【51勝】アラン・プロスト11【4回WC】
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最後の一線を踏み越えると死んじゃう(アルミ)最後の世代だからな
ピケもマンセルもそこは踏みとどまってたし
黒旗エストリルも抜きにいっただけで当てにいった訳じゃないからね パトレーゼはインテリのボンボンだったか
そう言えば大学に籍を残したままデビューしたんだったな
だから勝利に貪欲でもなく自分の立ち位置を理解して立ち振る舞える知性があったのか、まあそれは競技者としてはマイナスだがな
僕は不幸者じゃないさF1ドライバーにもなれたしとか言ってるの見て駄目だこいつってなった >>343
危険走行を始めたのはセナ
その後継がシューマッハ
次の後継がハミルトン
でも皆歳を重ねるとまともになってる さらに次の後継がフェルスタッペン
ってことは彼も3度以上のタイトルは確定だな シューマッハはカート時代貧乏で新品のタイヤが買えないから中古タイヤで走って逆にタイヤの使い方を覚えたと聞いたな レース中は常にフェアだったのは特筆すべき点。レース外の振る舞いがクソだったけどw
>>339
一般のスポーツを選ぶのが自然だわな。遥かに安上がりだし、何より命の心配がない。
ボクシングの重量級なんかもそう。ウェルターから上は寂しいもんよ。 ベルガーもボンボンだったはず
人当たりはいいしそれなりに速いんだが淡白というか
パトレーゼにしても能力は高いんだけど貪欲さというかえげつなさが足りない気がする
ニコもせっかくタイトル取ってこれからだって年齢だったのにさっさと辞めちゃったし WCになれなくても、フェアさを貫いたのなら、それはそれで誇れることよ。
シューの記録なんざ汚さが常に付いて回るんだからな。 ブリヂストンだと新品に近いほど良いけど、VEGAだったら学べたか 94総集編の、プロストのセナに対する感情を吐露するロングインタビュー興味深い内容だった
プロストは嫌なことは忘れるほうだと言ってたけど、89イモラの件でいつまでも根に持ってただろあんたw
初めてセナを意識するようになった、84モナコのコメントもあの一戦だけでトップドライバーになるとは思わなかったとか、アグレッシブな走りをしていたのにチームメイトになってからだんだんスムーズな自分の走りになってきたとか
自分のセッティングカーをドライブできるのは、ラウダとセナだけだと
86にチームメイトになったロズベルグが全くMP4/2Cに合わず、不振なまま引退したのを思い出した 一番良く見たフジの総集編は89年、90年、93年かなぁ。他は全然覚えてないや。 根に持つ性格だから中野&無限ホンダに復讐したんだろ。
直接は関係ねーのに。ドライバーじゃできないことが監督ならできる。 >>355
ロングインタビューは初めて見たもんでf^^;
これも慨出だろうけど、本人も言う通りセナのモチベーションはプロストを倒すの一点にしかなかったんだろうね
4/7のだめさもあったけど、休養した92は精彩を欠くレースもたびたびあったし、待望のウィリアムズを手に入れた94も表情を見てると抜け殻のよう
それがイモラでの、君がいないと寂しいよってセリフに凝縮されてたか
王者はいつか若い実力者にその座を追われるのが、スポーツ界の宿命
プロストは上手くやりこなしたが、セナは精神的に対応できなかったタイプだったか ヤクザな世界だから堅気はそこに英雄を探し求めるのさ >>361
ハッキネンは年増恐妻だったからな
離婚はある意味仕方ない >>358
プロストの凄いとこは若き天才に予選で圧倒的な差を見せつけられて敗れ去った翌年に同一チームでチャンピオンに返り咲いた事だわ
歴史上最高のドライバーとまで言われた選手が予選であんな負け方して王者逃したら立ち直れず引退だよ
セナはプロストがいなくなって何のために走ってるのか迷ってた感じだったね 本番がすべての人だし
有効ポイント制じゃなければ88年もチャンプだった >>364
有効ポイント制度は理解してやってたんだから、だからこそベルギーGP後の「敗北宣言」が出たんだしさ。
あの年はセナに力負けしたんだと思うよ。
それでもその後のレースでも気持ちが切れないモチベーションと粘り強さはさすがプロストだと思うし、そういうとこ好きだったな。 >>349
金持ちが捨てたタイヤをゴミ箱から拾って…なんて話も有ったな
金が無くてレース辞めようとした事も シューマッハは少年時代は四輪よりバイクとサッカーの方が興味あったらしいな
だからなのかあの他者のない自己中走法は好きでもない事を仕事にしてしまった故かもな プロストが拒否らなければ真の実力者のブランドルが日の目を見たかも知れないのに プロストはシューマッハが52勝目を上げて自分の記録を破った時は素直に賞賛していたが、
2002年あたりから「僕はセナと堂々の勝負をしたのを誇りに思う」と言ってシューマッハのことをあまり褒めなくなっていったw >>369
52勝目は01年でまだ前年までの苦労の余韻を感じたが
02年はあの車でオーストリアみたいな事をしだしたからな
単純な計算だが88年にプロストがそういうサポートしてもらったら16戦14勝だぜ >>370
88年にセナをチームメートにしなかったら4年連続6度のチャンプで70勝位してるかもしれないけど
ドライバーとしての評価は今ほど高くなかっただろうね
セナと戦ったから今のプロストの評価がありセナもプロストがいたから伝説になれたと思う >>364
セナとの予選の差でそう言われてるけど予選が速いと言われてるアレジやマンセルにも勝ち越してるんだよラウダにも勝ち越してる
本当はプロストは予選も速いんだよセナにだけしか負け越してない マンセルとはほぼ互角じゃなかったか?
予選に関してはプロストは恐ろしく速い
セナが異次元なだけだね(得にQタイヤ) セナに感じてはプロストとやり合った事が伝説に繋がったと思うがプロストに感してはどうなんだろう
〜87年までの評価ですでに伝説で88年〜はオマケだったりしないのかな?
見始めたのがフジ以降なので上のような疑問をもっても確かめようがなくてね >>367
そういやシューは引退後バイクのレースしてたね。
初年度で表彰台取ったりしてたから、案外そっちに行っても成功してたかも。
結局そこでの怪我の後遺症が復帰後の苦戦につながってしまったけど… >>372
マンセルとアレジが予選が速い?
またまたご冗談をw
マンセルはアクティブなしだとパトレーゼと互角、アレジに至ってはあのサトルナカジマ以外には大勝ちした事ないんだが ベッテルの表彰台のインタビューでインタビュアーが
「1982年は開幕2連勝してもチャンピオンになれなかった例もありますがダイジョウブ?」
みたいなこと訊いててふいた >>372
マンセルにも予選まけこしてなかったっけ? マンセルとはイーブンだったラウダやアレジは圧倒してる ラウダは第二期だからまあしょうがない
たしかポールナッシングだろ? でもプロストと戦ってチャンプだからなさすが伝説のレーサーだわ 2期ラウダは今で言うクビサとライコネンを足したような状態だから参考にならん
アレジはそもそもWCと比べられるような器じゃなかったし アレジだけを応援していたティフォージだったあの頃が、なつい >>384
そのラウダに同じマシンで負けたプロストw アレジの名を出す奴は荒らしだろ
さすがにアレジはねえわ あのリタイアキングか
ウィリ行きになっても結果を残せたかどうか・・・ アレジなんて典型的なゆとり世代のなんちゃって運転手だからな
あんな下らない奴はいないぜ 離婚も成立してないのにゴクミとデキちまってるし
未だに事実婚だし
ピットインで、バイザー拭こうとしたクルー突き放してたな
あれ見て大嫌いになった 2000年代前半には顎のアンチスレで純粋な速さならシューマッハよりもアレジの方が速いとかアレジの方が走りがアグレッシブとかいう声がチラホラあった
アレジではあそこまで極限の状態でマクラーレンハッキネンを追い詰められないしモナコであんなに切れた走りはできないだろうと反論されて終わったような覚えがある アレジなんてベルナールやコマスと大差なし
パニスよりも劣るカス
今ならF1ドライバーにすらなれていないゴミ マンセルも下手糞のダメドラだったがアレジはノロマで更にバカで性悪という、、、 そんなのに3度も格下マシンでぶっこ抜かれたのは、ちょっと恥ずかしい >>394
あれでもアレジは当時のF1直下のカテゴリーの
チャンピオンだからな。 アレジはモナコで2位になったこともあるしセナとやりあって2位だったのもアメリカの市街地コース
また雨を得意とすることでも知られる
「市街地」と「雨」に速い、これはナチュラルドライバーの証 ナニーニが不遇の事故にあわなければアレジの跳ね馬シートはなかったかもね。 ヘレス前にアレジのフェラーリ入りは決まってるよ
ちなみにナニーニはヘレスで3位な 道具を使うスポーツにナチュラルな速さなんて意味不明
その道具と環境を上手く使った奴が一番強くて速いんだよ
だから何はともあれ89年はプロスト>セナ、16年はロズベルグ>ハミルトンとなる
極端にいえば99年はミカ>シューマッハ(怪我して離脱した事自体が敗者)
陸上競技じゃないんだからナチュラルな速さなんて定義自体が成り立たない 99年は
アーバイン>シューマッハ(二人がエントリーレースのみカウント)
のほうがしっくりくるぜ 変に横文字使うから誤解するアホが出てくる ('A`)ノシ 数々のレジェンドの名前が出ている中で唯一アレジの名の格落ち感は半端ないぜよ >>398
モナコでシューマッハにローズヘアピンで抜かれそうになって接触してサイドポンツーンに穴を開けられたことがあったな
後に2012年だったかマッサが同じ場所でハミルトンに同じようにぶつけられてた アレジってセナとシューマッハの谷間のデビューだからタイトル取れなかったのは仕方ないにしても、この年は惜しかったとかそんな年すらないのが実力を物語っている
例えウィリアムズに行っててもマンセルにボコボコにされてパトレーゼの代わりにすらならなかっただろう
プロストが呆れたのも当然 マッサですらあと一歩まで行った年はあったからな。
まあ似た者同士の盟友ベルガーと5番手10番手辺りで戯れているのがお似合いってところかね。 だから性能差がある以上、速い・強いを語っても仕方ないってばよ。
最初からハンデありき。ボクシングみたいに同条件を課してるわけじゃない。 >>397
あれでもダナーカペリモデナモレノは当時のF1直下のカテゴリーの
チャンピオンだからな。 Ferrari低迷の原因はアレジとベルガーという二大過大評価ドライバーのせいだよ アレジベルガーってぬるいんだよな
普通、実力が同じくらいの奴が組むと緊張感が出るのに2人して楽しくお遊戯大会
それもフェラーリだけでなくベネトンでも
2人して遅くて下手糞な上にやる気も無いんじゃ話にならん
ゴミなりに緊張感のあったラルフモントーヤとかオコンペレスのが100倍マシ >>386
気軽に入ってきたプロストに対してラウダは生涯の全てを絞り出して対抗した初年度のみを見て
翌2年目のシーズンを無い事にしてるかのような発言だな >>気軽に入ってきたプロストに対してラウダは生涯の全てを絞り出して対抗した
そうなの? アレジとベルガーはモメたほうだろ。
ベネトンはシューと一緒に主要スタッフも移っちまったからな。
残りカスでもそれなりに結果は出してた。 >>420
移籍初年度のアレジとベルガーの不甲斐なさに見切りをつけてみんなシューの後を追ってフェラーリに行ったんじゃなかったっけ?
それから赤いベネトンと呼ばれるようになったような…!? アレジベルガーを同レベルにしようとする奴いるけど、実際はアレジが怪我で欠場した94年以外はみんなアレジが勝っているんだけどな。
ドライバーとしてならアレジ>>>>>ベルガーくらい差があると思うぞ。
だからと言ってアレジを擁護するつもりはないが…(アレジでようやく標準レベルでベルガーのレベルが低過ぎるだけ) 極東の島で評価されて1勝と極東の島でdisられて10勝なら後者のレース人生を選びたいね 若き天才に勝ってチャンプになったのに予選の速さにショックを受けて翌年惨敗したラウダ
若き天才に負けたうえに予選では惨敗 でも翌年チャンプに返り咲いたプロスト 精神力が凄いと思う
プロストが日本人ならスポーツ特集とかで必ず取り上げられたり映画化されてるよ それ位奇跡的な返り咲きだよ プロストは自分とピケは互角だとずっと言ってたけど
顎はもう一年ピケと組んでたらどうだったか分からないな
俺は顎が予選でほぼ全勝するもピケが僅差で獲得ポイント上回ってたと思う。自分より速いチームメイトはマンセル相手で経験してるし
当時のウィリアムズもマンセル寄りの体制だったにもかかわらず粘り勝ちしたし
91のvs顎の予選のタイム差は87年の対マンセルより少ない >>426
精神力がタフなのはエクレストンが言ってる様に戦い続けてた事だろうな
プロスト側から見ればセナはライバルの内の一人でしかない
一番映画化に事欠かないドライバーだと思うけど断ってるんだろうな
性格的に映画化とか好まない感じなんで >>434
決勝も惨敗してた可能性が高いと思うぞ。
91年のシューマッハはシーズン途中の参戦&一戦走ったのみでベネトン移籍かつモレノからのセカンド待遇継続であの成績。
対してピケは完全エース待遇、そして年齢的にも伸び代なし。
ピケの目線で言えば結果的に晩節を汚さなくて済んだのだから92年は組まないで逃げて良かったんだよ。(インディーで大怪我する因果関係は別として) >>434
マンセルは同世代だから命かけて戦えたけど若いシューとは戦えないんじゃないかね 惨敗してた可能性が高いよ
プロストみたいなのは稀なんだわ速さで勝てない若者にリベンジするとかほぼ不可能に近いよ >>434
そのピケとシューマッハの話は、先輩と後輩のストーリーとして流れが美しいというだけで、現実がそう進むとは限らないよね。
俺はあっさりシューマッハがナンバーワンに伸し上がるストーリーを想像してしまうな。
ウィリアムズでのピケとマンセルは確かにチームがマンセル寄りだったかも知れないけど、ホンダがピケ寄りだったから何とも言えないね。
当時のF1は何か不調の兆候があればじゃんじゃんエンジンを載せ替える文化だったし、ホンダもピケにはそういう対応だったけど、マンセルがエンジン不調を訴えられてもホンダは聞く耳を持たない、という感じだったものね。 x マンセルがエンジン不調を訴えられても
o マンセルがエンジン不調を訴えても マンセルがエンジン不調を訴えても
ホンダの技術者が、心ゆるして
マンセルに数馬力劣るけど十分にいいエンジンだと
ばらしたら、バックストレートで思いっきり
オーバレブさせて、壊して交換させたことあるからかな デビュー当時の伸び盛りのシューマッハに対抗するにはセナか全盛期のプロストでなければ難しい。
ピケやマンセルではちょっと役不足。
ベネトン側が翌年もピケは継続が既定路線だったのがシュー移籍数戦の結果で首を切ったんだからまあそんな評価なんだろう。 >>434
マンセルとピケ、一度もぶつからずにレースでのマナーを守りきったのは本当に凄いと今でも思ってる。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています