【拳聖】再考・拳道会&中村日出夫【空手十段】
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いや、だからこそね、実戦で強かったのかどうかが問題なの。
試し割りが得意という人は伝統派にも居るし、中国拳法界にも居るだろうが、大山総裁の様な
「若い頃はもっと凄かったんだろうなぁ」と思えるソースが無い。
盧山師範や倉本師範、現会長が組手で中村氏に揉んでもらったという話も聞かないし。 マス大山は 残ってる映像や写真 弟子の証言からしても強かったのは疑いないしね
力道山に空手チョップ教えてる写真も中村先生ではないとの説もあるし(身長が全然違う)
中村先生はハッタリは多いけど(ケンがセンしてイッキョウなのです!!とか 今時誰も
わからない明治大正時代の難しい言葉を使ってペースに巻き込もうとしたりとか)
誰も実戦観てないし 組手を付けてもらった証言もほぼほぼ無いし
合気柔術の佐川氏と同じ匂いを感じる 実戦派だったら、あんな役に立ちそうもないヘンテコリンでハングル名なオリジナル型を乱造
しないと思うんだよなぁ。
元々、何流の空手かハッキリ明言しなかったけど、原型は首里手でしょうね。那覇手の要素は
感じられない。
しかし、一時期山梨県空手道連盟の会長?もしていたとか。(修徳館時代)
という事は、全空連にも加盟していた時代もあったのかな? あまり表に出てこなかったからねぇ。
北朝鮮の誰かさんが、百戦百勝の鋼鉄の霊将と自称してるようなもんだろ。 『中村先生は何流で修行されたのですか?』と盧山先生が質問しても
『私は空手です』って意味不明な回答(はぐらかし)しかなかったとか
『墓場までもっていかなきゃならない話もある』とかそんなのばっかで
痛め技も八光流で習ったのを空手の裏技とか言ってるそうだし
継ぎ接ぎ寄せ集めって意味でマスと似てるなあ マス大山は自分の技術的ルーツなどは
誤魔化さなかったが 中村日出夫総師wiki
1921年
9歳の時に、武道家だった叔父の手ほどきを受け、武道の修行を始める。
1926年
14歳で単身日本本土に渡ったのを機に、本格的に空手道を始める。
1930年
第三高等学校に入学すると同時に、武道専門学校に入学。
1933年
京都帝国大学法学部に入学し、同年、武道専門学校の空手指導員にも就任。
1922年大正時代には首里手の船越義珍、本部朝基が本土に渡って空手を広めていたらしいが、大日本武徳会が空手を正式に日本武道として承認したのが1933年
武専で空手は柔道科の一科目だったらしいし、空手の経験があり、武専柔道科在籍の中村総師が指導員に指名されてもおかしい話ではないな
『空手の流派を語らない』というのも首里手の糸洲安恒の弟子である船越義珍、遠山寛賢の方針だし、首里手系なんだろうな 演武で垂木斬り以外はしてないの?
弟子みたいにほかの物体を壊したりとか
ロッキーみたいに豚肉に手刀当てたらどうなるんだろ 首里手系統だという事は雑誌で紹介された稽古の仕方や、動画での試合風景から容易に
推察出来るが、「平安」や「バッサイ」等の伝統型は行わないのだろうか?
盧山師範の著書でも、盧山氏の型について中村氏が「第○挙動が云々」と指摘される場面
が書かれているが、極真会館で教えられた型を行ったのかな? >>170
拳が詮して一興?
拳が効いて楽しいという意味? 遠山の韓武館、松濤館とテコンドーのように、戦前の首里手は朝鮮系も広く受け入れてた印象だな。
戦前は、不動産屋に行くと「琉球と朝鮮はお断り」と貼り紙があったくらい、両者は差別されていた。
どちらも、本土への出稼ぎの居住地が海沿いの工業地帯に固まることが多かったから、近所付き合いの中で、朝鮮人に空手が広まったのかなと思っている。
中村先生の師匠は、金城裕かそれに連なる人じゃないかな?
