黒田鉄山先生と振武舘 40
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3名無しさん@一本勝ち2018/03/08(木) 00:52:07.85ID:VpeP4sUD0
我が家は今日も型名人 「反日」という言葉はとても便利です。この言葉を濫用する人は、敵味方で世界を単純化しがちなこと、
立場の異なる相手について考える想像力に欠けること、批判精神がなく事大主義に陥りやすいこと、つまり知的な誠実さをおよそ欠いていることが一目でわかるからです。
「反日」を濫用する人はしばしば、日本について批判をする人にその言葉を投げかけ、「日本人なら日本を好きなのは当然」などと言います。それが愚かなのは、
日本を心配してより良くしたいという苦言が存在することを想像できないということももちろんありますが、さらに根本的問題があると考えます。
それは、日本を「好き」「嫌い」という、ごく単純化した感情でしか、対象を捉えられていないということです。
「日本」という、空間的にも時間的にも複雑で多様な存在は、「好き」「嫌い」などという感情で簡単に把握できるような安直な対象ではありません。
「好き」「嫌い」で「日本」を語れ、それで「親日」「反日」に世界を分けられるという、あまりにも単純化した認識は、「日本」という対象をきわめて安直に扱い、その深みを考えていないことを意味します。
つまり、これほど「日本」を軽く扱ってバカにしたことはないのです。
ことに日本に生まれ育つという運命を負わされた人間にとって、「日本」という存在は圧倒的なもので、それをどう捉え向き合うのかは極めて大きな問題です。
巨大な存在に打ちのめされないよう自己を保つのは大変です。「好き」「嫌い」なんて言って済ませられるようなことじゃないんです。
捉えきれないほど巨大な存在である「日本」(他の国でも同じですが)を、「好き」「嫌い」と言える立場と思っていること自体が、むしろ自分を何様だと思っているのか、神様のつもりなのかと、私は不思議でなりません。
そのような言葉遣い自体が、「日本」を実は軽んじている証なのです。
だから、「反日」を濫用する人が大事に思っているのは実は「日本」ではないのです。他人に「反日」と投げつけることで自分たちがエライと思おうとしている、好きなのは自分だけなのです。
自分が好きなこと自体はむしろ大事ですから、どうか他の手段でそれを実現してほしいと思うばかりです。 腰を落とすと倒されないから落とせって言われてたけど
総合が出てきてから倒し方は色々あってむしろ腰が低いと蹴りの餌食になっちゃうんだよな 強いか弱いかそういう議論はひとまず置いといて
黒田泰治さんの壮年期の居合腰と一文字腰は一度見ておいて損はない
あれはガチで鍛えないとこうはならないって低い腰構えのいい見本だわ 82だけど、何故か書込みが出来なかったのでこっちで
11/10の土曜日の一般講習会の内容なら、普段の稽古でやってるのと、
ほぼ同じ内容だと言ってた
例えば、
@「立った脇から、受けが相手の腕をストレートアームバーっぽく固めて抑え(伸びた形で)
取りはその腕の肘を、受けの止める力と力任せにぶつかる事がない様に
ひょいひょいと曲げ伸ばしする」 とか
A「同じく立った脇から、受けが相手の腕をストレートアームバーっぽく抱えて
抑え、取り側はその受けの力とぶつからない様に、ぬるっと腕を抜き取る」
といった普段使う筋肉を使わずに、普段使わない部分の筋肉を使って身体を動かしたり、
普段使う部分の筋肉でも、その動かす順番を変えて動かすといった
「動き方の質を変える」稽古 とか B「受けと取りが横に正座、受けは相手の腕をからめ、強引に立ち上がろうとすれば
受けは自動的に取りのおもりになって、立ち上がる事が困難だが…
これを煙が立ち上る様に、浮き身&一調子で立ち上がると、受けを取った相手も
なぜか取りの人と一緒にひょいと立ち上がってしまう」
といった、重心の移動が雑だと止められやすいが、逆だと相手に止めにくい、止められない
動きになるという「無足による重心の制御」の稽古
といった感じの内容が複数用意されていて、大変難しいんだけど、武術という観点から見て
