【日経】2006年6月17日(土) (2)
賠償への道を広げる最高裁

 行政の失策や怠慢で被った損害を、国家賠償請求訴訟によって国に償わせるには関門がいくつもある。そのうち
2つのハードルを低くする法解釈を、最高裁が「B型肝炎訴訟」の判決で示した。因果関係の立証と、除斥期間の
問題である。
 国賠訴訟での因果関係とは、行政が何かをしたり何もしなかった事実と、国民に生じた損害の間に、原因と結果の
関係があることで、立証する責任は訴えた側にある。原告側の証拠を集める能力は被告・国に劣るうえ、因果関係を
突き崩す反論は「原因はほかにあるのではとの疑いを裁判官に抱かせる程度で足りる」とされ、原告側の負担は大きい。
 除斥とは、不法行為の被害を受けてから20年の期間がたつと賠償請求の権利がなくなる民法の規定だ。 注射器
を使い回しした集団予防接種で肝炎ウイルスに感染したとして、国の責任を追及する「B型肝炎訴訟」では、被告・国
側は「集団予防接種以外の、別の医療行為や家族や知人との接触でうつされた可能性がある」などとし、因果関係
が立証されていないと主張した。
 最高裁の判決は「他の原因による感染の可能性」の主張を「一般的、抽象的なもの」と退けた。原告側が示す因果
関係を否定するには「他に原因となる可能性の高い具体的な事実」を挙げよ、と国側に求めたのである。反証に厳密
さが要求される分だけ、原告側の立証の負担は減る。
 除斥を巡っては、最高裁が既にいくつかの裁判で取り入れた、20年の起算点を“後ろ倒し”する新解釈を適用した。
二審判決は起算点を「予防接種でウイルスに感染した時」に置き原告2人の請求を除斥期間を理由に棄却したが、
最高裁判決は起算点を「ウイルスによる症状が出た時」と判断して賠償を認めた。
 司法の場で国民が行政に過ちを認めさせ、賠償という一定の救済を得る道を広げることは、行政のあり方を「事前
規制から事後の監視・救済」に変えつつある時代の要請に応えるものだ。また、後々賠償責任を負わされる可能性が
高くなれば、一つ一つの行政行為について国民に損害を与えないよう注意を払う緊張感が生まれる。国家賠償への
道を広げる最高裁の判決を評価したい。