全部妄想で書いてるけど。 >>179
オレもさっぱりわからん
インタビュアーも 中村先生が何言ってるのか
わからなくて漢字を当てる事も出来ず
カタカナで書いてた 中村先生って、禅問答みたいな事を言うでしょ。
周りが対応に困るタイプだよなぁ。「自分で考えろ」って事なんだろうけど。 動画を見れば拳道伝説やら盧山本に書かれてある事は全部嘘だとすぐにわかる。
名前は偽名だし、再考するに値しないただの嘘つき朝鮮人。 >>183
動画で観られるのは爺様になってからのモノだから、若い頃どの位強かったのかが解らないん
だよね。
空手じゃなくて、喧嘩が強かったり試し割りが上手かったのかもしれない。
指導風景の動画を観る限り、型は色帯レベルにしか見えないけど、その辺はマスも同じだし。
型が下手という事は、基本や移動も下手と思われる。蹴り技は未知数。
でも基本が下手でも強い人はたくさん居るからね。 拳道会の高弟や師範には 中村日出夫と組手やった人はほぼほぼ居ないらしいね
だから強さも検証はされてない 朝鮮系の学校の空手部って、全部拳道会なんでしょ?
ある意味、役割と言うか立ち位置が船越義珍みたいな感じなのかなぁ
指導はするけど組手はしないとか
でも空手界に「砂袋鍛錬」という稽古を持ち込んだ功績はあるかな プロ空手の大塚剛なんかも何流なんだろうね?
なんか玄制流とか聞いた事あるような無いような、強いか弱いかも良く解らんし、あの人も。 >>185
ロー山師範は極真、太気拳を学んだ後に中村と組手をやって子供扱いされたと著書に記しているな
その真偽の程は定かでないが拳骨がグローブみたいに膨れ上がって鍛えた抜かれていたのは事実だな
部位鍛錬への取り組みだけは凄かったのかもしれない >>188
弱いとは思わないけど垂木切りの
真偽の怪しさとか 経歴詐称の疑いとか
まあちょっと泥ついてる感あり 拳道会の試合を観ると、選手に特段と強い印象を持てない。
中村先生とこの団体は、ぶっちゃけ盧山師範の著書の影響で有名になった。
盧山師範は山梨の修徳館を去り、極真に戻ってから初めて出た全日本で優勝した。
その辺の顛末を見ると「だから拳道会は強い」という印象があるが、元々盧山師範は極真の
総本部師範を務める位強かった訳で、中村先生に強くしてもらった訳ではないと思う。
拳足の鍛錬は勿論、組手において役に立ってはいるが、構えや立ち方を見ると太気拳の影響
が色濃く反映されており、首里手系統の拳道会空手とは乖離しているように見える。 いや昔の全日本大会に復帰したころの蘆山さんの正拳中段突きなんか拳道会の影響が色濃く見えるよ。
第二回世界大会のころはもう違うスタイルだけど。 しかし、倉本師範は盧山師範と日常的に組手を行っており、加えて砂袋鍛錬も並行して
行っていたはずだから、倉本師範は組手も強い、というのは解る。
(盧山師範にはどうしても勝てなかったらしいが)
つまり、大山道場の組手を間接的に教わる立場だった倉本師範は、山梨の修徳館に
おいて盧山師範を通じ「実戦的な組手」を身に付ける事が出来たのだが、逆説的に言うと
盧山師範が修徳館に身を寄せなければ今の「拳道会」はまた違ったものになっていたかもしれない。 >>正拳中段突きなんか拳道会の影響が色濃く見えるよ
垣間見られるのは、それくらいじゃないかな?
盧山師範が得意とした「三日月蹴り」は大山道場の頃は既に使っており、正拳中段突きは
山崎照朝も試合中に放っている。 今、MMAとかで言われている「三日月蹴り」は単なる中足で行う回し蹴り。
解説者は技を正しく解説してほしい。 逆だよ。マスは中村道場で稽古して逃げ出したと聞いているよ。
極真のが有名になったからなんとなくマスのが強そうだが、朝鮮総連の特殊実働部隊に、「趣味の空手家」じゃいろんな意味で勝てんだろ。 >>196
マスは民団系だから総連とは敵対していたのでは?
同胞として、過去何がしかの接点があったかもしれないのは否定出来ないけど、その話は
知らない。聞いた事が無い。
マスが船越義珍門下というのはハッキリしているが、その辺で接点があったのかい? >>180
嘘か本当か分からないが、摩文仁から習ったとか、摩文仁流と聞いた事あるが、摩文仁賢和が創始した糸東流には首里手、那覇手に神伝不動流、不遷流柔術を加えたものなので裏技と題した立ち関節技を主体にした護身術も説明がつく
ただし、あくまでwikipedia情報だが中村先生が日本に移住したのは1926年
摩文仁賢和が本土に移住したのは1929年
1926年以前に本土で空手を指南していたのは本部朝基、船越ら首里手勢しかいない
船越が拠点にしたのは東京で、中村先生が住んでいた関西だと本部朝基が空手の普及活動をしていた 民団総連のくくりで色分けするなら、北系のロウ山師範が極真と拳道を行ったりきたりするのもアレってことにならないか?
