お前が無知なんだよ。
ゲームの表現力ってのはまだまだ未完成な分野で、技術の革新でいくらでも表現力を豊かにできる。
「もう技術は進歩しないから」「技術の進歩では何も変わらないから」なんて妄想からは、程遠いのが芸術表現としてのゲームが置かれた状況なんだ。

技術がないからこんな表現しかできないのと、あらゆる表現が可能な技術を持って、あえて特殊な表現方法を選ぶのとでは、作品の質自体も違って来るのだよ。

これは北欧で高い技術力を誇る、ハウスマークやプレイデッドの作品を見てみれば明白だと思うがね。
それとも、お前の目には彼らの作品が「技術力なんて関係ない」って表現に見えるのかね?
だとしたら感性として終わってる。

もしかして「技術は必要じゃない」と言ってる奴は、今の任天堂がプレイデッドのInsideのようなゲームを作れると思ってるんだろうか?
あれは白黒画面で、無知な連中には技術なんて関係ないゲームに見えるだろうがね。
今の任天堂では、たとえ宮本がこう言った表現を望んでも技術的にやれない。それが「技術力がない悲しさ」なんだよ。
もう一つ言っておくと、任天堂が歴史的な名作を出した頃は、何より技術的に優れた資産を持つ会社だったのだぞ。
クリエイターのやりたい事を実現させる技術力と勇気があったんだ。
でも、その両方を放棄して代わり映えのないマリオ商法を30年も続けた結果、飽きられた。

一番ゲームが売れるのはアメリカ、海外で売れなければ意味がないと山内組長が言っていたが
日本はどのメーカーもアニメ風萌え絵の手軽さに傾いてるから、世界で戦う力はむしろ失っていってる。コナミが監督を手放したりとか。