武道としての柔術
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武道としての本物の柔術を語ろう。
ポイント柔術やスポーツ柔術は、スレ違いなのでスルーしてください。 大した話題じゃないのに、そんなことでキレんなよwww
気楽に行こうぜ〜 どっちかというと、戦後も当身ありの乱取りする流派があったという方が興味ある。
どんな感じでやってたんだろ。 >>89
何故、受けるか受けないかを自分の基準で決めつけるのか
もしかして頭足りない人? >>94
こちらがキレていることにして誤魔化しても無駄だから
おまえの言い訳には、想像力が欠けている >>95
多分だけど戦後作られた新興柔術と思われ
流派としては続いてたものでも当て身乱取りの方は新しく作ったもので実験段階だったとか >>96
結論ありきはおまえだよ
寝技主体って話から始まってんのに、
>>88で当身重視とすり替える。
決め付けているんじゃなく、
不自然な点を指摘してるだけ。
受けそうかどうか、相手の立場で想像しないのか? 【悲報】乱取と流派の戦法を同一視するガイジが現れる
そもそもID:Ct21H92G0の癇癪と>>86へのレスは関係ねぇよ
てか既に武術界で剣道や相撲に並ぶ地位を築いていた講道館と後続の空手や少林寺拳法を同じ立場だと考えるとか・・・こいつマジモンじゃねえか 整理すると
・某流派は関西系に多い寝技乱取をやっていたが、流派独自の当身ありの乱取もやっていた
・その流派は当身ありの乱取で講道館に他流試合を申し込んだが断られた
・だから空手や少林寺拳法とやった
たったこれだけの簡単な話 その流派は寝技が主体の乱捕もやってたけど、上の方が書いてるように鍛練としてなのです。
流派の稽古の主体が寝技というわけではないです。あくまでそういう稽古もやっていたというだけです。
柔道とは違う乱捕りをやっていた流派の一例として出したのに寝技がどうのこうのよく分かりませんね
当身はかなり重視していたようです。
ちなみに楊心流系ではないです。
新興柔術でもない。
何か色々と揉めるので、もうこの話は忘れてください。不自然不自然うるさいですし。 >>102
まさにその通りであり、ただそれだけの話です。 寝技乱取の方で挑まなかったのはおかしい!!とか言ってるヤツも居るけど、寝技乱取じゃないといけない道理もないわけで・・・
他流試合ならより自由なルールでやろうとしてもおかしくない
それに、まるで寝技乱取なら講道館が受け入れたかの様に書いているところを見ると多分こいつは柔道史に疎い
あ、俺が「ヤツ」とか「こいつ」って呼んでるのはこのIDの人ね 多分同一人物
ID:aj/BNuO60
ID:ZXEj5BNV0
ID:pXNKIBUn0
ID:4hKCCNcj0
ID:9ohtBU1d0
ID:Ct21H92G0 すげぇな
後出しでコロコロ設定変える上に、
人にケチつけて自分が辻褄合わなくなったら、人の発言までねつ造して誤魔化す。
設定をコロコロ変える前の話は>>56だからな。
行動としていいかどうかではなく、不自然かどうかを言ってるだけだからな。
勝手にねつ造するなよ 漫画や雑誌で大きく取り上げられたのが偶々柳生心眼流ってだけで
東北系の柔術はどこも心眼流に限らず当身を重視してる
ちなみに関西系の心眼流は普通の柔術で当身もそれほど使わない
東北系のような素振りもない そういえば、ライトコンタクトで当て身ありの乱捕やってた流派があったな。
逆にそこでは柔道式の乱捕がなかったようだが。戦前にはもう衰退していていたけど、映像は残ってたはず。
他には四国の柔術で他流試合で勝つために当て身ありの乱捕を練習していた流派があった。
近隣の他流諸派も当て身が強くて、試合すると先ずは当て身で始まるらしい。そのまま当て身で勝負が決まってしまうことも多々あったとか。
ただ、こういうこと書くと不自然だとか、流派は?、嘘だ!とか書かれるんだろうな。
だって殺気だったスレだからwww >>112
と、ほとぼりが冷めたのを見計らって
誤魔化しか。
嘘だなんて言われてないからな
当身重視の流派はある。
ただ、当身ありの乱捕りを講道館が受けてくれると、アポもなしに柔道場まで行ってから断られたなんて話、不自然に感じない人いないから。
自分の話の不自然さを誤魔化すために必死だな 自分の読解力が無いことから目を背け、僕はおかしくない!周りが悪い!!と喚き散らす・・・僕には頑張ってとしか言えません ジークンドーの関係者や愛好者の諸君!
