>>298
自分が産み育てるのは嫌ですが、
自分の隣人がダウン症を抱える家庭であるならば、
その家庭がこちらに求め、こちらが答えられる範囲では
支援?をしようと思いますよ。
なぜなら、産み育てる当事者となるのと、
隣人や同じコミュニティーで生きる人間として
何か手助けをするというのとでは、かかる
負担や心労が全く違うからです。
私はたまに出会うダウン症の隣人の手助けをするのは
決して厭わないでしょう。
しかし、一生つきっきりでダウン症の我が子の人生に
自分の人生を費やすのは嫌です。
事故、病気、子供のひきこもり等々、
あるかもしれない、無いかもしれない不確定な
苦労を恐れては子供は最初から作れませんが、
検査によってはっきりとわかる、
もしくははっきりと判っている苦労をあえて背負う精神は
私にはありません。
それを「心が貧しい」と言うならば、その通りなのでしょう。