マイナス金利、経済冷やす?、功罪、世界で論争、日銀政策に影響も。
2019/03/16 日本経済新聞 朝刊

 中央銀行が経済を刺激するために政策金利を0%未満にする「マイナス金利政策(3面きょうのことば)」に世界の有力な学者やエコノミスト
が疑問を投げかけている。導入した欧州と日本で経済の回復が弱いうえに、金融緩和として物価を上げる効果すら疑う説が出てきたためだ。
世界経済の減速を前に、市場関係者の関心は金融緩和に向かっている。しかしマイナス金利の評価が割れたままでは、緩和政策の展開は
一段と難しくなる。(関連記事5面に)
貸出金利が上昇
 マイナス金利は銀行の貸し渋りを招き、経済を冷やすのではないか。米国の元財務長官でハーバード大教授のローレンス・サマーズ氏とノ
ルウェー中銀のエコノミストらは1月、こう主張する論文を発表した。
 同氏らが検証したのは、スウェーデンが2015年に導入したマイナス金利だ。中銀に預けるお金の金利がマイナスになった銀行は自ら預か
る預金はマイナス金利にできず、収益が悪化した。預金の多い銀行ほど貸し出しが鈍ったという。金利がマイナス0・5%になると貸出金利は
0・15%上昇し、国内総生産(GDP)は0・07%押し下げられるとした。
 スウェーデン中銀はホームページで火消しに走った。「時間はかかったが、住宅ローン金利は政策金利の引き下げに応じて下がっている」。
全体で見れば貸し出しの伸びはマイナス金利の前後で大きく変わらず、政策への評価は割れる。
 マイナス金利が物価の停滞を招くとの見方も出ている。低金利で資金調達のコストが低いと、企業は値上げをしなくても収益を得られる。低
収益の事業でも続けられ、過当競争で物価が下がる。東短リサーチの加藤出氏は「低金利が長く続くと物価や潜在成長率、生産性を下げる
と考える専門家が増えてきた」と話す。
 こうした考え方から、利上げがむしろ経済を押し上げるという分析も出てきた。米コロンビア大のマーチン・ウリベ教授は米国の1954年から
2018年の経済データを分析。継続すると表明した上で段階的に利上げをすると金利以上に物価が上がり、物価を考慮した実質金利が下が
って経済にプラスになるとした。
 日本でも早大の小枝淳子准教授が同様の分析をした。日銀が16年9月に政策金利をマイナス0・1%からゼロ%に上げたと仮定すると政
策金利よりも物価が上がり、実質金利が下がって景気を押し上げる試算になったという。個人の見解だが、18年11月に公表したのは日銀
の金融経済研究所だ。BNPパリバ証券の河野龍太郎氏は「日銀の議論に影響する可能性は十分ある」と話す。
 マイナス金利は金融緩和を強化するとされてきた。1930年代に大恐慌を分析した経済学者のアービング・フィッシャー氏による「名目金利
=実質金利+期待インフレ率」の方程式では、名目金利が一定なら物価が低迷すると実質金利が上がる。マイナス金利にすると実質金利
に下げ圧力が働くため、経済にプラスの効果が期待できる。
物価目標届かず
 こうした理論などから12〜15年に北欧の中銀や欧州中央銀行(ECB)がマイナス金利を採用し、16年には日銀が銀行から預かるお金の
一部をマイナス金利にした。銀行は日銀にお金を預けると損をするため、民間への貸し出しを増やす。設備投資が増え、景気や物価を押し上
げるとされた。
 それから3年。16年に前年比0・3%低下した生鮮食品を除く消費者物価は、18年には0・9%上がった。黒田東彦総裁は15日の記者会
見で「マイナス金利は全体として金融緩和の効果をあげている」と語った。
 だが、日銀の予測では目標の2%には20年度にも届かない。リーマン・ショック後、日欧と同様に大規模な金融緩和を進めた米連邦準備
理事会(FRB)や英中銀はマイナス金利は採用せず、利上げに転じた。SMBC日興証券の丸山義正氏は「日本と欧州が利上げに至らない
ことは、政策効果の現実を示す」と語る。
 一方で19年に入り、FRBは15年から進めてきた利上げを一時停止すると表明した。今後の緩和路線への関心が高まり、マイナス金利が
経済にプラスとの見方も再び浮上している。2月上旬にはサンフランシスコ連銀のバスコ・カーディア氏が、リーマン・ショックの時に米国でマ
イナス金利を採用していれば、より早く経済が上向いたはずだとする論文を公表した。
 世界の中銀が緩和に動けば、すでに超低金利の日本との金利差は縮み、円高圧力になる。日銀も緩和に進むなら、選択肢の一つは「短
期政策金利の引き下げ」(黒田総裁)だ。異次元緩和は再び、評価の定まらない実験への決断を迫られる。