杉ちゃん喜んでるぜぇ!!
所で白鳥といえば、うちの祖父がまだ杉津経由の頃に機関士として乗ってたそうです。
あの勾配はキハ82でも苦しい時があったそうです(祖父談)
でも乗務は格段に快適だったようです。 >>496
まだ新大阪着かないの?
待ってるんだけど
>>546
キハ82の出力じゃ杉津越えはやっとこさ、だろう。
ディスクブレーキ付だからエンジントラブル起こさなければ機関士には乗りやすい車両だったろうと思うが。 一時期、勝田の「ひたち」用編成を借り入れ?て使っていたことがあった
たぶん、上沼垂車をグレードアップ改造している期間だったと思う
茶とえんじ系のシートモケットが北陸では異質だったけど、フリーストップ式
のリクライニングシートでなくがっかりした覚えがある
しかし、両端ボンネットで編成の大半が初期車と、それはそれで趣味的には
興味深いものがあった。 フェミニスト政党の候補者を落選させ女性専用車両を根絶しよう
「未来の党と公明党は男性を差別した政策主」
石原慎太郎さんが都知事時代に的確な問題提起をされていますので、皆さんも視聴しましょう。
http://www.youtube.com/watch?v=U04E6G2Cy8o&list=PLC6839F661C03104D 各地の485系の座席がフリーストップ式に取り替えられ、グレードアップが進む中で
一番最後まで手をつけられずに残ったのが白鳥じゃなかったかな?
オリジナルシート(ベンチシートor簡易リクライニング)率が最後まで100%だった
と思う。しかし、その後登場した待望のグレードアップ編成(カヌ車)は好きだった。
ただ、自由席車は簡易リクライニングの移設だったのが残念。 >>552
一番最後は九州。
にちりん・きりしま系統に非リクライニングの回転シートが残っていた。 一時期の九州は787から485非リクライニングに至るまでの格差が凄まじいことになっていた。 でも、にちりん・きりしま系統は、列車および車両を選べばフリーストップ式
に座れたんじゃないかな。つまり非グレードアップ率100%ではなかったと思う。
自分の記憶では、北近畿と白鳥ではどっちが早かったかなぐらいな印象 >>556
白鳥出来た頃は米原に停まってただろ
そのころ信越白鳥は埼玉素通りだ
大宮停まんないのに米原停まってたんだから感謝しろ
その後近江今津に停まってる時期無かったっけ? 青函トンネル開業後、上りの白鳥とたざわが青森秋田間でほとんど続行で走っていた時代があって奇異に感じていたのを覚えています。 A09編成のクハ481-126ばかり追いかけていた。
もっと他の編成も撮るべきだった。 >558
以前は大宮を通過する特急は山ほどあったのにね。 >>559
そりゃ近江今津の場所考えれば当たり前だろ
>>564
そう 【ぽおんヘアー】 【ぽおん脳】
一ヶ月に一回しか 北鉄グループバスを少しでも批判されると、本能の
洗わない為、臭く ままに矛盾だらけの火病意見を垂れ流すぞ!
テカっているぞ! | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\/ ̄| ̄ ̄ ̄\ 【ぽおんイヤー】
【ぽおんアイ】 (____人 ) 都合の悪いことは全てシャットアウト!
案内所のババアすら (-◎-◎一 ヽミ| 今は北鉄バス車内アナウンス女の声しか聞こえない
俺嫁と思えてしまう /.( (_ _) 9) ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
超高性能フィルター. / ( ε (∴ ┼【ぽおん脂肪】
内臓だぞ! / ヽ______/ 日々喰らい続ける生活によって蓄えられた脂肪。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ⊂二、 \ そしてひたすらそのまま蓄えられっぱなし。
【ぽおんペニス】 \ ) ) まさに地球財源の無駄遣いだ!
20年以上一度も洗った / ̄ ̄/ / /
ことのない究極兵器 / (__)_)
訓練発射のみで
実戦での発射は皆無 地味にJR西日本の485系が青森来ていたのはたった数年なんだよな >>567
でも、国鉄時代にまで遡れば大ムコ車が来ていたよね >>569
そーいや、気動車時代は大ムコだったな。
まあ青森まで九州の門ハイ車が来ていた事もあったわけで。 >>570すごい時代だったねぇ・・・・東北・上野〜九州まで共通運用が組まれていたなんて今の時代じゃ考えられない。 今の下りトワイライトのスジは昔の白鳥のスジになんとなく近い。 「白鳥」といえば、西村京太郎の「特急白鳥14時間」や「日本海殺人ルート」に出てきたイメージが強い。 きたぐにが新潟止まりになった改正で、特例として白鳥だけは周遊券のアプローチに使わせてあげてもいいのにと思っていた関東人の私。 幾度となく白鳥に乗って、青森〜大阪を乗りとおしたが、夕方の山科で満員の新快速を
見たら、厳しい現実に戻ってきたなと感じたなあ