マスは一時期出稽古に行ってたと聞いたが。 いっとき山梨に居たのは何でだろうね?
ふつう地縁とか無ければ、半島出身の人が山梨に移り住んで、地場コテコテの建設業なんかはじめないよな。
マスとの接点は戦後からかな?
京大京都つながりで曹寧柱あたりを介して知己を得たのか、マスが軍属で山梨に居たときからなのか、戦後の民族運動時代なのか。 >>198
マスの中では、海外遠征や大会開催へ向けての準備だとか資金集めとかで、民団とか総連とか
はもうどうでもよくなってたんじゃないかな。忙し過ぎて。
ただ、盧山師範の証言として、マスに中村先生の話をした際、マスが
「あの先生は確か死んだ、って聞いたなぁ」(※中村先生存命中)
と言っていたらしいから、全く知らない人物ではなかったんだろう。
それ読んで俺吹いたけど(笑) >>200
フルコンか他の武道関係の本だったかで
中村先生(の凄さ)を認めない感じで大山先生は「あの先生はもう死んだと聞いたなあ」と言った
そういうニュアンスの記事を読んだ記憶があるな >>200
「死んだと聞いたな」というのは深い意味を勘ぐってしまうな
・道場破りに負けた(倍達に)
・死んだ事にした方が良い何か不始末をやらかした(倍達の顔に泥を塗る様な事)
・全盛期から考えられない位かなり弱くなった
・ホントに一時期死んだ事にしていた 大山先生は中村先生のシゴキに耐えられず逃げたって話もあるから
嫌いなのか嫌な思い出でもあるんじゃなくて? (:::::::/ ヽ / |:::::::::)
| ::: -=・=- -=・=- ::: :::) 私は“小柳ルミ子”と“真剣勝負”をしました。
|:/ U ノ ヽ U ヽ|ヽ
|/ .⌒ ` U ..| | “山本美憂”と“河合奈保子”とも。
( U (● ●) U )
( U / :::::l l::: ::: \ U . ) ルミ子のアナルは臭かった。ルミ子の惑星。クエックエッ
( U// ̄ ̄ ̄ ̄\:\.U .)
/\ U )::::( ( ̄ ̄ ̄ ̄) )::::(: U / / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
/ \ :::: ::::、ヾヾ___ノノ ヽァ :::: / <もしもしー!菊水会のユウジさんですか〜? ネギさんですかぁ?もしもっすぃ〜
/ \::::::::::: \;;;;;;::::::;;;: (  ̄ ):::::::: ノ \もしもっすぃ〜大日本教育会の原田さんですか? 村上会ですかぁ ??
/ ' "'' 、 \: _- ,,_ ̄ ̄ ノ` ゙ /:::::::::/ \もしもっすぃ〜!!みんしょう協会の戸塚さーん? もしもっすぃ〜!
/ , - 、 ,, `ヽ \/  ̄` ' - 〈_/ ,ゝ--、 \___________
■ K・Rの水戸黄門様はくさかった
https://i.imgur.com/FKroDKs.jpg
■ 正解:小柳ルミ子
https://i.imgur.com/3XYxVE4.jpg
■ バカが作ったのが新極真
https://i.imgur.com/gka48qC.jpg Wikiより転載
中村 日出夫(なかむら ひでお、民族名:姜 昌秀(カン・チャンス、강 창수)、1913年6月16日 -
2013年1月8日)は、朝鮮半島出身の空手家。空手道拳道会初代会長。空手十段。
大山 倍達(おおやま ますたつ、男性、1923年7月27日(大正12年6月4日) - 1994年(平成6年)
4月26日)は、朝鮮半島出身の武道家(極真空手)であり、国際空手道連盟総裁・極真会館
館長。段位は十段。別名:マス大山(Mas Oyama)。韓国系日本人で民族名は崔 永宜(さい・
えいぎ、チェ・ヨンウィ、최 영의)。
中村先生は大山先生の10歳年上なのか。
指導する側とされる側くらいの年齢差はあるね。
終戦時点で中村先生32歳、大山先生は22歳。
当時の実力的には中村先生が全盛で、大山先生はまだ線も細く成長途上というところかな?
中村先生のバックは総連、大山先生は柳川次郎...恐い怖い 倍達の若い無名の頃に中村門下生が理不尽なシゴキをしたもんだから、極真ブーム後、門弟も実力揃いが増えて世界中に支部持つ規模になって、報復を恐れて倍達には中村先生は死んだと聞かせていたのかもな
嘘で雲隠れしていると分かっていただろうが 中村先生が死んだ、の話は単なるマスの嫌味だろ。
マス含め、初期極真で拳道会に出稽古に行って耐えられたのは結局盧山師範だけだった、と聞いたことがあるよ。
同じ北同士同胞だからシゴキに手加減があったのか、実戦空手という意味で盧山師範が当時抜きん出ていたのかは知らない。 >>210
逆に中村先生の弟子が大山道場や極真本部の様に、失神するまで組手をしたり、その恐怖で脱糞
する様な稽古に耐えられたかも怪しいけどね。 倍達が亡くなった時の遺言書証人の1人であり、極真会館相談役の黒澤明って人が居るが、素人は七人の侍の黒澤監督ではなく、山口組系暴力団黒澤組組長の人
暗殺集団柳川組舎弟でもあり、拳道会が倍達や極真に泥を塗る様な事をして、狙われない様に死んだ事にして貰っていたのかもな 211とか212が書いてる、極真と拳道の関係性は、完全に脳内妄想だろ。
ソースが本でも関係者に聞いた話でもいいから、妄想以外を書いてよ。 映像が繋がってないけど、ナンチャンが試割をやって固いことを確かめた後に割ってるんじゃないのかな
有名ボディビルジムサンプレイの宮畑さんも驚いてるけど
https://youtu.be/D7B_ZxWq79o 材木も色々種類があって、空手使われる試割り用バットは簡単に割れるように
強度の低いモミの木が使われたりする訳だから、ただ割るだけならそこまで不思議がることもないよな
セメントを使うとか言う話がこのスレでもでていたが、試割りの協力者が強度を確認したとき
真っ二つにしたものを再び接合したものだと簡単に割れてしまう危険がある
中村さんのやり方は、予め垂木に切れ目を入れておいてその細工を隠すためにセメントやパテで埋める
こういうことだったんじゃないかなと そもそも小細工だけのイカサマ師だったら武徳会も空手道十段位なんて上げないだろうし、全国に広い年代で門下生が居るが誰もついて来ないだろ
マスコミにも散々バッシングされて消されるはずだが、それが無い時点で本物なんだよ
高齢になった後の試し割については深く言わないが、50代60代の伝統派空手高段者だって演武で露骨に切れ目入った瓦割ったり、節目がバッサリ入った試し割用のバット割ったりしてるよな 戦前の武徳会と戦後の武徳会が全くの別物であることを理解した上で言っているんだよな? 新宿事件。
ドスを持ったヤクザ30名を素手で殺した事件。 動画では老人が盆踊りを踊りながら自足12キロくらいのスピードで垂木を切ってるようにしか見えない。
以前も書かれてたけど、スポーツの世界でも年々記録は塗り替えられてるのに空手だけ「この人は絶対超えられない」
的な異常に神格化された人がいるのは明らかにおかしい。
宗教団体が信者を騙すのと同じ手口。 スポーツの世界で塗り替えられる記録って、陸上とかだろ。フォームの改善や栄養学の進展や効率的な筋トレとかシューズの進歩に依存する割合が高い競技。
格闘技系の対人競技や球技は、タイミングや運や相手や言語化しにくい技術が左右する部分が大きいから、年々記録が塗り替えられるような現象は生じにくい。
具志堅のKO記録や、王のホームラン記録がいい例。 戦前の武徳会は、武道のエリートを育成する武道専門学校を擁して
軍国主義のもと武士道の精神を叩き込み国民的を士気を高めんとする
国家的組織だったが
戦後の武徳会は、旧武徳会の肯定的な側面だけを引き継ぐ目的で設立されたものの
実態はと言うと武道の奨励や振興を推進し恒例行事として毎年、武徳殿において
演武会の開催などする極めて健全な民間団体だよ 拳道会のルールは顔面は寸止め、中段・下段は当てて良いんだけど、拳サポくらいは
付けても良いんじゃないか?
寸止めしても流れて当たるんだし、あれでは歯や鼻を折ったりする。
砂袋鍛錬してる正拳なんか入ったら、数p食い込んだだけでも怪我するよ。
ただ伝統空手と同様、顔面を攻撃部位とするのは賛成。 拳道会は影響を受けているとすれば宮城朝順の那覇手系だよ
あそこは倉本さん含めごく一部の人達が強いだけでその他は大したことない
協会の一部が強くて体育館で稽古してる人達が草レベルであるのと同じ
それから倉本さんより盧山さんの方が強いとかありえんよ
盧山さんは裏技系(投げ、関節)系統の技が全く覚えられず
意拳とはオカルトに逃げちゃった人だしねw
顔面は寸止め、金的禁止でその他は当てるってのは中途半端だし危険なんだよね
スーパーセーフ着用で顔面有にした方が顔面攻防技術が上がるし安全だよね
倉本さんに直接指導を受けた人達は裏技も使える人が多い
修己会もそんな感じ ケンドウの型に剛柔流の要素なくないか?
部位鍛錬のことを言ってるなら、本来剛柔に限らない。 >>227
他流試合が禁じられていた倉本さんは、倒し合いの試合の実績が無いのが残念
今になって試合に出ろ、とまでは言わないがもっと若い時に北斗旗で長田あたりと戦っても
負けなかったかな?
裏ワザとやらも、激しく動き回る相手に対してそう上手くかかるものか疑問
武道家として「技術として身に付けておく」事は否定しないけど
ただし、盧山師範に勝てないのが悔しくて、夜中に起きてまた稽古した、というのは本人が
言ってたよ 大山道場の組手でしのぎを削っていた盧山師範は当然、自由組手は強いはず。
キックもやってたし。
中村先生の道場も稽古がキツイという話が出ているが、最終的にそれが組手の強さに反映
されなかったら単に体力の養成でしょ?
いくらキツイ稽古をしても組手で強くなれなかったとしたら、それは時間の浪費だよ。 >>230
倉本さんは術理の人だし高いレベルでの試合経験が不足してるから
さすがに全盛期の長田さんには敵わないと思うよw
本人は「ヒクソンとやらせてくれ」って言ってたそうだけどw
体もデカいし若い頃は術理よりど突き合いに特化してただろうし
全盛期に出場すれば顔面なしの極真で優勝狙えるレベルだったんじゃないかな
中村先生もそう言ってたようだし 強かったのは認めるが、さすがに優勝狙えるくらいってのは無理があるかと。
顔面への手での攻撃が実戦性の点でないからああだこうだ言われる事が多いが極真ルールは極真ルールであれで勝ち抜くにはある程度ルールに沿った戦い方を研究しないと上に行けないからね。 極真ルールを馬鹿にする人が多いけど、やってみたら解る。
あれは顔面攻撃を禁止にしたせいで、逆に物凄くキツイんだよ。
突きも回転が速いし、当然相手もそれなりに鍛えてるから倒れない。
脳震盪を起こすような上段蹴りが入らないと倒れない。
顔面突きが無いから、ローキックも踏み込んで思いっきり体重を乗せて蹴るしね。
倉本師範とて人間なんだから、そうそう簡単にあの大会で上位に入るとは思えないね。
延長を戦えるスタミナも無きゃいかんし。 だからね、倉本師範は「ごつい身体つきの伝統派」って感じかな。
一発は重いんだろうけど、点を中心にして円をえがくフルコンタクト空手には捌かれてしまう
と思う。
土管を割ったり垂木を切ったり出来ても、跳び膝がアゴにでも入ったらどんなに鍛えてても
倒れる。 凄い良スレだね
俺も中村先生は本物だったと思うけど、映像に残ってる角材切りは残念ながらトリックだと思う
若い頃は出来たのかもしれない・・それでもロウ山さんが第八回世界だかの演武でやった角材を蹴り折る程度の演武だったのではないかな
本当にあんなに綺麗に切れるなら角材にこだわらず、生木や竹、色んな物切ってるはず
俺が中村さんならそうする
角材が最も細工しやすかったのだと思う こちらの空手は試割りで有名ですよね。
空手のマキワラや鉄拳養成は?
表のから硬くするのにたいして、中国の鉄砂掌は内側から硬くしていきます。
脱力を使って拳や腕を鍛え固めていきます。
こちらの動画が鉄砂掌になります。
https://youtu.be/Udl5uqGOoEE
https://youtu.be/p0CwON-pgVU
https://youtu.be/-7fZwzW_vUk
https://youtu.be/eDnJj9Uh4dQ
空手の試割りと比べてどうでしょうか?
比較するとおもしろい。また、何でも良い事は取り入れましょう! 234??みなさんへ!
顔面無しの極真のスパーリングや試合の利点はわかりますよ。
顔面無しだと、間合いがちかくなりますよね。
あるのとないのとでは?間合いがかわる。
間合いによって攻防技術も変わるんだよ。わかりますかね?
だから、俺はあちらこちらでスパーリングの分割を勧めております。
スーパーセーフを付けての顔面ありのスパーリングとグローブを付けての顔面アリのスパーリング。これも何故か?間合いがかわります!
そして極真のように顔面無しのスパーリング。
最後の極めが、顔面アリで投げと寝技アリのスパーリング。大道塾系スパーリング。
これらの条件でやりますと、間合いも攻防技術もみんな変わります。
何が良いか?
それは?実戦に対して、あらゆる攻防の感覚的な事がよーくカラダがわかってくるのです。
ですので、みなさんに、このような分割のスパーリングをお勧めします。
あらゆる攻撃に対象できるようになる。そこが、みんなわかってない。
実際にやって見ると分割スパーリングの良さがわかる。
実戦で強くなりたいのなら、分割スパーリングをお勧めします! 捕捉。
分割スパーリング??組手のお勧めの理由!
実戦??ストリート??オープントーナメント他流試合等でチカラをハッキするには分割スパーリングをやるべきです。
間合いの違い、攻防技術の違いをカラダで感じる。ライトスパーリングでヤると効果があります。
手だけの攻防??ボクシング的なスパーリングや足だけのスパーリング??テコンドー的なスパーリングもやると良いですよ。
固く考えないで、気軽にチョコチョコヤるようにして下さい。
最終的に何でもありのスパーリングをヤると、上手くまとまります! 総師の実力に関しては、盧山初雄氏と倉本成春氏が、片手で一回転させられたと言ってた。
僕は柔道の指導者なので、投げに興味があり、この技を柔道の練習仲間と研究してみた。
ハツオ氏の細かい証言だと「突きを捌いたそのままの手で」とあったから、
ハツオ氏が右の突きだったとすると、外受後、ハツオ氏の右前腕をソウシが右手で持ってと、一応解釈。
これで回せるかと言うと・・・・ 回せない。
一体どうやって回したんだろう??
ただ、体幹を時計に回し、四方投に行けば、投げれました。
でも実はナリハル氏、後年合気道にも触れだして、四方投もご存知なのに、あれは四方投だったと言わない事なんですよね。
じゃあやっぱり、外受後、ハツオ氏の右側にいたまま投げたのか??
可能性としては三種類。
1. ハツオ氏の右突をソウシが右手で外受後、右手で掴み、そのまま体幹を回さず投げた
2. ハツオ氏の右突をソウシが右手で外受後、右手で掴み、体幹を回し、つまり四方投で投げた
3. ハツオ氏の右突をソウシが左手で外受後、左手で掴み、一本背負のように投げた
このうち3は、受けた後の掴みも至難、掴めたとしても「片手で――― 」と証言されるような投げにならないので、除外。
2は可能ですけど、ナリハル氏の証言からも、ちがった可能性大。
とすると残りは1。
でもこれは柔道の専門の立場から(一応全国レベルでした)、常人じゃ出来ないと思う。
常人離れしたスナップがあったって事なのかなあ・・・・
だからこそ角材が斬れたのかも。 >>241
でもそれ自由組手の最中じゃないでしょ? 片手で一回転、というのが、投げられた勢いの強さを喩えて言っているだけで、実際には一回転してないんじゃないの。 >>242
自由組手だったようです。
「どこからでも来なさい」と、ソウシそのとき言ったそうなんで。
また自由組手か、単に投げ込みだったかに係らず、どうにせよ人は人を、片手では一回転させられません。
ソウシの手から手首、前腕には、常人離れした威力が宿っていた事に、どうしてもなっちゃいます。
>>243
他板にこんな体験談がありました。
http://enigma2.ahoseek.com/categories/specialabilities/4009/
中国武術とか色々、特殊なちからの出し方があるんでしょうね。
>>244
ハツオ氏はソウシとはまた別流派の話で、腕を掴みズルズルと引きずって、前のめりに倒す技を書いていた事があります。
前レス>>241の1は、まさしく引き摺り倒すかたちであればギリギリ可能なものの、つまりハツオ氏はそういうのと見分けがついている事になります。
ナリハル氏も合気道の芝居を知った上で、あえて一回転と仰ったのですから、実感的にはああいうふうだったのでしょう。
お二人が余程素人なら別ですが、そんな浅薄な、要は間違えた、JAROに叱られる表現をとるような方たちには、あまり思えません。 >>245
お前…
少し考えろよ
老人相手に全力出したら死んじゃうだろ
忖度とかなじゃくて常識だろ… >>246
それは芝居でハツオ氏が跳んだという意味ですか?
その可能性もゼロじゃないですが、芝居で跳んだ「技」を、後年まで「あれはどうやるんだろう・・・・ 」と、悩んで追究しますかね?
またナリハル氏はあえて名前を挙げずに書いていました。
なので個人を讃えたい目的じゃなく、技そのもの、現象そのものへの興味が、ハツオ氏同様見られます。 1. ハツオ氏の右突をソウシが右手で外受後、右手で掴み、そのまま体幹を回さず投げた
これでしょ。
ちな、掴まなくてもOK
古流柔術の自分からしたら別に珍しい技じゃないですわ
最大のヒントをあげましょう
外受けじゃなく内受けだったら、その拳をどう裁けば
殴ってきた人が片手で一回転する?
もちろん殴ってきた人地震の力と勢いで ✖ もちろん殴ってきた人地震の力と勢いで
○ もちろん殴ってきた人自身の力と勢いで
あ、体幹はね
色々な操作の仕方があるからまあ、
そこを追及しだすと何年も修行しなきゃいけなくなるし
今回は簡単な原理だけね × もちろん殴ってきた人地震の力と勢いで
○ もちろん殴ってきた人自身の力と勢いで
あ、体幹はね
色々な操作の仕方があるからまあ、
そこを追及しだすと何年も修行しなきゃいけなくなるし
今回は簡単な原理だけね >>246
この人は、自分にレスを返して独り言をやるのが趣味の愉快犯の人だよ
書き込み内容も全て頭の中に思い浮かんだ単なる小説だから >>248
>>250
面白そうですね。
宿題にし、遅くとも週末までは提出しますw
―――ただ、個人的には「相手の勢いを利用する」というのは、無理だと思っています。
人はトシをとると、まず何が一番出来なくなるか。
タイミングをとるのが出来なくなります。
ハツオ氏と自由組手をしたのが1971年、ソウシ58の時。
まあ決めつけず、少し考えてみます。
カタ(形)として、万人に可能な方法は、おそらく無いでしょうけれど・・・・ >>252
面白いと言ってもらえて何より
>カタ(形)として、万人に可能な方法は、おそらく無いでしょうけれど・・・・
ウチにはその技が型としてあるけど
まあ、だからと言って万人向けでもない
>―――ただ、個人的には「相手の勢いを利用する」というのは、無理だと思っています。
>人はトシをとると、まず何が一番出来なくなるか。
>タイミングをとるのが出来なくなります。
これは実に素晴らしい視点ですね。
そして武術には歳を取って尚、
その衰えを克服する方法が伝わってはいます。
だからと言ってそれも万能ではありません。
これは奥の教えになりますのでここでは書けませんが
あなたにその気があれば、これからの修行人生で
その技や術理の会得を目指して欲しいと思います
では、週末を楽しみにしています。 名前は偽名。力道山に空手チョップを指導している写真は別人。垂木折りはトリック。
タバコを一日200本から300本も吸うのは時間的に不可能。吸ったところで天井は黒くならない。
ガンを焼いて治すのも不可能。シャーマン治療の発想と変わらない。
盧山の本や拳道伝説を読むと怪しげなカルト宗教の起源は朝鮮だというのがよくわかる。 ん〜、なんつーか、年齢差の件を考えると、極真の大石師範の動きを観たりするにつけ
「その齢でそれだけ動けるのか!」という驚きがある。
ただ、どうしても大山道場でバキバキの自由組手をやっていた盧山師範の方が、組手慣れ
してると思うんだよなぁ。
当時の中村道場で、盧山師範の寄宿生活以前に同様の稽古をしていたのなら、まぁ考え
られない事もないが...
という事は、中村先生ならカレンバッハを倒せた可能性があるという事か? 芦原先生は独立後、ビデオなども交えたメディア戦略で売り出したから、「サバキ」がどういう
理屈やどういう動きか、というのが解るし、大山道場時代も強かったけど、先輩にシバかれて
いた話などが残っていて、「ああ、ああいう強い人を倒せる人が居るんだ」とか、そういう外野の
逸話も含めて芦原師範の「サバキ」はリアリティを持っている。
実際、関西圏のフルコンは芦原空手の強い影響を受けてるしね。
マス大山にしても、ビデオ「直伝」などを観ると、その辺の若い者に負けない様な迫力が動きに
現れてる。回し打ちや、下突き、裏拳など。
「君タチィ、体重を乗せて此処(レバー)を打つのよぉ!」なんてね。
ただ、中村先生は?なんだよなぁ... >>254
力道山に教えてる写真が違ったという時点でもう何も信用するに値しないわな
しかもそれを実質、中村の自叙伝とも言える拳道伝説に載せてるんだから言い訳が効かない >>253
きのうは僕の35度目の誕生日でした。
だからでしょうか、夜の稽古に智慧の神からプレゼントがありました。
それは後述するとして―――
昨夜、練習仲間の皆さんと、ソウシ投げ(w をさまざま検証してみたので、>>248の宿題を提出します。
提出と言いながら、一部めちゃめちゃヘンな形式になるのは、ご容赦下さい。 まず>>248の前半部、「掴まなくても」を重要視。
後半部の「内受け」と併せ、検証しました。
一口に内受けと言っても、
(1) 右突きを右手で内受け
(2) 右突きを左手で内受け
の二種類が存在します。
(1)は手で受けると、相手コブシが自分の顔に来るんできわめて危険。
なので腕と腕を絡めるかたちにし、そのまま倒す、それを内受けと称するのかなと、解釈しました。
腕と腕を絡めるとは、単純な位置関係としては、右の画像のようにです。https://cdn.amanaimages.com/preview640/11004019366.jpg
これは意外にも(?)、倒せなくはありませんでした。
しかし問題点も多々あって・・・・
たとえば体重差、筋力差が無いと、ビクともしない。
相手を後方に倒せても、正直なところ「一回転」と呼ぶには不相応、やや地味な決まり方になる。
そして何よりも相手のパンチを被弾しやすい。
使い勝手がさほどな上に、かなり危険。
残念ながらこの方法、(1)は却下となりました。 続けて(2)。
左で内受けし、一瞬後、手首をキャッチ。
そのあと一瞬引いて(この箇所が「相手の勢いを利用する」でしょうか?)、一転今度は相手右方に戻し、相手の右後方に倒すのを狙います。
要は片手の小手返です。
でもこれもハッキリ言って、倒れません。
ただ、ここからはややこしくなりますが、片手で現実に倒せる小手返のカタを、実は僕開発してます。
オリジナルなのでその箇所については明かせませんが(すみません、ここが「提出なのにヘンな形式」と書いたところです)、
とりあえず大まかな流れとして、 右突を左内受け → 左手で手首をキャッチ → 小手返 が、>>248さまの答でしょうか?
しかし・・・・ これもまた穴があり、一連の動作中、相手の左手による攻撃が、必ずしも防げるとは限りません。
よって誠に遺憾ですが、(2)もカタとして完全じゃないと言えるでしょう。 キャッチのし易さに立ち返っても、(1)(2)どちらも、掴みへの移行に疑問があります。
やはりどうしても>>241の1.「相手の右突きを右手で外受後、右手で掴む」が、一番スムーズに行く。
被弾しづらいし、キャッチ後も相手の左手が怖くない。
だからソウシ投げの解明は>>241の1、この一点に取り組めば良いと思うのですが、とりあえずここまではいかがでしょう? 大山倍達は本当は強かったという証拠を探すのは苦労するけど
中村日出夫は廬山初雄が尊敬して師事していたってことで充分じゃないか
たまたまみんな大山道場に入ったからセコくて嫌になっても
大山倍達は師匠は師匠だけど中村日出夫にはあえて弟子入りしたんだから 大山倍達は本当は強かったという証拠は黒崎健時や大山茂が強かったと証言しているから充分 強さに異論はなかろうよ
誰もがそれを認めてる
ただ総裁のは、ナチュラルな強さ、生の暴力の強さってイメージなんだよ
空手で強い、空手で強くなった、という感じは薄い
と思ってる&考えてる人はわりといるんでないかと
パワーだけでも強い、空手以外を選んでも強かったろう、ってわけだ
実際のところ極真の技術を体系化したのは、剛柔流の石橋さんや松濤会系大学空手道部の安田さんといった人たちで、総裁自身ではないわけでしょ 技はの力中に在り!ホントに戦うならねパワー大切なのよ!極真カラテはパワー空手てす!
優秀な弟子が体系作りに大変協力・尽力してくれたけとも、あだしはボクシングや柔道も取り込んたよ
拳法も取り込んだよ。剛柔流や松濤館と違う極真カラテはあだしの作った空手てすっ!!! マスの強さは、ボクシングとボディビルの強さ。
得意技は、腰を回してのボディへのフックだろ?
マスは強かった、組手でしごかれた、という証言は沢山あるが、マスに体系だって空手を習った、という証言は見たことないな。
確か、渡辺一久や加藤重夫は、総裁は何も教えてくれなかった、と言っている。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています