黒田鉄山先生と振武舘 40
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新陰系の定義する基礎的な正中線は
構えた前足先
膝先
肩先を結ぶ鉛直線なのだけど
本質はそうでなく
詳細は新陰系の奥伝だし
言葉を濁すとして
いわゆる斜中正でもない。
簡単にいうと例えば
片足で立つと誰でも物理的に傾くでしょ。それでも立つ巧緻がある。
これは巧い人は脚の
身体の奥で立つから。一旦そこで立てると片足でもそこで立てる。真っすぐではない。斜めでもどこで立つか常に捕らえているから。
これが直曲と別居した正中線の原理だね。ただそれをつかむには本質的な位置どりをつかむことが入り用になる。
この本質的な位置どりは従来の人や動物にないものだけに脳が認識できないのだよね。
昭和の時代にはまだO先生(翁先生でないよ)のように隠剣(≠剣を隠す)構えのとれる先生が存在されていた。
黒田氏の構えや正郡氏の佇まいをみるにまだそこまでの正中線には至っていない感じかな。黒田氏はおそらく体育年齢から本式の稽古を始めた身体にみえないし致し方なし。
ぴたりと構えに沿って立たれると正中線(剣)に隠れられてしまう
気配が消える
などがピント来ない人は試しに人と待ち合わせたさい黒目をゆっくり回しながら瞬きせずに立っていてごらん。
瞬きしないのは人や動物の通来の姿と相反するから結構な確度で発見されるのに時間がかかる。これが大大大枠の正中線だね。 「反日」という言葉はとても便利です。この言葉を濫用する人は、敵味方で世界を単純化しがちなこと、
立場の異なる相手について考える想像力に欠けること、批判精神がなく事大主義に陥りやすいこと、つまり知的な誠実さをおよそ欠いていることが一目でわかるからです。
「反日」を濫用する人はしばしば、日本について批判をする人にその言葉を投げかけ、「日本人なら日本を好きなのは当然」などと言います。それが愚かなのは、
日本を心配してより良くしたいという苦言が存在することを想像できないということももちろんありますが、さらに根本的問題があると考えます。
それは、日本を「好き」「嫌い」という、ごく単純化した感情でしか、対象を捉えられていないということです。
「日本」という、空間的にも時間的にも複雑で多様な存在は、「好き」「嫌い」などという感情で簡単に把握できるような安直な対象ではありません。
「好き」「嫌い」で「日本」を語れ、それで「親日」「反日」に世界を分けられるという、あまりにも単純化した認識は、「日本」という対象をきわめて安直に扱い、その深みを考えていないことを意味します。
つまり、これほど「日本」を軽く扱ってバカにしたことはないのです。
ことに日本に生まれ育つという運命を負わされた人間にとって、「日本」という存在は圧倒的なもので、それをどう捉え向き合うのかは極めて大きな問題です。
巨大な存在に打ちのめされないよう自己を保つのは大変です。「好き」「嫌い」なんて言って済ませられるようなことじゃないんです。
捉えきれないほど巨大な存在である「日本」(他の国でも同じですが)を、「好き」「嫌い」と言える立場と思っていること自体が、むしろ自分を何様だと思っているのか、神様のつもりなのかと、私は不思議でなりません。
そのような言葉遣い自体が、「日本」を実は軽んじている証なのです。
だから、「反日」を濫用する人が大事に思っているのは実は「日本」ではないのです。他人に「反日」と投げつけることで自分たちがエライと思おうとしている、好きなのは自分だけなのです。
自分が好きなこと自体はむしろ大事ですから、どうか他の手段でそれを実現してほしいと思うばかりです。 「反日」という言葉はとても便利です。この言葉を濫用する人は、敵味方で世界を単純化しがちなこと、
立場の異なる相手について考える想像力に欠けること、批判精神がなく事大主義に陥りやすいこと、つまり知的な誠実さをおよそ欠いていることが一目でわかるからです。
「反日」を濫用する人はしばしば、日本について批判をする人にその言葉を投げかけ、「日本人なら日本を好きなのは当然」などと言います。それが愚かなのは、
日本を心配してより良くしたいという苦言が存在することを想像できないということももちろんありますが、さらに根本的問題があると考えます。
それは、日本を「好き」「嫌い」という、ごく単純化した感情でしか、対象を捉えられていないということです。
「日本」という、空間的にも時間的にも複雑で多様な存在は、「好き」「嫌い」などという感情で簡単に把握できるような安直な対象ではありません。
「好き」「嫌い」で「日本」を語れ、それで「親日」「反日」に世界を分けられるという、あまりにも単純化した認識は、「日本」という対象をきわめて安直に扱い、その深みを考えていないことを意味します。
つまり、これほど「日本」を軽く扱ってバカにしたことはないのです。
ことに日本に生まれ育つという運命を負わされた人間にとって、「日本」という存在は圧倒的なもので、それをどう捉え向き合うのかは極めて大きな問題です。
巨大な存在に打ちのめされないよう自己を保つのは大変です。「好き」「嫌い」なんて言って済ませられるようなことじゃないんです。
捉えきれないほど巨大な存在である「日本」(他の国でも同じですが)を、「好き」「嫌い」と言える立場と思っていること自体が、むしろ自分を何様だと思っているのか、神様のつもりなのかと、私は不思議でなりません。
そのような言葉遣い自体が、「日本」を実は軽んじている証なのです。
だから、「反日」を濫用する人が大事に思っているのは実は「日本」ではないのです。他人に「反日」と投げつけることで自分たちがエライと思おうとしている、好きなのは自分だけなのです。
自分が好きなこと自体はむしろ大事ですから、どうか他の手段でそれを実現してほしいと思うばかりです。 そう思うならバッティングセンターで
防護ネット圏内を外れてベース寄り
ぎりぎりボールに当たらない位置に立ってみな。
ふだんアマチュアが簡単に打てていた
プロ相手の実戦でも簡単に打てると思いこんでいた(のと同じ速度の)凡球が
たちまち1テン数倍速化
幻想が自覚できるから。
これは脳が死球を惧れ
ボール単品の客観速度をシングルカットして認識できないことの
誤差だよ。
脳は死球と速度を並列処理できるべく作りあげない限り
正しく物事(速度の絶対値)は認識できない。
これは消える動き
つまり動く台車に載って動く人の動きが
台車と人
両者の視認を並列処理できない以上
たとえ同じ人の動きでも認識できないことと同じ原理だね。
>>382何をすると転ぶの? ・デマサポが「クラウドワークス」を使って工作活動してたことが続々判明中 「ウヨ記事50円」「動画作成80円」「共産民進批判800円」
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https://crowdworks.jp/public/employers/1379711 景気がいい、経済がいいなんていうのは庶民の生活の実感がないと本来なら成り立たないと思うの。それを「データが示している!実感がないのは自己責任!」みたいなこと言ってきたのが安倍政権でしょ。
