2007 マクラーレンメルセデス離脱してルノー移籍
2008 レッドブルとホンダと交渉していたがルノーに留まることを選択
2009 レギュレーション変更でフェラーリの競争力が落ちていたがそれでもフェラーリ移籍を決断
2010-2013 トップチームのシートがあかずアロンソ本人が長期契約をしていたため移籍できず
2014 フェラーリの契約を解除してもらったが移籍先が見当たらずホンダが給料を払うという形でマクラーレンホンダへ移籍
2015-2018 スパイゲートのメルセデス マンマミーヤ事件のフェラーリ GP2エンジンのホンダと各自動車メーカーに喧嘩を売ってしまったため行き場がなく休養引退へ
2020 リバティがアロンソを連れ戻す しかし復帰先はルノーしかなくルノーから復帰

間違いすぎたアロンソの選択肢 自動車メーカー相手にきつい暴言をはいたことによる弊害