情報入ったぞーッ!
朗報だぞ!
ダン-イノサントが初期の頃ジークンドーと偽って教えていた格闘技パナントゥカン
を今に伝えるIUMA振藩國術館は、
創価学会員が運営するカルト団体だった!
脱会者を許すな!邪魔者は潰せ!自殺に追い込め!
バックには学会がついている!怖いものはない!
「尾行」「見張り」「脅迫」「誹謗中傷」「怪電話」「殺害予告」などの犯罪行為は当たり前!
これが証拠だ!
一番問題なのはもう一つのコンセプト・グループの代表の中村君と、その弟子達の一部です。私もミタチ君
もそこの代表の中村君には相当な被害を受けてきています。
とある日、私とユタカ君が以前お台場にあったマーシャル・アーツ・カフェに行った時、
そのもう一つのグループの代表の中村君と偶然に出会ってしまったのです。
当然、そこで話し合いをしたわけですが、その代表は和解したはずのミタチ君への
非難を堂々と私に話したのです。しかし過去に私をも否定し、非難文を雑誌に載せただろ
う、と問いただすと、彼は「あれは雨宮さんのことではなくてミタチさんのこと
について言ったんですよ」、とその場を逃れるように私に答えたのです。この後まだまだ
事が起ったのですが、この辺でやめておきます。つまり、私が言いたいのは、その代表が
ある人の事について話すとき、本人の前で直接話す時の内容と態度が、弟子達に話すとき
の内容と態度とまるっきり正反対であるということです。このようにして私、私の弟子、
私のスクール、そしてテッド・ウォン師父までもが、長い間その代表と弟子達の一部によ
って悪口を言われ続けてきました。特にテッド・ウォン師父や私が雑誌に掲載されたとき
はひどかったものです。イタズラ電話や無言電話の嫌がらせもありましたし、それはユタカ
君にまで及んでいました。弟子達の様々な悪事を見てみぬふりをして、知って知らぬふり
をするそこのグループの代表の中村君の人間性を私達は疑っています。当然そのようなことはテッ
ド・ウォン師父を通じてリンダ夫人にも報告はしていますが。
彼らが悪口、非難、中傷さえしなければ、私は暴露文など出すつもり
は毛頭なかったのですから。 寝技のある流派はどこ?あたしんとこは、投げたら当て身か関節で固めるから、現代柔術しか見たことがない。 実際に寝技稽古しているとこ。型でもいい。高専柔術みたいのがいいと思う今日この頃。 あと、型稽古で、軽く掴めと指導されてたが、試合形式だとどうなる? >>118
関節があって寝技を想定しないというのが上手く想像できないんだけど
相手が抵抗したら寝技っぽくならない? 古流だと固め技でも、自分は体を起こした状態で極める技が多い。
固技≠寝技というのは分かる。
高専柔道的な寝技の乱取りは本来の形とは違うから、今はやってない所が殆どだろうね。 寝技は、岡山の不遷流がやってる。
一昔前の西日本、特に瀬戸内地方の流派はやってるところが多かったんだけど殆ど柔道化して失伝してしまった。
無相や神道五心、真徳流、駒ヶ嶺辺りが残ってたらよかったんだけど。寝技乱取りの代表格の無相流はまだできる人がいるらしいが、教えていないだろうからもう無理だろうな。
無相流影響下の寝技の乱取りは、最初から寝て始まるらしい。あの不遷流も2代目の頃に神道五心流経由で無相流の影響受けているらしいが、さすがに最初からは寝ないと思う。
他は、最近本家と揉めている竹内流備中伝も昔試合していたらしく寝技が伝わってる。
http://webhiden.jp/archive/dtail/post_33.php >>123
その辺りの流派の寝技乱取りで、柔道やBJJに伝わってないノウハウはあるのかな。 >>114
「日本武道全集」第5巻に全文載せられているので興味があるなら是非読んでみてくださいね
ちなみに同巻には嘉永年間の関口流の伝書も載っているのですが当身(手業のみ)と投げありの乱捕りをやっていたようです
>>118
渋川一流は寝た状態から始める乱捕りやってますね
竹内流も乱捕りやってますけどほとんど柔道式で伝統的なものかどうかわかりません 寝技系の柔術って、袴ではなく、柔道=柔術着で練習するんですよね? 当身の有りの乱取りって、当身は、寸止めという理解で良いのか? 「北斎漫画」の当時の柔術の稽古風景見ると褌か着流しか短袴
幕末あたりになると現代の柔道着の原形みたいなのが現れ始める
こういうのね
https://plus.google.com/photos/photo/102919120003846725662/6148263134151642178
これを嘉納治五郎が改良して袖や膝下を長くして柔道着の完成
というか袴つけて乱取りとか昔の人の感性で言えばありえないだろ
あれ晴れ着だからね
今でいうとスーツ姿で柔道するようなもんじゃないの >>122
古流の固め技というと合気道の○教○条みたいな感じ? >>117
実際そうだろう?