そのデータが間違ってたんだからアベノミクスは失敗ですよねって私は思います。 >>385
何言ってんだおまえ、ここは黒田先生の消える動きの理解度を高めるスレだぞ 盛り鋳造は話を盛り過ぎるから馬鹿にされてるの気づけ
後、スカトロSM趣味は気持ち悪いよ ・デマサポが「クラウドワークス」を使って工作活動してたことが続々判明中 「ウヨ記事50円」「動画作成80円」「共産民進批判800円」
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https://crowdworks.jp/public/employers/1379711 >>385さん ありがとうございます。
おかげさまで、「新陰系の正中線の考え方」の基礎が判りました。
つまり、鉄山さんの言う正中線は「新陰系の自分の動きを認識させない事前の構え」と
「その基礎が判る者のみが感じられる架空の産物」ですね。 >>392
>消える動きとは何か?そこよ
途中の動きが無い事でしょ >>395
>「その基礎が判る者のみが感じられる架空の産物」ですね。
いや厳然と存在するモノだと思うけど
究極的には無くすべきモノだけど 巨大与党でヒトラー化する安倍首相
ナチスとヒトラーはこうして独裁体制を築いた
「ナチスの手口に学んだらどうかね」――。麻生副総理が4年前に発した妄言だが、
安倍独裁の完成が近づく今こそ、国民は「ナチスの手口」を学ぶ必要がある。
権力掌握のためにナチスとヒトラーが用いた手口が、ドイツ国民は内外の敵に脅かされているというプロパガンダだ。
その敵とは「第1次世界大戦の戦勝国に押しつけられたドイツ制裁のベルサイユ体制」であり、
「戦争の惨劇を利用して富を貯め込むユダヤ人」であり、「台頭する共産主義勢力」である。
ヒトラーは演説で敵の脅威を散々あおり、民衆の理性より感情に訴えかけた。
危機に怯える国民の感情を治安立法や軍備強化に悪用し、着々と独裁体制を築いていったのだ。
典型的な「ショックドクトリン」であるが、ヒトラーがあおった敵をそれぞれ「押しつけ憲法」
「中国人と朝鮮民族」「反安倍のリベラル派」に置き換えれば、今の日本の政治状況はナチ前夜とそっくりである。
そして安倍は今回の選挙演説で、ヒトラーが独裁のために乱用したワイマール憲法の「大統領緊急措置権」に相当する
「緊急事態対応」には一切触れず、北の脅威だけを連呼して突破した。まさにナチスの手口である。
前出の石川裕一郎氏はこう言った。「危惧されるのは、世相までナチ前夜に酷似してきたことです。
『日の丸』は国民統合の象徴のはずなのに、まるでナチス旗を持つか、持たないかのように国民を分断する道具になっている。
これらの不穏な空気とナチス独裁を許した当時のドイツの世相はどこかリンクしているように思えてなりません」
理性が感情にかき消される社会の行き着く先は独裁しか待っていない。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/216186/5
https://c799eb2b0cad47596bf7b1e050e83426.cdnext.stream.ne.jp/img/article/000/216/186/7648c4fb9a621252573826c1017785c820171024130850097.jpg 消える動きを理解できなければ、自分の命が消える事になる
幸か不幸か黒田先生と対峙する事はまず無いけど
黒田先生を偽物呼ばわりしたら、この世界やっていけないよ 爆笑させるなよw
あんな禿げどうとでもなるわwwww 動画で見る限り消えてないんだけど
やっぱ相対するとまた違うんかね 「反日」という言葉はとても便利です。この言葉を濫用する人は、敵味方で世界を単純化しがちなこと、
立場の異なる相手について考える想像力に欠けること、批判精神がなく事大主義に陥りやすいこと、つまり知的な誠実さをおよそ欠いていることが一目でわかるからです。
「反日」を濫用する人はしばしば、日本について批判をする人にその言葉を投げかけ、「日本人なら日本を好きなのは当然」などと言います。それが愚かなのは、
日本を心配してより良くしたいという苦言が存在することを想像できないということももちろんありますが、さらに根本的問題があると考えます。
それは、日本を「好き」「嫌い」という、ごく単純化した感情でしか、対象を捉えられていないということです。
「日本」という、空間的にも時間的にも複雑で多様な存在は、「好き」「嫌い」などという感情で簡単に把握できるような安直な対象ではありません。
「好き」「嫌い」で「日本」を語れ、それで「親日」「反日」に世界を分けられるという、あまりにも単純化した認識は、「日本」という対象をきわめて安直に扱い、その深みを考えていないことを意味します。
つまり、これほど「日本」を軽く扱ってバカにしたことはないのです。
ことに日本に生まれ育つという運命を負わされた人間にとって、「日本」という存在は圧倒的なもので、それをどう捉え向き合うのかは極めて大きな問題です。
巨大な存在に打ちのめされないよう自己を保つのは大変です。「好き」「嫌い」なんて言って済ませられるようなことじゃないんです。
捉えきれないほど巨大な存在である「日本」(他の国でも同じですが)を、「好き」「嫌い」と言える立場と思っていること自体が、むしろ自分を何様だと思っているのか、神様のつもりなのかと、私は不思議でなりません。
そのような言葉遣い自体が、「日本」を実は軽んじている証なのです。
だから、「反日」を濫用する人が大事に思っているのは実は「日本」ではないのです。他人に「反日」と投げつけることで自分たちがエライと思おうとしている、好きなのは自分だけなのです。
自分が好きなこと自体はむしろ大事ですから、どうか他の手段でそれを実現してほしいと思うばかりです。 動画に低評価つけるか匿名掲示板でネチネチ中傷するのが関の山 中国に似てくる日本 中国研究所理事長 杉山文彦
主権在民考えない発言
日本人は中国嫌いだと世上言われている。
事実、内閣府の世論調査では、中国に「親しみを感じない」という回答がここ数年7,8割を占める。
しかし私には最近、日本は日に日に中国に似てくるように思える。
自民党若手議員の勉強会で「沖縄の二つの新聞はつぶさにゃあかん」と気勢が上がる。
「法的安定性は関係ない」との発言が首相補佐官の口から飛び出す。
こういった発言は、共産党が全てを指導し、自由も平等も、また法的公正も、
みな共産党の指導(都合)に沿う範囲でのみ認められるという中国の体制の下でこそふさわしい。
実際、中国では政府に批判的な新聞の編集者が辞めさせられたり、社会活動家や弁護士が法的根拠も不明確なままに拘束されたりする。
日本はどうか。
憲法は主権在民、基本的人権、表現の自由をうたっているから、前述の発言は国民としての基礎的教養を欠き、ルールを無視しているということになる。
ところが、くだんの言は、選挙で選ばれた議員やその周囲に集う者の言葉である。
こうなると国民のかなりの部分が、主権在民や人権尊重を理解せずに物事を判断し、憲法に基づくルールとは違った心情で生活していることになる。
どうしてこんなことになってしまったのか。
長らく教職にあった私としてはやはり教育の問題を考えざるを得ない。
子供が自我を形成し大人になってゆくことは、それまでなんとなく従っていた周囲の状況を自分の目でとらえ直して自分なりの社会のイメージを形成し、
それに働きかけるようになることである。
いや、人権だの自我だのと面倒なことを言わずとも「美しい日本」の伝統によれば良いと考える人も多いだろう。
しかし、それではうまくいかぬことは、第2次大戦の悲劇が示している。
それでもという「美しい日本」派の人は、ぜひとも自民党の「憲法改正草案」と「中華人民共和国憲法」を熟読していただきたい。
両者はよく似ている。
どちらも権力の暴走から国民を守るためではなく、権力によって国民を動員するためのものである点で基本的性格を共にしているからだ。 溯ってみると
意外や
いい視点もあるね。
>>286古流にはあるね。
右に太刀を
刃先を後方へ向けて置いた居合いもあれば
右に並座した人の太刀を抜く居合いもあり
抜きにくい置き方な場合たたみ上を滑らせ仲間に渡す
渡し居合いもある。
>>391
>消える動きの理解度を高めるスレだ
それを概説しているのだけど
台車も並列も理解できなんだようだね。無理もないけどね。へいぜい支点(=足場≠台車)に生きている人にとっては。
>>393
>話を盛り
むしろ一般論では過小的でしょ。わたしメディア系に対する見立ては限定的だし。
例えば日本社交ダンスの祖にお会いしている身としては
80年代以降や掲示板上のマイケルジャクスンを神とする風潮には待ったなんだよね。私が指摘していたデイヴィドエルズフウェアがMJのダンスコーチに抜擢されて掲示板論争が終結したけど。
特定の信奉も似たようなもの。私は世間の神を神とは称ばない。身体を動かしてきた者にはわかるものはわかる。それだけのことさ。
>>395ただ流派なりのそれを客観化させる方法はあるだろうね。古流棒術ではとうしょ手を使わないべく持った棒の先端断面に同じ棒を立てる稽古を積む。
また棒の先端同士を突きで拮抗させる訓練も課される。じっさい怖いよ。これらをみれば正中線はあるのだなと横からでもわかるのでないかな。 >>402 >>403
相対する相手の肉眼では消えて見える >>408
でもそれだったら普通にスパーしててもあることだよね >>407
ペリトロコイド曲線理解してんの?黒田先生は理解してるぞ 中国に似てくる日本 中国研究所理事長 杉山文彦
主権在民考えない発言
日本人は中国嫌いだと世上言われている。
事実、内閣府の世論調査では、中国に「親しみを感じない」という回答がここ数年7,8割を占める。
しかし私には最近、日本は日に日に中国に似てくるように思える。
自民党若手議員の勉強会で「沖縄の二つの新聞はつぶさにゃあかん」と気勢が上がる。
「法的安定性は関係ない」との発言が首相補佐官の口から飛び出す。
こういった発言は、共産党が全てを指導し、自由も平等も、また法的公正も、
みな共産党の指導(都合)に沿う範囲でのみ認められるという中国の体制の下でこそふさわしい。
実際、中国では政府に批判的な新聞の編集者が辞めさせられたり、社会活動家や弁護士が法的根拠も不明確なままに拘束されたりする。
日本はどうか。
憲法は主権在民、基本的人権、表現の自由をうたっているから、前述の発言は国民としての基礎的教養を欠き、ルールを無視しているということになる。
ところが、くだんの言は、選挙で選ばれた議員やその周囲に集う者の言葉である。
こうなると国民のかなりの部分が、主権在民や人権尊重を理解せずに物事を判断し、憲法に基づくルールとは違った心情で生活していることになる。
どうしてこんなことになってしまったのか。
長らく教職にあった私としてはやはり教育の問題を考えざるを得ない。
子供が自我を形成し大人になってゆくことは、それまでなんとなく従っていた周囲の状況を自分の目でとらえ直して自分なりの社会のイメージを形成し、
それに働きかけるようになることである。
いや、人権だの自我だのと面倒なことを言わずとも「美しい日本」の伝統によれば良いと考える人も多いだろう。
しかし、それではうまくいかぬことは、第2次大戦の悲劇が示している。
それでもという「美しい日本」派の人は、ぜひとも自民党の「憲法改正草案」と「中華人民共和国憲法」を熟読していただきたい。
両者はよく似ている。
どちらも権力の暴走から国民を守るためではなく、権力によって国民を動員するためのものである点で基本的性格を共にしているからだ。 中国に似てくる日本 中国研究所理事長 杉山文彦
主権在民考えない発言
日本人は中国嫌いだと世上言われている。
事実、内閣府の世論調査では、中国に「親しみを感じない」という回答がここ数年7,8割を占める。
しかし私には最近、日本は日に日に中国に似てくるように思える。
自民党若手議員の勉強会で「沖縄の二つの新聞はつぶさにゃあかん」と気勢が上がる。
「法的安定性は関係ない」との発言が首相補佐官の口から飛び出す。
こういった発言は、共産党が全てを指導し、自由も平等も、また法的公正も、
みな共産党の指導(都合)に沿う範囲でのみ認められるという中国の体制の下でこそふさわしい。
実際、中国では政府に批判的な新聞の編集者が辞めさせられたり、社会活動家や弁護士が法的根拠も不明確なままに拘束されたりする。
日本はどうか。
憲法は主権在民、基本的人権、表現の自由をうたっているから、前述の発言は国民としての基礎的教養を欠き、ルールを無視しているということになる。
ところが、くだんの言は、選挙で選ばれた議員やその周囲に集う者の言葉である。
こうなると国民のかなりの部分が、主権在民や人権尊重を理解せずに物事を判断し、憲法に基づくルールとは違った心情で生活していることになる。
どうしてこんなことになってしまったのか。
長らく教職にあった私としてはやはり教育の問題を考えざるを得ない。
子供が自我を形成し大人になってゆくことは、それまでなんとなく従っていた周囲の状況を自分の目でとらえ直して自分なりの社会のイメージを形成し、
それに働きかけるようになることである。
いや、人権だの自我だのと面倒なことを言わずとも「美しい日本」の伝統によれば良いと考える人も多いだろう。
しかし、それではうまくいかぬことは、第2次大戦の悲劇が示している。
それでもという「美しい日本」派の人は、ぜひとも自民党の「憲法改正草案」と「中華人民共和国憲法」を熟読していただきたい。
両者はよく似ている。
どちらも権力の暴走から国民を守るためではなく、権力によって国民を動員するためのものである点で基本的性格を共にしているからだ。 <汚物>話盛杉厨造爺さん
黒田先生の名声が羨ましくてしょうがない
爺には何もないのに「俺はもっとすごいんダー」現実は加齢臭がキツイ
