>>73
>>72です
三国芦原電鉄は建設に関しても国鉄が協力したそうです
開業後も東尋坊口〜福井間を54分30分ヘッドで運行
ほぼ現在のえち鉄と変わらないサービスを当時既に提供

福井〜三国間でも(昭和9年の時刻表を参考)
◆国鉄(ガソリンカー投入)最速列車は40分走行 26.5キロ三等43銭
(一部列車は武生まで運行 金津〜丸岡間に越前下関駅を開設)

◆三芦電鉄 50分走行 30分ヘッド 25.5キロ57銭
朝5:40〜夜23時台まで運行 終着には0時過ぎに到着

と今以上に便利?でそれぞれ競争関係にあったようです
現在のJRなら芦原温泉と関西中京方面との特急接続をはかるでしょうが
その動きすら当時はありません
それにしても当時の北陸線のページが上下で見開き2ページのみ
福井県内でも他の鉄道の方がページを占める量が多いのが目に付きます

富山〜金沢間でも加越能鉄道未成線が国鉄より高速で結ぶはずが電化の
進捗で計画が立ち消えになったのが有名ですね
北陸線が北前船交易で賑わっていた港を外れて建設されたりしたのが
三国への鉄道建設の原動力となったり、今では考えられない鉄道への
地元の期待がうかがえて興味深いところです
>>74当方もながすぎて暗くてスマソ