てかついに単芝生やして煽ることしか出来なくなったか
まともにコミュニケーションも取れないなら他の人の迷惑になるしお前の心臓にも悪いからスレ閉じた方が良いぞ >>123
>>124
ルールが気になる
実戦を想定していた柔術がどういうルールの乱取をしていたのか 寝技の乱取りは当身なし以外に細かいルールはなかったと思う。
基本的に相手が降参するまでやるから勝ち負けがはっきりしている。
他流試合では我慢するから折れたり落ちたりしたらしいが、師範がすぐに整骨や活する安心。 >>132
>>寝技の乱取りは当身なし以外に細かいルールはなかったと思う。
競技(スポーツ)として乱取りしているわけでないの
細かいルールが無いというのは本来の在り方のような気がしますね。 >>132
>>134
レスが悪かったわ
細かいルールというよりは大まかな方向性みたいなもの
実戦を想定するならどういう風に稽古するのかってこと 寝技に引き込んでも、武道なら実戦に使えると言う意味なら、キンタマ握られたり、ゴルドーみたいに目に指いれるとか、柔術の試合とは全然違うものになりそう。打撃もそうだし。寝技の状態からでもコツコツ殴られたら、たまらなくて離してしまうかもしれない。 >>136
武術は実戦で使う為の物だから、金的や眼潰しは大前提だしね。
<使う>よりも先に<やられない>位置取りや庇い手をしながら技を掛けるんだわ。
それとそこまで過激な技を使わなくても、抜き手で突いたり、指取りしたり、これは
海外柔術とは全然違う攻防かな 実戦と言っても乱取りでは、木製の短刀とかは使わないんですよね。
木製の短刀とかは形だけという理解で良いですか? 短刀型の木刀使う柔術っていつの話?牛島辰熊の時代? >>139
講道館だって、今でも使っていますよね。
短刀、木刀、状。合気会でも使っている。
形だけですけど。。。。
乱取りは、使わないんですよね(^^;
怪我しちゃいますからね。
乱取りで寸止めで使うとか有り得ないのか? >>132
http://opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/1573/
自剛天真流だと天保14年には
・立ち技から始まって投げた側が抑え込みを狙い
・投げられた側も仰向けで足を効かせて抑え込みを防ぎ、その状態で相手をひっくり返すのを狙い(BJJでいうスイープ?)
・最終的に抑え込んだ方が勝ち
というルールで乱取りをしてた記録があるな。
間接や打撃もありでやってたのか、あくまで押さえ込み合いに限定した稽古方法だったかはよくわからん ああ、違ってた。短刀で一本になる試合は肥後の四天流、扱心流、竹内三統流で行われていたらしい。 >>142
良く見つけてくるな こういう資料
最終的に抑え込んだ方が勝ちということは、特に攻撃権とかがあったわけじゃないのか
もし関節ありだとBJJみたいに下から狙う戦術が発達してしまいそうだが・・・
>>143
木刀で乱捕って危なくなかったんだろうか >>144
やった記録はあっても、その後危ないからやめたけど記録しなかったということもあり得ますよね。 >>145
どうなんだろ
短刀対短刀だったのか対素手や大刀だったのか >>147
あーそういうこと?
