景「お兄ちゃん、ボール貸して」
紘「え? ああ」
ひょいっとボールを投げる。受け取った景は、その場で二度ドリブルをしてから。
何千本、何万本と打つことで身につけたなめらかなフォームでシュートを放った。綺麗なアーチを描いて、ボールがスピンしながらゴールに吸い込まれて――
がんっ。
紘「あ……」
無情にもボールはリングに当たって、ぽとんと落下してしまう。
景「あーあ」
景「また外れたわ。全然ダメね」
紘「……おまえ、調子悪いのか」
景「ちょっとね……」
景は答えてから、手が届きそうな距離まで歩み寄ってきた。
景「ヒザがね」
景「この前の試合で打ったヒザが痛いの……」
すうっと、景の頬を涙が一筋伝った。

紘「景……?」
景「ヒザが痛い……。痛くて泣くなんて子供みたいよね」
そう言っている間にも、景の涙は止めどなく流れる。俺はバカだけど、そんな嘘には騙されねえよ。泣いてるときにまで、意地を張らなくてもいいのに。

景「あっち……向いててよ。こんな、ところ……見ないでよっ」
この意地っ張りめ……。こいつはガキの頃からずっとそうだ。気ばっかり強くて、弱みをみせるのが嫌いで。
景の肩を抱いてやりたくなる衝動を、必死に抑える。中途半端な優しさを見せたら、余計に景が傷つくだけだ。俺が景の気持ちを裏切っているのは――確かなんだから。
景「……どうしてなの? どうしてわたしじゃいけなかったの……?」
紘「どうしてって……」
景「わたしの気持ち、わかってたんでしょ。だって……わたし、嘘つくの下手だから……わかってたくせに……っ」
景「景のこと、好きになってほしかったな……っ」
.理由は――簡単なんだ。
たった一言で説明できる。だって俺は――宮村みやこに出会ってしまったから。でも、これだけは絶対に口にするわけにはいかない。
景「お兄ちゃん……お願いがあるの」
しゃくりあげながら、景は俺を見上げてくる。
景「人前ではお兄ちゃんって呼ばない約束だったけど……」
景「これから、ずっとお兄ちゃんって呼ばせて。せめて……せめて、妹でいさせてほしいの……」
紘「バカ。冗談だったのに、本当に先輩なんて呼ばなくてよかったのに」
景「ひどい、お兄ちゃんはやっぱり意地悪よね……」
紘「兄貴なんて大抵、意地が悪いもんじゃないか」
景「そうね、わたしたちって本当の兄妹みたいだった……」
景「ずっと妹でいればよかったのかな……。お兄ちゃんみたいなひねくれ者に彼女ができたことを……喜んであげればよかったのかな」
景は涙で頬を濡らしたまま、微笑みを浮かべた。
景「ねえ、妹からもう1つだけお願いしていい?」
紘「いいよ」
景「お兄ちゃん」
景「ヒザが痛いから……ちょっとだけ支えてもらいたいの」
景の本心がどうでも、妹としての願いなら。俺は受け入れてやりたい。なにも言えないのなら、せめてそれくらいは。
景「あ……」
景の小さな頭を胸に抱え、腰に手を回す。
景「お兄ちゃん……」
力を抜いた景の身体をしっかりと支えてやる。景は軽いな……