自分の身体が如何に動かないかが自覚出来るので、面白い
遊び稽古とよばれる身体の動かし方の練習を行った最後に、それらの総まとめとして、
実際に型の稽古になり、その型を通してどの部分がさっきまでの遊び稽古で習った要点だったのか
とかが、明らかになるといった流れだった
(門人の人の話だと、柔術の裏7本目だか8本目とかでDVDや書籍では公開されてない型だそうな)
詰まる処、遊び稽古と呼ばれる身体の使い方の練習は、
古い空手で言うところの型の分解稽古に当たるのかもしれないね あと、講習会でも「腰を落とす」いう事の意味と重要性を実演交えて
説明されていたけど、それを観た限りでは、どうも自分らが考えている
「低く腰を落とす」とは違った解釈の感じだったよ
というのも、普通は「腰を落とせ」と言われると、膝を深く曲げる事で
地面からの距離を低くする事で腰を落とすと解釈してるけど、黒田氏は
地面に片膝ついたまま(!)で「腰を落とした」んだ 上手く説明できんが、ともかく黒田氏が「腰を落とす」と、膝ついて
手を取られていた参加者がとたんにカクン!と崩されて床にすっころんだ
自分もその技掛けてもらいたかったがかなわず、間近では観ていたものの
どうやったのかがさっぱりわからんので、モヤモヤしている
膝を床についている状態なのに「腰を落とす」だしね
そのあとで「祖父も”腰を落とす”低い腰構え”は至難の技だといってました」と
コメントしてた >剣道じゃ落とさんやろ
>腰を落とすと倒されないから落とせって言われてたけど
>総合が出てきてから倒し方は色々あってむしろ腰が低いと蹴りの餌食になっちゃうんだよな
↑こういった、表面しか見えてない輩には
理解できない世界を語ってくれて有り難いよ >>16
表面もなにも事実だから仕方ないよ
腰を落とす術まで高めた話しなんて黒田さんぐらいしか出来ないだろ
そうなると結局君の言う表面の方が重要なんだよ 拉致被害者家族、蓮池透さんに聞く 「最重要課題」一ミリも動かぬ安倍政権 政治家こそ「痛恨の極み」
安倍首相はこの5年間、「拉致問題は、安倍内閣の最重要課題であります」といったたぐいのセリフを、国会で何回繰り返してきたか、を。その数、実に40の本会議・委員会で計54回である。1年に10回以上、こんな発言を量産してきた計算だ。
「安倍さんの好きな言い回しで言えば、決まり文句のように『最重要課題』と繰り返しながら、
一ミリも動いていない。昨年9月には拉致問題の解決を訴える集会(「今年中に全拉致被害者の救出を!国民大集会」)で『拉致問題に最優先で取り組む』と言っておきながら、1週間後には衆院解散を表明したのが安倍さんです。動くはずもない」
待ち合わせたのは、東京都内の高層ホテルのバー。遠く、窓越しに東京スカイツリーのまばゆいイルミネーションが望めるが、蓮池さんの声は沈んでいた。
昨年12月には拉致被害者の増元るみ子さん(64)=拉致当時24歳=の母、信子さんが愛娘の帰還を見ずして90歳で亡くなり、
薫さんとともに解放された曽我ひとみさん(58)の夫チャールズ・ジェンキンスさんも77歳で世を去った。
「お二人が亡くなった時、菅義偉官房長官は『痛恨の極み』と述べた。何を言っているんだ。5年もたって、いや、北朝鮮が拉致を認めてから15年が過ぎている。時間を空費して、
風化させて『痛恨の極み』と言う政治家こそ『痛恨の極み』です」
昨年は、小泉純一郎首相(当時)が訪朝して北朝鮮が拉致を認めてから15年の「節目」ということで、報道の量は多少増えた、とみる。そして年が明け、16年の今年である。
核・ミサイル開発を巡り、米国との緊張が続き、拉致問題は日々のニュースに埋もれがちだ。
薫さんや曽我さんら5人は帰還したが、今も帰らない政府認定の拉致被害者は12人。「家族に節目なんてない。毎日、待ち続けている。次の『節目』は20年とでもいうつもりですか? いいかげんにしてください」 膝を地べたに着くまで腰を落とした状態から「腰を落とす」稽古と型は
秘伝誌でも過去に図像付きで紹介はされてたね
実際に触れて投げて貰える体験ができるとは羨ましい限り >>20
その秘伝誌って、何年の何月号か分かりますか?
教えていただけると有難い >>14
それ半分子供だましですよ(失礼)。
ブラジリアン柔術ではニーオン(ニーライド)といって、仰臥した相手の下腹にのせた膝で相手をコントロールするすべを学びます。
初心のあいだはブリッジなどで簡単に膝ごと浮かされてしまうのですが、熟練というほどでもなく少し慣れてくると、
二つほど下位の帯の相手に対しては文字通り膝だけで、別に膝を水平に動かして力を外しもせず抑え続けることができてきます。
これなんか体の中を落としてるからってことになるのでしょうが、確かに重要ですが、
いたずらに神秘めかして売り物にするのもちょっとどうかな、と。 神秘っぽい感じでは言ってないだろ純粋に技術だし
だからこそ"遊び"稽古だし ,,-―--、
|:::::::::::::;;;ノ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|::::::::::( 」 < 大日本帝国の戦争は正しい戦争、大東亜聖戦!!
ノノノ ヽ_l \ 東南アジアを解放したから、日本は感謝されてる!!!
,,-┴―┴- 、 \ ∩__________________________
/,|┌-[]─┐| \ ( ノ
/ ヽ| | バ | '、/\ / /
/ `./| | カ | |\ /
\ ヽ| lゝ | | \__/
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インドネシア「欧米に変わって支配しようとして失敗しただけだろ。日本に支配されたことはインドネシア史最大の汚点」
マレーシア「過去のことをとやかく言うつもりはないが、マレー人を虐殺しておいて何が解放だよ」
ミャンマー「ファシストジャパンはビルマでレイプや強制連行を行った。都合のいい見方をするな」
タイ「うち、日本のせいでやりたくもない戦争に巻き込まれたんだけど……」
フィリピン「うちなんて独立決まってたのに侵略されたんだけど……日本人の言う解放ってアジアを植民地にすること?」
ブルネイ「今の日本は尊敬してるけど解放したなんて言い分は受け入れられないよ」
東ティモール「もうしねよ」 中国に似てくる日本 中国研究所理事長 杉山文彦
主権在民考えない発言
日本人は中国嫌いだと世上言われている。
事実、内閣府の世論調査では、中国に「親しみを感じない」という回答がここ数年7,8割を占める。
しかし私には最近、日本は日に日に中国に似てくるように思える。
自民党若手議員の勉強会で「沖縄の二つの新聞はつぶさにゃあかん」と気勢が上がる。
「法的安定性は関係ない」との発言が首相補佐官の口から飛び出す。
こういった発言は、共産党が全てを指導し、自由も平等も、また法的公正も、
みな共産党の指導(都合)に沿う範囲でのみ認められるという中国の体制の下でこそふさわしい。
実際、中国では政府に批判的な新聞の編集者が辞めさせられたり、社会活動家や弁護士が法的根拠も不明確なままに拘束されたりする。
日本はどうか。
憲法は主権在民、基本的人権、表現の自由をうたっているから、前述の発言は国民としての基礎的教養を欠き、ルールを無視しているということになる。
ところが、くだんの言は、選挙で選ばれた議員やその周囲に集う者の言葉である。
こうなると国民のかなりの部分が、主権在民や人権尊重を理解せずに物事を判断し、憲法に基づくルールとは違った心情で生活していることになる。
どうしてこんなことになってしまったのか。
長らく教職にあった私としてはやはり教育の問題を考えざるを得ない。