てっきり最初っから木刀で打ち合うのかと >>146
>>短刀対短刀だったのか対素手や大刀だったのか
「短刀対短刀」って、柔術ではないでしょ。
????? 楊心流、関口流、竹内流とか古い流派は剣術と柔術の境界があいまいだけどね
貫汪館の人も柔術の試合は獲物を もってするほうが素手対素手がかつては一般的だったのではないだろうかとか書いてたな
>>144
北斎漫画だと防具をつけずにやってる槍術VS柔術の試合やってる画がありますよね >>149
そうか?
柔術の定義は?...って訊いてもそもそも共通した見解があまりないし答え辛いよな
>>151
マジか
槍の方にクッション巻けば不可能ではないのかなぁ? 嘉納治五郎師範の定義だと
「無手或は短き武器をもって、無手或は武器を持って居る敵を攻撃し、または防御するの術」 北斎漫画よりも成立の古い芸術武功論だと素手の方は防具付けてますね
あれは入身試合の様子を描いたものだと言われてます
入身試合とは攻撃側が槍か竹刀、防御側はそれより短い竹刀か素手で攻撃をかわし
相手側に入身出来たら勝ちとする剣術槍術流派でもよく行われた試合方法です
そもそも竹内流は江戸時代の記録では剣術や槍術の試合もやってきたことは明らかだし
徳島藩の関口流は四国随一の竹刀打ち強豪として知られていました
今は形だけになってるとこ多いけど昔は結構いろいろなルールで行われていたようです 勉強になるな。
個人的に柔術は講武所でも試合が行われてた記録はあるのに
剣術と比べたら試合に重きが置かれてなかったっぽいのが不思議だったんだけど
このスレ見てると統一したルールを持ち得なかったというのも理由の一つかと考えるようになった。 無手が武器術と比べて、有用性が二の次になるのは当然かと思うよ。
必然的に試合は武器術がメインになるだろうし。 柔術よりは柔道が、組んだら、あっという間に頭からでも落とせるから実践的そう。
柔術は、相手の髪の毛か、襟首取って、パンチひざげり、してから寝技に行けば強そう。 安全に乱取りするために当て身を省いたのが柔道なわけですよね。
試合も乱取りも、稽古の1形式で、武術的観点からは当て身を入れるのが嘉納先生の思惑だったのではないかと理解していますが。 省いたというか当時の主流の乱取りの方法を踏襲したというか
嘉納師範は当て身は軽視してはいないし
形としての練習は推奨、段階的にオープンフィンガーグローブや防具を整備しての乱取りを目指す 明治21年の弥生慰霊祭記念柔道剣道試合の柔術の部の試合は、
当身技は使えたのですか?
それとも講道館ルールですか? 正確にはその時点では講道館ルールは無い
柔道のルールを明文化した武徳会審判規定・講道館審判規定は1899年(明治32年)以降
それ以前は申し合わせで行われていたんだろう
関東大震災で警視庁武術大会の記録は失われたらしいから正確な情報は分からないんだよな
崩しの当て身は認められてたかも知れないし禁じ手だったかも知れないしなんとも >>49
「地稽古」は、剣道の乱取り的稽古と同じ名称だな 武術史の専門家みたいな人がまぎれこんでるのね
面白い ありがたいことだ
武術史って普通の史学とも絡んでるから調べるにも骨が折れる >>153
やっぱこれが一番しっくりくるよな
流石高学歴の大先生
>>154
その入身試合ってのは今でも再現しやすそう
効果としてはその名の通り体捌きの向上だろうか
ていうか武術の試合って両者が非対称な条件のモノが多い気がする 入身や間合いを外す稽古はやったね。
相手は袋竹刀や当て身で攻撃する。
失敗すると痛いんだよな。
相手の斬り込みを紙一重で躱したり、突きを受け流したり懐かしいなあ〜 スポーツ空手よりも柔術のほうが余程実戦的だね。
スポーツ空手は相手は、常に素手が前提だし。 空手の方が世間受けしやすいんだよな。あとは柔道、合気道とかもね。
柔術は日本古来の武術なのに、当の日本人は柔術について知らない奴が多い気がするね。
凄く残念に感じるよ。
まあ、生活には必要ないものだから仕方ないんだけど。 昔の柔術は、当て身があったが、それでは危険だから、五輪競技入りを目指す嘉納治五郎の判断で、投げと押さえ込みになったと骨法の堀辺氏の本に書いてあった。
嘉納自身が、東大出のインテリ有力者で、投げ技を得意とする、きとう流の出身も関係あったのだろうとも書いてあった。 柔道にも柔術と同じ意味合いでの当て身はあるけどね
それと嘉納師範は柔道の五輪競技入りは全く目指してはいなかった
柔道の中にはスポーツ要素もあるけどそれだけでは決してなく、
武術(勝負法)であり、教育(修心法)であり、競技だけに特化させることは考えていなかった
嘉納師範が進めていた日本人の五輪参加と平行させて別の世界的な組織を確立させて柔道を普及させるつもりだった
嘉納師範没後の大戦、敗戦、武道禁止令からの起死回生のために、
嘉納師範の意志とは離れて五輪競技入りされてしまったけど >>172
>>それと嘉納師範は柔道の五輪競技入りは全く目指してはいなかった
出典は何?
