備中伝が竹内流の名で竹内流を装って活動していた証拠集@

WEB「秘伝」全国道場ガイド

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「竹内流古武道 聴風館  2015.10.06 京都 柔術/体術

470年の伝統を守り、伝承の業と精神を伝える。
自然と一体となるために京都市一望の元愛宕山の「山の道場」で
旧暦6月24日に各支部道場の小具足、捕手の奉納演武がある。 」

備中伝には訛伝の小具足が10数本と訛伝の棒術(今の剣棒草型)と
明治編纂の柔術(今の捕手・前中奥)が伝わっていた竹内流系の末流であることは否定しないし、
このままであれば古流武術として、また竹内流の地方伝播としての文化的価値も認められる。

しかし先代中山師範が宗家に習いに行き小具足や棒術を補完して技の大改革を行ったが、
宗家から免許を印可されたわけではなく、むしろ出入り禁止を言い渡されているので
宗家の系譜を引くことはできないため、事の経緯を全て隠して470年の伝統を主張して
元々伝わっていたかのように偽装したのは誰が聞いてもおかしい。

少なくともこの時点で備中伝は【昭和編纂の新古流】となっており古流のカテゴリーから外れている。

さらに備中伝16代が現代人の合理的な発想で創作した四半棒と青葉の口伝をメインに体系を見直した大改変で、
棒の長さを変えたので間合いが変わり、他流の司箭流小太刀を勝手に竹内流前斉手と名付け取り入れたり、
現代護身術として創作したはずの四半棒を流祖は山伏から四半棒で小具足を習った竹内流の神髄だの、
現代人の合理的な発想で宗家の流祖神話を否定した青羽の口伝を竹内流の神伝だのと、もはや現在の備中伝は
現代人による【古流風現代武道】と成り果ててしまったので470年の伝統なんかありません。