60年ローマ五輪から男子団体で5連覇を飾った体操は、
日本の「お家芸」と呼ばれていた。
ただ一部のトップ選手のみが新技の開発に励み、成果を挙げていたにすぎない。

一方、ロシアは旧ソ連時代から、有望選手を見分ける適性検査に
象徴される科学的トレーニングがジュニア世代まで行き渡っていた。
80年代には完全に日本と立場が逆転していた。