嘉納師範は、1936年7月 IOC総会(ベルリン)に出席し、
第12回オリンピック競技大会(1940年)を東京に誘致することに成功。
1938年3月 IOC総会(カイロ)に出席後、米大陸回りでバンクーバーより帰国の途中、
肺炎のため5月4日太平洋上・日本郵船氷川丸船中にて永眠、
6日横浜港に喪の帰朝となる。享年79。
https://www.joc.or.jp/olympism/kano/20071220_1940jigoro06.html
1940年東京オリンピック
支那事変の影響等から日本政府が開催権を返上、実現には至らなかった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/1940年東京オリンピック
貴殿(ID:fBOkIm6J0)の指摘は、広く伝えられている事実と異なるのですけど。 嘉納師範が消極的態度を取っていたのは【柔道の】五輪競技化入りのことね
嘉納師範はクーベルタン男爵に推薦されてアジア人初のIOC委員、
日本体育協会初代会長となって【日本人の】五輪参加活動、
日本への五輪誘致活動を行っている
その辺りは来年の大河ドラマでも描かれる
その上で、【柔道の】五輪競技化を勧められることもあったけど、そのことには五輪競技化ではなく別な構想を挙げている
>嘉納の柔道観が乱取り・試合の実践を目的にせず,その実践を通して
「己を完成」し「世を補益する」ことに目的をおいたからである.
体育としての柔道は己を完成することの主要な側面の一つであり,
したがって嘉納は,オリンピック世界に柔道を参入させることには消極的であった.
「自分は自ら求めてオリンピックの仲間に加わることを欲しない.
何となれば柔道は,単に競技として見るよりは,さらに深く広いもの」
[である].「故に自分は,オリンピック会の中に柔道をいれるというよりは,
柔道に基づいた世界的組織を見ることに心を向けている.」
(『嘉納治五郎』1964 年 p.546)
http://pdpe.jp/kaihou/annual2016-2.pdf
「体育としての武道・スポーツとしての武道」再考
>>174の記載の中のどこに【柔道の】五輪競技化入りの記載があるかな? ちょっと挑発的な書き方になってしまうかも知れないけど、
逆に、嘉納師範が【柔道の】オリンピック競技化入りを目指すような
言動の出展があったら教えて欲しいです 当身かあ・・・
柔術スレでよく話題に出るよね当身
嘉納治五郎はたしか「精力善用国民体育」っつー名前で
空手から持ってきてアレンジした打撃技術の型を整理してたなあ。
古流に多少あるんだっけ?
勝新流ってとこが空手で言うところの鉄槌打ちを
親指握り込んだ拳でやってた気がするけどほかは見てないから白根 突き、蹴り、打ちはどこの流派にも普通にあるよ。まあ、基本的に柔術は、どこの流派にも殺活があるから普通に当身学ぶ。
よく親指を握るとかいうけど、流派によって拳が違う。真楊流の影響が有るところは、親指を浅く握って中指と人差し指の第二関節で突くんだけど、何でかこれが広まってる。
勝心流も真楊流の当て身を取り入れているから為我流とは握りが違ったりする。
柔術の突きは、空手と違って基本的に捻らないのが多いね。 当て身の話で全然話題ならないけど、柔術には殺活っていうのがある。これは急所に当て身を入れて倒す技術と蘇生させる技術で、多くの流派では免許や皆伝で学ぶものだった。よく巻物に急所の図が書いてあるものがあるけど、それが殺活。剣術でも奥伝で教える流派がある。
少林寺拳法にも柔術の殺活が伝わっていて動画で見ることができる。柔道にも伝わってるのかな?だけど、嘉納はたぶんできなかったと思う。
https://m.youtube.com/watch?v=vSkD7BPpVK4
私が柔術で学んだのは、この動画よりもっと多彩だった。
至って単純で学ぶだけならすぐに終わるんだけど、習得が難しくて会得するには、日頃からの当て身の鍛練が必要。だけど、最近の古流柔術家は、あまり当て身を稽古してないように感じる。 古武道協会三十年の記念誌の関口新心流の頁に現在伝承している技法の名前が載ってる。
その中に死活法 (八箇之当、八所之当、極秘三箇之当、三日月之傳、大海之傳)とある。
殺は、8、8、3で19あったと思われる。
どこの流派もだいたい20前後、多いところだと100を超える流派もあった。
急所、殺活の歴史はあまり研究されていないので、いつ頃から発生したのかや、流派による急所名と、位置や数の差異とかには興味がある。
1500年後期の捕手術の伝書にもあったので、意外と歴史は古いのかもしれない。 国会図書館のアーカイブで柔術秘伝活法が読めるけど何流なのか… >>183
急所名から推測するに、天神真楊流若しくはその分派だと思う。
天神真楊流は、眉間の事を烏兎というんだけど、楊心流、真之神道流、その他楊心流系だと眉間は顔別で烏兎は両眼の事をいう。
この本だと烏兎は眉間になってるから天神真楊流系。 烏兎は、日月の事で両眼を例えているんだよ。
金烏、玉兎だね。
だから、烏兎が眉間なのは名前の意味が分かってないということ。
柔道の急所も眉間は烏兎になってる。空手の急所もそう。
全部天神真楊流から持ってきた証拠だね。
楊心流系の伝書だと指先二本で突く方法と
手の甲で烏兎と顔別を一緒に打つ方法などがある。 >>178
形としてはなくても当身の教伝は普通はどこもそれなりにあるよ
多い流派になると竹内流なんかは七十二穴の急所とそれぞれに数手ずつ攻め方を定めているので数百にもなる
大抵の流派は奥伝に位置付けているとこがほとんどなんだが最初に学ぶ流派もある
例えば秩父系の気楽流は伝書を見ると切紙の段階で「砕」と呼ばれる急所に対する当身法とその防ぎ方を学ぶようになっていたらしい
神道自然流の小西康裕によると元々空手には急所という概念がなかったのだが大塚と二人して約束組手と一緒に柔術から取り入れた
だから空手の急所名はすべて和名になってる >>178
柔道も元々の当身の技法と急所は古流柔術(天神真楊流)から
急所に当てる崩しととどめの当て身(投げ、固めの流れと組み合わせて)
精力善用国民体育は唐手を取り入れた打撃としての当身って感じかな 打撃としての当身ってのもよくわからんが
精力善用国民体育は体操であって対人を意識したものではない
柔道には体系だった当身の技法はないな
嘉納自身あまり興味がなかったのだろう >>189
まあ精力善用国民体育自体は体操目的にまとめたものではあるけど
技術として当て身を学ぶことも目的にしてる
元々の名称は攻防式国民体育
ヨーロッパでだと応用して対人用に練習していたりもする
むしろ興味があったからこそ精力善用国民体育をまとめた訳で
投げの形、柔の形、極の形(真剣勝負の形)の当て身は投げ固めと繋げて
直接対人攻防的に学ぶものではあるな 八光流って使い物になるのかな。よく目にするんだけど。通信教育とか速習性が高いとかほんとなら魅力的。 >>187
切紙ってことは初伝の段階でもう教えちゃうってことか。
>>188
やっぱし柔術の当身とは別系統の技法だったわけかあれ。
>>191
八光流は新興組織のベース技術になってることが多いね。
やんないよりかはマシだけどやる気あるならそれこそ
空手やBJJみたいなそこら中に道場あるメジャーな現代武道やるか
地元調べて土着の流派に手出したほうがいいと思うな。
案外表に出てない技法とか見るだけじゃこれっぽちも分からん術理もあるだろうし。 気楽流の伝書を見ると切り紙以降にも砕きがあるね。結構多い気がする。
http://bujutsu.jp/g05.html
今でもきちんと教えているのかな ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています