現実の体罰事案。教員による暴力が有効に作用している、なんて話を私は知らない。聞いていない。
無能な教員が、普通の話すこともできず、めんどくさいから、殴ってもかまわない(と当該教員が考えた)児童生徒を殴る。
習慣的に、殴って、殴って、殴りつけることで、指導力の不足を補う。部活指導、学級管理、授業の維持、全てにおいて暴力を便利な道具として使う。

といった体罰の実情に対して、スクールポリスの導入?不祥事があると新組織を作りたがるのは役人の性、組織改編をしたがるのは政治家の性。
しかしアメリカは知らないが、日本の実情がスクールポリス導入が適切とは思い難い。日本の体罰の問題はそこでは無い様に思われる。
つまり暴力的な教員に対峙している教師、ではない、日本の体罰は。教員による、単なる暴力行為というのが第三者的に見た実情である。
だからスクールポリスといった提案は、残念ながら、的外れの様に思う。

では教員教育、研修の問題か?
研修が無意味とは言わないが、明治以来、体罰を禁止して、教員採用試験に受かった時点で全員、体罰禁止規定は知っているはずが、守られてこなかった体罰禁止。
私は、本質的には、ルールはどうであれ目上の人間が目下の人間を殴ってもかまわないとする日本文化の発露だと思うが、これは研修位では払拭できないのだと思っている。
すべきことは教員に対する厳罰、個人責任の明確化。つまり体罰教員は懲戒免職、刑事告発、個人賠償。これこそ教育現場から体罰を払拭させる唯一の方法だと考える。