曽野 私が驚いたのは、ブラジルに「未婚の母の家」というのがあるんです。ブラ
ジルでは法的に中絶が禁止されていますから、妊娠すれば産まなければならない。
中には精神障害のお母さんもいるわけですけれど、カトリックでもプロテスタント
でもちゃんと産ませて、中絶させないんですね。
 その「未婚の母の家」にいた一人の神父さんは、かつて長野県にいたそうで日本
語がうまいの。その方が「曽野さんに会わせたい子がいる」と言って、私を新生児
室へ連れていきました。そうしたら、すごくかわいい女の子がいるんですよ。でも
上着をちょっとはだけてみると肩のところから直接「天使の羽」みたいに指が生え
ている。サリドマイドのエンゼル・ベビーなんです。
 この新生児室には、お母さんが引き取らない子供たちがいるわけです。その子た
ちを預かって「この子はベネズエラの歯医者さんに養子にやる」「この子はチリの
弁護士さんにやる」と引き取り先を見つけているんです。そのサリドマイドの子は
引き取り先が決まったのかしらと思って聞いてみると、「この子は、まだだ」とい
う返事でした。
 ああ、やはり障害児を育てるのが大変だからもらい手がないんだな、と思ったん
です。でも、そうじゃないんですね。「この子をもらうことによって神様に倍、愛
されるから、引き取り手はあまたいて、いま、選んでいるんです」と言うわけです
よ。
 そういう発想って日本にはないと思いますね。欲張りなんですよ、ブラジル人も。
同じ一人の子を育てるのなら、こういう障害のある子を育てるほうが神様は倍お喜
びになると思っているんです。

(曽野綾子・クライン孝子『いまを生きる覚悟』p101、102)