これはある精神病院の患者、――第0101(れいめい)号が誰にでもしゃべる話である。
彼はもう三十を越しているであろう。

が、一見した所は如何にも老いた狂人である。
彼の半生の経験は、――いや、そんなことはどうでも善い。
彼は唯ぢつと両膝をかかえ、時々窓の外へ目をやりながら、
(鉄格子をはめた窓の外には枯れ葉さへ見えない樫の木が一本、雪曇りの空に枝を張つてゐた。)
院長のS博士や僕を相手に長々とこの話をしやべりつづけた。
尤も身ぶりはしなかつた訣ではない。
彼はたとへば「驚いた」と言ふ時には開いてるのかどうかわからない細い目をツーンと釣り上げる。