あ、思い出したけど、正道会館でも初期のころはサポーターなしです。
ひざサポーターだけつけてました。バレーボール用の。
シンガードはまだ売ってなかったですね。初期は。

私は剛柔流からの移行組でしたが、準備体操、基本、移動はほぼ同じ、
組手ルールだけがちがうという感じ。あとミットを使うのが空手ではなかった。
まだ安価な革製ミットというのはなくて、非常に高価でした。5万くらいしたんじゃないかな。

最初の空手着はミズノ製で、大変出来が悪かった。
ミズノは空手着作ったことがないらしく、柔道着の型でした。
先輩たちは、通販で極真の空手着買ってましたね。

正道なんて誰も知らない無名の団体ですからね。
正道は10年くらい泣かず飛ばずの時代があったのです。
K-1で当てるまでは、けっこうジリ貧だったのでは。
佐藤塾、真樹道場、正道が三羽カラスでね。
あんまりパッとしませんでしたな。