私も5年ほど前に妻をがんで亡くしていますが、彼女も珍しいタイプのがんでした。

妻はほぼ毎年がん検診を受けていたのに異常は見つからず、当初本人の自覚症状は右肩痛だけでした。
しかし、この右肩痛は癌の骨転移によるものだったのです。病名はステージWの「原発不明がん」で、組織的にも非常に珍しい病態でした。

最初は担当医から「抗がん剤治療も難しい」と言われたのですが、妻はまだ50代で初めてのがんでしたし、
わずかな可能性でも抗がん剤治療をしてもらいたいというのが私たちの希望でした。

担当医と相談をし、妻も私もリスクを承知で通常の三分の一の量の抗がん剤を投与してもらいました。
その結果、腫瘍マーカーは落ち着いたのですが、妻の全身状態はガクッと悪化してしまった。
癌を発見してから亡くなるまで、わずか40日しかありませんでした。

今振り返ると、妻の場合、結果的には抗がん剤治療をしなかったほうが本人のためにはよかったと思います。
かなり進行の早いがんだったこともあり、薬が急激に体力を奪ってしまった可能性があります。

抗がん剤治療が効くのか、効かないのか。
副作用が身体にどれくらいダメージを与えるのか。
がん研究者である私にもわかりませんでした。

        中釜 斉(国立がん研究センター理事長) 文藝春秋2017年7月号