野崎氏は遺体で発見された時、ぼほ裸だったという。前出の従業員はこう話す。

「下半身に何も身に着けていなかったのは、社長が普段からオムツをつけていたためでしょう。
社長は病気のせいで年中、大も小もオムツに漏らす。
オムツで吸収しきれなくなり、床やお風呂にこぼすこともあった。
そのたび、家政婦や従業員に掃除させた。
車を運転していても、ブーって漏らす。
だから2階の社長の寝室は臭いひどく、
奥さんは『あんな部屋に上がりたくない』『車で漏らして臭かった』と毛嫌いしていた。
奥さんは次第に社長と一緒に住むのを嫌がり、
月100万円の小遣いをもらうと、モデルの仕事が入ったと東京にさっさと帰っていた」

野崎氏の本名は樫山。野崎姓に変えたのは、2番目の妻と結婚した時だという。
「2番目の妻の勧めで姓名を変えたそうです。
樫山といえば、服飾メーカーのオンワード樫山が思い浮かぶ。
そこで野崎氏は貸金の屋号をオンワードにし、
オンワード樫山と記したティッシュをオンワード樫山本社前で配ったらすごく客がついた。
だが、すぐにオンワード樫山から訴えられて、敗訴。
その後は金を貸すターゲットは公務員、上場会社の社員と決めていた。
先に公正証書を作成して、返済が滞ったらすぐに、給料を差し押さえ。
まあ、そういう知恵は働く人でした」(前出の知人)