沖縄(古流)空手スレ
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空手の競技化に迎合しない、本物の空手について語ろう。
道場の情報などもここで。 >>128
全空連とかムエタイとか、試合の話してないのに
路上では試合でできるような動きができないという事が言いたかったんだが
>>129
ガラスの破片が極端なら、小さな砂利みたいな石ころはありうるだろう
いずれにしても綺麗の清掃してる試合場じゃないのは確か >>137
>全空連とかムエタイとか、試合の話してないのに
お前がピョンピョンはよく知りもしないのにただジャンプしてるだけだろみたいな偏見を持ってるから
確認として寸止めの経験の是非を聞いたりムエタイを引き合いに出して身体操作の目的を教えてやってるんだよ
まさか経験もないのにダメ出ししてるとは思わんかったからさw
>路上では試合でできるような動きができないという事が言いたかったんだが
試合でも路上でも同じような身体操作を靴を履いても可能ですよ?
路上での体験談を書いてる>>129が良い例ですし彼は実際に経験しただろうし
私も靴を履いてステップをして確かめたことがあります。貴方は靴はおろか素足ですら
やってみた事が無いのでしょう? それなのによく妄想だけで実戦を語れますねえ。 >>137
>>路上では試合でできるような動きができないという事が言いたかったんだが
一応前提条件の確認として聞きますが、まずピョンピョンと言っても体験してもらえば分かりますが
といっても体験が面倒なら試合を見てもらえば分かりますが、結果的に浮くのはカカトの部分であって
中足の部分(足の先端半分以上)は地についてステップを刻む場合がほとんどです。
それでも試合では素足のためカカトが浮いてるのが肉眼で確認できますが、それはカカトを浮かすのが目的ではなく
攻撃にしろ防御にしろ重心移動を素早く行えるための居つかせないための動きの結果カカトが浮くのであって
まさか靴を履いた状態でさへ、靴のカカトが浮く目に見て浮く(場合によっては靴どころか足の裏全体が浮く)とか
おバカな先入観は持ってませんよね? 個人差もありますが、靴を履いた状態では体は上下運動になりますが靴が地面から
目に見えて離れるようなことはありませんよ。なったとしても素足じゃない分見た目にはやや地面と隙間が空く程度ですかね。
まあ、靴の中に画ビョウでも入れれば、貴方のおっしゃるように路上では出来ないかも知れませんねえw >結果的に浮くのはカカトの部分であって
>中足の部分(足の先端半分以上)は地についてステップを刻む場合がほとんどです。
そんな事は知ってるよ
ここは沖縄空手のスレなのになんで競技空手のフットワークに拘るのかはわからん
競技空手のフットワークが路上で使えるとかいうのなら、別のところでやれよ
路上で襲われる状況は試合と違って、事前に準備運動して体を温めたり、試合用の動きやすい
道着は来てないから、普通の生活してたらある程度のシミュレーションはできると思うが
やり直しが効かない状況だと、可能な限りリスクの少ない動きをする方が得策ということだよ
大体、空手の型には今の競技で使われてるフットワークはおろか廻し蹴りすらないのに、
競技空手の話を無理やり持ってくるのはなぜか? >>138
試合の動きが路上では危険なケースが多いんだよ
競技の技がそのまま通用すると考えるのは、単に競技側のエゴにしか過ぎんわ
試合のように動きやすい服装で、フットワークが有効な広い場所で、かつ審判と
ドクターが待機しているという条件ならわからんでもないが
大体ここは沖縄空手の話するところのはずなのに、なんで競技空手の話してんだ? >>142
でも現代の競技空手みたいな動きはしないよね
基本、接近戦が主体で蹴り技は低く、正拳も中段の柔らかい箇所へ打つ
後は取手術(中国武術で言う擒拿)と急所術(中国武術の点穴)も使って、掴んだり
取っ組み合ったりもする >>140
>ここは沖縄空手のスレなのになんで競技空手のフットワークに拘るのかはわからん
>競技空手のフットワークが路上で使えるとかいうのなら、別のところでやれよ
お前が>>120で言い出したのが発端だろ。
都合が悪くなったからって他のスレでやれとか今さら自分で言うなよって話w
>空手の型には今の競技で使われてるフットワークはおろか廻し蹴りすらないのに、
それを言うなら空手の型の分解なんか実戦じゃ使えないわな
https://www.youtube.com/watch?v=bshmjjcJqyk&feature=youtu.be&t=205
だいたいこんな感じで相手が硬直してくれるのを前提でやってるけど、実戦じゃ止まってくれんし
そもそも挙げ受け一つとっても内受けひとつとっても実戦でやれとか無理だろ。
こういうガチの喧嘩のパンチに受け技を合わせられる?
https://youtu.be/UERa2UM9x-Y?t=10
そもそも戦前の時点で型におけるロクな分解がなかった。
それもそのハズで、沖縄唐手の世界では対人稽古という概念が乏しかった。
自由組手はおろか約束組手すらなくて、本土の学生様に作っていただいて
ほとんどの沖縄の流派が逆輸入して取り入れて今に至るのが現実。
型だの巻藁だのチーシだのサーシだの、1人でやる稽古が主なのはそういう理由から。
対人稽古がほとんど無いのに分解なんか発展するハズないし、ましてやまともな技術も育たんよ。
それで技術がない言い訳を「失伝したから」とか言いはってるだけ。
むしろ、寸止めにしろフルコンにしろ、沖縄唐手がほっぽらかしてきた実際の対人を相手どった戦闘技術
という部分を本土の空手は変わりに成長させてくれたんだから、感謝されこそすれ役に立たない呼ばわりをされるいわれはない。 >>141
129を書いた者だけど、アンタが極端なケースを書いて「ぴょんぴょんはだから使えない」って
いう主張しなければ今の話の流れは無かったのでは?
