>>491
吉丸先生の本とかに載ってる発言の覚書を見てみると、合気道の方がここは大東流より合理的にやってる
とか、良いと思った部分は良いと素直に言ってたらしいから、合気道批判に取り憑かれてた人じゃなかったと思う

大東流であろうが合気道であろうがどんな流派でも形に拘りすぎると駄目、時代に合わせて研究しないと駄目、変化も
大事にしないと駄目、鍛えない奴は駄目って割と当たり前の発言のが多いんだよな>透明な力

名声と言うか表に出て活動したい意欲は、昭和三十年代とかまでは警察で講習会行ったり公開で演武会やったり
鎖鎌の使い手と試合したり支部道場認めたりしてたから、そこらへんの時点まではあったと思う
大東流の宗家に一時就いた時も植芝盛平翁から祝辞が届いてたり、合気道とも関係は悪くなかったようだし

何で関係が拗れたか知ってる人間で存命してる人ほぼいないし、いても口開かないから永遠の謎になりそうだけど