子供が自我を形成し大人になってゆくことは、それまでなんとなく従っていた周囲の状況を自分の目でとらえ直して自分なりの社会のイメージを形成し、
それに働きかけるようになることである。
いや、人権だの自我だのと面倒なことを言わずとも「美しい日本」の伝統によれば良いと考える人も多いだろう。
しかし、それではうまくいかぬことは、第2次大戦の悲劇が示している。
それでもという「美しい日本」派の人は、ぜひとも自民党の「憲法改正草案」と「中華人民共和国憲法」を熟読していただきたい。
両者はよく似ている。
どちらも権力の暴走から国民を守るためではなく、権力によって国民を動員するためのものである点で基本的性格を共にしているからだ。 >>24
でもこう書かれてますからね。
>”腰を落とす”低い腰構え”は至難の技だといってました
難しい難しいで馬の鼻面に売り物を提げ続ける商法、ってどうかなーと思うんですよ。
格闘技の世界はもっと健全です。
それでいて今やシステマティックに、気付いたら多くの人が結構高度なことが出来るようになってますしね。
そういう業界の異同はいったんちゃんと指摘しときたいな、と思いまして。 黒田スレにこういう痛い格闘技オタが湧くのは日常茶飯事だから >>28
難しいと言われて、難しいと思い込んだ時点でお前は黒田先生に負けてるよ >>29
格闘技オタの方が信者より健全に見えるけどな 拉致被害者家族、蓮池透さんに聞く 「最重要課題」一ミリも動かぬ安倍政権 政治家こそ「痛恨の極み」
安倍首相はこの5年間、「拉致問題は、安倍内閣の最重要課題であります」といったたぐいのセリフを、国会で何回繰り返してきたか、を。その数、実に40の本会議・委員会で計54回である。1年に10回以上、こんな発言を量産してきた計算だ。
「安倍さんの好きな言い回しで言えば、決まり文句のように『最重要課題』と繰り返しながら、
一ミリも動いていない。昨年9月には拉致問題の解決を訴える集会(「今年中に全拉致被害者の救出を!国民大集会」)で『拉致問題に最優先で取り組む』と言っておきながら、1週間後には衆院解散を表明したのが安倍さんです。動くはずもない」
待ち合わせたのは、東京都内の高層ホテルのバー。遠く、窓越しに東京スカイツリーのまばゆいイルミネーションが望めるが、蓮池さんの声は沈んでいた。
昨年12月には拉致被害者の増元るみ子さん(64)=拉致当時24歳=の母、信子さんが愛娘の帰還を見ずして90歳で亡くなり、
薫さんとともに解放された曽我ひとみさん(58)の夫チャールズ・ジェンキンスさんも77歳で世を去った。
「お二人が亡くなった時、菅義偉官房長官は『痛恨の極み』と述べた。何を言っているんだ。5年もたって、いや、北朝鮮が拉致を認めてから15年が過ぎている。時間を空費して、
風化させて『痛恨の極み』と言う政治家こそ『痛恨の極み』です」
昨年は、小泉純一郎首相(当時)が訪朝して北朝鮮が拉致を認めてから15年の「節目」ということで、報道の量は多少増えた、とみる。そして年が明け、16年の今年である。
核・ミサイル開発を巡り、米国との緊張が続き、拉致問題は日々のニュースに埋もれがちだ。
薫さんや曽我さんら5人は帰還したが、今も帰らない政府認定の拉致被害者は12人。「家族に節目なんてない。毎日、待ち続けている。次の『節目』は20年とでもいうつもりですか? いいかげんにしてください」 >>30
いえいえ、
>それ半分子供だましですよ(失礼)。
と書かせてもらってる通りです、私のスタンスは。
よく言われる「旦那芸」「誰でもできる」とは思いませんが。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています