帯津良一さんの出版物はおびただしい数あるが、私の手元には一冊もない。
全て図書館で借り、一読して済ませた。
以前も書いたが、
ただ、2010年8月、池袋のホテルで行なわれている気功の会に行き、その人となりを観相した。
直観で、私には、虚構と贋作の人と映った。
C型肝炎の第一人者である熊田先生と同様に、私は、そうした太った医者が信じられないのだ。
間違いなくサーチュイン遺伝子が働いている身体とは思えない。
その気功も嘘っぽかった。
無論、西洋医学の限界を見切り、
それを超えて統合医療が大事とする主張は共感していた。がん治療に対する最初の知見は帯津さんの本を借りて、得たものだ。
けれど、帯津さんは、おいしいところの、知のつまみ食いをしている印象が拭えなかった。
たとえ東大医学部出であろうと、浅はかさが透けて見えてしまう。
印税で稼ぎ、川越の病院が儲かるマーケティング能力は大したものだが、

ご自分のもとに来たがん患者一人ひとりをきちんと向かい合い
ケアしているのだろか?裸の王様になっていないか?
帯津さん自らが、がんん患い、それを統合医療で完治されたといった経験がない限り、必至な思いでいるガン患者は、帯津メソドをよく
吟味されたほうがいい。
西洋医学をベースにしてきた医者は、統合医療にパラダイムシフトするならば、論理的道筋を示すべきだが、それは一切ない。言葉遊びがすぎる。

なんでこんな批判文を書いたかというと、倉谷光一さんのことがふと思い浮かんだからだ。
倉谷さんは大腸がん予後の検査入院をされていて、私と同じ2010年6月8日に五反田の病院を退院し、
同日、ひょうひょうとしたお姿で、帯津病院に転院された後、ひと月ほどで忽然と、亡くなられた。

ほんのわずかな間の出会いだったが、
残念無念で一人慟哭した。
何かがあったに違いない。
そんなに進行が速まることが、未だに解せないでいる。
私は、帯津病院が適切な医療行為しなかったのではと疑惑を持っている。

倉谷さんがかなり帯津さんをリスペクトされていたことが悔やまれる。
そういえば、最初に読んだ帯津本は、倉谷さんが貸して
くださったものだったな、、

もう少し俯瞰して見れていたならば、
ニセモノと見切れただろうに、、