通常のリンゴはいびつなリンゴとは共存できても存在しているだけで自分を腐らせる腐ったリンゴとは共存するわけにはいかないのです。
そのため、腐ったリンゴまで共存させろと要求すると反発され、結果的には腐ったリンゴだけではなく、それを要求した自分まで拒絶される
ことになるので、注意する必要があります。

腐ったリンゴとは共存したくないと言うリンゴは必ずしもいびつなリンゴまで拒絶しているわけではないのです。しかし、いびつなリンゴは、
あたかも自分まで拒絶されるかのように誤解するのです。

通常の人は身体障害者や被差別者とは共存できても存在しているだけで自分や家族を苦しめるダウン症は産むわけにはいかないのです。その
ため、ダウン症でも産めと要求すると反発され、結果的にはダウン症だけではなく、それを要求した自分まで拒絶されることになるので、注意
する必要があります。

ダウン症は産みたくないと言う人は必ずしも身体障害者や被差別者まで拒絶しているわけではないのです。しかし、身体障害者や被差別者は、
あたかも自分まで拒絶されるかのように誤解するのです。

同じ昆虫だからといって、同じ部屋でカブトムシとは共存できてもスズメバチとは共存するわけにはいかないのと同じです。

身体障害者や被差別者は周囲の人に実害を与えるわけではありません。しかし、ダウン症は存在しているだけで家族に実害を与え、数十年もの
長期間にわたって家族を苦しめ続けるのです。そのため、その違いは大きく、根本的に性質が異なるので、同列で語るわけにはいかないのです。

もちろん、身体障害者も家族に負担をかけることはあります。特に小さなうちはダウン症よりも家族に負担をかけることもあるでしょう。
しかし、 身体障害者は通常は最終的には自立し、家族の負担はなくなります。ときには身体障害がある息子や娘が年老いた親を世話すること
もあるのです。

そのため、身体障害者や被差別者が社会に対して自分を共存させろと要求するのは正当です。しかし、通常の人に対してダウン症でも
産めと要求 するのは不当なのです。

もし、通常の人に対してダウン症でも産めと要求する人がいればその人は通常のリンゴに対して腐ったリンゴと共存しろと要求するのと
同じくらい おかしなことを要求していることになるのです。