「このスレは沖縄古伝の技を語り合うスレだから現代の技術はスレ違い」という主張なら解るけど、
あんたの思い込みで使えない。
と主張しちゃったら、「いやいや、全然使えるから」という書き込みが出てもしかたないんじゃないの?
因みに「小さな砂利みたいな石ころはありうるだろう」の場合、どの程度を想定しているかになるけど、
ちょっとした小石がある程度なら何も問題ないよ。
流石に神社の砂利くらいの量だと無理だが。 >>141
>競技の技がそのまま通用すると考えるのは、単に競技側のエゴにしか過ぎんわ
お前はピョンピョン跳ねるのなんか本当の唐手じゃないとか思ってるだろうから
現実を見ずに闇雲に否定するんだよ。それこそエゴだ。
沖縄の唐手家自体がほとんど自由組手を経験したことなかったんだから、むしろ昔の唐手や型に強さを求める方がお門違い。 >>146
>流石に神社の砂利くらいの量だと無理だが。
喧嘩は1人じゃ出来ない。人が多ければ多いほど喧嘩に遭遇する率も上がる。
人が多いのは当然繁華街だが、近代都市ビルが並ぶ繁華街のどこに神社並みの砂利があるんだろうな。
日本の路面の舗装率は世界でも有数だし路上の美観でも世界で指折りなんだが
件の彼は何故か喧嘩になると高確率で水がまかれてたりガラスが飛び散ってたりしてると思ってるのかな >>145
発端はお前じゃないか
118で今では沖縄でも競技で使ってるみたいな書き方したのはお前だよ
責任転嫁するなよ
ガチの喧嘩とか言ってるが、お前が空手の受け技が通用しないと思ってるのは単なるお前の主観
気になるんだったら、この島袋善保氏の道場を訪ねて直接確かめてみろよ
ロクな分解が無かった? そりゃ本土の話だろ
本土に伝わっていなかった=沖縄に無かった、じゃないぞ
お前の言う組手というのは他人と戦って優劣を競うものだろ
それは護身術ではないぞ >>149
>発端はお前じゃないか
え? 私がいつ
「ぴょんぴょんできるのは、試合用のフロアやリングだから 」
って言いました?
もう一度聞きますが
「ぴょんぴょんできるのは、試合用のフロアやリングだから 」
この発言が発端で、こんな発言が無ければこんな話題にも繋がらなかったんですけど。
私が言ったんですかねこれ? 私じゃないなら誰がこの発端の発言をしたんですかね? >>146
たまたま使えたぐらいの話じゃないんだよ
リスキーな動きはなるべく避けるのが常識なんだよ、空手に限ったことじゃないが
>>147
お前の言う強さって結局、他の空手家や格闘技の選手と戦って倒せる、こんな強い俺を見てくれというやつだろ
そもそも空手がそんな目的の為に作られたとでも思ってるのか?
>>148
あのな、アクシデントがおこならないように整理されている試合場に比べると路上の方がイレギュラーが多いという話だよ
常識で考えて分らんか? >>150
沖縄でもぴょんぴょんとか言い出したのは俺じゃないぞ
118を書いた奴
いずれにしてもナンセンスだが >>152
>沖縄でもぴょんぴょんとか言い出したのは俺じゃないぞ
>118を書いた奴
>>118が発端だとして、その>>118にレスをつけたのが貴方
そして貴方のレスにさらにレスをつけたのが俺
無視すればいいのに貴方はさらにレスを返してきた
都合が悪くなったからって、自分からかんできた話題に
今さらスレ違いだの何だの俺に責任転嫁するのはやめてくれますかあ?
お前 >>153
何で逆切れしてんのか分らん
ただ普通にぴょんぴょんはルールがあるところで有効としか書いてないのに
そんなに怒ることか? >>151
>そもそも空手がそんな目的の為に作られたとでも思ってるのか?
唐手は、空気相手に突いたり蹴ったりしてれば普通の人よりかは喧嘩になった時に有利かな
ついでに1人で型とかやって武術やってる気分に浸れる都合の良い娯楽
あ、でも対人稽古は痛いし怖いからやってきませんでした、ってのが唐手であり歩んで来た歴史だと思うよ
>あのな、アクシデントがおこならないように整理されている試合場に比べると路上の方がイレギュラーが多いという話だよ
そのイレギュラーが極端過ぎるから言ってんだよ。ガラスの破片がどうとか、実戦経験したことないけど妄想で補ってるヤツの典型的な発想でうんざりなのよ。
>>154
>何で逆切れしてんのか分らん
逆ギレしてないし、むしろ俺は何でお前が言い訳してるのか分からん。素直に認めればいいのにw >>155
なんだ、沖縄空手について何も知らないからでっち上げしてるだけか
妄想で語ってるのはお前だろ、でなきゃぴょんぴょん否定されて火病起こすなんてありえんわ
実戦とか言うけど、空手の技を路上で使う仕事でも就いてるの?
それとも反社会勢力の一員とか? >>149
>本土に伝わっていなかった=沖縄に無かった、じゃないぞ
隠されていた空手って知ってる? 沖縄にあるならわざわざ久保田先生は
何十年もかけて自分で作るなんて面倒なマネはしないなあ
桧垣先生が本を出したあたりから、自分達でも分解を創作していいんだってことにみんな気づいて
色々とこじつけたけど、桧垣先生以前は非実的な分解ばかりだったし、実際今の分解でさへも
実際に自由な攻防で使えるかと言ったら無理なのが多い
で、話を戻して桧垣先生が出始めたのは、ちょうど2000年前後だったけど、沖縄唐手が本土にもたらされたのが
1922〜1924年、それから約80年近くの間、桧垣先生が登場するまで沖縄の人たちはず〜〜〜〜〜〜〜〜っと
分解を隠してきたんでしょうかねえ。本土の人間が沖縄に行ったり、沖縄の人間が本土に来たり、道場に入門する人も居れば
交流稽古をする人や新しく会派を作る人、空手を専門とした書籍や映像などメディアや人の交流が80年の間発達してきましたけど
それらに見つからないよう80年間、分解を隠してきたんでしょうか? 誰にも見つからずに? 凄い偶然ですねえ
戦前から今に至るまで、色々な唐手に関する記録を調べてきたけど、まあロクな分解ないし
そもそも唐手家達の自由組手すら記録がない。それぞれの開祖格は弟子の数は本土と沖縄で何百人、近隣住民を合わせれば何千人もの目があるにも関わらず
自由組手もまたまたひと目につかないところでやってたんでしょうか。これもまた不自然、おっと不思議な話ですねえ。 もはやどうでもいいけど、
ピョンピョンの話はもういい加減、辞めてくんない? 例えば、現代の多くの空手家達は上段蹴りを使うけど
このスレ的にはそれは古流の空手にはなく競技の中で発達した技だから使えない技。
という認識でいいの?
今では、卓越さえしていれば喧嘩でも使う人間がいるけど。 >>157
お前のいう自由な攻防って、どんな状況を想定してるんだよ
格闘技の試合で通用するようなものを期待してるのなら、ただただ間違ってるぞ
空手の型が想定している相手は格闘技経験などもってのほかの素人だから
大体自由組手という概念自体が近代のものなのに、それが無かった=武術として価値が無いという決めつけは
強引過ぎるぞ
開祖って具体的に誰? 本土系の四大流派のことか?
基本、沖縄の関係者は部外者には隠してきたよ
例えば今でこそアメリカでは沖縄空手は広く普及してるけど、元々は短期でしか沖縄に滞在できない米兵相手に
基本的な事のみ教えることで始まったけど、アメリカ人の空手に対する情熱が真摯なものになるにつれ、関係者も
本気で教え始めたんだよ >>156
>なんだ、沖縄空手について何も知らないからでっち上げしてるだけか
いえいえ、これでも一応知ってますよ。調べましたからね。
でも貴方の方が詳しそうだなあ。後学のために、ちょっと教えてくださいよ?
糸州の自由組手を誰が目撃しましたか?
安里の自由組手を誰が目撃しましたか?
東恩納の自由組手を誰が目撃しましたか?
船越の自由組手を誰が目撃しましたか?
宮城の自由組手を誰が目撃しましたか?
許田の自由組手を誰が目撃しましたか?
知花の自由組手を誰が目撃しましたか?
喜屋武の自由組手を誰が目撃しましたか?
自由組手といったら、屋部と本部は強かったと言われますねえ。記録も残ってますねえ。
屋部と本部は親友で、おそらくあの当時唐手家としては珍しく対人稽古(フルコン)を両者で研究経験したんですよ
周りが自由組手をやったことない連中ばっかの唐手家の中に、フルコン経験者を放り込めばそりゃ無双できますがな。
ま、本部や屋部の話は余談として、話を戻して、名だたる開祖格とされる唐手家達の自由組手をやったという信頼できる記録を是非教えてください
弟子の数は数十人や数百人にのぼるんですから、まして近所にも人は居るんですから、当然記録のこってますよねえ? >>159
使える、使えないを言い出したら個人の力量になるが、リスクが大きいのは確か
海外でも襲われたときにとっさに反応して上段を出したが最後、相手が倒れて地面に
頭打ち付けて死んでしまったりとかあったから、うまくヒットしたらしたで過剰防衛に
なりかねない >>161
そもそも沖縄の空手は自由組手でフルコンを圧倒する為に作られてないのに、
まだそんな無意味な比較するか?
お前ただの脳筋だろww 寸止め、フルコン、防具組手
これらの発祥が沖縄でなく本土だという時点で気づけよ
まともな約束組手なり型なりがあれば学生がわざわざ作ったりしねーよ
みんなが通ってる道場に大した技術が無いのは、失伝したとかじゃなくて
そもそも失伝するほどの技術なんか元から無かった(組手した事すら無いんだから当たり前)
って事に気づけよ
それを「隠してた」の一言で思考停止するID:+fY9spzY0みたいなバカにみんなはならない事を祈る >>164
ただの格闘技脳じゃないか
お前みたいなのは、「空手の型はやるだけ無駄」というスレがあるんだから、そっちでやれ
お前は何しにここにきてるんだよ?
沖縄にも行ったことないお前の一方的な思い込みを書き込んだところで、建設的なことは何もないんだよ >>163
>そもそも沖縄の空手は自由組手でフルコンを圧倒する為に作られてないのに、
なんだ、分かってんじゃん。ここに来て初めて意見が一致したな。
沖縄空手は実際の戦闘じゃほとんど役に立たない、なんとなく武術っぽい気分を味わうための便利な道具
って事だろ? 技術を蓄積とかさせてこなくてスッカラカンだけど、型やって『俺って何か武術っぽい事してるー!」
って気分に毎日なる方が1年に1回起こるかどうかの喧嘩なんかよりも、よっぽど大事だよな。 ID:+fY9spzY0
の言ってることが正しいよ。
ID:0gMY61nU0は失せろ!カス >>166
分かってないのはお前
大体沖縄で空手が作られた時代に、フルコンの空手選手なんていなかっただろ
俺が言いたいのは沖縄の空手を稽古してる人間がわざわざフルコンやってる人に対抗する
必要性があるのかということだよ、格オタ君 >>168
>大体沖縄で空手が作られた時代に、フルコンの空手選手なんていなかっただろ
はい? 誰がフルコン選手云々言いました? 俺は自由組手の話をしてるんですよ?
もう一度言いますが、自 由 組 手 の話をしてるんですよ?
糸州の自由組手を誰が目撃しましたか?
安里の自由組手を誰が目撃しましたか?
東恩納の自由組手を誰が目撃しましたか?
船越の自由組手を誰が目撃しましたか?
宮城の自由組手を誰が目撃しましたか?
許田の自由組手を誰が目撃しましたか?
知花の自由組手を誰が目撃しましたか?
喜屋武の自由組手を誰が目撃しましたか?
弟子の数は数十人や数百人にのぼるんですから、まして近所にも人は居るんですから、当然記録のこってますよねえ? 結局精神異常者は逆ギレでコペピ繰り返すだけ
www >>169
沖縄空手はフルコンはおろか同じ空手家を想定してはいないから、
自由組手が無かった云々の議論は完全にナンセンス
例えば日本の剣術なら、刀を持った同じ武士を相手に戦う事を想定していたから、
防具付けて竹刀で撃ち合いというのにも意味はあったが、空手は違う 糸州が自由組手をしてた時、たまたま関係者は全員よそ見をしていて目撃できなかったんですか?
安里が自由組手をしてた時、たまたま関係者は全員よそ見をしていて目撃できなかったんですか?
東恩納が自由組手をしてた時、たまたま関係者は全員よそ見をしていて目撃できなかったんですか?
船越が自由組手をしてた時、たまたま関係者は全員よそ見をしていて目撃できなかったんですか?
宮城が自由組手をしてた時、たまたま関係者は全員よそ見をしていて目撃できなかったんですか?
許田が自由組手をしてた時、たまたま関係者は全員よそ見をしていて目撃できなかったんですか?
知花が自由組手をしてた時、たまたま関係者は全員よそ見をしていて目撃できなかったんですか?
喜屋武が自由組手をしてた時、たまたま関係者は全員よそ見をしていて目撃できなかったんですか?
あ〜、でも「隠してた」「失伝した」を頭から信じちゃう人なら納得しちゃうかもなぁ。
小学生の時居たじゃん? 俺100万円持ってるよ! → 家に「隠して」あるもん! → 見せてみろ → 「失くしちゃった!」
とか分かりやすい言い訳するヤツ。みんなウソって分かってたけど信じてやったよね。そういう経験ない? >>171
>沖縄空手はフルコンはおろか同じ空手家を想定してはいないから、
フルコンだの想定だの、そんな事は聞いていませんよ。
対人を使った組手の記録はあるの? あるなら教えてくださいな。って言ってるの。
対人の組手をしてないなら、それこそ組手稽古をしていないんだから技術の発達のしようがない裏づけになりますなあ。 >>172
とうとうコピペしかできなくなったかww
日本の武道は各藩の武士階級、武家による戦や対立関係があったから、様々な流派が生まれた、
まさに戦場の武術だったが、歴史が根本的に違う琉球の空手はそういった趣はなかった
そんな違いも判らずに同列に語る馬鹿がお前 >>173
型の分解はやってたよ
富名腰義珍が紹介していた9つの投げ技には抜塞の動きを応用した腕環とかあったしね >>174
で、結局、唐手家達の自由組手の記録は出せないんでしょ? だったら言い訳せずに素直にそう言えよw
自由組手じゃなくて分解も一緒。糸州は学校でも自宅でも何十年もの間弟子を数十人から数百人も教えてきてるのに
平安初段の下段払い追い突きについて、糸州が何と教えていたのか分からない。二段も三段も同じ。
たまたま平安だけだった、とかじゃなくてパッサイもクーシャンクーもナイハンチについても、意味不明な動作について
糸州がどう教えていたのか分からない。だからロクな分解が残っていない。
これは糸州じゃなくて那覇手の東恩納や宮城に名前を変えても同じことだからな。
何十人も何百人も弟子が居て、何十年も師事してる高弟も居るのに、型の動作ひとつ糸州がどう教えていたのか分からない。
こんな不自然なことってないわな。
隠してたんじゃなくて、元から無いから糸州だって教えようがないんだよ。それはほかの唐手家に名前を変えても同じこと。
船越だけじゃない、知花してもそう許田や比嘉にしてもそう。分からないから教えられない。だから没後に久保田先生の世代
つまり高弟とか二代目の立場の人間が、あれこれ創作してこじつける。ちょうど1960年代〜1975年代あたりかな。
でもみんな好き勝手に自分でこじつけるから、他の高弟達と整合性が取れない。同じ高弟であるハズなのに教えてる内容が違うのはそういう事。
それを誤魔化すために高弟たちは「開祖に師事した年代や段階によって習う技がそれぞれ違う」とかもっともらしいウソを言うわけ。
空手界はバカ正直な人が多いから、まあ何でか信じちゃうんだろうなあID:+fY9spzY0みたいなヤツとかはとくにさ。 >>177
最低でも1度は沖縄に赴いて研究したことも無い奴に言われてもね
俺は空手には最初から自由組手は無かったと思ってるから、どうでもいいわ
何も教えるものが無かった人間に長年師事するほど沖縄の人は馬鹿ではなかったと思うぞ
富名腰義珍の「空手道教範」にすら多少の応用は紹介されていたのに >>177
だからお前がやってるスポーツチャンバラみたいな組手はむしろやらない方がマシだって >>176
>富名腰義珍が紹介していた9つの投げ技には抜塞の動きを応用した腕環とかあったしね
他に谷落としとかもあったな。あれは出版用に撮影しただけのシロモノで、それこそ現代の先生がやってる
創作こじつけ作業を船越先生が走りとしてやったってことの証明でもあるんだよ。
現に船越の会派はいくつかあるけど、どれにも9つの投げ技が伝わっていない。
もっと分かりやすいのは、鉄騎(ナイハンチ初段)の変手として腕を制する船越先生の分解あったろ?
あれなんて鉄騎の分解だって言い張っちゃってるのに、それでもあの分解は現在伝わっていない。
なぜか? 船越が教えなかったから。なぜ教えなかったのか? それは船越が鉄騎の第一動作を見て
変手として腕関節を取る意味をこじつける事は出来たけど、そこに行き着くまでの柔術的な知識や経験が無かったから
途中過程まではこじつける事が出来なった、故に教えることも出来ず伝わっていない。他の投げ技にとかもそう。
この動作は投げって解釈は出来るな、という事は出来てもそこにもってくまでの知識や経験が無いんだからやはり稽古で
弟子に教えることは出来ない。故に伝わっていない。無い袖は触れない。
もちろん、後年柔術出身の弟子なども増えてきて本土に来たばっかの頃よりかはある程度分かってきたけど
それでも分解の数は数える程度だし、そもそもそれは船越の創作なんだから、伝統でも何でもないなって話になる。 >>180
解釈だよ、こじつけとか単なるアンチの決めつけにしか過ぎん
富名腰氏の系譜の空手会派は基本、スポーツ空手だから
大会の組手を重視してるところばかりだろ >>178
>俺は空手には最初から自由組手は無かったと思ってるから、どうでもいいわ
自由組手が無い = 対人稽古が無い = 戦闘技術の蓄積や練磨が望めず役に立たない
ってことでお互い意見は一致したな。なんだ、話せば分かるヤツじゃん、同じ意見で安心したよ。 >>182
それこそお前のこじつけだよww
型を分解することにより対人稽古はあったんだから、それでいいじゃないか >>181
>富名腰氏の系譜の空手会派は基本、スポーツ空手だから
スポーツや競技を良しとせず分かれた高弟の流派もありますよ?
伊藤派や木曜会や江上の松濤会それに久保田先生もそうですね。
でも共通して教えられてる船越の分解ってのは私が知る限りでは無いなあ。
木曜会とかは型と移動稽古するだけで分解ないし、伊藤や江上の会派は分解あるけど
共通はしていない。そもそもそんなの教えてもらってたら久保田先生はあんな分解作らないってw >>183
>型を分解することにより対人稽古はあったんだから、
へー。糸州は平安初段の下段払い追い突きの分解についてどう教えていたの? 平安初段で都合悪いなら、三段の第一動作や四段の第一動作でもええで? 人格形成とか言っちゃって他流荒らしの精神異常者排出して武道もくそもありゃしない >>184
だから、基本って書いたじゃないか
いずれにしてもそういう議論は無毛だぞ
というのは近代に入ってから日本の武道も、柔道は対人競技のみで、形や当身などは
稽古しなくなったし、剣道も竹刀による打ち合い中心になって、どこも武道は精神鍛錬として
重用されるようになって、戦場で使う武術ではなくなっていった、そんな頃に空手は本土に
紹介されていったんだが、基本、教育的側面の方を重視したかったのだろうね >>185
>型を分解することにより対人稽古はあったんだから、
分解なんて数える程度しかないし、本土に教えに来た唐手家達がロクな分解を教えれず
弟子に作らせるか慌てて自分でこじつけてる動向が資料から見て取れる。
まったく無かったとは言わんが、数える程度しかない唐手界の分解がそもそも実戦で使えないのだから
やはり昔の唐手家達は唐手や型を戦闘として実用する気なんてサラサラ無かったんだろうな
ってのが分かるわけ。まー、自由組手をやってこなかったんだから、当たり前といえば当たり前だけどね。 >>185
糸洲の分解は動画はおろか写真すら残ってないよ
そんなに知りたければお前が直接沖縄に出向いて関係者に聞いて来いよ
そして現地で納得行くまで議論してこい >>190
動画や写真を出せなんて言ってませんよ?
糸州は平安初段における第一動作、下段払い追い突きについてどう教えていたのか聞いてるんですわ
ああ、平安初段が都合悪いなら二段でもいいですよ? 三段でも四段でもいい。糸州は何て言ってました?
ナイハンチでもパッサイでもいいですよ? クーシャンクーや五十四歩でもいいですよ? 色々型はるしいっぱい弟子も居ますねえ。
でも、実際はこれだけの型の数やこれだけの弟子が居るにも関わらず、下段払い追い突きひとつ糸州が何と教えていたのか分からないってのが現状なんですよ
分からないのではなく、糸州自身も意味なんか知らないから教えられなかったんですよ
それもれこも対人稽古が無いんだから戦闘技術が育たないのは当たり前、故に型の解釈が稚拙のままなのも当たり前
何でこの現実から目を逸らすのかねえw? >>192
うん、で、糸州は平安初段の下段払い追い突きの動作について何て教えてたの?
都合が悪いなら他の型の動作でもいいですよ? >>192
>応用、変化って聞いたことないか?
糸州は実際の組手でどう応用や変化をするよう教えていたのかな?
糸州が都合悪いなら、東恩納でもいいし、喜屋武でもええよ
糸州に限らず沖縄の唐手家全般に当てはまることですから。 >>193
分解出せとか言ってるが、自分がどれだけ無礼なのか分かってないのか?
普通は道場に入門して、熱心に稽古を続けることで色々と教わるものだが、
だからそんなに知りたければ、自分の足で沖縄まで出向いて直接関係者の元を訪ねろと
言っているんだよ
こんな匿名掲示板で簡単に出ることを期待してるお前の精神構造が異常なんだよ
お前空手稽古したことない単なる格オタだろ
こんな無礼な奴が武道やってる人間だとは思えん >>193
特にお前みたいに自由組手に拘る奴は、なおのこと沖縄に出向いた方がいいぞ
対人稽古の重要性を必死に説いている奴が関係者に直接会いに行くのが怖いとかは言わないよなww >>196
>だからそんなに知りたければ、自分の足で沖縄まで出向いて直接関係者の元を訪ねろと言っているんだよ
もちろん沖縄に行って同系列の道場を複数見学もしましたよ?
沖縄にある全部の道場を回るのはさすがに経済的に不可能ですが、それでも15年の間で
7、80件は回ってるハズですわ。沖縄に在住してる友人の情報も届けてもらってます。
それを踏まえた上で、貴方に聞いてるんですよ
糸州は平安初段における第一動作、下段払い追い突きについてどう教えていたんですか?
平安が都合悪いなら他の型でもいいし、他の人でもいいですよ?
東恩納はセーサンの動作についてどう教えていましたか? 喜屋武はパッサイについてどう教えていましたか?
不自然なほど伝わってなくて、高弟達はそれぞれ勝手な分解やってますけど
流派の垣根を越えて開祖達はみんな正しい分解とやらを墓まで持っていったんですかねえ?
そんなバカな事を信じるヤツ今どき居るのかなあw >>199
具体的にどこ回ってきたんだよ
偉そうに言ってるが名前出せないのか?
7,80件回ってるのなら、こんなところでグダグダ書いたりはしないと思うぞ
例えば久場良男氏みたいに型分解のセミナーを定期的に開催してる人は多いが、
そういった人たちに 自由組手で挑戦するとか、分解の有効性について議論を吹っ掛けるとか
そういった挑戦をした人の話を聞いたことが無いが、お前の7,80件回っているというものの
信ぴょう性もそんなもんだろう 沖縄唐手の人たちは対人稽古をしてこなくて技術がスッカラカンだったんだから
約束組手や自由組手で稚拙だった戦闘技術を伸ばしてくれた本土の空手家達に
感謝しないといけないね >>200
で、結局糸州は平安初段における第一動作、下段払い追い突きについてどう教えていたんですか?
さっきからずっと聞いてるけど答えられないの? 都合悪いなら他の型でもいいし他の開祖格でもいいですよ?
答えられないなら、言い訳してないで現実を認めろって話ですよw >>202
論破されて、最後は民族認定ですか。お決まりのパターンでちょっとガッカリだな。
まあ、「隠してた」だの「失伝した」だの、子供の100万円持ってる自慢と同じくらい
荒唐無稽な話を、現実に信じちゃってるぐらいですから、貴方らしいといえば貴方らしいですね。
>>198
>やはり沖縄空手は凄かった
同感、沖縄空手は私は今でも凄いと思ってますよ。沖縄の唐手家たちも右に同じです。
それじゃそろそろスレ違いだし、件の彼も論破されて結局
「沖縄の○○先生に聞いてみろよ!」しか言えなくなっちゃったみたいだから
ここらでお開きにしましょう。
みなさまお目汚し失礼しました。じゃーねー! >>202
俺は糸洲の関係者じゃないし、知らんよ
ただ教わった応用というのであれば一例をあげると、
ピンアン二段(松濤館の平安初段)の下段払いの動作は、左手でこちらの右肩をつかんできた
相手に、右拳で鳩尾に突きを入れ、相手の左手をこちらの左手でつかんで、9時の方向に払う、この時
前屈立ちになってて、これが下段払い、そのまま突きの要領で、掴んだままの相手の左腕をたったままの
脇固めに入る、これが追い突き
最初これ習ったとき、それまでに習った前蹴りを下段払いで止めるみたいなのよりは現実的だと思ったよ
>>204
さすがに民族認定まではしないが、韓国人並みの押し付けがまさだとは思った >>204
だから失せろって言ってんだろ、負け犬カス 人によって色んな使い方が可能、と多くの修行者が思っていると
おもうけどな。「下段払い追い突き」を、その名称のままやることは
距離的にも不可能だし。あれを元にして様々に応用するんだろうな。
で、その応用の仕方は人それぞれになる、と。
糸洲大先生がどう教えたのかは、もう何も残ってないでしょう。
あるのかな?私は知らない。でも形は残っている。
少なくとも先生がおっしゃった形の用法をそれだけで盲目的に
従って練習しても強くはならない、そこが空手のやっかいさ。
個々人の創意工夫が入り込むことで、その人の空手になる。 >>207
そういう事ですね
稽古してるその人にとって役に立つのであればそれで十分だと思います
間違っても他武道と比較してどうこう言う連中の期待に応えるものではないという事は
確かでしょう 沖縄空手オタクは、アンチ伝統派?
型は無駄スレのやまちゃう? 沖縄空手に肯定的な人だけの情報交換スレだったよかったのにね。 これ今なんの議論に変化したの?沖縄空手は実践的じゃない、宗教みたいに広まっただけで中身なし、って主張してる人がいるってことか? >>212
元は現代の競技で発達した技を否定して
古流の技マンセーをしたがる人が発端。
気持ちはわからんでもないけど、競技で発達した技を取り組んだ所で古流としてのアイデンティティが無くなる訳ではないし、
古流の技も競技の技も一長一短があると言う視点で見ればこんな不毛なやりとりにはならないだろうね。 >>212
>>117に>>118が反論して、
>>120みたいなテンプレな偏見を言い出したのが原因 古流オタは若い頃は極真オタや空手バカ一代率が高いから、
この手のスレだと先ず伝統派が目の敵にされる。 かつてはどんな練習をやっていたか?それを考えたい。
それが現代にも今の競技にも通用するのかどうかは別の話として。
少なくとも競技も無かった時代なので、現代の空手の練習とは根本から
目的が違っていたはず。 またキンニクバスターが論破されて敗走ですか
ハイそうですか
こりなさすぎ
定期的に論破されるためにわいてくるな ツイッターにも古流の技がすごくて新しいのを取り入れるのは厳に慎まなければならないみたいな空手家さんいるよね >>218
現在進行形の武術としてなら新しい技術を常に吸収、パクるのはある意味道理なんだけど、
現代では古流を学ぶ殆どの人間達は古流にロマンか或いは伝統芸能としてやってるからな。
新しい技術に関してアレルギーある人間が偶にいるわな。
本来それは、無意味な反応でしか無いんだけど。 別に使えるかとか実戦性がどうとか、どっちでもいいし
古流の方が今より優れていたとかの幻想もないけれど、
どんなことをやっていたのか、を探りたい。 >>220
>どんなことをやっていたのか、を探りたい。
船越が本土に来たばかりの頃に少ない弟子達に教えていた内容がまさに昔ながらの沖縄唐手の練習内容
ぶっ続けで型をひたすら繰り返し繰り返しやらせて、あとは巻藁を突くだけ。
それでも体力が残ってたら、チーシやサーシをたまには振ってお終い。
基本的には、ひたすら型やって終わりだよ。もちろん1人型な。分解とか存在し無いから。 となると身体操作を学ぶには合気道とかのほうがいいのか? >>222
昔の沖縄唐手には技術がスッカラカンで大した身体操作なんて無かったけど
開祖が没して数十年経った1980年代あたりくらいからかな、高弟たちや
さらにその次の世代が、分解とか身体操作とか色々と創作して型にこじつけてくれたから
沖縄唐手の道場行けばその新しくこじつけた身体操作を教えてくれると思うよ。
もちろん最近作ってこじつけたって言うと都合が悪いから「古伝唐手の身体操作です」「先人の叡智です」
とかハッタリ効かすと思うけどねw でもいつ作られようが学べるなら関係ないから新興創作空手の自称古伝の技をみんな習いに行こうぜ! さて、沖縄唐手にロクな身体操作も分解も無かったし
唐手家達も自由組手はおろか約束組手すら経験したことなかった
という現実が確定してひと段落つきましたので、続きましては話を戻して
>>120
>ぴょんぴょんできるのは、試合用のフロアやリングだから
このテンプレな偏見について本当にそうなのか語り合いましょうか。みなさんはどう思われますか? >>220
今月号の秘伝の松濤館特集は中々に面白いぜ。
本土には表面的で本来の空手は伝えられていなかった。
と言う通説あるけど今月号の秘伝読むとそうでもなかったな。
と感じる。
結局、自分達の空手こそ本物で特別と主張したい人間達が世界で最も普及した松濤館を貶す事でそれを遠回しに主張しようとしたんだろうな。
と思う。 >>225
いつもいつも情報小出しにしてないでどこでなに学べるかまで言おうや >>227
> いつもいつも情報小出しにしてないでどこでなに学べるかまで言おうや
ワテは合気道のことしか知りまへんもん。 >>221
長文ご苦労さんだけど、おれはフナコシ大先生が本土に伝える少し前には
どんな練習してたのか知りたい。だってフナコシ大先生はその時点でみんなで
できるようにラジオ体操化して伝えてたんだろ?後の世代の人がどういう
ことをしたかは置いといて。
今は残ってないわけで今と目的の違う何かがあったのではないか、と考えてみたい
わけだ。
このスレはそういうんじゃないの?否定ばかりしてないで考えてみたいというスレ
ではないの? >>229
「知りたい」と言うからには自分で何か調べはしたの? >>229
>だってフナコシ大先生はその時点でみんなで
>できるようにラジオ体操化して伝えてたんだろ?
あのな、唐手を教えるって言ったらいきなり門下生が押し寄せて盛況になったとでも思ってるの?
最初の一年は数人で、朝、昼、夜教えていたからその数人でさへバラバラの稽古で団体稽古など程遠い
マンツーマンか、多くても船越を入れて3〜4人だけの練習。その最初期に船越が指導していたのが
ただひたすらに型をやって巻藁を突いて終わりっていう稽古なんだよ。
>だってフナコシ大先生はその時点でみんなでできるようにラジオ体操化して伝えてたんだろ?
ラジオ体操化される前だろうが後だろうが、型をひたすらやって巻藁を突くだけが沖縄唐手の主だった練習法だよ。夢見るな。 幸運なことに通常の稽古時間とは別に、船越に特別個人指導を受けた人たちも居る。
作家の戸川幸夫とあと名前は忘れたけど大家さんの娘だったかな、女性が1人。
その2人は仕事の関係で通常の稽古の時間に来れないから、船越が特別に時間を
調節して個別指導をしてくれた記録がある。女性の方は分からないけど、戸川の方の
稽古内容はマンツーマンのハズだけどやってる事は型をブッ通しで繰り返すのと
巻藁だった旨を戦後の雑誌(中央公論だったか富士か忘れたけど)で回想してたハズだよ。 >>231
だから夢見てるんじゃないよ。だいたい夢ってなんだよ?
おれは別に古流に幻想なんか見てないの。競技より強いとかも
思ってないの。そういう話じゃないの。
おたくがタイムマシンに乗って見てきたかのようなこと言ってる
のが短絡的だ。小学生か?おれは見た事無い。あんたも見た事ない。
そうだろ? >>233
>おたくがタイムマシンに乗って見てきたかのようなこと言ってる
>のが短絡的だ。小学生か?おれは見た事無い。あんたも見た事ない。
>そうだろ?
そうだね、だから当時の記録を俺は随分調べたわけ。その上で言ってるんだ。
初期の頃は平安初段から五段をブッ通しでやり続けて、あとは巻藁突いて終わりだったよって。
短絡的だ何だって言うけど、いやさその可能性が高いって言ってるだけだよ。
その可能性を否定したいのなら、型は教えても手は教えるなとかいう秘密協定があったとか
夜の稽古では全然別の内容を教えていたとか、そういうのが行われていたという証拠なり記録なりを
出してもらわん事には、ただ現実を認めたくないから首振ってるだけに思えるだよねえ。
俺は戦前や戦後すぐの開祖達が存命の頃の記録なども随分調べたよ。上で書いた戸川の寄稿も
船越が存命中の出版だから、ウソの内容を語っていたら船越本人やその関係者からすぐに問題の声があがるだろ。
しかし問題になった様子はないし、むしろ戸川以外の他の初期の弟子達も似たり寄ったりの稽古で型をぶっ続けで
行うのと巻藁を突くってのが主だったね。まあ対人稽古の歴史がほとんどないんだからそうなるのは当たり前なんだけど。
そういう関係者が亡くなって、高弟たちが死人に口無しで好き勝手言えるようになり始めたのが
だいたい1970年代後半あたりからなんだよね。この頃になるとそれぞれの高弟も独立して自分の
会派を持ってるから、色々と箔をつけなきゃいかんから吹かすわけよ。久保田先生だって、船越先生が
亡くなった後に船越義珍直伝と称したよく分からない分解を多数披露し始めたしね。
死人に口無しって便利だよな。例えば現代で何かの雑誌で「船越先生は特別な稽古をしていた!」とか言っても
まあ信憑性が無いというか、久保田先生と同じくやったもん勝ちだよね。俺はそういう記録はあまり信用できないと思ってる。 上で紹介されてる雑誌読んでないので、すでにネタとして出てるかもしれないけど。
例えば戦前の松濤館流ではグレイシー柔術を教えていたよー! とか
システマの技術を教えていたよー! とか、そういうのを今になって言う人が出てきたとする。
当然、俺は信用しない。「お前はタイムマシンに乗って見てきたのか! グレイシーやってたかもしれないじゃないか!」
とかって言うかもしれないけど、はいタイムマシンに乗って見てきた訳じゃないけど信用できません。
仮にシステマとかグレイシーとか荒唐無稽な話じゃなくて、相撲の稽古もしてたよ、とかいう証言もやはり半信半疑ですね。
じゃあ、何をもって信用できるかといえば、当時の記録です。
例えば松濤館の昇段審査の内容に、三戦が出来るかどうかがあるよー!って言ってる人が居ても
信用ならないけど、当時の信用できる昇段審査の記録に三戦の名前が記されてれば信用に値します。
そしてその現物は現実に存在します。現物を見せずに言っても信用されないでしょうけどね。
ことほどさように、存在を証明する証拠というのは大事でなのです。
もし何かを主張したいのなら、まず「ある」事の証明をどうぞお願いします、と言いたいですね。 大変面白いのでぜひ続けて欲しいんですが、古流に夢見てないものをあるって主張してる人っているかな…? ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています