カジノは運なんだからお前らジタバタするなよ
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カジノギャンブラーには3種類いる
★運やツキのみを信じるギャンブラー
★確率や攻略法を信じるギャンブラー
★イデオロギーを信じるギャンブラー 博打の起源を辿ると古代人に遡る
彼らは狩をするために、どっちの森に行けば獲物がいるか
常にギャンブルしていたわけだ
飢えるのも運、怪我をするのも運、病気になるのも運
人間は運に支配されている
だけどカジノゲームだけはスキルだけどね 赤が出るかな黒が出るかなと
くじをひくようなわくわく感
バカラのしぼりは、くじのシールをはがすようなお楽しみなのだろう
どちらが出ても不思議じゃないから予想が面白い
そんな勘違いをしていないだろうか
丁半博打の予想というのは1手1手を分離して予想するものではない
全体像をつかんで、当たり確率をできる限り高めたり
局面局面で、ある出目の傾向をつかんで、それがあるゾーンに収束する場合のみ
ベットに強弱をつけて、当てるものである 一手一手の「当てもの」ではないのである
確率やジンクスをもとに、シューの動きやパターンをゆく観察して
胴元のようにトータルで期待値1を超えるのが本寸法なのである
そのためにどんな準備が必要であるか
シューのある局面に対して、あくまで固定的な打ち方を貫くのである
今日は調子がいいとか、テーブルに強いギャンブラーがいたとか
下手なギャンブラーがいたからとか
そういう理由で、いちいち手を変えていたら、総合確率を安定化することはできないのである
「これは来ないだろう」と分かった上で賭ける。可能ならルックする
シューがある動きをするだろうと想定した上で固め打ちをするのである
「できるだけ有利な手を打つ」のではなく、次の展開を読みながら安定した平均配当率及び勝率を優先する たとえばツラやテレコはしっかり張るという前提条件で確率計算する
どう考えてもこのツラは切れるし「実際切れる」としても、全体の計算が狂うので前提条件を守るのだ
ここまでのツラは切るという前提でもいいし、ここからは張るというルールでもいい
必然的にマーチンゲールはクラッシュが起きるから前提条件にはならない
しかし、クラッシュを想定した上で勝てる戦略があるなら、それもアリだろう
「それは、ありうる」をすべて織り込んでいけばよい
このシューに対して、この方向にこの大きさのベットで行く
それをあらかじめ決めるということは
そこがはずれた時の次の手も、次の次の手も、あらかじめ想定しておくということだ
対応すべきシューは何千、何万局とあるわけじゃないし、個別に記憶すべきシューなど少ない
検討すべき過去のシューのレンジは最大でもせいぜい20ハンドどまりである
そこで起きるピクチャーの中でも、検討すべきなのは縦横ツラ5もく以内のインサイドだけである
そこを超えてワンサイドに走るシューはルックするか1単位賭けで乗るだけである
その狭いレンジの中の「ピクチャー」をスコアブックにつけて形や流れをしっかり記憶するのである
ランは追わなくていい。レンジ内のシューの動きだけに注目するのである これは科学的なアプローチではあるが「科学的不安定要素」の追跡である
それは「不安定である」という科学的確率的な動きの傾向をつかむ試みである
従属事象のようにガッツリと前後関係から結論を導くものではない
現象に揺らぎはあるものの、ベットアップベットダウンを駆使することによって
勝率が一時的に下がる(少数の法則)局面においても、深追いせずに何とかしのげるレベルのメソッドだ
そのメソッドがワークしていれば、大きな勝ちも大きな負けも発生しない(発生しようがない)
ジムカーナのように低速で狭いコースを正確に忠実に丁寧に冷静に加減速を繰り返し期待値1を超えるのがゴールだ
最初は多くを見落としているだろう。だが、新しい発見が1つずつある
そういう発見に終わりはなく、ギャンブラーは進化の過程がずっと続くのである
1つ進化のステップを踏むごとに、勝負が楽になる。無理な賭け方をする必要もなくなる
真っ先に、深追いするという選択肢が消えるだろう
1本のロープを両手をつかって、一定の張力で引き合いをするように
ハンドが安定してグリップするようになる。 オンラインカジノは
全体の平均勝率が50/100ではなく
40/100ぐらいに設定されているため
ランダムな出目が一手ごとに修正リセットされる
だから前手の出目が未来の出目に影響を与えることになる
つまり独立試行ではなく従属試行となるため
設定確率自体は不利であっても
不可測である乱数と違ってオンラインカジノは
前の出目から一定の予測が可能なのである 潮目を見切ったら逡巡を振り払って行く
断固として行く 勝ち逃げこそが博打の極意
勝ってるのに席を立てない強欲な奴に勝利なし ツキの法則 谷口一郎著
を読めば、たちどころに勝てるようになる
図書館へ急げ ナンバーワンにならなくてもいい
破産さえしなければ 仮面舞踏会の魔性のリズムを
芭蕉のリズムと空耳していたが
芭蕉のリズムとはやっぱ57577のことかなと思っていた カジノは運
負けてる奴は
生まれながらにして運がない 今まで運がなかったんなら
これからも運はないから
運任せのカジノゲームなんかやめときなさい
人生の無駄遣い ★風水
★斎戒沐浴
★墓参り
このどれもやらない奴は負ける
運とは神がかりなものだから リッチに見える人には運がやってくるらしいよ
見るからに貧乏臭い人には福の神にスルーされるらしいよ
だから、まずは形から入る。見た目リッチにオシャレにゴージャスに ツキの法則 谷岡一郎
この本を読めばツキの正体が分かる カジノの運を引き寄せるんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお 賭場には必ず黄色い財布を持っていくこと
これ大事だからな 運なのか
ならジタバタできないな
スキルは不要だし 運に逆らうな
攻略法を考える奴は運に逆らうから負けるのだ 運とは風水
感謝する心
満ち足りた生活
荒んだ暮らしに運は寄りつかない 年収予想(2018年度・最新版)
この年収予想で350万円以下は池沼レベル
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https://u.nu/h7o1 勇敢な男らしい博打を打つ人は
全員、一人残らず負けていなくなったと森巣博が言っていた
博打は運 過去を断ち切って初めて、運は開ける
しがらみは、敷かれたレールを走っていくだけ。ホープレスという終着駅に向かって。
運は、安定から飛び出さなければ、その姿すら拝むこともできないだろう 今まで金運がなかった人は、ギャンブル運はないかもしれない。
今まで金運があった人でも、井川さんみたいにギャンブル運を使い果たすこともある。
運任せのギャンブルではやっぱり、生き残れないと思う。
カジノゲームは完全にスキルだけで勝てるものでもないが、ギャンブルをギャンブルにしないメソッドは大事。 カジノゲームの運とはまことに興味深い
日本のギャンブルの場合は、宝くじも含めて、大当たりするのが博打の運と思う
どうやって当たりをつかむか、運=大勝利とみなされる
ところが、カジノゲームは簡単に当たる。ポンポンと当たる
待っていれば、必ず、いずれは、長ツラが発生するから、倍パーレーを続ければ「万馬券」が必ず取れる
大当たりは、賭け続ければ、いずれ必ず取れる
これが、運の捉え方を誤る。いつかは必ず当たるもんだから、どこまでも運を追ってしまう
実際に、ルーレットで特定の目を長く狙っていた人がテーブルを去った後で、そのナンバーを引き継ぎ狙い続けると驚くほど当たる
カジノゲームの運とは、勝ちやすいがために、勝ちを狙うのは運ではなく、取りこぼしのリスクでしかない
運は、期待値1を超えるために、どうしてもリスクテイクしなければならない時のみに使われなければならない
運を使う賭け方、つまり勝負ハンドはそういうタイミングに最小化しないと、運はたちまち売り切れてしまう。 実力で勝って、運で負けないのが、一流のギャンブラー カジノスキルは、常にある程度、不運を回避する運は必要だけどね
やっぱり、最終的には運をあてにしない技術と言えるね。時間を惜しまず運頼みを最小化するのが達人 まぁバカラは負ける気はしないけど
運が悪かったら一時的に凹むのは確かだよね
負けは負けとして、一度は受け入れて
再度、ベットアップでフォローアップを試みて不運が続いたら、ツイてないなとは思うよな
しかし、基本は、負けてる時は賭け方をミスっている。俺に言わせればな
負ける賭け方をしてはダメというのは、負けている時こそギャンブラーの真価が問われるということ
不運が続いた時に脱出する技量があるかどうかが要。運不運はノイズでしかないのよ。軽くは扱えないけどね 勝ち方を考えているうちはアマチュア
プロは負け方のみを考える
受身に全神経を集中させて知識とジンクスを総動員し
ゾーンで仕留める
手ひどく負けないための運は大事だ
けれど、運が悪い時に今日はやめにしとこうと思えるのが経験値 1/2以上が負けてる訳だから運は1/2ではないのよね。 pringのアプリで即500円もらえるぞ!
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タバコ買うとか、競輪で1発狙うとかできるよ。おすすめ。 カジノゲームには「不運」はあっても「運」はない。ここ大事 バカラの極意はベッティングのハイローミックス。リターンの狙い方にもよるが、基本的に運が入り込む余地はないよ どちらに賭けるか
迷っているうちは
自分の実力は大したもんじゃないと考えてよし ○○○→横3もくラン以上はツラに張る。ツラ切りはしない。横に入れるかルック
○
○
↓
縦ラン3もく以上はツラに張る。ツラ切りはしない。縦に入れるかルック
勝負ハンドは、3×3以内のレンジ内に絞って打つべし
ツラ切りを大玉で追った時に運は逃げていく バカラの運は、受身の時だけ。損失回避の高張りの時
それって、どこかでドンと大玉を打ち込むのと、何が違うの? と思うだろう
そうなのだ。違わないと言えば違わない
むしろ、勝っても負けをカバーするだけの高張りよりも、勝つための高張りの方が納得できるよな
でも、やはり違うんだよなぁ。というのは、こちらはゾーンで狙っているし
連敗もどこかでは、途切れるからね
それでも、連敗は早めにロスカットして立て直さないと、とは思っている
ちょっとの損失で、撤退したいと願う。一応、撤退ルートだって考えている
だけど、そのピンチを抜け出すのは、運だろうなと思う
なるべく、運任せにならないように、展開を考えて打っているわけだけど
ちょっとした気の緩みから崩れることがある
何度やっても、崩れやすい。序盤はそうでもないんだ
利がけっこう乗ってきている時が、ラフプレイで痛い思いをする
飽きてきたり、時間を節約したり、撤退して取り戻すのが面倒になってくる
そんな時に、無理な深追いをしてやられてしまうんだよね
だからセッションは、短くしないと、自分に負けてしまうよね
気力を細かくリセットして回復させないと、粘り強くプレーできない
粘りがないと、やはり崩れやすくなる 運ってさ、結局のところは、リターンとかリスクの影響をモロに受けるわけよ
大きな運を求めなければ、大きな不運にも見舞われないってこと
運は変えられないが、運のサイズは、コントロールできる
1000万円のバンクロールでさ
「気合で1万円勝ってやるんじゃい、運よ来い」と叫んでみても
しょせんコップの中の海戦
まったく運の必要が無いゲームとは言わないが
その条件で負けるのは、不運と言うよりも実力の無さだからな
コントロールできる運とできない運
コントロールできる範囲の運は、もはや運でさえないのかもしれないが
博打はわずかな崩れから、大敗北に繋がることもあるから
スモールリスクの勝負でも、運をよく自覚することが大切なんだよね 運は実力のうち、ではなくて
実力は運のうち、なのです 金が欲しいうちは金は手に入らない
金が欲しくなった頃に金は手に入る
それが運の皮肉
これは科学的に説明ができる
欲と恐怖は、勝負にマイナスに作用するからである
ギャンブルに当てはめれば
恐怖を感じたら、必ず駒を惹くこと
そして、強い欲に緊張を感じたときも、やはり駒を引かねばならない
不運は、この2つを避けなかったときに、起こりやすい 金が欲しくてたまらないうちは金運は授からない
金があっても、ほかの不運に見舞われたり、年老いたり、金では解決できないことが多いことに気づき
金もそう欲しくもないなとか、金だけじゃ幸せにはなれんな、と無欲な心持ちになった時に、なぜか金運が授かるというのも不思議な現象だ まず腕を磨くこと
運は、あと一歩足りない時に助けてくれるもの
慎重にプレーしても追い込まれた時に最後の逃げ場をくれる、それがカジノの運だ
つまり運と言うのは、いつも手元にあって、それを本当に困ったときだけに使うものなのだ ゲームの運とはグッドラックではなく、アンラックから逃れられたラックと心得よ カジノゲームは
スキル 経験 運
の三位一体(さんみいったい)である
運だけでも勝てないし、運なしでも勝てない 運は1/2なのに、なんでみんな負けるかというと、運ではないからだ あるレベルまでは、知識・経験・メソッドを論理化して
こう来たら、こう賭けると、頭で賭ける
それが、着実に成果を上げていくと
ひたすら、それを繰り返していくことになる。新事象をメモに取ることもなくなる
すると不思議なことに
賭け方が、以前と少し変わってくるのだ
元になるロジックは同じなのに、賭け方が少しだけ大胆になっていく
これは、実は自覚していない大きな変化なのだ
ロジックに特化した賭け方から、ロジック中心でも「勘」の比重が上がっている
それは、勘の的中率が上がっていることを意味する
それは本来ならば、なぜそうなっているかを明文化して自覚すべきなのだけれど
どうも、そういう性質でもないらしい
知識と経験則がシンクロしているときは、理屈では白黒はつけられないが
状況の流れが、より高度な経験則を呼び起こして、勘が働き勘が当たるようになる ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています