少林寺スレ05
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空バカも少林ブームも50年前、フルコンブームが30年前
大いなる遺産はブームといわれるほどは難しいかな。部内では人気だが
そもそも大昔のブームは入門者が増えた。しかし二十年前K-1ブームは入門者は増えてない。これは少林寺に限らず
つまりやる側のブームと見る側のブームがある かっこいいなで入門が50年前
かっこいいなで傍観が20年前
今はどうだろな。そもそも少子化そして格闘技以外でも楽しい事がいっぱいあるから別に格闘技やらんでもいいという もはや終身雇用でもないし年金の不安とか格闘技どころじゃないのかもしれん
ネットカフェ難民なんてものが出てからかなりになる 携帯代を払う為にバイトする学生とかな
大昔は車を買うためだった >>229
矛盾も逃げもない。馬鹿な粘着にいちいち反応するのはあほらしい >>230
演武が戦いでないのはガキでも知ってる
戦いなら乱捕りでやりゃいい
他流引き合いは護身術だから当然
相手にはしていらん。ほっとけ >>235
おまえ矛盾だらけだな
書けば書くほど矛盾が出てくる >>236
おまえが口先だけなのを人に八つ当たりすんな 角を立てない動きこそ柔法法形の理想と言われるが
それは逆技より抜き技で練習すればいい。
力任せに捕る必要もないし抜きだから力任せでどうなるもんでもない
巻抜きなんていい練習だな。歩く教範とまでいわれた直弟子の抜き技はタコとかヘビとかとにかく柔らかい、ねちっこい、巻き付く等といわれた 抜きに精通するから逆も捕れる
抜きと逆は手首の殺しなど共通点が多いしかし相違点もある
逆は抜ききると逆に繋がらないので抜ききらない事。
そのために捌き手の角度が途中から変わっていく 何十年前の血気盛んな若者
結局は、ヤンキージジイの集まりww 新しいものが全て進化というわけでもない。古すぎて新しいなんて事もある。
古さも新しさも大切
融合が大事だ >>239
は?八つ当たり?イミフ
文字だけなのに口先になんの当たり前 スマホ最強。こいつに勝てるやつなどいないだろう
だからといって無問題ではないがの。わしとこは指が変形する症状も受けている >>245
お前もヤンキー爺の集まりに顔だしてるじゃないか
これを同じ穴のムジナという >>247
時代が変わって格闘技が変わってんだから
古いおまえの考えが間違いなのは当たり前 >>249
おまえが少林寺の都合の悪いことを格闘技へ八つ当たりして逸らしてんのは確か
いい年してダサい >>248
新しいものを受け付けないおまえが言うから矛盾 少林寺って本当老害多いな
話を逸らして逃げようとする それで、八段、九段とかやめてよね
まぁ、いないと思うけどさ >>236
>演武が戦いでないのはガキでも知ってる
ならリソジの大きなお友達はガキ未満ということになるね
>戦いなら乱捕りでやりゃいい
妄想乱捕と戦いは違うんだよおじいちゃん
いい歳して自信なさげに聞かれてもないこと連投すんなよみっともないw >他流引き合いは護身術だから当然
逆だ間抜け
乏しい知識で他流を低く見て安心を得ようとするのは護身術でなく単なる商売 群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌い
自分の行きたい道は自分で決める
己こそ、己の寄るべ 束縛は知らんが、群れや権威は他ならぬリソジの大好物だよねおじいちゃん あるべき千鳥はこうだよね。
左前同士で考えて、相手の右側突くようなテレフォンパンチではいけない
https://youtu.be/rkRxW1VVX6s
公式基本
上中で先に右肩出すという無理な事はさすがに速度のある練擊では無理という事の証明動画。
振り子しての千鳥足するとどうなるか?拳の到達点ほどこか?いろいろ少林寺の技術論を検証してみよう。
https://youtu.be/PaFaxqM5qbk 順突き、正面方向という向きは変えず相手の右にい移動しながら左方向に突くという矛盾のため、順突きは相手に対して届いてない当たらない突き。一応順突きは正中線までは来てるが横から見ると伸びきった所でも、足先のやや前程度。
これは、運歩法や突きを出すタイミングの問題もある。
そして、少林寺の立会評価法では、攻撃の上中当たらなくていいから気がつかなかったというのもある。
前足をまっすぐ前進し、後ろ足を左に寄せ足すれば、体は旋回して、相手の正面から自分は消え相手の斜めまえから上中突くことが出来るのに、不自然に動き正面向き崩さ無いからおかしくなる。
この歩法で正中線崩さなという攻防は、古武術の基礎。
四畳半でフットワークしない所から振り子が始まり、後付けで千鳥足入れたからおかしくなったのだと思う。
これはモデルさんが悪いのでは無く、理論の不備。
あと千鳥に移動する場合、振り子は不要。
その場でいる場合は振り子する、そういう当たり前の理論的整理しないからおかしくなった。
理論好き則論破綻。
一回整理し直した方がいいと思う。
千鳥足はジークンドー式に改変すべき。 動画を出来ればいいソフトでコマ送りで研究してください。
俺の言ってることが嘘か本当が分かるはず。 群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌うと言うの
はこういうことなんだね
一.志を立てよ
自分を育てるのは自分である。
強く正しい人間になるためには、自ら進んで自分を鍛えよう。
二.気を振るえ
人生はすべてに勝つことである。
誘惑に勝ち、苦難に勝ち、自分に打ち勝つ根性を養おう。
三.学に勉めよ
物を学ぶことは、人間として成長するためである。
学問、技能の習得を通じて道徳心を磨き、人格を高めよう。
四.稚心を去れ
他人に甘えたよる事なく、独立独行の精神を尊重し、自分の足で歩ける人間になろう
五.交友をえらべ
軽薄な人間は友とするに足りない。
勇気と根気和敬の心を備えた礼儀正しい人間を友として選ぼう。 よそに比べて、当たり前のことができてなさすぎるからわざわざ改めて文章にする必要があるってことだね
ご飯の前に手を洗おうとか、言わないとやらない子供向けの指導だしね 玉蹴り云々よりも動きが参考になりそうなんで、石井先生と纐纈先生のスパーリング動画は観ておいた方が良さそう 武道をやってる人も、やってない人も、まずはアンチがいない人間を目指そう
厳格で意思が強く、正しい人間
温和で人情に篤く、誠実な人間
勇気があり、果断な人間
才知が冴えわたっている人間
細かいことに拘らず、度量が広い人間 憧れだけ書いて方法論を考えなきゃ、実現できる訳ないだろw
>行けばわかるさ
お前自身、行ってわかったんだろうから報告してくれよ
人づくり実現に向けてのステップとか、評価尺度とか、武道との関係性の根拠とか、開祖の修行歴とか
わかった気になってるだけなら説明できないだろうが、本当にわかったのなら説明できるはずだ >>275
2000年ぐらいと機構改革のあとの話し 忖度しない格闘家の反応。
実戦で合気技(合気術)のみで投げられる事は無い。
相手だって言われたとおりのままずっと引っ張ったり同じ握りのままでいてくれるはずが無い。
白川師範もその理由から合気技をメインには教えない。
触った瞬間にチャッと崩しその時逆かけたり腰に乗せて投げたりするもの。
合気技(合気術)の練習は確かに崩しは上手くなると思うが、逆に居着いて攻撃するようになったり、そういう人相手の対応しか出来なくなったりする。
塩田先生は崩しも上手いし動きも速いから実戦も出来るけど、合気技ばっかりやってるような人は、ジャブで倒れたり、居着かない予想外の反応されたら弱い。
芸能人が新井先生とかに切り小手かけらるたとき、痛がるが、決まり通りに倒れずコロコロ舞して固められなかったりする。
護身はできてるけどね。
https://youtu.be/y7LPRaC5lJQ
力で極めるのどうかと思うが、崩しばかり考える痛く無い系ばかりやると、むしろ喧嘩は弱くなる。 とんこつラーメンか、しょうゆラーメンで議論してるとき
私は、味噌ラーメンを食べに行く それが権威とか群れを嫌うカッコよさと思っちゃう厨二おじいちゃん 昔の少林寺が当時の空手と違って落ちると言うことは無かったと思う。
そしていまは、修行じんの平均値として喧嘩として比べると明らかにおとっている。
これはどういうことか?剛法法形が素晴らしいとか優れているとかでは全くなく、グローブ付けた殴り合って経験値積んだだけの話だったというと。
それが、乱取りの代わりに演武主体になり実戦力が無くなり、明らかに、進化した空手より弱くなったということ。
法形が実戦や乱取りを元に合理的な即実戦的なものだったら、法形だけやってもそれなりにはなってただろうし、乱取りで更に磨くことも出来ただろう。
それを、あたかも剛法法形を、完全無欠な法の形みたいにしてしまったから、実戦にはそれほど使えないものを延々と練習し、それも見ばえを追求しむしろ実戦力として退化したカタチにしてしまった。
使えない事実隠すために屁理屈で原理とか言い出すけど、道場練習ほとんどは、鋳型稽古。 じゃあどうすればいいか?
まず単独基本をやりこむ。
フェンシングの一流選手はローソクを一突きでけす。
徹底して基本を反復した成果。
昔の逸話で、空き缶ぶら下げて剣道の突きの練習していたところ、老人が見せてやるとやったとき、一突きで空き缶に穴を開けだ、的な話がある。
老人は元新撰組の幹部だったそうな。
新撰組の剣法はひたすら素振りして防具の試合はそれほど強くなかったけど殺しあいは強かったらしい。
その新選組が恐れた薩摩の剣法は、ほぼ練習の大部分が奇声上げて立木打ちということ。
どっちの実戦剣法も単独基本重視ね。
総合に行きだして少林寺道場から離れて久しぶりに行ったら、知らない有段者が増えてた。
蹴りが甘いので、鍛えた自分の腹蹴らせてみたら、撃力以前に当たらない。
当たらない蹴りを受ける法形って意味あるの?
これに二段あたえたのか?(二三年ぶりの道場)と衝撃うけた。
こんなんに二段あたえる試験なら、法形なんて順番や手順覚えてたレベルいいだろ。
そして単独基本や当てる練習して、法形さらっとやって、そっからは法形の応用として実戦的な受け返しを練り込むべきである。 実戦では沖田総司より強かった男
https://rekishiru.site/archives/1368
明治の末、ある人物が木に吊るした空き缶を竹刀で突く練習をしていた。
そこにひとりの老人が通りかかり、その竹刀を借りると老人は一瞬で突き、缶は揺れることなく貫通していた。
老人は「突き技は突く動作よりも引く動作、構えを素早く元になおす動作の方が大切」などと教えたが、その老人こそ斎藤であったという逸話がある。
https://kusanomido.com/history/japan/bakumatu/19920/ 基本と、言えば伝統基本。
少林寺はこれをバカにしがち。
でも、それこそバカ。
確かに即実戦のフォームではない、でも、体の使い方の鍛錬にはいい。
伝統型も。
これをやってから近代格闘技フォームでやると、いい突きが出せる。
個人的には伝統基本して伝統型して基礎をつくり、そこから格闘技スタイルできほんや受け返しすると、いい打撃が出せるようになる。
https://youtu.be/rPf3MBEiqj0 >>280
>昔の少林寺が当時の空手と違って落ちると言うことは無かったと思う。
>そしていまは、修行じんの平均値として喧嘩として比べると明らかにおとっている。
>
>これはどういうことか?
どういうことかって、一行目が単なるお前さんの主観だからだろw
格闘風の小芝居に何を求めてるんだよ 分かった ラーメンはもういいよ
せっかくの讃岐うどんが、時代の変化と共にカレーうどんになっちまったんだよ 強い人ほど他流リスペクトしてる。剛柔一体や技の数を誇ってるのは初心者や学生
逆技の数なんて数種類しかないと昔から本部は言っていた >>287
変な例えするが全く例えになってないんだよなw
別に普通に趣味でやってる
だけでいいのに
使えないと言われたら俺も使えないと思う、と返せばいいのに
実際そうだし >>286
それは大昔の話
今の状況で語れや
いつまで昭和の話をしてんだよ でかい組織は本音と建前がある
本音は地味な技のが有効だけど、
建前は宣伝として飛び蹴り表紙の本とか出してた。
昔は特に(これは空手やテコンドーも同様)。
本音としては逆技の数は少ないし、
逆小手系なら逆小手系ばかり集めて練習しろだけど(事実部内ではそう教えてる)
建前として、宣伝文句として数百と謳った(大東流も千〜2千とかサンボも4千とか)
だからそのへんは本音と、建前というか宣伝文句がある。分けて考えるべし。
やってる人がそれを分かって練習してるなら問題なし >>290
今の状況といっても誰だって自分が見た道場や拳士しか語れんだろ
ネットに全ての拳士が出てるわけでもないし
それでいいなら近くに4つあるけど若い男少ない所も多い所もある。
強さも乱捕り頻度もまあバラバラ。
ほぼやらない所もあるし他武道の人達も一緒に乱捕りしてる所もあるし >>274
2000年くらいに月刊誌と新聞を統合したから。そのため内容も月刊誌の頃は啓蒙誌のような濃さだったのが告知の多いものになった
まあ武道宗教に限らずだが、
何の団体も草創期は創始者の想いが濃いけど段々風化するのは仕方ない。
だからといって濃い人がいなくなったわけではないので 本部は昔のように今も濃い。問題はそれをどのように広めるか
試合中心にしたら技のレベルは保てるけど、
門下生の層が主婦や老人もいるからその人達が放ったらかしになりかねない。
何より試合中心の団体というのは創始者が嫌ってた
このへんが難しい所。技と思想の両方の兼ね合いがね。
他武道の試合行ったら分かるでしょ。マナーどころかチンピラみたいなのも多い 昔は背中で語れる人が多かった。まあ学校の教師にも言える事だが
今は知識や受け売りとしては教えられても、
行動や人徳で教えられる人は減っている だからね結局は人間教育の場、それを教える場あるいは学ぶ場なんだ
試合で勝った負けた、強い弱いじゃないものがある
ただそれを感じさせるには指導者が技はもちろん思想を行動で示せないと説得力に欠ける >>294
山本KIDみたいなの?
少林寺にはいないよね?
隠してるのか分からんけど、刺青入ってる人見たことない 本部は試験制度とか問題もあるにせよ、道場のほうだってもっと変わらないと。
せっかく本部が限定乱捕りや戦術を組むとかいい練習や防具を広めたんだから。
それをやらずに寸止め法形や演武ばかり年中やってたらそりゃ飽きますって 試合のない武道は子供には難しいね。
ゲーム性がないから。合気道や居合もそうだけど。色々と工夫を凝らさないと飽きる。
そりゃそうだろね大人でも漠然とやってたらただの寸止め体操になるんだから 昔よくやってたおでこや肩にタッチするゲームとか子供から老人まで楽しめる
そんなとこからでも乱捕り入口としては良い
もちろんやってる所もあるけど、未だに当てない一人の基本と寸止め法形ばかりの所もある 防具着けると法形が面白くなる。特に剛法ね。
You Tubeでも言ってるが防具着けると間合が近くなる。
演武のような遠間では届いたとしても浅すぎる。
ギリギリの間合から飛び込んでくるから構えても足は歩幅程度だし、
反撃もコンパクトにせざるを得ない >>302
講習会や武専や月刊誌で言ったりさせたりしてるで
まあここまでして、道場で実際にやるかやらんかは後は指導者によるところが大 >>303
そもそも組織なんだが?
本部は表面的に載せただけじゃ広めた事にはならないし
組織として統制が取れてない証拠になるよ まーた社会人なら働いてる時間なのに、リンジは一日5chに常駐w
>>286
>他武道から転向した人が多かった事で分かるだろ
本格的な武道は、入ったはいいけどついていけないで辞める人って多いからね
才能や根性がないことに気づかないままいられるような武道であることは分かるよ
>>288
>昔から本部は言っていた
出たよ、「○○と言っていた」「○○と書いている」
言っていたから正しいと言いたいのかな
好きな事言ったり書くのは小学生低学年でもできるんだが
>>294
>技と思想の両方の兼ね合いがね。
どっちも低いのは兼ね合いと言わんぞ
>>299
>そりゃそうだろね大人でも漠然とやってたらただの寸止め体操になるんだから
漠然とやらないとしても妄想でやるんだろ
ただの寸劇体操じゃん 段とかも廃止にしてさ、みんな平等でいいんじゃない? >>309
―方的に少林寺が敵意むき出しにしてるだけでしょ >>312
苛められてリンジに転向したとかで恨んでる個人は多いだろうけど、向うは相手にはしてないでしょ
世界的な修行者数も知名度も比較にならんし、日本開催のオリンピックでも少林寺など相手にされない 相手が弱って無い限り、パンチはすぐ引いて構えに戻さないとね。ちゃんと受けれなくても、軌道上に障害物があるだけで倒すパンチの威力が減衰する。
格闘技は倒さないといけない部分があるけど、護身では倒されないことを優先。
故に、相手のストレートに大して全く障害物の無い中段構えは、柔法専用ぐらいに思うべし。
大道塾や日本拳法に寄せた構えにすべき。
タックルに弱いといわれそうだが、多分同じ。
総合の試合で余り使われてないことが証拠。
ナイフに弱いといいそう、しかし、ナイフ使いはまず手首狙ってくる。
中段構えはちょうどいい場所にある。
金的、拳受けとしては全く同じ、膝受けは、むしろ中段構えよりやりやすい。
https://youtu.be/dSpdIeJ8Ou4 プロは先ずは手首を狙ってくるが
刃物相手に構えがどうのいう発想がそもそも間違い 振り子と千鳥足もそう、千鳥足で振り子突きって過剰動作。
故に、その人しだいで千鳥足使って振り身使わなかったとか直進して振り子使うとかみたいになる。
その場の時は振り身、千鳥の時は軸立てる突きみたいに整理しないとね。
基本も、まず軸立てて突く基本、次に振り子突きみたいな。 >>301
エア柔法の方が面白いけどね
だって俺、腹抱えて笑ったもん >>316
過剰動作でなく最初からハリボテだらけの拳法なだけ
だから技術に芯が全く無い
生徒さんは騙されてんだよ
数十年やってる爺さん共はもう後戻りできないし自分でも分かってるが
これを否定すると自分の人生を否定することになるから自己正当化するためにダブスタでも言うしかないんだよ
上で同じ踊りを防具つけたらもっと楽しくなる
距離も変わるとか平然と言ってるくらいだし
普通の人が聞いたら苦笑いする内容なのに 強い人でも振り子突きで直立で突いてた人もいれば千鳥に入らない人もいる
その人の、その時その時の成長度合いで教える事が変わる。道場間での違いも似たような事。
有名な柔法の先生などは年々教える事が変化していった。それは成長してると言う事。
もちろん何年立っても昔のままであまり変われない人もいる >>319
ぶっちゃけ何でもいいから物使って盾として使わないと無理だよ
長年武道やってる奴でも無理
バッグでもPCでもなんでも
最悪上着を左腕に巻くか
何にせよ片腕を犠牲にする気持ちないと無理
その際手首だけは守らないといけない
手首切られたら数分で意識失って死ぬ >>320
その違いを深く考えないから一括りにするだけ ぐだぐだ言ってないで他流道場も見に行ってみれば良いのに
伝統空手も自分の目で見てみなさいよ ここのアンチは少林寺も知ってる他流の連中ばかりだと思うが 伝統空手は死亡事故が起きる前に寸止めにしたんだ
少林寺と違ってね 寸止めの成り立ちは確か空手が本土に来て学生を中心に発展して作り上げたルールだったと記憶してる
死亡事故というが柔道の方がよっぽど死人多く出してるぞ
少林寺は死人が出たからどうのと
乱取りの話しがでるとよくこの話を取りざたにするが
踊り練習を正当化するための免罪符的なものだと俺は思ってる
どっちにしろ現在がどうかが重要であって昔話しか語れなくなったらもう終わりだよ >>320
攻防法が変わっても、変わらないのが基本なんだかどね。
そもそも、基本として千鳥足からの振り子突きを文書として確定してるのに振り子をしないとか、流派の体を成してない。
そういういろんな人がいるということが、基本として間違ってる証拠。
空手では、試合で正拳突きはしないが、伝統派もフルコンの大部分(事実上空手ではなくキックの所もある)は、流派の正拳突きを毎回の練習でやってる。
伝統派の最先端を行く師範も、試合に勝つためには正拳突き練習が大事と言っている。
それが本当の基本なんだよね。
その前段階の、根本とか基礎というのもあるけど。
それは別のSNSで書くけどね。
https://youtu.be/br9T_4ge8L8 >>327
>昔話しか語れなくなったらもう終わりだよ
しかも法螺話じゃな
他流と互角以上に戦っただの、北派正統後継者だの、写真も録画記録も物証も一つとしてなく、全てが話だけ
しかも身内の 基本や法形におかしいところがあるから、乱取りに使えない。
それを、乱取りルールが悪いとか言いだして、基本や法形の、検証してない。そこが停滞の理由。
空手は伝統基本や伝統形がそのままでは伝統派やフルコンの試合で使えないことを知ってる。
それでもルールが悪いとか言わない上、それでも伝統基本や伝統形をやってる。
原則だと認識して、かつ、試合に勝つための要素でもあると知ってる。
伝統基本や伝統形を廃止して実戦的にしたつもりが、それを突き詰めず中途半端な状態て演武化したから、矛盾や、非合理抱えたおかしな基本になってしまった。
エイシュン拳を大きく変えたジークンドーや、空手ですら無くなった空道ぐらい徹底して振り切るべきだったね。
https://youtu.be/2qa5ApsZp7k ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています