で、基本的には自然体が大事な訳だ。
それこそ、兵法家伝書でも五輪の書でもそうある。

少なくとも自分は
「いわゆる古流と呼ばれている動作のかなりが
本当は明治以後に創作されたもんじゃないか」と推測してる。

文書などで、「〇〇はしてはいけない」と書いて残ってあるなら
ともかく、なんとなく否定されてる習慣は、はなはだ怪しい。
(もちろん、明治以降の文書で「〇〇してはいけない」とか
あるいは特定の流派だけ「〇〇してはいけない」程度だと
意味がない。前者は明治からの思い込みの可能性があるし。
後者はあくまでその流派内での約束事だろう)

で、「これが古流」と認知されてしまってるんで
ひどく非合理でも、そのおかしい所が更新されなくなって
しまってるんじゃないかと。

運動音痴が運動音痴のママ、
伝えていくモノになってしまっているんじゃないかと。