先日、大学の卓球サークルの友人の紹介で知り合った娘と、私にとっては生涯初となるデートを
したのだが、その顛末を聞いて欲しい。彼女も私と同じ大学の同じ国文科に通う学生で、私の1学
年後輩に当たった。

 ……私たちが腰を下ろしたのは、色あせて蝕まれたサツキの花かげであった。その娘がどうして
そんな風に私と付き合う気になったのかは解らなかった。私は自分に対して酷い表現をことさら
用いるが、なぜ彼女がわが身を「けがしたい」という衝動にかられているのか解らなかった。
 しかし永い接吻が、私の欲望を目覚めさせた。ずいぶん夢見ていたはずのものでありながら、
現実感は浅く希薄であり、欲望は別の軌道をかけめぐっていた。
 
 私はむしろ目の前の娘を、欲望の対象と考えることからのがれようとしていた。これを人生と考え
るべきなのだ。前進し獲得するための一つの関門と考えるべきなのだ。今の期を逸したら、永遠に
人生は私を訪れぬだろう。そう考えた私の心はやりには、渾身のドライブをブロックに阻まれて得点
しかねるときの、百千の屈辱の思い出が懸っていた。私は決然と口を切り、どもりながらも何事かを
言い、生を我がものにするべきであった。愛ちゃんのあの裂帛の気合い、「サーッ!サーッ!」という
あの無遠慮な叫びは、私の耳に蘇って、私を鼓舞した。……私はようやく手を女の裾のほうへすべらせた。

 そのとき、かすみんが現れたのである。
 眠気にみちた、打算無き天真な少女。はねた寝ぐせをそこかしこに残した飾らない少年のような
髪型。テレビ画面のなかの、近いと思えば遠く、親しくもあり隔たってもいる不可解な距離に、いつも
澄明に浮かんでいるあのかすみんが現れたのである。