こんにちは。
>>795
ありがとうございます。
でも期待させてしまって申し訳ない。
新しい視点や解釈ではないです。
簡単に言えば、
なぜ私が「天気の子」にすごく不満を持ったのか、
その理由がやっと分かったということです。
映画の解釈そのものはかなり遠回りしましたが
ピリアさんの解釈と同じあたりに辿り着いて自分の中でやっと納得し、
今はこの映画に不満はありません。
そういう映画だと素直に自分の中に入りました。

なぜ不満を持っていたのか。
これは私がものすごい勘違いの上に期待度を上げすぎて、
「こういうことが描かれているに違いない」
という思い込みの元に鑑賞し、
私の想像から大きく外れたものだったからでした。
映画の内容に問題があるわけではなく、
ピリアさんの解釈も今読み返せばその通りで、
それ以上でもそれ以下でもなく、
つまりは私の勝手な先入観から抜けられなかったが故の不満だったわけです。

私が抱いていた先入観について。

ピリアさんに以前ご紹介いただいたアルさんのブログ
http://allwise-song.blogspot.com/2015/04/Dimension.html
の次元についての説明より。
3次元は「自分を愛することを知ること」
4次元は「相手を愛することを知ること」
〜〜「自己犠牲」とは全くわけが違います。
自分を愛していることを大前提とした上で相手を愛する、ということです。

これらを曖昧に言葉上の理解だけでいたところに、
「自己犠牲からの解放」のキーワードと
ピリアさん大絶賛の映画ということから
一気にアルさんの言う4次元の世界を描いているに違いないと思い込んでしまったわけです。
と言っても3次元・4次元を理解していない私ですから、
どちらも混ぜこぜにしておりまして、
ピリアさんがあれだけ何度も3次元の「自分を愛すること」の物語だと連呼しているのに
4次元の描写は描かれていないのでは?という不満を抱いたのです。
お恥ずかしい。

先日閃いたこと。
この、自分を愛し、自己犠牲なく相手を愛することがどういう事か、
なんとなく感覚として「ああそうか」と瞬間的に閃いたんです。
そうしたら「天気の子」が自分を愛する物語だということもストンと納得し、
今まで抱えていた不満も消えました。
だからと言って私がその閃いたことを自分のものにして実践できるかというのは別問題です><

人の言葉はヒントにはなるけれども、あくまでヒントであって
自分で道を探して自分で歩いて、自分でたどり着かないと
自分のものにはならないんですよね。

というわけで、「天気の子」の解釈は
とんでもない遠回りをしてピリアさんの解釈と同じようなところに
やっとたどり着きました。