今日も妄想の一日 植木鉢板が似合ってる しかし、盛ジイってほんと中途半端な屁理屈老害だね
ペリトロコイド曲線単体の話なら、通常の動作でも人体は動く以上、至る箇所で
発生しているのに、ご大層に「台車だ並列だ」のと、得意げにまあ…
ただ「並列に動かす」だけでは全く無意味だって処こそが、ポイントでしょうに
各々を同タイミングで、かつ単純な瞬発力や無意識の地面の蹴り支えで生じる
「加速度」がつかぬ様に、人体の動きを精密に並列制御するのが本当に
至難の技であって、それが出来てきてこそ、初めて「一調子」になりえるって
話でしょうに
だからこそ動く前に「まず完全停止」「等速に動く」が大事だって
黒田氏は言ってるんでしょうが
あくまでも完全に物理用語としてではなく、体感的な感覚を少しでも理解し易く説くための
方便なのに、それに対して、突っ込み入れる様なピントズレな人もいる様だけどね
「黒田氏の構えや正郡氏の佇まいをみるに、まだそこまでの
正中線には至っていない感じかな」www
居酒屋でTVに日本の政治を語る酔っ払いのオヤジかw
その両目、目玉の代わりにビー玉でも入ってるんじゃないの 盛り君はスカトロSM趣味をクソコテの益多肇にイジられても言い返せずに逃げたから信用してない
いかがわしい 中国に似てくる日本 中国研究所理事長 杉山文彦
主権在民考えない発言
日本人は中国嫌いだと世上言われている。
事実、内閣府の世論調査では、中国に「親しみを感じない」という回答がここ数年7,8割を占める。
しかし私には最近、日本は日に日に中国に似てくるように思える。
自民党若手議員の勉強会で「沖縄の二つの新聞はつぶさにゃあかん」と気勢が上がる。
「法的安定性は関係ない」との発言が首相補佐官の口から飛び出す。
こういった発言は、共産党が全てを指導し、自由も平等も、また法的公正も、
みな共産党の指導(都合)に沿う範囲でのみ認められるという中国の体制の下でこそふさわしい。
実際、中国では政府に批判的な新聞の編集者が辞めさせられたり、社会活動家や弁護士が法的根拠も不明確なままに拘束されたりする。
日本はどうか。
憲法は主権在民、基本的人権、表現の自由をうたっているから、前述の発言は国民としての基礎的教養を欠き、ルールを無視しているということになる。
ところが、くだんの言は、選挙で選ばれた議員やその周囲に集う者の言葉である。
こうなると国民のかなりの部分が、主権在民や人権尊重を理解せずに物事を判断し、憲法に基づくルールとは違った心情で生活していることになる。
どうしてこんなことになってしまったのか。
長らく教職にあった私としてはやはり教育の問題を考えざるを得ない。
子供が自我を形成し大人になってゆくことは、それまでなんとなく従っていた周囲の状況を自分の目でとらえ直して自分なりの社会のイメージを形成し、
それに働きかけるようになることである。
いや、人権だの自我だのと面倒なことを言わずとも「美しい日本」の伝統によれば良いと考える人も多いだろう。
しかし、それではうまくいかぬことは、第2次大戦の悲劇が示している。
それでもという「美しい日本」派の人は、ぜひとも自民党の「憲法改正草案」と「中華人民共和国憲法」を熟読していただきたい。
両者はよく似ている。
どちらも権力の暴走から国民を守るためではなく、権力によって国民を動員するためのものである点で基本的性格を共にしているからだ。 中国に似てくる日本 中国研究所理事長 杉山文彦
主権在民考えない発言
日本人は中国嫌いだと世上言われている。
事実、内閣府の世論調査では、中国に「親しみを感じない」という回答がここ数年7,8割を占める。
しかし私には最近、日本は日に日に中国に似てくるように思える。
自民党若手議員の勉強会で「沖縄の二つの新聞はつぶさにゃあかん」と気勢が上がる。
「法的安定性は関係ない」との発言が首相補佐官の口から飛び出す。
こういった発言は、共産党が全てを指導し、自由も平等も、また法的公正も、
みな共産党の指導(都合)に沿う範囲でのみ認められるという中国の体制の下でこそふさわしい。
実際、中国では政府に批判的な新聞の編集者が辞めさせられたり、社会活動家や弁護士が法的根拠も不明確なままに拘束されたりする。
日本はどうか。
憲法は主権在民、基本的人権、表現の自由をうたっているから、前述の発言は国民としての基礎的教養を欠き、ルールを無視しているということになる。
ところが、くだんの言は、選挙で選ばれた議員やその周囲に集う者の言葉である。
こうなると国民のかなりの部分が、主権在民や人権尊重を理解せずに物事を判断し、憲法に基づくルールとは違った心情で生活していることになる。
どうしてこんなことになってしまったのか。
長らく教職にあった私としてはやはり教育の問題を考えざるを得ない。
子供が自我を形成し大人になってゆくことは、それまでなんとなく従っていた周囲の状況を自分の目でとらえ直して自分なりの社会のイメージを形成し、
それに働きかけるようになることである。
いや、人権だの自我だのと面倒なことを言わずとも「美しい日本」の伝統によれば良いと考える人も多いだろう。
しかし、それではうまくいかぬことは、第2次大戦の悲劇が示している。
それでもという「美しい日本」派の人は、ぜひとも自民党の「憲法改正草案」と「中華人民共和国憲法」を熟読していただきたい。
両者はよく似ている。
どちらも権力の暴走から国民を守るためではなく、権力によって国民を動員するためのものである点で基本的性格を共にしているからだ。 「反日」という言葉はとても便利です。この言葉を濫用する人は、敵味方で世界を単純化しがちなこと、
立場の異なる相手について考える想像力に欠けること、批判精神がなく事大主義に陥りやすいこと、つまり知的な誠実さをおよそ欠いていることが一目でわかるからです。
「反日」を濫用する人はしばしば、日本について批判をする人にその言葉を投げかけ、「日本人なら日本を好きなのは当然」などと言います。それが愚かなのは、
日本を心配してより良くしたいという苦言が存在することを想像できないということももちろんありますが、さらに根本的問題があると考えます。
それは、日本を「好き」「嫌い」という、ごく単純化した感情でしか、対象を捉えられていないということです。
「日本」という、空間的にも時間的にも複雑で多様な存在は、「好き」「嫌い」などという感情で簡単に把握できるような安直な対象ではありません。
「好き」「嫌い」で「日本」を語れ、それで「親日」「反日」に世界を分けられるという、あまりにも単純化した認識は、「日本」という対象をきわめて安直に扱い、その深みを考えていないことを意味します。
つまり、これほど「日本」を軽く扱ってバカにしたことはないのです。
ことに日本に生まれ育つという運命を負わされた人間にとって、「日本」という存在は圧倒的なもので、それをどう捉え向き合うのかは極めて大きな問題です。
巨大な存在に打ちのめされないよう自己を保つのは大変です。「好き」「嫌い」なんて言って済ませられるようなことじゃないんです。
捉えきれないほど巨大な存在である「日本」(他の国でも同じですが)を、「好き」「嫌い」と言える立場と思っていること自体が、むしろ自分を何様だと思っているのか、神様のつもりなのかと、私は不思議でなりません。
そのような言葉遣い自体が、「日本」を実は軽んじている証なのです。
だから、「反日」を濫用する人が大事に思っているのは実は「日本」ではないのです。他人に「反日」と投げつけることで自分たちがエライと思おうとしている、好きなのは自分だけなのです。
自分が好きなこと自体はむしろ大事ですから、どうか他の手段でそれを実現してほしいと思うばかりです。 動画に低評価つけるか匿名掲示板でネチネチ中傷するのが関の山 いや、「消える魔球」という漫画の方がイメージされるでしょ。
煙幕みたいに砂を巻き上げてボールが見えなくなるというアレ。
本当には消えていない、誇張表現という意味では同じだが。 「反日」という言葉はとても便利です。この言葉を濫用する人は、敵味方で世界を単純化しがちなこと、
立場の異なる相手について考える想像力に欠けること、批判精神がなく事大主義に陥りやすいこと、つまり知的な誠実さをおよそ欠いていることが一目でわかるからです。
「反日」を濫用する人はしばしば、日本について批判をする人にその言葉を投げかけ、「日本人なら日本を好きなのは当然」などと言います。それが愚かなのは、
日本を心配してより良くしたいという苦言が存在することを想像できないということももちろんありますが、さらに根本的問題があると考えます。
それは、日本を「好き」「嫌い」という、ごく単純化した感情でしか、対象を捉えられていないということです。
「日本」という、空間的にも時間的にも複雑で多様な存在は、「好き」「嫌い」などという感情で簡単に把握できるような安直な対象ではありません。
「好き」「嫌い」で「日本」を語れ、それで「親日」「反日」に世界を分けられるという、あまりにも単純化した認識は、「日本」という対象をきわめて安直に扱い、その深みを考えていないことを意味します。
つまり、これほど「日本」を軽く扱ってバカにしたことはないのです。
ことに日本に生まれ育つという運命を負わされた人間にとって、「日本」という存在は圧倒的なもので、それをどう捉え向き合うのかは極めて大きな問題です。
巨大な存在に打ちのめされないよう自己を保つのは大変です。「好き」「嫌い」なんて言って済ませられるようなことじゃないんです。
捉えきれないほど巨大な存在である「日本」(他の国でも同じですが)を、「好き」「嫌い」と言える立場と思っていること自体が、むしろ自分を何様だと思っているのか、神様のつもりなのかと、私は不思議でなりません。
そのような言葉遣い自体が、「日本」を実は軽んじている証なのです。
だから、「反日」を濫用する人が大事に思っているのは実は「日本」ではないのです。他人に「反日」と投げつけることで自分たちがエライと思おうとしている、好きなのは自分だけなのです。
自分が好きなこと自体はむしろ大事ですから、どうか他の手段でそれを実現してほしいと思うばかりです。 >>426
野球やったこと無いでしょ
変化と予想がずれるとマジで消えて見えるよ 【麻生氏 産まなかった方が問題】
麻生副総理兼財務相は3日、福岡県での国政報告会で「子供を産まなかった方が問題だ」と述べた。麻生氏は2014年にも「子供を産まない方が問題だ」などと発言し、その後に釈明した。
↑
どうしょうもないクズだな 政府自民党も積極的に実態解明するなどと発言してるが、全て大嘘。
解明には欠かせないキーマンとなる官僚を更迭して参考人として呼ぶ事を拒否してる。
やましいことがなければ、拒否する必要がない。
まずいことがあるんだろうな。 >>430
野球選手もあの変化球は消えるとかテレビで言ってるぞ 動画に低評価つけるか匿名掲示板でネチネチ中傷するのが関の山 中国に似てくる日本 中国研究所理事長 杉山文彦
主権在民考えない発言
日本人は中国嫌いだと世上言われている。
事実、内閣府の世論調査では、中国に「親しみを感じない」という回答がここ数年7,8割を占める。
しかし私には最近、日本は日に日に中国に似てくるように思える。
自民党若手議員の勉強会で「沖縄の二つの新聞はつぶさにゃあかん」と気勢が上がる。
「法的安定性は関係ない」との発言が首相補佐官の口から飛び出す。
こういった発言は、共産党が全てを指導し、自由も平等も、また法的公正も、
みな共産党の指導(都合)に沿う範囲でのみ認められるという中国の体制の下でこそふさわしい。
実際、中国では政府に批判的な新聞の編集者が辞めさせられたり、社会活動家や弁護士が法的根拠も不明確なままに拘束されたりする。
日本はどうか。
憲法は主権在民、基本的人権、表現の自由をうたっているから、前述の発言は国民としての基礎的教養を欠き、ルールを無視しているということになる。
ところが、くだんの言は、選挙で選ばれた議員やその周囲に集う者の言葉である。
こうなると国民のかなりの部分が、主権在民や人権尊重を理解せずに物事を判断し、憲法に基づくルールとは違った心情で生活していることになる。
どうしてこんなことになってしまったのか。
長らく教職にあった私としてはやはり教育の問題を考えざるを得ない。
子供が自我を形成し大人になってゆくことは、それまでなんとなく従っていた周囲の状況を自分の目でとらえ直して自分なりの社会のイメージを形成し、
それに働きかけるようになることである。
いや、人権だの自我だのと面倒なことを言わずとも「美しい日本」の伝統によれば良いと考える人も多いだろう。
しかし、それではうまくいかぬことは、第2次大戦の悲劇が示している。
それでもという「美しい日本」派の人は、ぜひとも自民党の「憲法改正草案」と「中華人民共和国憲法」を熟読していただきたい。
両者はよく似ている。
どちらも権力の暴走から国民を守るためではなく、権力によって国民を動員するためのものである点で基本的性格を共にしているからだ。 そりゃ消えるさ
相手の脳がうまく認識出来ない様な動かし方をするんじゃないの
型はその方法を学ぶための
本来各関節でおこる、気配としてもわかり易く見えるヒンジ運動の
円(角)が動きにつかない様に「遅延なく加速なく同時に」働かせて
最短距離の(つまり直線の)動作にする
そうすると本来おこるはずのヒンジ運動を、相手の脳は予測するが
予測した過程の動作がその中に無い(無い様に動かしてる=つまり消してる)
から、動きが消えて見えると感じる(本当は省略されている)
って事だと黒田氏は何度も何度も説明されてるじゃないの
むろん受け取る側にそれなりの洞察力と理解力が備わっていればという
前提での話なんだけどね >>437
だから言ったでしょ
受け取る側にもそれなりの洞察力と理解力が備わってないと
自らの浅学振りを露呈する事になるって 君みたいに
後は実際に古流を学ぶ経験値も必要だけど、君には無さそうだね
上記の事柄は、他の流派の古流武術にも共通して存在するコツだもの >上記の事柄は、他の流派の古流武術にも共通して存在するコツだもの
他の流派でそんな動き見たことないんだが?
例えば何処の流派? 自分は黒田氏の門下ではないが、あれだけの自流の精髄を惜しげもなく、
外の人間にも公開してくれる氏の事は、武術家として尊敬してるよ
人としても寛容な人物だなと思ってるくらいだ
こういう事書くと良くネットで「信者だ」どーだと、安い揶揄をする輩もいる様だが、
別にお布施した事もなければ、水晶のネックレスや羽毛布団を売りつけられた覚えも
無いんだがねえ 俺はやればやるほど小手先になって弱くなってる気がする
そういう人には流派剣術で形があると、これが正しい形っていうのがいいのかもね
自分で消える動きがとか言って、あれだけど >>439
あるさ、君が気づいてないだけだ
もし何故か一連の動作や一瞬の動きが記憶に残りにくい動き方をしている
武術家がいたならば、更によく目を凝らしてみてみると良い
観るほどにわかりにくいという事実が認識できると思う
だったらそこには概ね同じ理合いが隠れていると判断してまず間違いない 実際に本人の技に触れたこともないやつが
黒田鉄山は弱いだの凄いだのイキってるだけだからね
全員無名の雑魚なんだから信者アンチ言わず仲良くしろよw 全部ひっくるめて「自分は物事を分かってる」というスタンスで展開されるネット掲示板に前向きな意味なんかないわ。
ここは雑談サロンである以外に意味はないぞ。
前向きな議論は道場の仲間としてるしネットに書くわけない。 >>439
自分の流派回りの話をすると古流の世界は狭いので正直身バレしかねなくて
あまり具体的には言えないけど、古流以外でもそういった動きをされる人なら
何人かいるよ
徒手武術でなら、元手術の三宅栄堂氏、剣術がらみなら蕨の小用茂夫氏
小用氏はベースは新陰流と聞いている 確かにと思う部分は多い
お会いした事はないが、本部の上原氏や忍術の初見氏、合気道の廣澤英雄師範も
やなりそうした動き方をされる
フッと相手に入る時、ヒョイと相手の手を取るとか拳足をつかむ時なんかは
まんまそれだから目を凝らしてみると良い
ただ共通してるのは、みんな何気なくさりげなくヒョイっとやるって事で
作為的ではないし、かなりわかりにくい
でもその何気なさに騙されずに見慣れてくると必ず分かる
何故か動きの過程が目に移りにくいから アレって気づくはずだ 片山地方創生相に「口利き」疑惑=文春が報道へ
18日発売の週刊文春が、片山さつき地方創生担当相の「口利き」疑惑を報じることが17日、分かった。記事によると、会社経営者が2015年に片山氏の私設秘書だった男性に、税務調査をめぐる対応を依頼。指定された口座に100…
↑
ウヨってクズばっかりだな( -д-)ペッ >>407
レスどうも。
自分は納刀含め一拍子目指してやってます。 ネトウヨが4年くらい前やたら「自衛隊は応募者が多くて選ばれる方が大変、これからはマンパワーじゃなくてテクノロジーなのに」
とか安倍やホリエモンの頭悪い発言根拠に拡散してたのに自治体の6割が勧誘のために個人データ渡さないから違憲とか滅茶苦茶だな。 >>443
確かに武蔵も名利は捨てない方がいいって言ってるな 中国に似てくる日本 中国研究所理事長 杉山文彦
主権在民考えない発言
日本人は中国嫌いだと世上言われている。
事実、内閣府の世論調査では、中国に「親しみを感じない」という回答がここ数年7,8割を占める。
しかし私には最近、日本は日に日に中国に似てくるように思える。
自民党若手議員の勉強会で「沖縄の二つの新聞はつぶさにゃあかん」と気勢が上がる。
「法的安定性は関係ない」との発言が首相補佐官の口から飛び出す。
こういった発言は、共産党が全てを指導し、自由も平等も、また法的公正も、
みな共産党の指導(都合)に沿う範囲でのみ認められるという中国の体制の下でこそふさわしい。
実際、中国では政府に批判的な新聞の編集者が辞めさせられたり、社会活動家や弁護士が法的根拠も不明確なままに拘束されたりする。
日本はどうか。
憲法は主権在民、基本的人権、表現の自由をうたっているから、前述の発言は国民としての基礎的教養を欠き、ルールを無視しているということになる。
ところが、くだんの言は、選挙で選ばれた議員やその周囲に集う者の言葉である。
こうなると国民のかなりの部分が、主権在民や人権尊重を理解せずに物事を判断し、憲法に基づくルールとは違った心情で生活していることになる。
どうしてこんなことになってしまったのか。
長らく教職にあった私としてはやはり教育の問題を考えざるを得ない。
子供が自我を形成し大人になってゆくことは、それまでなんとなく従っていた周囲の状況を自分の目でとらえ直して自分なりの社会のイメージを形成し、
それに働きかけるようになることである。
いや、人権だの自我だのと面倒なことを言わずとも「美しい日本」の伝統によれば良いと考える人も多いだろう。
しかし、それではうまくいかぬことは、第2次大戦の悲劇が示している。
それでもという「美しい日本」派の人は、ぜひとも自民党の「憲法改正草案」と「中華人民共和国憲法」を熟読していただきたい。
両者はよく似ている。
どちらも権力の暴走から国民を守るためではなく、権力によって国民を動員するためのものである点で基本的性格を共にしているからだ。 >>430鈴木一朗が松坂大輔との初対決で
打ちとられた直球が見えなかったとコメントしていたよ。記録的な豪速一球でもない。
変化球を鏤められたのでもない。純然と投球動作で見えなんだと。見えないとはそういうことだね。岡目八目の話しでなくてね。
>>415
>ペリトロコイド曲線なら、通常の動作でも人体は動く以上、至る箇所で発生している
至る箇所ではダメなのだよね。全一的にでないとね。そして通常の人の通常動作は全一的でないことが問題なのだね。
>「並列に動かす」
並列に動かすのでなく
脳が並列処理できないという話しだね。事実このように文言が目に入ってきていないでしょ。これが身をもってしる並列処理の壁だね。
>だけでは全く無意味
だけではないので例えば後太刀の概説を再読してごらん。
>完全停止
これなんか蹣跚めいていては決してできないのだけどね。
>持った棒の先端断面に同じ棒を立てる稽古を積む
試してみなんだ?
柔術では半棒でハンドスプリングとかやるしね。一般的な身体能力の高い人種でもできやしないね。
といっても正中線の立った言句ほど脳がやはり認識できないためか必ず読み落とされてしまうのだよね。これが隠剱構えということ。
>>420ただ客観的に消える位もあるけどね。黒田氏などはレベルが高く○部常○○などを上の中とすれば中の上だろうけどそういう基準で上の上ならば。
1956年の表演動画がその実例となるね。 たぶん日本人ってアイデンティティを国に癒合させがちな国民なんだよね。過去の日本の加害とかも、求められているのは「あれは間違いだった」という客観的な評価の共有なんだけど、
自己と国家を分離できてない人がよくいて、自分の人格を否定されたかのように反発して無理筋の擁護を始めたりする。
そういう国家に融合させた自我を手っ取り早く気持ちよくさせるための麻薬が他国蔑視・他国憎悪。
日本のこういう所が課題だねって話をしてるときに脈絡なく他国民を罵倒しだすタイプの人、ここにもぶら下がってるけど、そんなことして他者を貶めてもお前も日本も1ミリもスゴくはならないんだぜ 櫻井よしこ氏は、1991年に植村氏が朝日新聞に発表した元従軍慰安婦の単独インタビュー記事が「捏造である」と誹謗中傷を繰り広げ、
植村氏は退職、家族の生命まで脅かされたが、3月23日、札幌地裁の本人尋問で櫻井氏は誤りを認め、訂正を約束した。
↑
ウヨってこんな奴らばっか( -д-)ペッ プロスポーツ選手、プロ格闘家の試合見て自分まで強くなったと誤解したスポーツ格闘技オタ
黒田鉄山の動き見て剣術の奥義悟ったと勘違いした古流オタ
この両者がしのぎを削るのが黒田スレ
どっちも動画勢素人か無名の雑魚のくせにプロやその道の専門家にどや顔イチャモンつけてるのがやべーよ 中国に似てくる日本 中国研究所理事長 杉山文彦
主権在民考えない発言
日本人は中国嫌いだと世上言われている。
事実、内閣府の世論調査では、中国に「親しみを感じない」という回答がここ数年7,8割を占める。
しかし私には最近、日本は日に日に中国に似てくるように思える。
自民党若手議員の勉強会で「沖縄の二つの新聞はつぶさにゃあかん」と気勢が上がる。
「法的安定性は関係ない」との発言が首相補佐官の口から飛び出す。
こういった発言は、共産党が全てを指導し、自由も平等も、また法的公正も、
みな共産党の指導(都合)に沿う範囲でのみ認められるという中国の体制の下でこそふさわしい。
実際、中国では政府に批判的な新聞の編集者が辞めさせられたり、社会活動家や弁護士が法的根拠も不明確なままに拘束されたりする。
日本はどうか。
憲法は主権在民、基本的人権、表現の自由をうたっているから、前述の発言は国民としての基礎的教養を欠き、ルールを無視しているということになる。
ところが、くだんの言は、選挙で選ばれた議員やその周囲に集う者の言葉である。
こうなると国民のかなりの部分が、主権在民や人権尊重を理解せずに物事を判断し、憲法に基づくルールとは違った心情で生活していることになる。
どうしてこんなことになってしまったのか。
長らく教職にあった私としてはやはり教育の問題を考えざるを得ない。
子供が自我を形成し大人になってゆくことは、それまでなんとなく従っていた周囲の状況を自分の目でとらえ直して自分なりの社会のイメージを形成し、
それに働きかけるようになることである。
いや、人権だの自我だのと面倒なことを言わずとも「美しい日本」の伝統によれば良いと考える人も多いだろう。
しかし、それではうまくいかぬことは、第2次大戦の悲劇が示している。
それでもという「美しい日本」派の人は、ぜひとも自民党の「憲法改正草案」と「中華人民共和国憲法」を熟読していただきたい。
両者はよく似ている。
どちらも権力の暴走から国民を守るためではなく、権力によって国民を動員するためのものである点で基本的性格を共にしているからだ。 動画に低評価つけるか匿名掲示板でネチネチ中傷するのが関の山 >>452
盛じい、もういいって 中身のない駄文をダラダラと
あんたは既知外仲間のハジメとでも言い争ってなさい
変態扱いされて言い負かされたままでしょ?
病室から出てきちゃダメだよ めっ 森以蔵のスカトロ投稿の印象が強過ぎて何を書いてあっても入ってこない... >>460
ハジメはちゃんと仕事してるって言ってたぞ 「反日」という言葉はとても便利です。この言葉を濫用する人は、敵味方で世界を単純化しがちなこと、
立場の異なる相手について考える想像力に欠けること、批判精神がなく事大主義に陥りやすいこと、つまり知的な誠実さをおよそ欠いていることが一目でわかるからです。
「反日」を濫用する人はしばしば、日本について批判をする人にその言葉を投げかけ、「日本人なら日本を好きなのは当然」などと言います。それが愚かなのは、
日本を心配してより良くしたいという苦言が存在することを想像できないということももちろんありますが、さらに根本的問題があると考えます。
それは、日本を「好き」「嫌い」という、ごく単純化した感情でしか、対象を捉えられていないということです。
「日本」という、空間的にも時間的にも複雑で多様な存在は、「好き」「嫌い」などという感情で簡単に把握できるような安直な対象ではありません。
「好き」「嫌い」で「日本」を語れ、それで「親日」「反日」に世界を分けられるという、あまりにも単純化した認識は、「日本」という対象をきわめて安直に扱い、その深みを考えていないことを意味します。
つまり、これほど「日本」を軽く扱ってバカにしたことはないのです。
ことに日本に生まれ育つという運命を負わされた人間にとって、「日本」という存在は圧倒的なもので、それをどう捉え向き合うのかは極めて大きな問題です。
巨大な存在に打ちのめされないよう自己を保つのは大変です。「好き」「嫌い」なんて言って済ませられるようなことじゃないんです。
捉えきれないほど巨大な存在である「日本」(他の国でも同じですが)を、「好き」「嫌い」と言える立場と思っていること自体が、むしろ自分を何様だと思っているのか、神様のつもりなのかと、私は不思議でなりません。
そのような言葉遣い自体が、「日本」を実は軽んじている証なのです。
だから、「反日」を濫用する人が大事に思っているのは実は「日本」ではないのです。他人に「反日」と投げつけることで自分たちがエライと思おうとしている、好きなのは自分だけなのです。
自分が好きなこと自体はむしろ大事ですから、どうか他の手段でそれを実現してほしいと思うばかりです。 >>455従軍慰安婦がすきだね。掲示板は。温故知新ならばもっと有意な対象と切り口を選定すればいいものをね。
報道の変化率を計算式とした真実の割り出しとかさ。行軍の能率改善策の模索とか。
>>456古流未経験が跳梁しているのは確かだろうね。幾ばくかのkarateを齧った程度でメディアの黒田氏を視聴しては古流を騙る輩。
木剱を抜いたことも無いのでないかな。黒田氏に関してもう一言一般にも見えやすい観点を添えると氏は凝視しているよね。
あれだと○部常○○にはまだなのだよね。カギやカギ穴を凝視すると滑らかにカギが刺さらないでしょ。へいぜい滑らかに刺さるのはオートメ化されて凝視していないから。
ここが太刀の一つの真理だね。
>>460-461何だい
それは。
私が知らない出来事を知っているきみは
大方名を借りて落がきした張本人かな。
>>448双○館?いま汎くとられていない太刀筋だよね。もしあそこならば>>452で触れたご存在が交流している。 中国に似てくる日本 中国研究所理事長 杉山文彦
主権在民考えない発言
日本人は中国嫌いだと世上言われている。
事実、内閣府の世論調査では、中国に「親しみを感じない」という回答がここ数年7,8割を占める。
しかし私には最近、日本は日に日に中国に似てくるように思える。
自民党若手議員の勉強会で「沖縄の二つの新聞はつぶさにゃあかん」と気勢が上がる。
「法的安定性は関係ない」との発言が首相補佐官の口から飛び出す。
こういった発言は、共産党が全てを指導し、自由も平等も、また法的公正も、
みな共産党の指導(都合)に沿う範囲でのみ認められるという中国の体制の下でこそふさわしい。
実際、中国では政府に批判的な新聞の編集者が辞めさせられたり、社会活動家や弁護士が法的根拠も不明確なままに拘束されたりする。
日本はどうか。
憲法は主権在民、基本的人権、表現の自由をうたっているから、前述の発言は国民としての基礎的教養を欠き、ルールを無視しているということになる。
ところが、くだんの言は、選挙で選ばれた議員やその周囲に集う者の言葉である。
こうなると国民のかなりの部分が、主権在民や人権尊重を理解せずに物事を判断し、憲法に基づくルールとは違った心情で生活していることになる。
どうしてこんなことになってしまったのか。
長らく教職にあった私としてはやはり教育の問題を考えざるを得ない。
子供が自我を形成し大人になってゆくことは、それまでなんとなく従っていた周囲の状況を自分の目でとらえ直して自分なりの社会のイメージを形成し、
それに働きかけるようになることである。
いや、人権だの自我だのと面倒なことを言わずとも「美しい日本」の伝統によれば良いと考える人も多いだろう。
しかし、それではうまくいかぬことは、第2次大戦の悲劇が示している。
それでもという「美しい日本」派の人は、ぜひとも自民党の「憲法改正草案」と「中華人民共和国憲法」を熟読していただきたい。
両者はよく似ている。
どちらも権力の暴走から国民を守るためではなく、権力によって国民を動員するためのものである点で基本的性格を共にしているからだ。 黒田スレ上で、システマのふんどしにて相撲をとる老害か
恥の多い人生をひた走ってるね 「反日」という言葉はとても便利です。この言葉を濫用する人は、敵味方で世界を単純化しがちなこと、
立場の異なる相手について考える想像力に欠けること、批判精神がなく事大主義に陥りやすいこと、つまり知的な誠実さをおよそ欠いていることが一目でわかるからです。
「反日」を濫用する人はしばしば、日本について批判をする人にその言葉を投げかけ、「日本人なら日本を好きなのは当然」などと言います。それが愚かなのは、
日本を心配してより良くしたいという苦言が存在することを想像できないということももちろんありますが、さらに根本的問題があると考えます。
それは、日本を「好き」「嫌い」という、ごく単純化した感情でしか、対象を捉えられていないということです。
「日本」という、空間的にも時間的にも複雑で多様な存在は、「好き」「嫌い」などという感情で簡単に把握できるような安直な対象ではありません。
「好き」「嫌い」で「日本」を語れ、それで「親日」「反日」に世界を分けられるという、あまりにも単純化した認識は、「日本」という対象をきわめて安直に扱い、その深みを考えていないことを意味します。
つまり、これほど「日本」を軽く扱ってバカにしたことはないのです。
ことに日本に生まれ育つという運命を負わされた人間にとって、「日本」という存在は圧倒的なもので、それをどう捉え向き合うのかは極めて大きな問題です。
巨大な存在に打ちのめされないよう自己を保つのは大変です。「好き」「嫌い」なんて言って済ませられるようなことじゃないんです。
捉えきれないほど巨大な存在である「日本」(他の国でも同じですが)を、「好き」「嫌い」と言える立場と思っていること自体が、むしろ自分を何様だと思っているのか、神様のつもりなのかと、私は不思議でなりません。
そのような言葉遣い自体が、「日本」を実は軽んじている証なのです。
だから、「反日」を濫用する人が大事に思っているのは実は「日本」ではないのです。他人に「反日」と投げつけることで自分たちがエライと思おうとしている、好きなのは自分だけなのです。
自分が好きなこと自体はむしろ大事ですから、どうか他の手段でそれを実現してほしいと思うばかりです。 ようつべで痛々しい講釈垂れてる奴のアカウント覗いたら
大抵アフィ動画、ネトウヨ動画、バイクツーリング動画、アニメ動画でお気に入りやプレイリスト埋め尽くされてて
酷いのはメタボ自撮り動画うpしてる奴もいてそんなんばっかだな
ごく稀に格闘技オタっぽい奴も混ざってるがそいつがマシに見えるレベル 中国に似てくる日本 中国研究所理事長 杉山文彦
主権在民考えない発言
日本人は中国嫌いだと世上言われている。
事実、内閣府の世論調査では、中国に「親しみを感じない」という回答がここ数年7,8割を占める。
しかし私には最近、日本は日に日に中国に似てくるように思える。
自民党若手議員の勉強会で「沖縄の二つの新聞はつぶさにゃあかん」と気勢が上がる。
「法的安定性は関係ない」との発言が首相補佐官の口から飛び出す。
こういった発言は、共産党が全てを指導し、自由も平等も、また法的公正も、
みな共産党の指導(都合)に沿う範囲でのみ認められるという中国の体制の下でこそふさわしい。
実際、中国では政府に批判的な新聞の編集者が辞めさせられたり、社会活動家や弁護士が法的根拠も不明確なままに拘束されたりする。
日本はどうか。
憲法は主権在民、基本的人権、表現の自由をうたっているから、前述の発言は国民としての基礎的教養を欠き、ルールを無視しているということになる。
ところが、くだんの言は、選挙で選ばれた議員やその周囲に集う者の言葉である。
こうなると国民のかなりの部分が、主権在民や人権尊重を理解せずに物事を判断し、憲法に基づくルールとは違った心情で生活していることになる。
どうしてこんなことになってしまったのか。
長らく教職にあった私としてはやはり教育の問題を考えざるを得ない。
子供が自我を形成し大人になってゆくことは、それまでなんとなく従っていた周囲の状況を自分の目でとらえ直して自分なりの社会のイメージを形成し、
それに働きかけるようになることである。
いや、人権だの自我だのと面倒なことを言わずとも「美しい日本」の伝統によれば良いと考える人も多いだろう。
しかし、それではうまくいかぬことは、第2次大戦の悲劇が示している。
それでもという「美しい日本」派の人は、ぜひとも自民党の「憲法改正草案」と「中華人民共和国憲法」を熟読していただきたい。
両者はよく似ている。
どちらも権力の暴走から国民を守るためではなく、権力によって国民を動員するためのものである点で基本的性格を共にしているからだ。 格闘技オタのチンパン(黒田アンチ)VSインキャ古武術オタ(黒田信者)VSイキリト中二病ド素人(黒田アンチ)のみつどもえ 先週、新作DVD買ったんですが、型の方はもう楷書ではなくて
草書でした 正直言って、過去の楷書でやってた型のDVDを見ておかないと、
途中速過ぎて何やってるのか分からない感じで
技を出す時、昔なら体を整えて、造ってからだったのが無くなってしまい、
何気なくヒョイとやってみせるのに年輪を感じさせます ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています